第三十八話 殺し屋の来日
「おわーっ!水っ!水っ!」
ラッドから借りたポータブルDVDプレイヤーで、涼子から受け取ったDVDの映像を見終えると、突然中から煙が吹き出て発火した。
六堂は慌てて、ウォーターサーバーから水を汲んでプレイヤーにかけたが、もうプレイヤーは使い物にならなそうなのは見てわかった。
そして部屋中、機械の焼ける鼻につく臭いが充満した。
“一度見たら中身は消える”
涼子の説明以上に、凄いことになった。
そんな小火騒動だったが、そのこと以上に見た映像について、各々衝撃を受けていた。
陸斗の証言を“子供の言うこと”と最初から否定していた川島は、もう何を信じていいか解らないと言った風で言葉も出ないでいた。
六堂は、拳を縦に自分の額をコツコツと叩きながら険しい表情を見せていた。
「“腕試し”なんて…とんでもない的外れな推測だった」
映像からはっきりしたことは、姿を消す技術と、それを扱う人型の何かは、間違いなく“兵器”だということ。
そして、大事なことは、恐らく既存技術ではないことだ。
「…透明、少し想像はしていたが、とんでもないレベルだ」
黒木、木口、ジャッド兄弟の四名が殺されたのは、その兵器の試験使用だと悟った。そしてこの実験は、明日美の証言から、もっと前から行われていることが判っている。
「…なあ、室富、そろそろ事件の話をしないか?」
六堂がそう切り出すと、ずっと取ることのなかった丸い黒眼鏡を外し、テーブルに置いた室富。そしては右手を開いて、左右のこめかみを掴むように顔を覆いながら指圧した。
「…この件は、俺一人で何とかするつもりだった。まぁ、ここまでデカイ山だと思っていなかったってのが正直なところだ」
少しチャラついた雰囲気だった室富は静かな口調でそう言った。
そして、こめかみを指圧していた手で、そのまま前に垂れていた髪を顔からどかすと、少しだけ悲しそうな目をした。
「この映像の撮影主は、恐らくジョー・ローデッカー。いや、声を聞き間違えるはずはない。ジョーだ。俺の師匠に当たる人物で、正直なところ二週間ほど前まで死んだことに疑いの余地はなかった人物だ」
実際にローデッカーの遺体の見つかった現場での粉塵爆破跡と、安置所で見たミニカムのことを知っていた六堂は、そのことは特に驚くことではなかった。ローデッカーの遺体も見ている。
「さっき出て行った涼子さんが言っていた意味…、これを見て理解したぜ。ジョーは、俺が今回の件に関わる前に、この映像を見せたかったんだろう…」
「この映像は、魔術を用いた念写に似た方法だ。あんたの師のローデッカーは、事態の深刻さを知っていたんだろう。映像をただ撮っても、自分が死んでから消される可能性が高いと」
「…そうだろう。残念ながら、思っていたようにはいかなかったみたいだがな…。この映像をいち早く俺が見ていたなら、セントホークでもっと効率のいい戦略を考えていたよ」
そう、室富はセントホークビルで、映像に映っていた“もの”と戦っているのだ。
「あのビルで何があった?」
「…俺は庄司エンタープライズの前田に頼まれて、社内の悪党共が秘密裏に作ってる兵器の試験使用を止めてくれって頼まれたんだ…」
1999.11.28 -SUNDAY-
新宿歌舞伎町の裏通りの、さらに入り組んだ場所に、まるで廃ビルかと思う建物があった。
一応電気は通っているようだが、蛍光灯は切れてるところが多く、暗い。
ここを所有しているのは違法な不動産を扱う黒い組織か、あるいは所有者不明の曖昧な物件だろう。
昼間だというのに、ビル周辺も薄暗く、真っ当な人間が近寄るところではない。
そのビルの階段を上がる一人の男がいた。丸い黒眼鏡に、焦茶色のムートンジャケットを着たその男は、室富 雷朗。日本人だが、ロサンゼルスに住んでる、殺しを家業としてる裏社会の人間だ。
三階まで登ると、室富は廊下を突き進んだ。散っている瓦礫やガラスを踏む音が響き渡る。
