第十四話 Joe・Roedecker
十八時。外はすっかり暗くなっていた。
遺体安置所を後にした六堂とジーナは、“白人の男”の遺体が発見された現場に向かっていた。
助手席のジーナは携帯で英語で喋っている。
飯島から“強引にもらった”遺体の指紋データを、自分の所属するロサンゼルスの警察署に送っていて、その件について話していたのだ。
「ごめんね、夜中に…」
『大丈夫、今は署にいたよ。例の麻薬絡みの事件で、休暇入り損ねてしまったね。そっちは夕方頃かい?』
「こっちは今十八時過ぎ。早めに休暇入ってよかったわ」
『ああ、一日違いで俺は損したな。ところで用件は何だい?』
電話の相手はジョニー・イーバード。ジーナの先輩で相棒である。
新人時代から世話になっている良きパートーナーで、妻子持ちの優しい父親でもあった。ジーナには年の離れた兄のような存在だ。
「“セントホークの件”でちょっとね」
『テロ事件か。こっちでもニュースでやってるよ。君の観光に影響ないか気にはしてたんだ。それに関わってるのか??』
「ええ、まぁそんなとこ」
『日本の…視察研修に来てた美人刑事、なんだっけ?』
「リョウコ?」
『そうそう、会う予定だったよな。彼女に巻き込まれたのかい?』
「彼女は関係ないわ。この件はまた別な話。それでね、あなたのPC宛に指紋データを送ってるの。その指紋をそっちで称号してほしいのよ」
もし遺体がロディだとすれば、渡辺の話通りにロスの裏社会で活動をしていたはず。とすれば、ロスでの何らかの事件に関わっている可能性もあり、上手くすれば遺体がロディと確証が持てるかと、ジーナは考えたのだった。
『OK、何かヒットしたらデータを携帯に送るよ』
「ええ、お願い」
『それと…ロスじゃないんだ。無茶はするなよフォスター』
携帯を切ると、ジーナは、ふうっ、とため息をついた。
そんな彼女を横目に見つめる六堂。
「警察の仕事、好きか?」
六堂はふと、ジーナに問うた。
「え?何なに?どうしてそんなことを?」
笑みながら、少しだけ困惑するジーナ。
「いや…正直、いきなり知り会って、いきなり手伝うって言われて、君の勢いで押されて…『大丈夫か?』なんて思っていたけど、結構いい顔してやってるからさ」
ジーナは鼻を掻きながら、はにかんだ笑顔を見せた。
「性に合ってるとは思う。射撃も格闘も、軍人だったパパに小さい頃から教わってたから嫌いではないし、考えて謎を解く、犯人を追う、人を探す…一つ一つが進展していくことに、充実感はおぼえるね」
「そうか、じゃあ、この事件は進展してないからマズいなぁ」
六堂が苦笑いをしてそんなことを言うと、ジーナは人差し指を立てて言った。
「じゃあ、しっかり進展させましょ。大丈夫、私がいるんだから」
この明るく前向きな態度。アメリカ人だからか、彼女のもともとの性格かわからないが、ジーナといるおかげで沈む気持ちを落とさずにいられることに、六堂は本当に救われていた。
恵の死については、まだ実感がない。だが頭で事実だと理解はしている。
明日が通夜、明後日が本葬だと美雪からメールが来ていた。きっとその時は、恵がいなくなったことをもう少し実感するのだろう。
白人男性の遺体の見つかった現場、杉並区の上荻に着くと、雨がポツポツ降り出してきた。
二人は近くに車を止め、ラゲッジスペースに積んである傘をさし、裏路地に歩を進めた。狭い路地には小さな居酒屋や食堂が並んでおり、隠れた名店なんかがありそうだった。
遺体があったのは、もう少し入り組んだ、人通りのあまりなさそうな場所だ。
六堂は、持ってきていたライトを一本ジーナに渡し、二人で現場周囲を照らしながら見回した。
「リクドウ、これ見て」
ジーナは地面の焦げた跡を見つけた。ここ数日の雨で殆ど薄くなっているが、何かが焼けた跡が確認出来た。
六堂は焼けた跡をライトで追うように照らした。すると円を描くような形になってるのがわかる。
「何かしらね、これ」
「…さあ。だが、今見る限り、他の現場のようなデタラメに撃ったような弾痕は、なさそうだな」
