第三十七話 古の技術と、古の戦士
安否確認のために電話をかけると、まずは木崎は無事であることが判った。
どうやら川島は発信機から送られる信号のモニターを見ていただけで、実際に現場でどこに向かったかまでは把握していなかったようだった。
昨日の早朝に、しばらく停車していた東京駅付近で、佐久間から“ウィザードキー”を受け取ったことも知らないだろう。
そもそも涼子と木崎の関係は表向き接点はない。
夕紀の方も無事だった。
喫茶店に行くのに、最寄りの有料パーキングに車を止めている。そこからどこに行ったかはバレてはいない。
もっとも、六堂から言わせれば、簡単にやられる“二人”ではない。
そして川島の話によれば、スターズブルーに涼子が寄ったということは、佐々木に連絡していないとのことだった。
昨日の夕方、庄司エンタープライズ本社ビルから青山西通りまでの発砲騒ぎについては無線で聞き、川島も知っていた。
その場所と、モニターしていた涼子の車が、さほど遠くないことも把握していた。
涼子が、現場に向かうかと思いきや、まるで大通りから裏通りに道を変えたように進路を変更したことで、川島も涼子を追ったという。
そして車を発見。スターズブルー裏口から出入りする闇医者らを監視し、間違いなく、大通りの一連の発砲騒ぎと何かしら関係があることを察した。
“騒ぎ”は、庄司エンタープライズ側からの報告で、本社ビルにセントホーク事件の容疑者、室富が侵入。前田専務とその秘書を殺害して逃走したことから起きたということを、無線で聞いた。
その後、葬儀会場に向かうためにスターズブルーを出る涼子と一緒に、六堂も車に乗り込んだことを確認。西日暮里にある葬儀会館への移動をモニターし、そっちの件は佐々木に連絡を入れた。
この“六堂”がスターズブルーから出てきたことが、川島の勘にピンと来させた。
何故なら、青山西通りで、庄司エンタープライズのアーミーから発砲を受けて放棄された車は六堂の所有する、1998年型の黒のシビックだったからだ。
川島は放棄された車のナンバーを現場の警察官に無線で確認を取り、自ら照合していた。
室富が一人庄司本社から逃走したことになってはいたが、何故その際使用したのが、“あの私立探偵の車”なのか?そして何故その持ち主は現場から近い、スターズブルーにいたのか?
そこから、スターズブルー内に室富が潜伏しているのでは?と勘が働いたという。
スターズブルーに室富がいるとしたら、“自らの手で逮捕するチャンス”と考えた。成果を手にするために、涼子がこのスターズブルー(みせ)にいたことは佐々木に連絡せずにいたということだった。
「お前、妙なところで鼻が効くのな。何より本当に成果に飢えてたんだ…」
褒めてるわけではないが、佐久間は感心した。
だが川島のその野心のおかげで、逆にスターズブルーが安全だったことは幸いした。
となると、問題は倉庫と、葬儀の会場から消えた美雪の件になる。
居場所が追跡されないよう携帯の電源は切るように水戸たちに言っているので、倉庫との連絡は取れない。直接様子を見に行く必要があった。
倉庫の存在と、そこに“自分が助けた木戸親子”がいることを知った室富は、川島の襟首を掴み持ち上げていた。
川島は、宙に浮いた足を苦しそうにバタつかせた。
六堂に「やめろ!」と止められると、室富は手をその場で離し、川島は床に落ちて腰を着いた。
「こいつは上司の指示に従っただけで、黒幕とは繋がってはいない」
「…とはいえ、あの親子に何かあったら、お前殺すからな」
そう言うと、室富は店の裏口のドアノブに手をかけた。
「どこに行く?昨日の今日だ。警察もこの辺りで捜索しているし、ひょっとしたら”庄司のアーミーを語る”あの連中も、まだいるかもしれない」
六堂がそう言うと、室富は笑った。
「望むところだ。俺を敵に回したことを後悔させてやるぜ…」
強気な態度の室富だっが、ドアノブに掛けている手を涼子が掴んだ。
「待て…倉庫には私が行く」
「…あんたが?」
「絶対に安全だと言い切って、私のせいで危険が迫ってるんでな…。それに、お前と違って私は堂々と外に出れる」
「堂々って…庄司エンタープライズの…アーミーを名乗っている輩は、あんたのことも消す気なんじゃないのか?」
