第二十七話 応戦、危機から離脱
佐藤の喉を切り裂くも、表情一つ変えない志賀を見て、六堂とジーナは驚いた。
「…なんてことを」
喉から溢れ出る血とともに、膝立ちに佐藤。
そんな彼を見下ろす六堂。どう見ても助からないことは、すぐに判った。
左藤は何が起きたのか解らずといった表情で、喉を押さえながら床に倒れた。
ぱくぱくと口を動こかし、苦しそうに悶え、すぐに息絶えた。
「…お前、警備員じゃないな」
いつもの優しい雰囲気から一変し、六堂の目が据わる。並の人間なら威圧されるだあろう放つ闘志や殺気といった空気感。
だが、志賀になそんな六堂の放つ空気はまるで通じない様子だった。
「いいや、私は警備員さ、六堂伊乃。とりあえず表向きはな」
志賀の手にしているナイフをチラッと見る六堂。
「…前田を殺したのも、お前らか?」
ニヤリと笑むと、志賀は首を振った。
「んん?いやだねぇ… 人聞きの悪い。専務も、この男も、殺ったのはここから逃走した…目下セントホーク事件の容疑者、“室富”だよ」
気付くと引き連れて来た数名の部下も、全員が志賀と同じナイフを手にし、後ろから六堂たちを囲んでいた。
六堂とジーナは背後を見渡し、拳を上げて構えた。
「どうやら俺たちもマークされていたらしいな。“何がどうなってるか”って訊いても、きっと教えてはくれないんだろうな」
志賀は逆手に持ったナイフを構えて言った。
「もちろんだ。その必要はないだろうからな」
「そうか……だが」
六堂は志賀の目前まで一気に距離を詰め、拳打を放った。
「安々と殺されるわけにはいかないんでな!」
速い。瞬きするよりも速い踏み込み。
六堂の人間離れをしたスピードで接近してきたことに、志賀は一瞬焦った。
「くっ!」
ギリギリで六堂の放つ拳打をかわし、逆にナイフで六堂の顔目掛けて切り裂かんと攻撃をした。
六堂は、志賀の迫るナイフを持っている方の右肩を押さえて攻撃を食い止め、肘打ちを喰らわせた。
ジーナも、志賀の部下たちのナイフによる攻撃をかわしながら、打撃やカウンターの膝蹴りによる攻撃をしていた。
しかし上手くヒットさせても、相手はよろめきはするものの、装着しているボディアーマーのお陰で、ダメージはなさそうだ。
加えて相手の数も多いため、ジーナは除々に距離を詰められていき、拳をナイフで斬られてしまった。
「… Damn it!”!」
じんわりと血が出て来る拳を見て、ジーナはペロリとそれを舐めた。
「やってくれるじゃん」
六堂は、志賀を始め、自分を取り囲んでいるこの者たちは相当鍛え込まれていることを感じた。
ーー半端な連中じゃない。このまま接近戦をしていてはやられてしまう…
志賀は、ナイフを器用に回しながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
「少し、興味が出てくるな、六堂伊乃…私との戦いについてこれる探偵とは…」
「なら、見逃せよ…興味を尽きなくしてやるぜ」
「いいや、悪いがそれはできないんだなぁ」
ニヤニヤと微笑む志賀は、ナイフをしっかり持ち直し、腰を落とし構え直す。
六堂は、そんな志賀に数発の拳打からハイキックに繋ぐ華麗なコンビネーションを仕掛けた。
志賀はそれを全てかわすが、六堂の攻撃はそれを一手先読んでいたもので、最後のするどい肘が志賀の額に軽くヒットをした。
「くっ……!」
一瞬だが片目を瞑り、よろめく志賀。
その隙を逃さず、六堂はジーナを追い詰めていた部下たちに接近して、蹴散らすように牽制の攻撃を仕掛ける。
そしてジーナの腕を引っ張り、前田のオフィスに飛び込んだ。
「キリがねえ!抜け!ジーナ!」
前田の大きな立派なデスクの裏側に逃げ込む二人。膝を着き、頭を低くする。
そして六堂は叫び、ホルスターから拳銃を抜いて、発砲をした。
ジーナも後腰から拳銃を手に取った。
「くそ…探偵共」
出来れば銃を使うことなくナイフで始末したかった志賀だが、やむを得ず部下たちに銃の使用を許可した。