ライトで周辺を照らしていると、人影が一瞬目に入った。気のせいかとも思ったが、六堂はライトの光をゆっくり戻すと、確かに人がそこにいた。
男だ。どうやらホームレスらしい。建物の外階段を屋根代わりに、その下に段ボールに包まって寝ているようだが、こちらに気づき、見ているようだ。
「こんばんは」
六堂はその人物に近づき、笑顔で挨拶をした。男は70代くらいだろうか。高齢に見える。
「…何だ?」
愛想がいいとは言えないが、そう邪険にもしなさそうな様子だ。そんな老人に、六堂は探偵のバッジを見せた。
「…探偵、か」
「そ。ちょっと事件を調べていてね。最近この辺で“何か”変わったものとか、凄いもの見なかった?」
老人は、手で顎をさすりながら首を横に振った。
薄汚れて、鼻につく臭いを放ってはいるが、老人の目はどこかしっかりとした雰囲気を醸し出してるのを六堂は見逃さなかった。
「この生活、長い?」
質問を変えると、男は訝しげな顔をした。
「…気になるのか?」
「持て余す時間を、炊き出しまで待つ普通のホームレスとは違って見えたんでね」
六堂はさしていた傘をジーナに持たせて、ポケットから財布を出した。
「だから、もちろん無料でとは言わないよ」
財布から三千円を取り出し、老人に見せた。
すると老人は、苦笑した。
「…外国人の男が殺されるところを見た。そんなんでいいのか?」
「やっぱり見てたんだ。“どんな奴”に殺されたか…見えた?」
老人は、首を横に振った。
「いや…」
「実は男がここで死んだのは知っているんだ。頭を撃ち抜かれてね。俺が知りたいのは、その相手」
老人は少し困った顔をした。
「どんな話でもいいか?」
「もちろん」
鼻でため息をつくと、老人はやや間を空けて口を開いた。
「…ババババ!!」口と共に、両手も使って音を表現する老人。「そんな音で目が覚めたんだよ。時々、喧嘩の声や、銃声がすることはあったが、なかなか聞き慣れない音で驚いてな」
――地面の焦げ…音の表現から察するに威力低めの粉塵爆破、か。
「そしてこの階段の隙間から見ていたよ。夜だったが、ネオンに照らされた時に外国人か、ひょっとしてハーフか、まぁどちらでもいいが、日本人顔じゃないことはわかった。そいつは銃を持って、ほらあれだ」
老人がコッキングの真似をするのを見て、「ショットガンのことかい?」と六堂が言うと、老人はうんうんと頷く。
「そう、それだ。それを撃った。するとな、“何もない宙空”でいきなり爆発しやがったんだよ」
――爆発はさっき見たシュレッダー弾だろうが、何もないところで爆発…
老人は笑いながら、話を止めた。そしてこんなこと言う。
「どうだい?この話、嘘くさいと思わないか?」
六堂は笑顔で首を横に振った。
「いや、信じるよ。むしろ、その続きが気になるな、俺」
老人は六堂が本当に信じているのか、からかっているのか、よくわからず苦笑した。
「ここにきた警官たちは、ここで話を聞くのをやめて去ったんだよ」
老人がそう言うと、六堂は手にしていた三千円を、老人の手に握らせた。
驚いた老人に、六堂は言った。
「俺はちゃんと聞くから、話して」
「本気なんだなぁ、にいちゃん」
「おじいさん、最初、このお金見た時に、話すか迷ったでしょ?おじいさんみたいな人、金欲しさにサラッと嘘を言う人も結構いるけど、あなたは自分でも信じ難いことだから話すのを躊躇した。ちゃんと“見たこと”を話そうとした証だ。だからこのお金はあげるから、続きを聞かせて」
見透かされたような言葉に、老人は(まいったな)と頭を掻きながら笑った。
「…何もない宙空で爆発、そう言ったな。その爆発の起きたところがバチバチと光だしてな。あんなの見たことがない。突然の放電のような、そんな光だ」
――陸斗の話と同じだ。
「そこに人、いや、“人らしきもの”が見えた。何もないところから出てきたことも驚いたが…」
老人が本当に驚いたのは次の瞬間だったという。その“人らしきもの”が、一瞬で、外国人の男の距離まで詰めて、次弾を撃とうとしたショットガンの銃口を払いのけ、手にしていた拳銃で頭を撃ち抜いたという話だった。
「そんなに速かった?」
「ああ、まるで無駄なのない動きだった」
