第三十話 明日美の過去
足場板と階段を繰り返し、何階か下りると、金網扉の小さなエレベーターが見えてきた。
このエレベーターは、リニア式で、巻き上げ機を使用してないので音が響くことはないらしかった。
徹底された“秘密の通路”だ。
さっきの音の出ない床の蓋といい、高い技術が細部に渡って使われている。
明日美は、エレベーターの横にあるパネルのナンバーを入力した。
すると、壁の隠し扉が開き、中にライフル “AK88”が入っているのが見えた。その他にも、予備のマガジンと、ベルトの付いたマガジンポーチ、防弾ベスト、そして手榴弾が置いてあった。
「明日美さん、助けてもらって本当にありがたいんだが、君はいいのか?ここまでするよう副社長に言われてたのか?」
明日美は制服の上着を脱ぐと微笑み返した。
「…庄司エンタープライズのアーミーに引き抜かれる前、私はチームを組んで裏社会で活動してました…」
「…!」
「仲間はいい連中で…まぁやってることは犯罪なんですが…」
二年前、明日美のチームは、“株式会社ハイウェーブ”からの依頼で、ある人物を始末するという仕事があった。
大した企業でもないハイウェーブが、自分達をどう知ったのか疑問はあったが、前金の支払いもしっかりされ、内容も簡単だったので受けたという。
ところが、ターゲットは驚異的に強く、返り討ちにあい、チーム全員殺されたのだった。
「…忘れられないのは“目”でした。生気を感じない、人間の目じゃなかった。そして運動能力が異常に高く、不意打ちとは言え、銃を持った四人を相手に、ナイフ一本で全員殺したんです。私を除いて…」
明日美はブラウスのボタンを外して、左胸を見せた。ブラからはみ出た大きな傷跡が六堂の目に映った。
「よく…助かったな」
ボタンをはめ直しながら、頷く明日美。
秘密裏に副社長の直接命令を受け工作活動をしていたカンパニーズアーミーが、現場に来た際に助けられたという。
「…九死に一生です。庄司エンタープライズのまだ表に出ていない技術で助かりました。この胸の中は一部、機械なんです」
その際に、副社長に裏社会から足を洗い、戦いを手伝ってくれないかと、話を持ちかけられた。
明日美は、そんな事情を、防弾ベストとマガジンポーチを装着しながら、淡々と話していった。
「だから気にしないでください。ただの犯罪者だった私の命を救い、特技を活かしてお給料をもらう仕事をくれた副社長には、恩があります」
「…そうか」
「それに、多分、私たちより、あなたと…“室田”さんの方がセントホーク事件の真相に近い。何とか黒幕を炙り出し、社内の膿を排除してください。もちろん、お二人にとっては社に義理はないのでしょうど」
明日美は、ライフルにマガジンを装填し、「さ!行きましょう」と強く言った。
きっと副社長への忠義だけではなく、仲間の仇のためにも、庄司エンタープライズ内の悪共と戦っているのだろうと、六堂は、共に裏社会で活動をしてきたメンバーの顔をふと思い浮かべた。
六堂は二、三度軽く頷き、エレベーターの中に入った。
後に続いて入ろうとした室富は、明日美の横で足を止めた。
「…もうここでは働けないぞ。副社長さんとやらの工作活動はお前さんはできなくなる」
「ええ、もちろん。社員は各自今いるフロアで待機という指示が出てますから、受付に私がいない時点で、私の捜索も、始まってるでしょう」
「捕まったらどうする?奴らに拷問されるぞ」
「捕まりません。副社長のことは絶対言えませんから、もしもの時は自決します」
迷いのない瞳でそう言う明日美を見て、室富は黙ってエレベーターに乗り込んだ。
四人が乗るには少し狭い小さなエレベーターは、明日美の説明通り、音もなく静かに下に降りていった。
それは地下駐車場よりも、一階分更に下でストップした。
エレベーターを下りると、下水が流れているコンクリートで出来た空間に出た。一度そこで待機をする。エレベーターは扉が閉まると、自動で上に戻っていった。
下から上へは行けないシステムなのだという。扉も閉じると完全に壁となった。
真っ暗になり、水の音だけが響き渡る。
明日美は、ポケットから小さいライトを取り出して、スイッチをいれた。
そしてさっき使ったセキュリティーカード二枚を折って下水に投げ込む。二つ折りの携帯も真っ二つにして、投げ入れた。
「いいですか、これから上の地下駐車場に上がります。当然あの警備の連中がいるでしょう。私が時間を稼ぎますから、その間に車で逃げたください」
今の指示に六堂は眉間に皺を寄せた。
「…君は残るのか?」
「……ええ」
「一緒に来い。使命感は解るが…」
明日美は首を振った。
「奴らはビルから出ても、あなたたちを殺しに追い掛けるはずです」
「……」
「あいつらは“表向き”セキュリティーサービスであるなら、国の経済を支えるこの会社の危機として、権利を行使すると思うのです」
「カンパニーズアーミーの半国家権力…か」
六堂は後から明日美の肩に手を乗せた。
「わかった…。でも、俺たちが逃げたら、君も自力で逃げることを約束してくれ」
振り返った明日美は、右の口角だけを上げて、複雑な表情で苦笑した。
「あなた、本当にこの街で恐れられた蒼光…?」
「さあ、俺ご覧の通りさ。…例の店、俺たちが会ったっていう」
「…ええ」
「今度“そこ”で二人で呑もう。再会を記念して」
六堂の発言に目を丸くする明日美。そしてまた苦笑した。
「憶えてなかったくせに」
六堂は首を傾げて笑った。
四人は、マンホール型の蓋の下に立った。
「俺が先に出る…」
室富が壁の梯子に登り、重い蓋をゆっくりと持ち上げ、隙間から様子を伺った。複数の車ばかりで、ちょうど姿は見えないが、間違いなく何人かの警備がいるのはわかった。
蓋を横にゆっくり動かすと、室富は上に上がり、片膝をついて頭を低くした。
続いて、明日美。
最後にジーナを背負った六堂だ。
明日美は、六堂を指差し、ハンドルを持つようなジェスチャーで、(あなたの車は?)と確認した。
六堂は、少しだけ頭を上げ、確認をする。その時、チラリと警備の人間も目に入った。
六堂の車は、今いる位置から10メートル程度離れた場所にあるようだ。
明日美も身を隠している側の車から頭を一瞬出して確認した。
どうやらそれが六堂の車と判っているようで、近くに四人の警備が立っていた。
その他、歩いて駐車場内を見回っているのも、確認出来ただけで三人。
明日美はトントンと自分を叩いて見せた。
“自分が六堂の車の周辺から警備たちを引きつける”と言うのだ。
六堂が頷くと、明日美は持っていたライトを彼の車の止めてある場所とは反対の方へ放り投げた。
カシャーン!
軽いプラスチックが地面にぶつかる音が、駐車場内に響き渡った。
六堂の車の側にいた警備の内の一人が指示を受け、音のする方へと確認しに向かう。
明日美はそれを見て、腰を低くしたまま、同じ場所に近づいた。
ライフルを構えながら、音のした場所に向かった警備は、地面に落ちてるライトを発見した。
「何だこれは」
ライフルを下ろし、落ちているライトを拾おうとする警備。
明日美はその隙を見て、左内腿のホルダーからナイフを取り出し、背後から近づき、警備の喉に突き刺した。
ドサッと倒れる物音に気付いた他の警備たちが一斉にその場所に向かった。
六堂と、室富はそれを確認すると、警備たちと入れ替わるように車に向かった。




