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SHADOW DETECTIVE  作者: 柳生 音松
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第三十九話 前田 栄蔵


 会うことに乗り気ではない室富に、電話の向こうの男は少し間を空けた。


『……では、一つだけ理由を言おう。“ロディから君を紹介された”、それで少しは信じてもらえるかな?』


 室富は苦笑した。


「まさか…それだけで?それよりあんた、ロディの居場所を知っているかい?先にロディに会ってからなら、考えてもいいぜ」


 そう言うと、男は黙り、電話の向こう側でため息をついたのが聞こえた。


『実は…ロディとは連絡が途絶えている。それと、今は正直あまり時間がない』


――時間って…何の時間だ?


「…じゃ、会う場所はこちらで指定できるのか?」


 折れない男に、室富は条件の確認をした。


『いいや、私は陰で外部の者とは会わないようにしている』 


「自分勝手な男だな」


『すまんね…。その理由はあるが、まずは君と直に会いたい』


 どうしたものかと考える室富だが、舌打ちをした。


「…わかった。答えはノーだが、話だけは聞いてやる。どこに行けばいい?」


『ありがとう。場所は庄司エンタープライズ本社ビルだ。午後三時頃には、時間を空けておこう,』


――庄司エンター…確か前にロスでロディが仕事していた…


『ビジネスマンらしい格好で来てくれ。でないと目立つからな』


 そう言い、電話は切れた。


――ビジネスマンらしいだ?注文の多い男だな。しかも時間を勝手に決めやがって。


 普通なら、こんなことで知らない人物とは会わない。


 だが室富はロディに借りがあった。大きな借りだ。だから男が何者であれ、ロディの名を出されては無視できなかった。


 庄司エンタープライズ本社ビルは、今いる場所から近いが、室富はまずは少し先の裏通りにある宿にチェックインをしに向かった。“パラゴン”という安宿だが、見た目よりセキュリティと、スタッフの口が固い裏社会の人間も安心して泊まれるホテルだ。こういったホテルは都会にはどこにでもあるもので、室富は予め今回はそこのホテルに泊まることを決めていた。


 そして既製品だが、それなりにビシッと見える高めのビジネススーツを急いで購入し、洒落た七三分けに髪をセットし、新宿庄司エンタープライズ本社ビルへと向かった。


 しかし丸い黒眼鏡だけは外さずに着けていた。どんな場所、立場でも“これが自分”というアイテムなのであった。


 ビル一階フロアでは、その黒眼鏡ごしに、高そうなビジネススーツに身を包んだエリートそうな雰囲気の社員たちが目に入る。室富はそんな周囲に対して浮かないよう背筋を伸ばし堂々と歩いた。


 庄司エンタープライズの技術は世界的に浸透していた。1970年代頃から急成長し、今では日本を代表する国際企業だ。何年か前に陥った国内の急激な経済低迷も、底力を見せ国を支えたと言われている。


 家電、薬品、または兵器に至るまで、凡ゆる分野でその技術を振るっていた。


 だがその一方で、政治との癒着、またテログループは資金提供や密輸などの非合法な活動も行われているという噂もあった。


 実は以前、庄司エンタープライズのロス支社の人間の悪行のせいで、ちょっとした問題に巻き込まれた過去が室富にはあった。


「すまないが、ちょっといいかな?」


 室富は受付の女性に話をかけた。


「はい、どうなさいましたか?」


 上品に微笑む魅力的な女性。わかりやすいくらいに美人だ。


「実は、ここの人間と会う約束をしてるんだが…」


 歯切れの悪い口調で、そう言ったものの、相手が名乗らなかったのでわからない。


――あの野郎、そういえば名も名乗らずに切りやがったな


 考えても始まらないので、とりあえず受付に当たってみたという、後先を考えない行動だった。


「ああ、コンサルタントの“室田”様でございますね。専務の前田からお話は聞いております」


 やや挙動不審気味な室富に、受付の女性は入社パスを渡してきた。


 パスを見ると、登録されているらしいI.D.には“室田むろた 重郎しげおと記載されていた。


――何だこれ?電話の男の手配か?名前は“それっぽい“が、人違いじゃないよな?


