第二十三話 ウィザードキー機動
夕紀がいるという喫茶店は自由ヶ丘。
時間はお昼頃に差し掛かろうとしていた。
木崎の錆びたビートルが、涼子のポルシェに遅れて着くこと十分。
コインパーキングに止め、降りた木崎はため息をついた。
「…なぁ、涼子さん、あんた一応警察だよな?」
涼子は首を傾げながら、苦笑した。
「一応じゃなくて“ちゃんとした警察官”よ」
「いやいやいや…あんたの車が速いのはわかるよ」
木崎はポルシェを指差して言った。
「でもさ、車がいくら速くても、法定速度を始めとする道交法があるわけよ。ってことは、理屈では、どの車乗っても、そんなに、引き離されることはないんだなぁ」
ビートルの助手先から降りた、少女は涼子の車を指差して言った。
「木崎君、私もああいうの乗りたい」
木崎はビートルを撫でながら機嫌を損ねた顔をした。
「うるせえ、俺の愛車をバカにすんな」
やんややんやとやり取りをしている三人だが、制服を着た女子高生、ちょっと柄の悪い若い男、ビシッとスーツに身を包んだ大人の女性、傍から見れば、人間関係のよくわからない組み合わせ。
通り過ぎる通行人が、不思議そうに横目で見ながら通り過ぎていた。
三人は駐車場から少し歩いた先にある路地へと入った。薄暗いそこにあるのが、夕紀のいるという小さな喫茶店だ。
本当に目立たない、普通の通行人なら、まず気づかない、そんな場所にある店だ。洒落た小さい看板に、“ Secret story”と記されている。
三人が店内に入ると、扉に付けているベルがカランカランと鳴った。
店内は古臭いが小綺麗で、珈琲のいい香りが漂っている。
「いらっしゃい」
ベルの音に、笑顔で振り返ったその女性は、三人を見て目を丸くした。
「よぉ」
その女性に、木崎は手を立てて挨拶をする。
「え…き、木崎君!?」
カウンターに立つその女性、夕紀は声を大きく驚きの表情を見せた。そして木崎にも驚いたが、涼子を見て慌てて頭を下げた。
「り、涼子さんまで…ご無沙汰してます」
涼子は優しく微笑んだ。
「久しぶり、夕紀ちゃん」
そして、制服の女子高生に目をやる夕紀。
「えと…あなた、確か前にも…」
「はい、憶えててくれましたか」
この店に来る客は、そう多くはない。そこに制服姿の女子高生が来たとなれば、記憶には残りやすかった。
「ああ、こいつ、俺の彼女ね。瑞希ってんだ」
木崎は、彼女、瑞希の頭を手を乗せて、にんまりと紹介した。
涼子も(そう言えば名前聞いてなかったな)と、ふと頷いた。
「か、彼女…あなたに?」
これまで高校生の女の子を相手に、散々遊んできた木崎を間近で見てきた夕紀は、思わず苦笑した。
ただそれ以前に、突然の来店と、妙な組み合わせの三人に困惑していた。
「雰囲気から察するに、偶然じゃなじゃなく、ここに私がいるって知ってた?」
木崎は瑞希を指差した。
「そ。こいつが、ここでお前が働いてるって」
夕紀は、片眉を下げて、訝しげな顔をした。
「でも、私が誰かも、あなたたちとの関係も知らないでしょう?」
ジャケットの前を捲り、シャツの胸ポケットから一枚の写真を取り出す木崎は、それを夕紀に手渡す。
「懐かしいだろ、ここで撮った写真」
六堂が裏社会に身を置いていた頃に撮ったチーム四人の集合写真。撮った日のことを夕紀ははっきり憶えていた。
「実はな、お前に用があってさ、でも解散後から連絡もしてこない、ケータイも通じないし、仕方ないから俺様の腕を、使って探そうとしてたわけさ。が、お前の顔が写っている唯一の手掛かりのこの写真を見た瑞希が、ここにいると気づいてね。世間は狭いねぇ」
夕紀は軽く頷きながら、写真を返した。
「そう…なるほど」
「つれないよなぁ。解散後、呑みに誘おうとしたら、“おかけになった電話番号は…”だぜ」
「別に隠れていたわけでもないし。携帯持ってないってだけよ」
夕紀は肩をすくめ、まるで興味ないように首を軽く振った。
「で、用って?」
「用があるのは、涼子さん。俺は懐かしの顔を見に来たかっただけ」
木崎は指を三本立てて、ホットのコーヒーを注文した。瑞希にはケーキも。
注文伝票を書き、夕紀は三人分のコーヒーの用意を始めた。
「爺さんの店はどうした?なくなってたろ」
木崎の質問に振り返ることなく、コーヒーを淹れる支度をしながら、答えた。
「おじいちゃんね、チーム解散後、間もなく亡くなったのよ」
「…それは、ご愁傷様。知らなかったとはいえ、悪いな」
「ううん、何かで闘病してわけじゃないし、いわゆる自然死。自分が旅立つ時のこと考えて、色々準備はしてたから、特に困ることはなかったわ」
夕紀の家は、祖父の営む骨董品屋だった。祖父も魔導士で、夕紀に魔法を教えた師であり、骨董品屋では、時々魔術アイテムや、呪いの掛かった品もひっそり取り扱っていた。
また、時々は、裏社会に関わる依頼や相談も受けていた。
夕紀は、六堂たちとチームを組む前は、そんな祖父の仕事を手伝っていた。
奥のテーブル席に座る三人は、夕紀の淹れるコーヒーを待っている。
アンティークなジュークボックスを見ながら、木崎はチーム解散の二年前と変わらない店内に、少し懐かしさを感じていた。
