第十八話 ベテランと若造
1999.12.3 -FRIDAY-
もうすぐ深夜0時。金曜の夜、新宿歌舞伎町は多くの人がいた。冷え込みは厳しいが、眩しく明るく眠ることを知らない歓楽街は今夜も賑わっている。
そんな中に、二人の刑事が息を白くして歩いていた。
川島と佐久間だ。
「川島よ、そろそろ俺帰っていいか?」
ガラついた声で、文句でも言うような口調で佐久間は尋ねた。
「ダメです、ダメですよ!」
川島は思い切り首を振った。白い息が激しく吐き出される。
「佐久間さん、ここら辺で顏が利くでしょ。もう少し室富探しに付き合ってくださいよ」
佐久間は(まいったなぁ)と頭を掻いた。本当は今夜、事件のことで調べたいことがあったのだが…。
川島は、涼子に大きな態度で反発したものの、一人では何もできないので、佐久間に、“室富探しのとっかかりになる手がかりだけでも”と、付き合うよう頼み込んだのだった。
あまりにしつこいので、佐久間も折れて“今夜だけ”という条件で、付き合ったものの、捜査に大きな進展はない。
情報屋や裏の人間に片っ端から当たって、歌舞伎町で室富らしき人物を見たという曖昧な話を辿ってここまで来のだが、そこで足止めだった。
「なぁ、川島よ、坂崎警部補に入れ込んでるのはわかるけどな、ここで結果出して一旗揚げれば、見直すなんてことはねえぞ」
佐久間の話を聞き、川島は、ぶすっと大人気のない顔で口を尖らせた。
「何だい?おっさんに恋愛の何がわかるんだって感じか?」
「本当、そう思います」
「はっはっはっ、俺にも若い頃はあったんだ。人並みに恋愛をしてた時代はあったぜ」
「佐久間さんの過去の恋愛なんて興味ありません」
佐久間は通りかかった自販機で、ホットの缶コーヒーを二本買い、一本を川島に渡した。
「あ、どうも」
受け取った缶コーヒーは、冷え切った指先には一瞬熱いと感じたが、すぐに心地よい暖かさになる。
蓋を開け、一口飲むと、吐く息は一層白くなった。
「うー、暖けえ、染みるぜぇ、な?」
佐久間がそう言うと、川島は苦笑いをした。
「佐久間さんは、いつも明るいですね」
佐久間は真顔になって、コーヒーを啜る。
「川島、正しいと思うことをしろ。佐々木の下に付けば、立場は良くなるかもしれねえが、常にモヤモヤして、笑顔が消えるぜ」
少し虚な目をする川島。佐久間の言うことは正しいかもしれないとは思った。だが佐久間は成果や能力に対して立場は高くない。尊敬する者や慕う者はいるが、組織としてはただの年寄り刑事だ。
「僕は目に見える結果を出したいんで…」
「そうか、あまりうるさくは言うまい…」
佐久間は自販機の側のゴミ箱に、空になった缶を投げ入れた。
「確かに女性として、警部補のことは好きです。でもあの人のやり方は好きではない。もっと器用にやるべきですしね、捜査は無駄が多いし」
「だから対等になりたいのかい?」
「まぁ、男として見てもらいたいことと、刑事として一人前に見てもらいたい、その両方ですね」
川島も、空になった缶をゴミ箱に捨てた。
ふと、遠くから激しい車のエンジン音が吠えるように近付いてくるのに気づいた。
歩行者の何人かも、エンジン音が聞こえる方に振り返った。
「…何ですかね?」
川島の質問に答える間もなく、エンジン音を放っている車両が目に入った。
赤いポルシェだ。
二人の横を走り抜けると、冷たい風が突風のように髪とコートを靡かせた。
「この先、交番あったよな」
「ええ」
「捕まるんじゃねえの?」
「ちょっと行ってみますか?」
「いいけど…室富は?」
「まぁ、話を聞きに店回るのも、あっちですし」
「そうか」
二人はとりあえず交番まで歩いた。
少しして見えてきた交番の前に、さっきのポルシェと思われる車があった。
よく見ると何やらぎこちない感じに動いている。
目の前まで行くと、中に乗っていたのは制服の警察官だった。
佐久間はポルシェの窓をコンコンと叩いた。
一旦停車させ、中から出てくるお腹の出た中年警官はくたびれた顔だ。
「刑事の佐久間と、川島だ。あんた、その車何してるの?」
中年警官は、一言だけ小さな声で言った。
「あの…この車動かせます?」




