第三十五話 命を狙う側2
『大佐、青山方面は警察の捜査が入り、室富たちの捜索が難航しています』
黒いスーツの男、“大佐″はハンディ型の無線機を腰のホルダーから手に取った。
「…解った、室富は諦めて構わん。警察の対応を上手くやってくれ」
『了解』
ガッというノイズ音で交信が終わると、大佐は無線機をホルダーに入れ、廊下の窓からビルの下を眺めた。
パトカーが複数台止まっているようで、周辺が回転灯の赤で染まっているのが見える。
「逃げ切りましたか…奴ら」
隣に立っていた“志賀″はため息様に言った。
「これから、どうしますか?」
「無論、奴らが何らか行動に出る前に消すということに変わりはない。しかし…」
「…“しかし”、なんです?」
「なかなかに、成果が出ないものだな」
大佐は深くため息をついた。
「我々、“部隊零”はそこまで無能だったとは私は思っていなかったがな」
セントホークでの生き残り、つまり“木戸親子”の始末に失敗し、未だそのターゲットの行方は掴めず。内通者の報告で、室富が阻止したと思われることは聞いていた。
また、ハイウェーブの存在を嗅ぎ回ってたいた合田は始末したものの、その場に現れた女にやられかけての離脱。こちらは警視庁の刑事であることを、内通者より報告を受けていた。
そして“例のもの”の目撃者である上萩のホームレスの始末も、何故か現場に現れた、あの”私立探偵に阻止され、こちらもターゲットも未だ行方が掴めず。
そして、今……。
大佐はポケットから名刺を取り出した。少しヨレている名刺だ。
「それは?」
「ハイウェーブのことを嗅ぎ回っていた小物の住処で、内通者が捜査中に拾ったものだ」
志賀は名刺を受け取った。見ると、六堂のものであることがわかった。
「あの探偵の…」
「どう思う?すでに、合田に接触していたんだ、探偵は。室富に気を取られていたが、江村のところに来た時点で、注意すべきだった」
志賀は微かに腫れた額の横を触れ、六堂との格闘戦のことを思い出す。
私立探偵は民間人でも銃の携行を許可された国家資格故、試験内容は難しく、実技においても厳しく、優秀な人間が平均的に多いが、それでも六堂の“動き″はその常識を超えていた。
志賀はグッと拳を握り締めた。
「大佐…できれば、あの私立探偵は私が始末したい」
「…青山西通りにいる部下の内、二名をすでにこの住所に部下をやった…。偵察と、可能であれば生け捕れとな。上手くいかば、好きにすればいい」
二人の会話に割って入るかのように、廊下の奥から声がした。
「大佐!!」
声のする方を振り向くと、江村が力強い歩き方で目の前まで迫り来た。
「…何です?江村部長」
そんな彼に、大佐ではなく志賀が応えた。
「派手にやってくれたな。銃撃戦などしおって…。その上まだ室富たちが見つからないとはどういうことだ?」
「…さて、どういうことでしょうね」
少し苛ついている江村に対して、志賀の冷静な態度は変わらない。それがまた江村の気を逆撫でた。
「貴様……自信ばかりが先行して、口ばかりじゃないか!」
苛立つ江村に、志賀は腕を組み江村に顔を近付けた。
「それはないでしょう」
「何?」
「確かに部下を十六人も失い、奴らに逃げられた」
「……」
「しかし、連中はたった三人。持っている武器にも限りがあった。連中を追い詰めるには余るくらいの用意があり、ビル内の捜索も精鋭が行なった。だが見つからず、逃げられた」
「…だから何だ?現場リーダの君が無能なだけではないのかね」
「私も強化兵士ではあるが人間だ。千里眼は持っていない。知り得ないことが逃げられた原因ならば、仕方ないでしょう」
「何が原因だと言いたいのかね?」
「セキュリティーシステムの“穴”でしょう」
「穴?」
江村は眉を顰めた。
「あなたは以前、このビルの警備システムは“完璧”と言っておられたが、どうなんでしょうか。我々が知らない穴があるのでは?」
志賀のその質問は、自身の責任転換のためだと思い、首を振りながら江村は言い返した。
「ここは海外の特殊部隊を使って、システム作動時の侵入と脱出のテストを何度も行ったんだ。その際に100%の結果を出している」
冷静な顔をしていた志賀は、クスッと笑んだ。
「ではテストで“見つけられなかった穴”を見つけたんでしょう」
江村は歯を食いしばり、怒りの顔を見せた。
「御託はいい…。下は警察だらけだ。もし捜査のメスが入れば、そんな言い訳も出来なくなるんだぞ」
二人の言い合いに、大佐は割って入った。