どこからか現れた鈴の音と共に、この店の“看板娘”、黒猫のシャーロットが瑞希の脚にスリスリと顔を擦り付けた。
瑞希は椅子から立ってしゃがみ込み、嬉しそうにシャーロットの顎を撫でた。シャーロットはぐるぐると喉を鳴らして、心地よさそうな顔をする。
その微笑ましい姿に、木崎の家で最初に見た時の少女の印象とは、大分違って見えた涼子。曇りのない無垢な笑顔は、本当にいい娘なのだろうと、感じた。
「はい、お待たせしました」
注文のコーヒーとケーキを盆に乗せて持ってきた夕紀は、テーブルに置いた。
「で、私に用って何ですか?」
涼子は、答える前に隣の椅子に置いていた鞄から黒いノートPCを取り出して見せた。
それを見た夕紀は、少しだけ驚いた顔をした。
「へえ、ウィザードキー」
「ええ、そう」
「ああ…なるほど。これ、動かせってこと?」
半笑いで、涼子からPCを受け取る夕紀。魔導師に魔法アイテムを見せられたら、だいたいの用件は予想がつくだろう。
「ま、魔導士、その辺にほいほいとは、いないですもんね。私ですら、直に魔導士と会ったことあるの、五人くらいかなぁ…」
隣のテーブルにPCを置き、画面を開く夕紀。彼女が何かをしたのだろうが、画面が少しずつ明るくなった。
「で、何をどうしてほしいんですか?」
涼子はこのPCの持ち主のことや、ミストネットの保管庫にある“何か”を取り出して欲しいことを詳細に説明した。
「…ってことでね、でもその“何か”が、何かはわからないのよ」
「ふーん、いいけど、無料でやれってわけじゃないでしょ?」
それを聞いた涼子は苦笑いした。
「はは、ま…そうだよな。いくらか欲しいんだ?」
木崎は手にしていたコーヒーカップを皿に置いた。
「おいおい、そりゃねえよ、俺に報酬払うそぶりも見せなかったくせに」
涼子は首だけを彼に向けた。顔は笑っているが、目が笑ってないその顔を見て、コーヒーを再び啜る木崎。
そのやりとりを見て、夕紀はクスクスと笑った。
「嘘ですよ、涼子さんからお金は取りません。でも…もしいらないなら、このウィザードキー、くれません?」
「ん?ああ、いいわよ」
木崎はまたコーヒーカップを皿に置いた。
「え!え!マジ、それ売ったら結構な額になるんじゃないの??」
「いいのよ、別に私、お金に困ってないし、執着もないし。それより話進まないから、黙ってて」
シュンとなる木崎の頭をよしよしと撫でる瑞希。いつもは態度の大きい姿しか見てない彼が、急に可愛く見えた。
夕紀がこのウィザードキーを機動するためのパスワードは知っているか尋ねたので、合田の持っていた紙切れを手渡した。
紙切れを見た夕紀は、それをくしゃっとした。
「え?それいらんの?」
木崎が尋ねると、夕紀は画面に向かい小声で何かを唱えた。
「…うん、もう書き換えた」
今小声で唱えたのは、紙切れに書いていた合田のパスワードだ。
「なるほどね。やっぱ魔導師が使うと様になるなぁ」
夕紀は、手のひらで何かを操るように、動かし始めた。
「“魔法言語が読めれば使える”と言っても、所詮は魔術の域に入ったものではないもの。“ミストネット”なんて名前は、魔導士以外の誰かが、わかりやすく言ったものが広まっただけで、根本はネットとは全然違うからね」
夕紀曰く、PCについてるキーボードもおまけみたいなもので、魔道士には一切不要なもだという。
「さてさて、何があるのかな?」
皆にはぼやっとした光が見えるだけのモニターだが、夕紀は何かが見えているらしい。
「…保管庫ねぇ、サーバーじゃないんだから、こんな使い方するなんて勿体無いというか」
とはいえ、魔導士以外の人間に、魔法の水晶や鏡のような使い方を求めるのは概念的にも無理な話だ。情報を漏れずに扱うには確かに便利なことは、事実であった。
「あったのか?」
「ええ…プロテクトっぽいのも解除したよ。つまらない情報がいっぱいあるけど…」
「どんな?」
「武器の売買ルートとか、顧客リストや、スケジュールとか…涼子さん、これさ、手柄になるんじゃない」
苦笑しながら、涼子にそんな話を持ちかける。
「ええ、そうね」
「あとで、紙に書き出してあげる」
「ありがとう」
そのやりとりを聞いて木崎は、肩をすくめ、ため息をついた。
「他に何か変わったものはない?」
「んー………これかな。一つだけ、情報じゃなくて、ビジョンがあるわ。何が記録映像みたいだけど…」
夕紀は、何かを引っ張り出すような動作をした。
「きっと特殊なアイテムを使って外部からここに入れ込んだビジョンね」
見える形で映像が映し出されると、皆で画面に注目をした。
どうやら夜の裏路地のようだ。
「…角度が目線じゃない。カメラで撮ったような…」
夕紀がそう言うと、木崎は眉根を寄せた。
「つまり、どういうことだ?」
「魔力を持った人間が、見たものを念写のようにビジョンを残すなら、目線になるわけ。でもこれは、多分カメラ。カメラに魔法アイテムか魔術的な何かを組み込んで、その映像をここに辿り着くようにしたんだと思う」
その説明を聞いた涼子は、自宅で六堂から聞いた、ローデッカーという白人の男の遺体のことを思い出した。
「…なるほど、ここ、上荻の路地裏か」




