第二十四話 姿の見えない敵
それは衝撃的な映像だった。
セントホーク事件から聞いていた“見えない何か”を、ようやく確認することが出来た。だが、まさか“言葉通り”のものだとは涼子も考えていなかった。
映像の場所から、撮影者はジョー・ローデッカーであろうことはわかった。ローデッカーは、自分に襲い来る者の姿が見えないことを最初から知っていたようだった。
踏んで着火する粉塵爆破用の特殊火薬を、自らの周囲にサークル状にばら撒いていた。
見えない“何か”が、火薬を踏んだ場所から、一気に粉塵爆発が起き、火の粉が円形状に燃え広がる。だがそれはダメージを狙ったものではなく、自分の周囲のどこから姿の見えない敵が現れてもわかるように仕掛けた火薬。
ローデッカーは、即座に爆破の起きた方を振り向き、その場所目掛けて、ショットガンを発砲した。
次の瞬間、特殊な炸裂弾が、何もないように見える中空で激しく爆発。
信じ難い瞬間だ。“何もないところ”で、突然爆発するという現象は物理的に非現実的。
そして爆発の起きたその場所に、まるで電気がショートでもしているような光が発せられ、人と思われるシルエットが徐々に姿を表す。
子供の話だと思っていたところもあったが、全てが陸斗の話通りだ。
爆発の威力で、姿を現した“それ“は、激しく後によろめき腰を落とした。
ローデッカーは、その隙にショットガンをコッキングし、次弾を撃とうとした。
だが姿を現した“それ”は、立ち上がり様に物凄い瞬発力で接近し、ローデッカーが引き金を引こうとするよりも前に銃口を逸らし、どうやら頭部を撃ち抜いたようだ。一瞬の出来事だ。
映像もその瞬間に途切れた。
木崎は、思わず、瑞希の目を手で覆った。
「…こいつは、何だ?」
驚きの声を上げる木崎。夕紀は何も言わないが、すっかり強張った表情になっていた。
涼子は、深くため息をつくと、夕紀にコーヒーのおかわりを頼んだ。はっ、としたようにカウンターに戻る夕紀。
「いいかい、皆、幸いこの映像の存在については、恐らく知られてはいない。絶対に、これを見たことを口外するな」
涼子は厳しい口調で言った。
「…この映像に映っているものに関して、理解をしていようがいまいが、見たり聞いたりした者は全員命を狙われていて、その殆どがこの世にいない。セントホークで、SATを始め、テログループや、人質を殺したのは、“間違いなくこいつ”だ」
しかも、陸斗の証言は『いっぱい出てきた』だ。正確な数は判らないが、この映像と同じ、姿を消せる者が複数いることになる。
涼子は肘をテーブルに置き、頬杖をつくように頭を手に乗せた。
「夕紀ちゃん…もう一度確認するけど今見た映像以外は、合田の密輸やらに関する情報だけね?」
「ええ、外部から念写ビジョンとして入れ込まれたのは、この一つだけです」
夕紀の回答で、はっきり判ったことは、室富探しの為に追っていた“ロディ・バーネット”と、遺体の男“ジョー・ローデッカー”は同一人物であること。
『俺の元に、ロディさんから“ある物”が届いたんです』
助けを求められた電話口で、合田が言っていた言葉。それがこの映像だとして、合田にとってはローデッカーは“ロディ”なのだと考えるのが自然だろう。何故、偽名を使っていたかの疑問は残るが。
夕紀はコーヒーを淹れながら、映像について補足をした。
本当はもっと早くに誰かに見せたかったんじゃないかと言うことだ。魔導師でない者が、にわか知識で組んだ不安定なやり方をしたせいで、所謂ミストネットに送られてくるのが遅くなったのではとのことだ。
見えない“何か”を仕留められれば、それでよかったのだろうが、自分が死んだ時に映像がミストネットに送られるように魔法アイテムか何かをカメラに仕込んで保険を掛けていたのだろうと。
「…だとして、本来誰に見せたいものだったのだろう?」
木崎は疑問を口にした。
その答えは、“室富”だ。
“室富がロディを訪ねた”ということから、二人には繋がりあったことは間違いない。理由は判らないが、その室富がビルの中で、映像で見た“何か”と戦ったことも間違いない。そして、その黒幕も知っている口ぶりだった。
ロディは自らの死後、本当はビルで室富が戦う前に、この映像を見せたかったのではと涼子は考えた。
「まぁ、誰に見せるにしても、このやり方に賭けたんだろう。普通のやり方では、恐らく証拠は潰される。この背後にいる黒幕は、相当の大物だ」
問題はもっと別にあった。何故、ジョー・ローデッカーが、“ロディ”という偽名を使っていたのか等、その件については追々調べるとして、涼子が最も深刻に考えているのは、“姿を消す技術”だ。実験で成功している例はいくらかある。しかし、実戦レベルで、ああも完璧に姿を消せる技術はない。
夕紀の持ってきた二杯目のコーヒーを一口啜ると、涼子は言った。
「姿を消すこの技術は、既存のものじゃない…」
その言葉に、夕紀と木崎は難しい顔で一瞬、互いを見合った。
「まさか、涼子さんの追っている…」
「…その可能性は高いと思う。木崎、悪いが帰ったら“庄司エンタープライズ企画6課”について、細かく調べてくれないか…」
「あ、ああ…、わかった」
木崎は小さい声で頷いた。
「夕紀ちゃん、この映像ってディスクに焼けたりする?」
「あ…ええ、ただ念写だから、そんなに鮮明には…」
「いいわ、確認ができればいい」
「わかりました。他に、何か手伝いますか?」
夕紀のその言葉に、涼子は微笑んだ。
「もし必要な時は、また連絡するけど…ウィザードキーを動かしてくれただけでも本当に助かったから」
一同、解散となり、木崎と瑞希が先に出ると、続いて店の外に出ようとした涼子を、夕紀は呼び止めた。再会を喜ぶ状況ではないが、二年ぶりに会えたことが良かったと伝えた。そして…
「あの、えと…伊乃、元気ですか?」
夕紀が聞きづらそうに尋ねると、涼子は軽く微笑みながら頷いた。
「ええ、この事件を追っているわ」
「そうですか…。いえ、元気だって知れてよかったです」
裏社会でチームを組んでいた時に、彼女が六堂に好意を抱いていたことを、涼子は知っている。裏社会での“目的”を達した六堂が、足を洗うことを知っていた夕紀は、その気持ちを伝えないままでいた。今も彼への好意を忘れずにいるのだろう。
「ねえ、この件片付いたら、一緒にご飯でも食べに行く?」
涼子は、少し暗い表情の夕紀に言った。
「え?」
「あなた、一人が好きなんでしょうけど、たまには話さないと。だから付き合うわよ」
そう言い残すと、涼子は店を出て行った。扉に付けているベルがカランカランと鳴ると、誰もいなくなった店内は静かになった。夕紀はため息をつくと、コーヒーカップと皿を下げた。
一方、そのころ、六堂はジーナを連れて、庄司エンタープライズ本社ビルに入っていた。
「どうも」
受付でバッジを見せ、愛想良く挨拶をする六堂。
見覚えのある二人組に、受付の女性も愛想良く笑顔を返した。
「こんには、探偵さん」
一昨日、六堂に携帯番号とアドレスを書いた紙を渡した、美人の受付嬢だ。




