第十五話 命を狙う側
1999.12.2 -THURSDAY-
早々と暗くなる冬の夕刻。
ブラインドの隙間から入り込むネオンだけが照らす、暗いビルの一室。
そこにいるのは、庄司エンタープライズの江村だった。
「…落ち着け」
江村は受話器を手に持ち、誰かと話していた。
『落ち着いていられますか。警察が来るなんて聞いていません』
「だから、前持って伝えてやったのだろう。何一つとて、我々がしていることは外部に漏れてはならないからな、お前の口からも、例え何か一言とて漏れては困るのだ」
『管理システムのレベルを落として、テログループを招き入れろ、“あとはこちらで何とかする”…そう言ったしゃないですか!だから私はあなたの指示に従った』
「だから、何とかしようとしているじゃないか」
『それだけではない!まさかあんな凄惨なことに加担するとは、考えもしなかった。テログループに対してのみ使うと思ったら人質まで…』
「新たなものを築くには犠牲が伴う。医療技術がいい例だ」
『何がいい例なもんですか…悪いが捕まりたくはない…私は海外にでも』
「待て待て…パニックだな。わかった、対応できる者をそっちにやる。あとは、指示に従え」
『…わ、わかりました。待ちます。信じてますよ』
江村は受話器を置くと、深くため息をついた。
「ダメだな、奴はもう…」
部屋にいる、黒いスーツに身を包んだ男がそう言った。
「わかってる。だが、長年私に尽くしてくれた男だ…始末するのは、少し気が引ける。気の弱さを除けば、優秀だしな」
黒スーツの男は、ブラインドに指をかけ、夜景を見つめた。
「この国を根底から変える…あんたはその時の支配者側に立ちたいんだろ?なら、いらぬ感情は捨てろ」
黒スーツの男の言葉に、江村は(解ってる)と言いたげに鼻で笑った。
「…シナリオは?」
「作田という、都の施設の管理システムの発注を担当してる議員がいる。そいつを利用しよう」
江村はシガレットケースから煙草を一本取り出して咥え、銀のジッポーで火をつけた。
吐き出す煙は、ブラインドの隙間から差し込むネオンに照らされ、ストライプを描いた。
「しかし、まさかシードカンパニーと、我が社の…いや、私の繋がりを簡単に暴かれるとは…あの六堂とかいう探偵。何者だ」
「警察に内通者を置いててよかったな。何者であれ、その探偵も始末しておくよ。何やら危険な臭いがするのでね」
突然、二人の会話に割って入るように、黒スーツの男の腰からノイズ混じりの声が聴こえた。
『大佐、応答を…』
黒スーツの男は、上着を捲り、腰のホルダーからハンディ型の無線機を手にした。
『大佐…応答を』
「どうした?」
『情報通りのビルにターゲットの男を発見』
「なら始末しろ」
『わかっています。ただ、誰かと一緒なんです』
「…そこの違法店の少女ではないのか?」
『いえ、見たところ、外国人のようです。金髪の女です』
無線から聴こえたその話に、江村は反応し、煙草を口から離した。
「何か心当たりが?」
黒スーツの男が尋ねると、眉間にしわを寄せた。
「おそらく、探偵といた女だ。ロス市警と言ってたが…」
「ロス市警?」
「いや…一緒に始末してくれ。何か聞いてると後々面倒だ」
黒スーツの男は、無線の相手に射殺の指示した。
「…また、探偵か。真相を掴むことはありえないが、しかし随分とこの件と近い距離にいるな」
江村は、煙草を灰皿ですり潰し、ぐっと椅子の背もたれに寄りかかった。
「そんなに、気になるか?」
考え込む江村を見て、黒スーツの男は尋ねた。
「まあな。あの探偵は、事件と私に深い関わりがあることは既に知ってる。証拠はないがね。今日、話を聞きに来た時も、手かがり探しというより、私が何か知ってるという“確信”のみ得るために…そんな感じだった。食えない奴とは思ったが…」