「それは気にするな…。私はこう見えて結構強いんでね」
冗談めかして言う涼子だが、室富は木戸宅で背後を取られたことを思い出した。
「それより…お前には伊乃と一緒に見てもらいたい“もの”があるんだよ室富」
「何だ?探偵と…?」
涼子は黒いハンドバッグから、ディスクを取り出した。
「涼子さん、それは?」
六堂が尋ねると、涼子は真剣な顔で「これは一度見たら中身は消えるからな」と言った。
見た者の命が狙われてきた原因である映像が映っている危険な代物故、ディスクに焼く際に、夕紀が一度の再生で消える呪文を施していた。
「私は伊乃に見せるために用意した物だけど、もともとは室田に見せたかったものだと思う」
室富は、涼子の言っていることに首を傾げた。
「伊乃…それで美雪ちゃんのことは?」
六堂は冷静に「どうもしない」と答えた。
「…いや、正確には、どうしようもない、だ。今更、会場に行っても手掛かりなんてないだろう。美雪を拉致したとして、こちらに“用”があるのだろうから、それまで殺すことはないと思う。その内、連絡を寄こすはずだ。それまでに、一度事務所に戻って、装備を整える。まずはこのディスクを見てからね」
喪服から着替えた涼子が、スターズブルーを出たあと、肩を落としていた川島は、首だけ上げて佐久間に尋ねた。
「…佐久間さん、何故です?」
「何がだ?」
「課長の件…、水戸さんの私的利用、木戸親子護衛場所の未報告…、佐々木警部が課長に報告して、呼び出しがあったことは僕も知っています。でも、さっき“課長と話は着いている”って」
その質問に、佐久間は苦笑した。
「…警部補はあまり言わないがな、あの人の祖父は、結構な“元”お偉いさんでね。滅多にそんなことはしないんだが、今回はその力を使ったんだ」
「偉い人…」
スターズブルーを出た涼子は、止めている車まで来ると、トランクから警察の支給品ではない“グロック7カスタム”が左右に一丁ずつ入った、ダブルショルダーホルスターを取り出し装着した。
今回の事件、ウィザードキーでの映像を見た時から、涼子には“警察官”としてではなく、“自身の使命”に基づいて動かなくてはならないことに気持ちをシフトしていた。
あの姿を消す技術と、それを使用していた人型の“人ではないもの”の正体を彼女は知っている。
正確には、どうして“今”それがあるか、大元の原因を知ってるのだ。
二つは、この現在においての既存技術では再現不可能なレベルにある。映像を見た涼子はそれがはっきりと解った。
今から十年、二十年と未来の先では少しずつ実現可能になっていくかもしれないが。
しかし、現実として実現不可能である“それ”が、今実在している。なぜ、未来技術ともいえる代物が、存在しているのか…。
話は今から二十一年前、1978年のこと。
東京発ニューヨーク着ANS343便失踪事件。
この年、乗客348人を乗せたANS343便が太平洋上で忽然と姿を消すという事件があった。
まるで伝説のバミューダトライアングルのようだと騒がれ、逆に一時はフェイクニュースではないかとも騒がれた事件だったが、捜索で海上にエンジンの一部と、いくつかの機体の破片が浮いているのが発見された。
だが結局それ以上、機体と思われる物が見つかることはなく、何らかの理由で墜落したものと見なされた。
しかしこの事件が最も騒がれたのは、失踪以上に、乗客の一人がハワイのカウアイ島のナパリ海岸州立公園で見つかったことだった。
奇跡の少女、謎の少女など、ゴシップ記事でも、あることないことを大いに賑わせた。
もちろん、この件も“ヤラセ”や“嘘”という意見も大いにあったが、少女の祖父が、大者だったこともあり、その力でメディアの論争や憶測は消され、いつしか世間からは忘れ去られたのだった。
病院に収容された少女は外傷、脱水、栄養失調などの症状は勿論だが、何よりも意識障害と記憶喪失が極めて酷い状態だった。
容体が安定するまでに、一ヶ月以上を要したが、結局記憶が戻ることはなかった。
それにより、飛行機に何があったのか、少女から聞き出せることはなく、そのまま退院した。
乗客には、少女の両親も乗っていたため、身元は祖父が引き受けることとなった。
その後も、今日に至るまで少女の記憶が戻ることはなく、今でもそのことでは本人が一番苦しんでいる。
