第二十八話 受付嬢
六堂たちは、前田のオフィスのある二十八階の、掃除用具や資材の保管をしている倉庫部屋に隠れていた。
エレベーターを使えばすぐに動きもバレて、待ち伏せされるだけ。おそらく非常階段も抑えられてるだろう。
ダクトやエレベーターシャフトを掻い潜ることも考えたが、高層ビルでそれをやるには負傷したジーナと一緒では無理があった。
この倉庫は幸い、監視カメラはない。とはいえ、そう長く留まっていては見つかるのは時間の問題だ。
そもそも、ジーナの怪我を考えれば、すぐに治療するためにも、早くここを離脱しなくてはいけなかった。
「で、どうする?」
六堂が尋ねると、室富は床に座り込んで壁に寄りかかり、ため息をついた。
「“一旦安全な場所”って言っても、あと何分もここにないられないぞ」
「…わかってるよ。本当はな、奴らの一人をやっつけて、あの制服奪って逃げようかと思ったんだけどな…。俺一人なら…」
「…なぜそうしなかった?」
「さっきも言ったろ。“顔見知り”がいて、気になったんだ」
黒眼鏡を少し下げ、ジーナの方を見る室富。
見るからに具合の悪そうなジーナは片目で、室富を睨むように見ていた。そして息絶え絶えに小さな声で言った。
「… Unconscious」
室富は黒眼鏡を目の位置に戻すと「あん?」と言った。
「…Youに…助けられるとは、“不覚”って言ったのよ」
それを聞いた室富は、肩をすくめて、首を振った。
六堂は、前田と秘書の遺体のことを尋ねようとする。
「室富…一応聞くが…」
「俺じゃねえよ」
だが、質問を言い終える前に、室富は答えを被せた。
「そうか…なら今はこれ以上聞かない。あとでゆっくり話をしよう」
「…そのつもりはない。とっととここからズラかって、お前らともサヨウナラだ」
そう返す室富だが、聞きたいことは色々ある。しかし今は彼の言う通り、“とっとと”このビルからの離脱方法を考えなけらばならない。
とりあえず室富は“話が通じる相手”であることと、“腕は確か”だと判断し、今はそれで十分だと思った。
「さて…どうしたものか…」
涼子に助けを求めたとして、ビル内は封鎖中。“社内トラブル”と言われれば、警察に無理な介入はできない。
仮に警察が上手く入り込めたとして、涼子なり、他の警官にこの広いビル内で、自分たちを見つけ出してもらう前に、警備に殺されてしまう可能性が高く、何より時間的にジーナの身体が持たない。
――くっそ…
六堂は、頭を抱えた。
これまで幾多の修羅場を経験してきた六堂だが正直、八方塞がりだと言わざる得ない状況だった。
あの“志賀”と名乗った男を始め、まるで軍の兵士のような警備員の強さに加え、このセキュリティレベルの高い高層ビルで、不利な状況に追い込まれてしまった。
室富の介入がなければ、この倉庫部屋にもいられなかったろうが…そこは彼に感謝をしていた。
「Sorry…ゴメン、リクドウ…」
脂汗を流しながら、ジーナーは謝った。自分から手伝うと言って、脚を引っ張るどころか、命の危険に晒していることに、不甲斐なさと申し訳なさで一杯になっていた。
「…謝るなよ。俺たちが相手にしてる連中が、思っていたよりヤバかった、その結果だ」
微笑みながら、そう返す六堂に、ジーナは(こんな時までそんな笑顔見せないでよ…)と、複雑な思いを感じた。
自分が囮になり、その間に室富にジーナを連れて逃げてもらう…六堂がそんなことモヤッとを頭で描いているとと、ふと思い出したことがあった。
六堂はポケットから折られた紙を取り出して見た。
「……」
そして携帯も取り出し、メールを打ち始めた。
室富はそんな六堂に訝しげな顔をした。
「何だ?誰かに助けのメールでもしてるのか?恐らく今ビルは外部からの人間は入れないぞ」
室富がそう言うと、六堂は苦笑した。
「わかってるよ…だからビル内の人間に…助けを求めてみようかと」
「…他に仲間でもいるのか?」
「いや…。だから“ダメ元”、賭けだ」
「…は?」
受付嬢からもらった、電話番号とメールアドレスの書かれた紙を見せる六堂。
「…下の受付の子、わかるか?」
「あ、ああ、結構美人の…」
「あの子から、これもらってて…」
「マジか?お前…やるなぁ…って何?受付の女に“助けて”ってメールしたの?」
「いや、“デートしませんか?”って」
室富は呆れた顔をした。
「居場所教えたのか!バカかお前…あの子とてここの社員だ。警備の連中に報告しておわりだ」
六堂は、両手を広げて前に出し、(まあまあ)と宥めた。
「どうせこのままでも、状況の好転はない。ただ殺されるのを待つだけなら賭けてもいいだろ?」
「アホすぎる!仮にあの子が何とかしようとしたとしても、主要な出入り口はロックされてるだろうし、ウロウロしてりゃ警備に怪しまれて終わりだ」
「じゃあ、このままでいいのかよ?」
「そうじゃなくて、何かするにも他の手を…」
コンコン…
二人の会話を遮るように、小さなノックのような音がドアから聞こえた。
六堂と室富は、同時に口を一文字に声を殺した。
――やべ…声デカかったか?
