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SHADOW DETECTIVE  作者: 柳生 音松
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第十九話 ノートPC


 涼子は立ち上がり、周囲を見渡すと、奥のソファーの上にある鞄が目に止まった。


 黒い布製の鞄だ。その隣には銃の入ったホルスターと、車のキー。


「…逃げ支度の荷物…か?」


 鞄を涼子はそっと開けた。


 ロディから“何か”が届いたと言っていたので、中身はそれかと思ったが、ノートPCが入っているだけであった。


「ノートPCか…」


 淡く照らす電気スタンドの光でよく見えないが、年季の入ったようにも見えるPCの外装。


「…ん?これは」


 よく見ると、ただのPCではないことがわかった。そして涼子はこれを知っている。


 裏社会においてもそう見ることの出来ない特別なアイテムだ。


 涼子は同じ物を過去にも見たことがあった。


「…あいつ、こんな物持ってたのか」


 電気スタンドの側に持っていき、PCを照らした。


「なるほど、小物小物と言われつつ、情報の取り扱いが上手かったのはこれのお陰か…。いや…待て、と言うことは」


 合田の言っていた、ロディから届いた物というのが、どうにも気になる涼子。


 逃げ支度をしていたのなら、ロディから届いたという物を持ち出せるようにしてあったはず。


 涼子はもう一度、合田の遺体の側に寄り、ポケットや衣服の中を調べた。紙切れ一枚以外は何もない。


「さっきの男に奪い去られたか…?」


 だが、よく見てみれば、部屋の中は家探しをした形跡はなかった。


 確かに部屋は散らかってはいたが、恐らく合田が必死に抵抗したか、逃げようとしたのか、その過程でそうなっただけだろうと窺えた。


 念のため、ベッドの下等、荷物を隠せそうなところをさらっと見てみたが、“それらしいもの”はなかった。


 つまり、合田が襲撃者に命を狙われたことと、届いたらしい何かは別な話なのだろうと、涼子は考えた。


「…中村、木戸、教団、ロディ、そして合田」


 涼子は、セントホーク事件に関連し、命を狙われた者たちの、その理由が何となく判った気がした。


 合田のポケットから取り出した紙切れ開いて見ると、見慣れない文字が書かれていた。読むことは出来ないが、その字形から、それが“魔法言語”であることは知っていた。


「…魔法言語か。どうやら、このPCを使ってたのは間違いなさそうだな」


 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。深く考えている時間はない。


 涼子はノートパソコンを鞄に戻して、それを持って一旦部屋の外に出た。


ーーこれを意味のない証拠物件として回収されては面倒だな…


 少しして、駆け付けた警察官たちにバッジを見せる。


 更に少し経つと、部屋の出入り口には、現場確保のテープが貼られ、関係者以外の出入りができないよう見張りの警察官たちが立ち、小汚いそのビルを、捜査官や鑑識が何人も出入りをするようになっていた。