この事件についての真相は、恐らく今後も多くの人間が知ることはないかもしれない。
が、事実は、“古代文明”にあった。
古代文明は、現代よりも遥かに進んでいたという逸話を聞いたことはあるだろうか。
恐竜絶滅の6600万年前から、人類誕生の20万年前までの空白の歴史にあったとされる、現代文明よりも進んだ文明。
一時はそう提唱する学者の声が世界に広まったが、時が経つにつれ、恣意的解釈や、証拠や記録の捏造が露呈し、空想論者のデタラメ、擬似的サイエンスであるとの見解で概ね決着のついた説である。
しかしこれは決して空想でも擬似的サイエンスでもない、事実存在した文明の一巡ともいえる誰も知ることのない真実の歴史。
“シャドーメモリーズ”
古代文明が作り上げた記憶システムであり、実態のないエネルギー体で構成されたシステム。
かつて太平洋上に存在したという伝説の大陸と、その文明を滅ぼした原因が“これ”であった。
現代よりも進んでいた古代文明では、力の支配が多くの民を苦しめていた。
古代兵器やそれを動かす古代エネルギーはあまりに精巧で強力な存在だった。
もともとそれらの原理は、古代人の生活の利便性や、平和維持のためのに築かれた技術であったが、やがて力ある者にそれを奪われ、破壊兵器として利用されることとなっていった。
支配者の圧政に苦しむ民たちは、自らの作り上げた物では平和な世は築けず、あるいは世界を滅ぼしかねないと判断。奪われた技術、つまりは文明そのものの破壊を考えるようになった。
しかし支配者たちの圧政を前に、対抗できる術を見つけ出すことはできなかった。また、その術として、文明の破壊をするために別な兵器を作っては意味がないとも考えた。
そんな中、ある技術者が、古代文明の技術を動かすための原であるエネルギーを利用した『シャドーメモリーズ』という記憶システムを開発した。
形のない膨大な情報を扱えるそのエネルギー体を人間の脳に書き込むことで、脳の覚醒を可能とすることを発見したのだ。
脳の覚醒は、未知の潜在能力の向上、変異等を可能とし、兵器に頼らない“武器”として最強兵士を造り上げることに成功した。
その兵士を用いて、諸刃の文明とそれらを操る悪しき権力者たちを消すことに、圧政に苦しんでいた民は挑んだのだった。
シャドーメモリーズには、高い戦闘技術と、古代文明の歴史、そして古代兵器とその技術の全てが記録された。また、”それらの破壊と扱う者の抹消”をプログラムした。
最後に、正義なき者に悪用されないよう、純粋な心の持ち主以外には書き込み不可能なプログラムも施され、新しい世を築くであろう若者たちに託されたのだった。
その若者たちの名は“シャドーウォリアー”と呼ばれた。
シャドーウォリアーたちは世を再び自然の中に戻すため文明の破壊活動を行った。そして兵士たちが優秀にして最強を証明するかのように、古代文明はわずか数日で滅びた。
しかし急な文明の破壊は、さらなる破壊を生んだ。
技術に支えられたあらゆる物が不安定となり、古代人そのものの滅亡という結果を歩んだ。
その少し前、支配者の所有する兵器やその技術の幾つかが、まだ未開の地である世界の方々に飛んでいった。
それは、いつの日かまた支配をする立場に返り咲くことを願った、追い詰められた支配者たちの悪あがきであった。
その一方、古代文明の滅びまでの歴史を記録したわずかなシャドーメモリーズを、全てが海の藻屑と消えゆく直前に、開発者がもう一つの技術、“異空間ボックス”へと保管したのだった。
1978年に失踪したANS343便は、不安定となった異空間ボックスとぶつかったことで、姿を消したというのが事実である。バミューダトライアングルに代表される、飛行機や船の謎の失踪も、同じことが原因であるが、それを今の人々が知ることは間違ってもないだろう。
ANS343便失踪事件から生き残った記憶喪失の少女は今、警視庁の警察官として活躍している。
そしてその一方で、世界中の裏社会で噂となっている、その存在を見た者がいないとされる最強戦士、影その人であることを知る人物は、数少ない。
子供時代の記憶のないその人物は今、爆音を立てて、赤いポルシェで市街地を疾走していた。