 ブツブツ独り言を呟いてると、受付の女性は、「あの、何か?」と尋ねてきた。


「あーいや、いいのいいの、ありがと!」


 明るく笑みながら手を振って受付前を去ろうとする室富だったが、踵を返さずにそのままの向きで後退して戻ってきた。


「あの…専務さんって何階?」


「二十八階です」


 ふざけたような行動にも、素敵に微笑む女性の反応がイタく感じる室富だった。


 教えてもらった通り、二十八階に行くためにエレベーターに乗る。


 扉が閉じて静かになると、上へと向かう。硝子からは外が見える。どんどん小さくなる歩行者たち。そしてロスに住む室富にとっては普段は見ることのない東京のビル街。


 途中、何名かのスーツ姿の人間が乗り込んで来たが、二十八階に着く前に皆降りていった。


 到着した二十八階廊下は、物凄く静かだった。


 エレベーターから降りてすぐ、シルバーカラーのセキュリティーチェックを自動で行うポール状の機械が二本立っていた。


 巨大企業の重役の部屋がある階だから出入りは厳しいのだろう。“室田”のI.D.を自動で読み取り、セキュリティーは問題なく通過した。ここで引っかかると、ビル内にアラームがなり、主要な出入り口はロックされる。


 廊下は、オフィス用のパネル式の絨毯で、足音は響かない。


 専務室は、探す必要もなく見り、室富はその扉をノックした。


「どうぞ」


 中から男の声がし、室富は扉をゆっくり開けた。


 目に入った立派なデスクと、広い部屋は、巨大企業の重役に相応しいと言えた。


 全面窓硝子から、男はビル街を眺めていた。紺色のスーツ姿。体格の良い、貫禄ある男だ。


「初めまして、“室田”さん」


 振り返ると男はそう言った。歳は四十代半ばくらいだろうか。


 扉を閉めた室富は、その場を動かず、男を人差し指で差した。


「前田…専務だっけか」


「ああ、そうだ」


「…まず、どうして俺と会うのにこの場所にしたか説明してもらおうか」


 挨拶もなしに室富のいきなりの質問に、前田は両掌を合わせ、微笑みながら謝った。


「すまないね」


「謝罪はいい…」


「一から話す…まずは座ってくれないか?」


 訝しげな顔しながらも、室富は渋々とソファーに腰をかけた。


「まずは、自己紹介だ。前田まえだ 栄蔵えいぞう、もうお解りだろうが、この会社の専務取締だ」


 前田は、自分のデスクの前に立つと、その角上に少し腰を落として寄りかかった。


「で、ここで会うことにした理由だね?」


「ああ…」


「簡単なことでね、“怪しまれない”ためだ」


 予想していたのと違う返答に、室富は内心少し困惑した。


 “何かの取引を有意に運ぶため”、あるいはそもそも“罠”ということも考えられた。


 だがまだ男の目的が判っていないのだから、そこは何とも言えないかとも思う室富。


「私が裏でこそこそ誰かと会っていたなどという痕跡を残したくはないのでね、灯台下暗し…あえてここで仕事として、どんな人物とも会うようにしてる。仮にも庄司エンタープライズの専務だ、下手に外で会うよりこの部屋の方が安全だよ」


「ってことは、あんたは“何か”してるわけだ。それを知られると、マズい何かだ」


 前田は、飲み込みのよい室富に笑顔を見せた。


「その通り。その“何か”を、今から君に説明しよう」


 前田はデスクから腰を上げ、木製のテーブルを挟んで、室富の向かい側のソファーに座った。


 ソファーの沈み具合が、前田の体格の良さが伝わる。


「今、秘書に使いを頼んでいてね。茶の用意もなしに悪いが…」


「気にするな。それより、話を聞こう」


 前田は頷き、自分が何をしているのか、話し始めた。


「私はこの会社を“良い企業”にしようとしている。つまり…社の中の悪い派閥と戦っているということだ」


 庄司エンタープライズの、闇の部分は本当に深く酷い。芳しくない噂は真実でむしろ噂より酷いと言う。前田は、それを一層し、改善するべく、社内で行動を起こしていることを説明した。