指示を受けるや、部下たちは全員装備していたライフルを構えて、発砲し始めた。激しい数の弾丸が、六堂たちに襲い掛かる。
「奴ら…本気で俺たちを殺す気だ…!」
六堂もジーナも間を空けずに発砲するが、志賀たちは強化プラスチック製のシールドも持ち出してきた。
いくら応戦しても、規則的な攻撃と防御で、少しずつ距離を詰めて来る。
次の手を考えねばと、発砲しつつも頭を回転させる六堂。
しかし相手の放った弾丸の一発が、ジーナの右脇腹を貫いた。
「うっ!」
脇腹に手をやるジーナ。
「ジーナっ!」
六堂は叫ぶが、ジーナの様子をちゃんと見ることが出来ない。
今攻撃をやめれば一気に踏み込まれてしまう。
「… Damn it…sorry」
ジーナから血がどんどん溢れ出、抑えている左手が真っ赤になっていった。
「しっかりしろ!」
六堂はジーナが手放した拳銃を拾い上げ二丁同時に発砲した。
ジーナの顔から脂汗がにじみ出てきて、辛そうになっていくのがわかる。
六堂は次の手が思い付かず、焦った。そして集中力が一瞬失われたその時、一発の弾丸が掠めた。
そして志賀たちの放つ弾丸は、オフィスの窓ガラスも破壊していく。頑丈な高層ビル仕様のガラスだが、何発も弾丸を受けて亀裂の入った窓は、一気に粉々になった。
ガラスの破片が、物凄い勢い風と共に入ってくる。
「くそっ」
撃ち殺されるか、二十八階の高さか落とされるか…。
そう思った時だった。
突然、別の銃声と共に志賀の部下たちが倒れ始めた。
「…何だ?」
何が起きたのか…。
攻撃をやめてデスクから顔を出し、向こうを覗き見ると、六堂は驚いた。
志賀の部下たちは攻撃を背後から受けていた。
そして更に驚くは、その攻撃をしているのは室富だ。室富は二丁の回転式の拳銃を手に、志賀たちに攻撃している。
志賀たちが焦るのな、突然の奇襲だけではなそれだけではない。室富の放つ弾丸は、強化プラスチック製のシールドを貫通してくるのだ。
次々と部下たちが倒されていく中、志賀だけは室富の攻撃をかわしつつ、すばやくエレベータに転がり込んで、その場を離脱した。
「…あの野郎」
閉まるエレベータのドアに銃口を向けて、室富は舌打ちをした。
一旦、廊下が静かになると、六堂は周囲を見ながら拳銃を室富に向け、部屋から出る。
室富はそんな六堂には目もくれず、空の薬莢を捨てて、スピードローダーで新しい弾を込め直していた。
「室富…雷朗。なぜ戻った?狙われてるぞ…」
室富は弾を込め終えた拳銃を左右のホルスターにしまい、ようやく六堂を見た。
「ああ……そのようだ」
室富が自分に攻撃をしてくる意志がないと解ると、六堂も拳銃をしまった。
「何でだ?」
再度、室富に尋ねながら、六堂は負傷したジーナの容体を見る。
ジーナは床に座り、デスクに寄り掛かっている。呼吸も荒く、苦しそうだ。
「“何で”とは?」
「…逃げたのに、ここに戻ってきたのかってことだよ」
室富は鼻で笑った。
「“顔見知り”がいて、気になった。それだけだ」
「それだけって…顔見知りって彼女か?」
肩をすくめる室富。
「喋ってる暇はないぞ。ビルは封鎖されてる。また連中がすぐここへ来る。この負傷者を担いで、ビルから逃げないといけない」
室富にそう言われると、六堂はジーナの腕を自分の肩に回し、立たせた。彼女の苦しそうな声が耳もとで聞こえる。
「しっかりしろ……」
「……YE…S」
掠れる声のジーナ。
「容体は良くないようだな」
室富を黒眼鏡を下げ、ジーナの顔色を見て言った。
「ああ、重傷だ。早く手当てしないと危険だ」
「……よし、来い。こっちだ」
「大丈夫なのか?」
ビル内の主要な出入り口はロックされている。そして監視カメラもあちこちに設置されてる。
「大丈夫も何も、このまま、ここにいたら、さっきみたいな連中がもっと数を増やしたくるだろう。一旦、安全な場所に移動する」
六堂はそう言う室富のあとに着いていった。