再び無線からノイズ混じりの声がする。
『大佐…』
「やったか?」
『第一目標クリア…、第二目標失敗です』
無線の声を聞き、江村は背もたれから体を起こした。
「…そうか、わかった。ターゲットの専属運転手の始末も頼むぞ」
『了解』
持っていた無線を口元から離し、腰のホルダーに入れると、黒スーツの男は側のソファーに座った。
「金髪の女は何か聞き出しと思うか?」
江村が尋ねると、黒スーツの男は脚を組んで体を倒しソファーの背もたれに寄りかかった。
「関係ない。聞き出せたとして、テロを促したのがあんただと知る程度だろ。だが証拠はない」
江村は、デスクの椅子から立ち上がり、書類棚の下の扉から、ブランデーとグラスを二つ取り出した。
グラスをデスクに置き、ブランデー注ぎ、一つを黒スーツの男に手渡す。
黒スーツの男は手にしたグラスを(どうも)と言うように軽く上に持ち上げ頷いた。
そしてグラスの中のブランデーの匂いを嗅ぐと、満足げに笑った。
「そうだ、ハイウェーブについて“こそこそと嗅ぎ回ってた男”については、何か判ったかね?」
江村が思い出しように尋ねると、黒スーツの男はゆっくり味わったブランデーをごくりと呑み込んだ。
「裏社会の小物だ。どうやら数日前に“四回目の実戦テストのターゲットにした男”と、関わりがあったようだ。そちらも始末しておくよ」
もう一口ブランデーを口に含むと、黒スーツの男は、にんまりと笑を見せた。
「どうした?そんなに美味いかね?」
その様子を見ていた江村が尋ねると、黒スーツの男は首を横に振った。
「…そうではない。いや、これは美味いが…四番目の実戦テストのターゲット、なかなか面白い奴だったので、それを思い出してね」
「ほう…」
「すでに、実験対象だった人間三名…いや四名か…そいつらが“どのようにやられたか知ってた”のだろう。善戦したんだ。といっても、勝ち目があったわけではないがね」
「それを言うなら、ビルで人質を助けた男、あいつの方が善戦したのではないか?」
江村は人差し指を振りながら言うと、黒スーツの男は笑った。
「室富…雷朗だな」
「何者だね」
また一口、ブランデーを口に含み味わう黒スーツの男。ゆっくり味わい、ごくりと呑み込む。
「ん…、美味い。奴か?奴は、アメリカで活動している“殺し屋”だ。どんな経緯か知らないが、中国、アフリカの大物を暗殺したのも、その男だという噂だ」
江村は、シガレットケースからもう一本、煙草を取り出し、摘んだ煙草を黒スーツの男に差しながら言った。
「間違いなくその男なのか」
残っている一口を呑み干し、黒スーツの男はソファーから立ち上がった。
「中国、アフリカの件が事実かは知らんが、ビルの監視カメラに映っていた人物は本人で間違いないだろう」
「何でまた、あの現場にいたのだろうな?」
「さあ…生け捕って聞いてみるか?」
「いや、そこまで興味はない。ないが、とんだ邪魔をしてくれたもので、少々苛立ちを感じててね」
「ま、その分は利用させてもらおう」
「ほう、どうする気だ?」
黒スーツの男はソファーから立ち上がり、空になったグラスをデスクに置くと、部屋の出入り口に歩を進めた。そして振り返り様に言った。
「なあに、事件の容疑者をあいつにしてしまえばい」
「その室富のせいで助かった人質の親子は?」
「すでに始末するために一人向かわせている。問題はない。何を見ようと、知っていようと、我々の計画の真相に近づくことはないだろう。ないだろうが、何か一つでも見たり知っている人物は消えてもらう。完璧な遂行のために。その為の我々、部隊零だ」
扉を開け、黒スーツの男が出ていくと、江村は煙草を咥えて、銀のジッポーで火をつけた。そしてブラインドの隙間から夜景を覗き見た。
「後戻りは…できんか」