「表向きは、私が“膿”と思っている側の人間と、同じ立場にいるがね


「…そうかなるほど」


 室富は、掌を上向きに、人差し指を前田に向けた。


「ロスだ」


 前田は少しだけ驚いた顔をした。


「あんた、ロス支社の支社長だったな」


 室富の質問に、前田ず軽く頷いた。


「あれだ、医療用に研究開発していたナノマシンが、ロスの裏社会に流れた件…あれを阻止したのは、あんただな「」


 前田は目を細め、そして少し笑みを見せた。


「そのことか。そりゃ知ってるよな、ロディの……いや、ジョーの弟子ゆうじんならな」


「…あれの流出で、俺は妙な事件に巻き込まれたんだ」


「そうだったか。あの時の活動と今の活動はまた異なるものだが、目的は一緒だ」


 室富は、ビル内に入るためのI.D.を見た。


「そうか“ロディ”って、あんたの考えた偽名か?」


「お、ご名答」


「ロディ…、いやジョーが生きていたとは…」


「そうだ…爆死したということになっていたが、この三年間、“ロディ・バーネット”という名の殺し屋として、この街の裏社会に身を潜めてた」


 ロディの本当の名前は、“ジョー・ローデッカー”。


 三年前、庄司エンタープライズ主催のパーティーに、前田の護衛として会場に足を運んでいた際、爆発事件があり、その時に死亡したことになっていた。


 室富も、ジョーはそれで死んと疑うことはなかった。東京に来てくれという電話が、あるまでは…。



 数日前、突然かかってきた電話。携帯画面に出るには非通知の表示。


「…誰だ?」


『…雷朗』


 自分のことを名前で呼びかける聞き覚えのある声。


「…お前」


『久しぶりだな、俺だよ』


「嘘…だろ?お前三年前…」


『死んだって?』


「あ、ああ…」


『ま、死んだようなもんだ。今は“ロディ・バーネット”という名前だよ』


「ロディ?」


『慣れないだろうが、お前と同業の“殺し屋ロディ”さ…』


「…何だか、混乱するぜ」


『だよな。だけど、こうして連絡をしたのは頼みがあるからなんだ』


 その内容は“会ってから話す”とのことだったが、結局東京に来て、まだ会えていない。



 前田は、深くため息をついた。


「ロディ…いやジョーは、我が社のグループ会社、“ショウジ・セキュリティー・サービス”のカンパニーズアーミーだったことは知っているね」


「ああ」


 ジョーは、カンパニーズアーミーとして庄司エンタープライズのロス支社に対して警備、護衛、時に非合法な汚れ仕事を担ってきたが、それに紛れ、前田と組んで、庄司ロス支社で悪行潰しをしてきた人物であった。


「…もちろんジョー以外にも私の部下は社内にいる。が、少数精鋭でね。そうしなければ目立つし、普段は通常業務もこなさねばならんわけで」


「何でそんなことをしてる?」


 前田は間を空け、軽く笑った。


「君の稼業と同じだ」


 室富は眉をしかめた。


「ジョーから話は聞いている。殺し屋…君は人を殺すことで報酬を得ている。が、その実、君は正義を貫いている。己を犠牲にしてね」


「……」


「もちろん、“依頼ありき”ではあるが、受ける仕事の標的は、犯罪者、そして法で裁けぬ者が殆どだ」


「…ジョーから聞いたのか?」


「ああ、そうだ。そうそう、会ったら聞きたかったんだが、アフリカの残虐将軍のイディロ・カイディータと、上海の麻薬王とリー 炎蛇イェンシゥーも始末した…という噂は、事実なのだろう?」


「だったら?」


「あれで、何人のアフリカ人が、中国人が救われたと思う?」


「さあね」


 室富は興味なさそうに答えた。


「あれは“たまたま”だ。普段、アメリカの外で仕事はしない」


「だとしても、君はクライムヒーローだと私は思っている」


 前田の発言に、室富は吹き出し笑った。


「あんた、過大評価しすぎだぜ。ヒーローなら金は取らねえよ」


 前田は少し不敵な笑みを浮かべた。


「それは、漫画やアニメの話だ。実際には対価が必要だ。慈善事業で正義は行えない。私もビジネスマンだ。それくらいは理解している」


 室富はポケットから煙草の箱を取り出した。前田に確認するでもなく、一本咥え、ブラックメタリックのジッポーを取り出し火をつけた。


 ふうっと吐き出す煙が、天井に向かって昇る。


「ってことは、あんたは“ボス”じゃねえな」


 室富の質問に、前田は目を細め、難しい顔をした。


「更に上がいるんだろ。でもまあいい、危険なことをしている以上、黒幕が正体を明かさないのはセオリーだ」


 前田は立ち上がり、棚の上の石に灰皿を取って、テーブルに置いた。


 煙草の灰を灰皿に落とすと室富。


「で、ジョーに何があった?」


 前田は、再びソファーに腰を下ろした。


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