 涼子は部屋の外の廊下で、携帯を片手に話をしていた。相手は六堂だ。


「…というわけで、合田は殺されていたよ」


『そうか、間に合わなかったか』


「木戸宅で室富が殺した襲撃者と同じような格好の男が、逃げてったよ。三階から飛び降りて逃げたぞ」


 涼子は少し笑いながら、冗談めかして言った。


『あの高さから飛んだの?やるなぁ…。ところで、合田は電話で、ロディから何かが届いたって言ってたけど……』


「“それらしいもの”は見当たらなかったわ」


『その飛び降り男に奪われたあとか?』


「実はそのことなんだけど…ひょっとして“荷”じゃないかもしれない。それと合田が狙われた理由は、とてもシンプルなことだと思う」


『どういうことだ?』


「…合田の逃げ支度の中に、それらしい“物”はなかったんだが、ノートPCだけ」


『ノートPC?』


「そうだ。しかし“ただのPC“じゃない」


 涼子がそう言うと、六堂はすぐにピンと来た。


『まさか…黒いやつか?』


「ええ、そう……。ひょっとして……届いたというのは荷じゃなく情報か、映像なのかも」


 六堂は“映像”と聞いて、ローデッカーの所持品のミニカムを思い出した。


『…しかし合田のやつ、なかなか巧みに情報を扱うと思ってたが、あれを持っていたのか。だが合田が死んでは、“ミストの保管庫“にはアクセス出来ないんじゃないあ』


「…そうなんだよな。これ、木崎じゃダメか?」


 六堂が裏社会時代に組んでたハッカーの木崎。


 ハッカーとしての腕は間違いなが、『…いやぁ…それは専門外じゃないか?』と六堂は言った。


 もう少し話を続けたかったが、錆びた階段を上がってきた深緑のスーツ姿の刑事の姿が目に入るや、慌てて電話を切った。


「すまん…また掛け直す」


 佐々木警部だ。


 ポケットに携帯電話を入れ、佐々木警部に挨拶をする涼子。


「…おや、電話は済んで切ったのか、坂崎。それとも私が来たからか」


 相変わらず威圧感たっぷりの長身の佐々木。涼子はそんな彼を見上げた。


「充電切れですよ」


 真顔でそう答えると、佐々木はため息をついて言った。


「…また、面白い奴だな」


 そう言う佐々木の顔は、呆れと怒りが混ざっている感じだ。


「警部がここに来るなんて、意外ですね。合田なんてあなたから見たら小物でしょ」


「お前こそなぜここにいた?第一発見とは…ビル襲撃の捜査を降ろされて、今度は何をしている。あの一家の護衛はどうした?報告も受けてないしな」


「あら、警部だってよく危ない裏路地や酒場をウロついてるらしいですが、何をしていたのかと質問されたら明確に返答しますか?」


 返答返しの返答返しに、佐々木は更にイラついた態度になった。


「…いい加減にしろ、俺はお前より立場は上なんだぞ」


「あー…そうでしたね、忘れてました」


 涼子は目を丸くして、とぼけたように言った。


「このことは課長にもしっかり伝えておくからな」


 佐々木がそう言うと、涼子は黙ったままジェスチャーで(どうぞ)と応えた。


「それと、明日朝までに、木戸一家護衛の詳細を報告書にまとめて提出しておけ」


 踵をかえした涼子は「はぁい」と返事をした。もちろん、報告する気はない。



 錆びた階段を降りると、辺りはパトカーの回転等で真っ赤に染まっていた。


 普段車が通るような路地ではないため、ごちゃごちゃと狭く、佐々木のセダンは見当たらなかった。傷つけたくないからか、おそらくパトカーに便乗したのだろう。


 周辺に屯してた悪そうな輩も姿を消していた。


 裏社会の人間といっても合田のような小物では、捜査も簡単に済ませてしまうだろうが、佐々木がわざわざ来たのが気になった。


 セントホーク事件の捜査を室富探しに力を注いでるのにだ。


 あるいは、室富とロディの関係をすでに知って、合田に何かあると思ったのか。涼子はビルの上を見上げて、訝しげな顔していた。


「坂崎警部補!」


 聞き覚えのある声がして、振り返ると川島がいた。隣には佐久間もだ。


「警部補がどうしてここに?」


 川島は驚いた顔で質問をした。


「ちょっとね」


 微笑みながら質問を流す涼子。


「あなたたちは?」


「いえ、たまたま捜査で近くまで来ていたもので」


「そう。上に佐々木警部がいるわ」


「え?」


 セントホーク事件捜査では、今は佐々木が直属の上司だ。川島は、慌てて階段を上がった。


 佐久間も川島を追って、階段を上がろうとした。すると涼子は通り過ぎようとする佐久間の耳元で何かを囁いた。さりげなくだ。


 上から佐々木が自分を見ていることはすでに気付いていたので、本当にさりげなく一言だけ…。何かを伝えたことは夜の暗さでビルの上からではわからないだろう。


 佐久間は返事も頷きもせず、通り過ぎた。


 ただ、階段を三段ほど上がった思い出したように振り返った佐久間。


「あ、そうだ。交番の大竹ってやつが、あんたの車を駐車するの苦労してたぜ」


 それを聞いた涼子は片眉を下げて、苦笑いした。

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