ロスを出る時には、街でも空港でもクリスマスのムードがすでに始まっていた。別に毎年クリスマスを大いに楽しんでいるわけではないが、それでも一年に一回のイベントシーズン。裏社会に生きる彼とて、その雰囲気は嫌いではなかった。
仕事の連絡をシャットダウンして、テレビでも見ながら、チキンと酒を楽しむくらいはしていたい。それが今は遥か遠く、東京の裏通りの物騒なビルを歩いている。
廊下の一番奥まで来ると、目の前の錆びた金属の扉をノックした。ゴンゴン、と鈍い音がする。
しかし誰も出てこない。
「何だよ、留守か?昼寝中か?」
ブツブツ文句を言っていると、隣の部屋から男が現れた。
「うるせえぞ」
出てきた男は凄むが、背丈は室富よりずっと小さい。そして室富は驚きもしなければ、呆れもせず、ぼうっとしていた。
「おい!聞いてるのかよ」
無反応な室富に、苛立つ男は再度叫んだ。
「ああ、悪い…さっき日本に着いたばかりでさぁ、時差ぼけで眠いのよ」
苦笑しながらそう言う室富に、男は困惑した。
「ああそうだ、あんたさ、煙草ある?」
「あ?」
「煙草だよ、煙草。切らしちゃってさぁ。持ってたら一本くれ。銘柄は気にしないから」
手を伸ばす室富に、完全にナメられてると解った男は、完全に頭に来て、腰に入れている拳銃を取り出そうとした。
しかし次の瞬間に、男が拳銃を取り出すことはなかった。
なぜなら、すでに室富の持つナイフの先が、男の喉に当たっていたのだ。
いつ取り出したのか、煙草を求める手を伸ばしてから、ナイフを突き立てるまでの行動がまったくわからなかった。
日当たりの悪い冬の廊下はかなり冷え込んでいるが、男は嫌な汗が大量に流れるのを背中に感じた。
室富はナイフを男の喉から放した。
「なんだぁ、やっぱりあるじゃん」
そして男の胸ポケットから煙草を取り出し、一本口に咥えると、歯切れのわるい声で(火くれ)と言った。
男は震える手でライターを取り出し、室富の煙草に火をつけた。
室富の口から勢いよく煙が吐き出されると、揺めきながら暗い天井に昇っていく。
「ふう…。さて、お隣さんみたいだし、一応聞くけどさ、この部屋にロディって男がいるはずなんだが、留守かな?それとも寝てるだけで、いるかな?」
尋ねられた男は、間を空けて首を横に振った。
「警戒すんなってぇ、『どこでロディがいると知ったんだろう?』なんて考えたんでしょ?」
室富は男の肩をパンパン叩き、ヘラヘラとした態度で言った。
しかし彼の言うことは図星だ。なぜなら、男はその“ロディ”に金で雇われている身であり、極力ロディの存在を目立たないようにする役目も担っていたからだ。
「ま、わかったわかった。ここにはいないんじゃあ仕方ない。じゃ、行くわ。もしロディが帰ってきたら、俺が来たって伝えてー」
「あ、おい、“誰が来た”と伝えりゃいいんだ?」
「大丈夫、“俺”で通じるからあ」
室富が目の前から立ち去ると、男は深いため息をついて、その場に腰を着いた。
「くそ、マジ寿命縮む…何だあの男」
目的の“ロディ”と会えず、さてどうしたものかと、表通りに戻った室富。
実は、東京まで来たのは、そのロディの連絡を受けてのことだった。詳細は話してもらえなかったが、切羽詰まった様子だった。
あのビルに潜んでいることだけは聞いていたが、不在となればとりあえず、次の連絡を待つしかない。といって、昼間からやっているバーもないだろうから、どこで時間を潰すかを考えようとした。
するとポケットの中の携帯がブルブルと振動した。
――お、ロディか。
取り出して画面を見ると、知らない番号からだった。それとも訳あってロディが違う携帯からかけてきているとも考えられた。
室富は通話ボタンを押し、相手から話始めるのを待った。
『…室富か』
声に聞き憶えはない。
「あんた誰?どこでこの番号を…」
『直接は話せない。会っては話せないだろうか?』
「自分の名前も名乗らないあんたと、直に?あまり気乗りはしないな」
笑わせるなと言わんばかりの態度で室富は返した。