「二人も熱くなるな…。江村部長、それとそのことは心配いらない。“社内トラブル″に警察の強制介入はない」
「…だが、前田専務と秘書の遺体がある。いつまでも放置は出来ん。それに大通りでの発砲での追求は厳しいぞ」
「前田の方は、“頃”を見計らって警察に来てもらう。それに大通りの発砲は仕方ない。“企業秘密を持ち出した輩”を追うのはアーミーの仕事。それもその相手が目下手配中の容疑者、室富となれば、警察も理解するだろう」
“企業秘密を持ち出した”、その言葉に江村は目を細めた。
「なるほど、そういうシナリオか。だが、お前らは本物のアーミーではない。それがバレればことだ」
「まあ…その時は、ボスの力を振るいましょう。私のボスも大物、あなたのボスも天下の庄司エンタープライズの社長だ。話を捻じ曲げることくらい何とかなるでしょう」
大佐の落ち着いた態度を見て、江村も少し自分を落ち着かせようと、間を空け、軽く深呼吸をした。
「…それで、前田専務の件、頃合いというのは?」
「あと三十分程度で監視カメラの改ざん編集も終わる。あくまでも“室富だけ″がここにいたことにしないと、我々の行動が警察に正しかったと示せない。カメラに、あの私立探偵とロスの刑事が映っていては厄介だ」
「確かに…」
「その上で警察に説明をする。セントホーク襲撃をした容疑者だ。室富が前田を殺したというシナリオで警察が疑うことはない。この会社に何らかの危害を加えようという陰謀を持っていると見ることだろう」
「…そう上手く行ってくれればいいがな」
「その方向で捜査は動くようになっている。そのための内通者が警察にはいる。それに私の部下、十六人の遺体を見れば、SATを室富が一人で倒したこともより納得しくれるはず」
頷いた江村は、大佐の冷静な判断に少しだけ安心をした。
「…とすると問題は、“あの私立探偵″か。厄介な野郎だ。奴め…最初から我が社を疑っていたが、まさか前田専務にまで接触しようとは」
「ところで、志賀の言う穴ではないが…」
「何だ?」
「奴ら、ここを逃げる際に社内の人間のサポートがあったのはご存知か」
「…馬鹿な。“前田の部下”は全員消したろう。誰だ?」
「受付の女だ」
「まさか…どの女だ?」
「ああ、確かに新田…新田 明日美とか言ったか」
受付嬢の中でも一番美人だと評判の人物、江村はすぐにその顔を思い出した。
「信じられん、いや、奴らを逃そうと行動に出たこともだが、セキュリティーシステム作動中に逃がせたことが、信じられん」
「同僚への聞き込みでは、システムが作動する前には、トイレに行くとか何とか、姿がなかったという」
「で、どうした?捕まえたか?殺したか?」
「胸に三発、即死でしたよ」
「そうか…あの美人がな。前田の…スパイの一人だったというわけか」
美人なだけではなく、応対の評判が来客にも良く、信じ難い気持ちもあった江村だった。
大佐の腰のホルダーの中の無線から声がした。
『大佐、こちら011、応答を』
六堂の事務所に向かった部下からだ。大佐は無線を手にした。
「大佐だ」
『指示のあった住所に到着。まだターゲットは戻っていない模様』
「ならば先に侵入して、待ち伏せろ」
『…それが』
「どうした?」
『侵入は不可能です』
部下の言葉に、大佐は一瞬、訝しげな顔をした。
「どういうことだ?」
無線の向こう側の部下は、六堂探偵事務所のことを詳細に説明した。
一見はただの住宅と同じに見えるが、窓は防弾。それも特殊防弾で、通常の窓の厚さと変わらないということだった。
また他の侵入方法を模索するために建物をスキャンしたが、外装には特殊な金属が網目状に埋め込まれているとのこと。
壁に穴を空けて入ることは難しく、何より面倒なのはドアだ。正規品ではなくオリジナルの指紋認証ロックシステムを用いていることだ。
「…なるほど。“こういうこと”を想定しているようだな。やはり只者ではないな、あの私立探偵」
『今の我々の装備では、強引に侵入することは不可能です』
どうするか思案する大佐だったが、内ポケットに入れている携帯電話の着信音が鳴り出した。
大佐は携帯の画面を見ると、「そのまま待機だ」と無線の向こうの部下に伝えた。
そして携帯の通話ボタンを押す大佐。
「…私だ。どうした?」
何を話したかのか、少しやりとりをした大佐は携帯を切った後に、無線で部下に“撤収”を命じた。
無線をホルダーに入れた後、腕組みをして考え込む大佐。
「志賀」
「はい」
「…セントホークで全滅させたSATの隊員について、調べて欲しい人物がいる」
「誰です?」
「益田…益田 恵という者だ」




