第三十三話 後悔
「行ってくれたよ、奴ら」
ここは、バー“スターズブルー”のスタッフルーム。事務所兼休憩室だ。
ガラス扉式ワインセラーやブランデーボトルが並んでいて、在庫置き場にもなっている。
その部屋の奥にラッドの仮眠用ベッドがあり、今そこにはジーナが横になっていた。
店とを隔てるドアのある壁に身を密着して拳銃を構えていた室富だったが、中に入ってきた谷中の姿に、ほっとため息をついた。
「おっと、私を撃たないでくれよ」
室富に手を挙げてみせる谷中は、奥のベッドへと歩み寄った。
「ひどいな…」
一言そういうと、谷中は側にいる六堂の横に屈んで、ジーナの撃たれた部分に手を当てた。
手からは優しい光が発せられる。“癒しの魔法”だ。
怪我が治るわけではないが、痛みが和らぎ、出血を抑え、体力も少し回復する。
今のジーナには気休めだろうが、辛そうに眉間に寄せていた皺はスッとなくなった。
「ありがとうございます…たまにお見かけしてましたね」
六堂が礼を言うと、谷中は軽く肩を叩いた。
「気にするなよ、私はこの店ではサービスしてもらってるからね。その分の仕事をしたまでだよ」
ーー“素人ではない”と思ってたが、魔導士だったか…
谷中は、スタッフルームの電話で、所謂“闇医者”の知り合いに電話を掛けた。
ジーナの治療のため一番近くにいる医者で、六堂も顔見知りの人物が来てくれることになった。
少しして、スターズブルーには医者より先に涼子が現れた。
ここに彼女が来たことに、驚いた六堂だが、木戸家で会った室富は目を丸くした。
「お!え!あの時の…」
涼子の方は、室富を見てもさほど驚く様子はなかった。
「…どうしてここに?」
六堂が尋ねると、涼子は難しい顔をした。
「本当は伊乃の事務所に向かうところだったんだよ」
涼子は、夕紀にディスクに焼いてもらった映像を見せるために探偵事務所に向かっていた途中、ラジオのニュースと、警察無線で、庄司エンタープライズ本社でのことを知ったのだった。
「あんたやジーナの名前は出なかったけどね…。車を放棄した場所から、まぁここかなって。“室富逃走”の証拠として車は回収されるが…あんたの車だ。任意の聴取はあるからな」
そう言い、ジーナの寝ているベッドに歩み寄り屈んだ。
「とんだ観光になったわね、ごめんねジーナ」
意識のないジーナに謝る涼子に、六堂は首を振った。
「俺が悪いんだ」
本当は仕事を手伝わせてはいけないことなど解っていた六堂。彼女の日本慣れと、優秀さに気づき、安心していた。
しかし、それは関係ない。この一連の黒幕の危険さの読み違いは、完全に自分の過ちであることを六堂は、後悔していた。
明るく前向きなジーナといることで、“恵の死を考えることがない時間”をもらっていた。ジーナに対して都合よく精神的に甘えていたと…。
「いい奴だろ?」
涼子は落ち込む六堂に言った。
「…え?」
「いや、とにかくいい奴なんだ、彼女は」
六堂は、何故かこんな時なのに、ふと思い出したことがあった。涼子とジーナの関係についてだ。
「俺、涼子さんから、彼女ののこと聞いたことなかったな」
「ん?」
「でも、逆に彼女は俺のことは色々知ってたみたいだけど」
涼子はフッと笑みを浮かべた。
「それは…まぁ、話すと色々あるが…ジーナにあんたこと話す機会がたまたまあっただけのこと。その内話すよ。まさか、伊乃とジーナが出会うとは、考えたことはなかったんでね」
六堂の肩をポンと叩くと、涼子は踵を返し、室富の方を向いた。
「室富…今度は逃げるなよ」
室富は複雑や表情を浮かべたが、軽く頷いた。
「…ああ、もうそのつもりはない。俺一人でどうにかなる状況でもないしな」
「お前に詳しく話を聞きたいところだが、これからこの伊乃と用事があって出掛ける。戻るまでここで大人しくしてろ」
どの道、セントホーク事件から一連の容疑がかかっている上に、今さっき起きたビルや道路での騒ぎが自分のせいになっていることを考えれば、飲み食いにも困らなそうな、ここに留まれるのはありがたい話だと、考えた室富。
「じゃ、いってらっしゃいませぇ。俺は、一休みさせてもらうさ」
室富は、椅子にだらしない格好で座ると、テーブルに脚を乗せて腕組みをした。
会話が一区切り着いたところで、谷中が、二人が戻るまでここの守りをすると申し出てくれた。
「ところで、用事って」
「恵ちゃんのお通夜…」
「しまった!そうだった」
庄司エンタープライズで前田との話を終えたあとに、会場に行くつもりで、いたが、激しい銃撃戦からのここに至るまでの出来事で、今そのことに気づいた。
「だと思ったよ…。車にあんたの喪服、詰んできてたよ」
そう言い、涼子は車まで積んでいる自分と六堂の喪服を取りに行った。
六堂は力無く、椅子に座り込んだ。
ーー俺何やってんだ…
状況が状況とはいえ、恵の通夜を忘れてしまった自分に情けなさを感じた。