室富は、六堂へのツッコミに思わず大きな声を出してしまったことに、“しまった”と感じた。
ただ、六堂の行動が無謀且つ、信じ難いものであったことは事実だ。助けに戻ったことを急激に後悔し始めていた。
コンコン…
小さな音だが、確かに間違いなくノックだ。自分達を探して警備たちが丁寧にノックをすることはない。
六堂と室富は、お互い目を合わせると軽く頷き合い、ホルスターから拳銃を抜き取った。
室富がドアの前で拳銃を構えると、六堂は右肘を奥に下げて拳銃を覗き込む顔の側で構え、そっとドアを開けた。
「…!」
開けたドアの隙間を見た六堂は目を丸くした。
六堂のその表情を見た室富は何事かと思い、銃口をドアに向けたまま、向こう側が見える位置にゆっくり横に動いた。
見えたその顔は、メールを送った相手の受付嬢だったのだ。
何に驚いたか、実際に彼女が目の前にいることは勿論だが、何よりメールをしてから何分も経っていないことだ。
受付嬢は、周囲を見回し、サッと倉庫部屋に入り、ドアを静かに閉めた。
「えと…明日香さ」
「明日美です」
名前を間違える六堂に被せるように名を名乗る受付嬢。
「メールも、名前間違えてましたよ」
「え?あれ、そう?」
「ちゃんとメモ見てないでしょ?私にはあまり興味は湧かなかったですか?」
受付にいる時とは異なる表情で、片眉を下げた苦笑いの明日美。
「おい、この“にいちゃん”がメールして、どうやって来た?何より早すぎる…」
室富は拳銃を構えたまま、明日美にそう問うた。
「無事でしたか、“室田”さん」
明日美は少し“わざとらしい笑顔”で、会釈をしてみせた。
「むろ…た?」
六堂が訝しげな顔を見せると、室富は「いいんだ、気にするな」と手と首を振った。
「それより、質問に答えろ」
室富は銃口を向けたままそう言うと、明日美は持っていた小さなポーチを側の資材棚の空いてる所に置き、制服のマーメイドスカートを捲って、太ももを見せた。
右太ももの外側には小さな拳銃の入った、レッグホルスターが装着されている。スカートから膨らみがわからない程度の小さな拳銃、“ベレッタ・ナノ”だろうか。
そして左内腿には、ナイフホルダーが装着されていた。
スカートを下ろすと、ポケットから髪留めゴムを取り出し、長い髪をまとめながら、説明を始めた。
「私は、庄司エンタープライズのカンパニーズアーミーです」
「…ちょっと待て。それじゃ今俺たちを探してる連中にの仲間じゃねえのか?」
明日美は、苦笑しながら、ポーチを開けた。
「知りません。今ビル内にいる連中は、本物のセキュリティサービスではないですし」
「…どういうことだ?」
聞き返す室富の銃口に、六堂は手を当て下に下げさせた。
「ま、いいだろ?とりあえず、話はここでき聞かなくてもさ」
「このままツッコミどころ満載のこの女を信じろというのか?」
「それは“もっともな話”だが、仮に罠にハメるとして、こんな面倒なことしないだろ。大声出せばいいだけだし、ね?」
六堂が明日美に「ね?」と笑顔で言うと、彼女は微笑み返した。
「ありがとう探偵さん」
明日美はポーチから小さなスプレーと、戦地でも使う特殊な止血テープを取り出した。
そしてジーナの側に寄り屈んだ。
「大丈夫ですか?」
容体を尋ねると、ジーナは目を開けないまま苦笑して、親指でグッドサインをしてみせた。
明日美は、六堂に壁に寄りかかってるジーナを起こして支えるよう指示し、血塗れの上着とシャツを捲った。
スプレーは、緊急時の止血のための接着効果のあるもので、噴霧した上からテープでぐるぐると腹部を巻いた。
「痛む?ごめんなさいね。これから移動するのに血の跡を残しては、すぐに追跡されちゃうから」
苦しそうなジーナの顔を見ながら、明日美はそう言った。
「よし、とりあえずこれでよしっと。探偵さん、彼女を立たせて。移動します」
六堂は、明日美の指示に従って、ジーナの右腕を肩を回すと、黙って見ていた室富も拳銃をホルスターにしまい、左腕を肩にまわした。
「よし、いいぞ」
ドアをそっと開けて廊下を見ていた明日美にそう言うと、四人は倉庫部屋を後にした。
明日美は、倉庫部屋からほど近い、非常階段に向かった。その後に続く六堂たち。
ーー非常階段にも警備がいるだろう?
そう思った六堂だが、明日美は振り返って人差し指を立てて口元に当てると、履いていたヒールを脱いだ。そしてドアをそっと開ける。
予想通り、警備の人間が複数人いるようだった。足音や、無線音がいくつも聞こえてくる。
明日美は、声を出さずに人差し指で上を示した。
指示の通り、六堂たちは足音を立てずに明日美の後に付いて二階上の、三十階のフロアまで上がった。
三十階のドアを静かに開けて、フロアの廊下に出ると、更に硝子張りの扉があった。
明日美は、ポーチからカードを取り出し、硝子張りの扉横にあるセキュリティー装置にスキャンをした。すると、ロックが解除される。
硝子張りの向こう側へ行くと、明日美は軽くため息をついた。
「…もう声出してもいいですよ」
そう言われると、六堂と室富は一瞬お互いを見た。
「…本当に?」
六堂が尋ねると、明日美は頷いた。
「ええ、ここにあの警備は入れません」
「ここは?」
「副社長室兼プライベートの住居です」
明日美は手にしていたヒールを下に置いて、履いた。
「この奥に、副社長のオフィスと、とっても豪華なお部屋がありますよ」




