第三十二話 Stars Blue
立ち並ぶビルを境に、繁華街とは反対の通りにあるバー“スターズブルー”。
落書きだらけの壁や、薄汚れた建物が並んでいる、そんな場所の何とも目立たない店だが、店内は品のあるクラシックな雰囲気、そして流れるジャズと、マスター兼バーテンダーのラッドが振るシェーカーの音が、今夜も魅力を醸し出していた。
今日は土曜ということもあり、夕方から客の入りはよく、蝶ネクタイとロングエプロンを着けたウェイトレスが、お酒や料理を乗せたお盆を片手に品よくテーブル席まで運んでいた。
そんな店内に男が三人、入って来た。扉に付けている小さな鐘の音がやや荒めに店内に鳴った。
「いらっしゃいませ」
ラッドの丁寧な挨拶など、まるで耳に入っていないかのように、その男たちは店内を見渡した。そして入店するにな似つかわしくない服装と雰囲気。
美しい仕上がりのカクテルに、カットレモンをグラスに添えていたラッドは、笑顔を崩さずにはいたが…。
彼が立つそのカウンターに、男三人は真っ直ぐ近づいた。
「申し訳ございません。ただいまテーブルは満席でして、カウンター席でよろしいですか?」
ラッドがそう言うと、男の内の一人が、カウンター端のスイングドアの前に立った。そして掌を上に向け、小さく手招きをした。
ラッドは、出来上がったカクテルをウェイトレスに運ばせ、スイングドアを挟んで男の前に立った。
「どうかいたしましたか?」
品の良い笑顔で、ラッドが男に尋ねた。
「ここに三人組…男が二人、女が一人、入って来なかったか?」
ラッドは、首を傾げた。
「三人組のお客様でしたら、テーブル席に何組かおりますが…」
男は口を一文字にし、首を軽く振った。
「女は怪我をしている、重傷だ」
何を馬鹿な、と言った風に笑いながら手を振るラッド。
「いいえ、そんな怪我人なんて来ていません。ここは病院ではありません」
男はコート捲り、脇の拳銃の入ったホルスターを見せた。
「我々は庄司エンタープライズのセキュリティサービスだ。“企業秘密情報を持ち出した人物”を追っている。」
「国の指定企業への損害に関わる場合は銃も使用出来る。我々には隠すとためには、ならないぞ」
「さ、本当のことを言え」
三人組は、間を空けず高圧的に次々と喋った。
「……」
するとラッドから笑顔が消えた。
そんな彼の表情の変化に気にもしない様子で、真ん中の男は更に詰め寄った。
「血痕がこの路地の近くにあった。逃げ込めそうな場所はここだけだ」
そう言われたラッドは、カウンターのスイングドアを開け、男に近づいた。
そして耳元に顔を近づける。
「…私の店で、銃をチラつかせる無粋な行為は許さん」
小さな声でそう囁くラッドの右手には、アイスピックが握られていた。
「…っ!」
それに気づいた男は驚いた。
ラッドは客には見られない角度で、アイスピックを男の喉に突き立てている。
スイングドアの前に立った時には確かに何も持っていなかった。いつアイスピックを手にしたのか、男にはわからなかった。
「…バーテン風情が生意気な。腕に多少の覚えがあるのか。しかし私を抑えても、後ろの二人はどうする?」
ラッドはチラリとカウンター前に立つ二人の男に目をやる。二人ともホルスターから拳銃を抜く準備をしていた。
「俺が殺されても、そこの二人は任務は全うする」
ラッドは、少し間を空けた。
「…他のお客様の至福の時間を、血で汚す気はないのですよ、私は」
「何だと?」
「ただし、この店でまた私に対し脅しをしたならば、貴様はただでは済まさん」
男はラッドの強気な姿勢に笑った。
「アイスピック一個ではどうしようもあるまい」
「…確かに、かなりの訓練を受けたように見受ける。貴様一人でも、私の手に余るかもしれない…が」
ラッドはカウンターを左手でコンコンと叩いた。
すると、ラッドたちから一番近くに座っていた客が、煙草を口に咥えた。
そしてその客は、煙草に火を着けた。
「…っ!」
三人の男は、煙草に火をつけた客を見て驚いた。
なぜなら、ライターもマッチも使わなかったならだ。人差し指から火を出して煙草に火をつけたのだ。
その客は涼しい顔で、ふうっと煙を吐いてみせた。
「そこに座ってるお客様は、今すぐそこの二人を焼き尽くせますよ」
「…こいつ、魔導士か」
「私が酒を出す店を安易に営んでると思いますか?」
「何?」
「こんなバーでも、時々、トラブルもありましてね。彼はこの店を気に入ってくれてる常連です。用心棒代わりに、いつもいい酒を安く提供している」
男はにんまり笑った。
「試すか?酔っ払いのトラブル客と、我々は違うぞ。そいつが炎を出すより、銃の方が速いと思うがな」
「…しかし、その気はないのでしょう?あなた方は戦闘が目的じゃない。私たち二人を倒せたとて、無傷ではない。お客様を巻き込んで、探している輩が見つからなかったら、責任を取らされるのでは?」
ラッドにそう言われると、アイスピックを突きつけられている男は、二人の男に目と表情で合図をする。すると二人ともホルスターの拳銃から手を離した。
ラッドもアイスピックを引っ込めた。
「では、改めて言おう。ここに三人組などは、まして怪我を負った者などは来ていない。もっと、外をよく探すのですね」
ラッドと男の睨み合いは数秒続いた。
「マスター!」
ウェイトレスがカウンターに近づき声を掛けてきた。
「“マンゴーモヒート”の追加と、マスターオリジナルの“ヘブンズダイヤモンド”のご注文入りました」
ラッドはいつもの品のある笑顔で振り返った。
「ええ、わかりました。すぐにお作りします」
ラッドを睨んでいた男は、他の二人に首を後ろに振って(行くぞ)と合図をすした。そして三人とも踵を返し、店を出て行った。
扉に付いた鐘が鳴って、数秒すると、ラッドはどっとため息をついた。
「助かりました、谷中さん」
カウンターに座る魔導士、“谷中“の肩を軽く叩きそう言うと、空になっているグラスを手に取った。
「おかわり、お出しします」
「いや、今夜はいい」
カウンターを立ち上がった谷中は、スウィングドアを通り抜けた。
「マスターはほら、客にはお酒を作って」
そう言うと、カウンター裏にある扉を開けて、従業員用の小部屋に入った。