「そっか、なるほど、よくわかった」
六堂はそう言い、ジーナに持たせていた傘を持った。すると老人は呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ」
「はい?」
ダンボールに座っていた、老人は立ち上がり、階段の外に一歩出て、六堂の顔をじっくり見た。
「あ、雨に当たると冷えちゃうよ」
六堂は両手を前に出し、階段の下に戻るよう言った。だが老人は戻ろうとはせず、口を開いた。
「俺はこの生活をして15年くらいになると思う」
最初の質問の回答だと思った六堂だが、話には続きがあった。
「街の裏側でいろんな人間を見てきた。その中で一人思い出した人物がいてな…そいつにあんたよう似ている。あんた“蒼光”じゃあないかね?」
その質問に、六堂はほんの少しだが、フッと笑ったような表情を見せた。そしてポケットに入っていた小銭を取り出し、それも老人に手渡した。
「それはきっと人違いだよ」
「人違い…?」
「その、“そうこう”だっけ?そんなの知らないよ俺」
「そうか…」
「金で暖かいものでも食ってね」
老人に親指を立ててグッドサインをしてみせると、六堂は笑顔でその場を去った。
「気のせいかのう」
ぽつりと呟く老人。
五年ほど前、若者の不良グループに、“街を綺麗にしてやる”などとリンチに合わされたことを老人は思い出していた。
その時に、ブーツの踵で踏まれた左手は、今も少し不自由であった。
そこに刀を持った青年が現れ、助けられた。
薄青く染められた髪が印象的で、そして刀を抜くこともなく持ったまま、片手で五人の不良グループを一瞬で倒す様は、今でも忘れない光景だった。
後に“蒼光”と呼ばれる裏社会の戦士だと知るが、ここ二年、姿を消したという噂を耳に入れていた。死んだという話がもっともよく聞いていたが、老人は似ても似つかぬその時の青年の目と、六堂の目に同じものを感じたのだった。
「また明るくなってから見に来る?」
益々強く降ってくる夜の雨。
現場をよく見ようにも、ライトだけでは難しくなってきたので、ジーナは尋ねた。
「いや、ここはもういい。さっきのおじいさんの話で十分だ。白人の男がここでの出来事を録画していたのであれば、それを見たいな。そろそろ“透明”がどんなか気になってってね」
「それには、まず遺体の男が何者かわからないとね」
六堂は状況からして、白人の男は“ロディ”だと殆ど確信していた。
表通りの道脇に止めていた車に戻ると、イーバードからのメールが届いていることに気づき、ジーナは携帯を開いて確認をした。その内容を日本語で要約しながら読み始める。
「…えと」
「どうした?」
携帯を見てすぐに難しい表情をしたジーナが気になった六堂。
「指紋がヒットしたんだけど…、その人物はジョー・ローデッカー…だって」
「何?ロディじゃないの?」
ロディと確信していたのに、それが見当違いの人物だったのかと、六堂はハンドルに顔を乗せて脱力した。
「もう、誰だよローデッカーって、見当違いにがっかりするぜ俺」
ジーナはそんな彼のことを気にせず、届いた情報を読み続ける。
「待って…全くの見当違いではないかも」
ローデッカーは、庄司エンタープライズロス支社でカンパニーズアーミーだったという経歴らしい。だが、二年前の庄司エンタープライズ主催のパーティー会場爆破事件で死亡となっていた。
「あった、そんな事件あったわ」
「待て待て、じゃ、あの遺体…二年前にすでに死んでいるはずの男が、数日前にここでまた殺されたっていうのか、って言うか、庄司エンタープライズ?」
項垂れていた六堂だったが、頭を上げる。
「ローデッカーの経歴は、庄司の子会社、『ショウジ・セキュリティ・サービス』のカンパニーズアーミーだったってことね。事件当日は…前田 栄蔵元ロス支社長の護衛だったそうよ」
「支社長?」
「“元”ね。マエダは、爆破事件後に、Senior Managing Director、えと、今は専務取締として本社に戻っているそうよ」
白人の遺体の男、つまりローデッカーを知る人物が庄司本社にいることが判り、六堂は前田に会いに行くことを考えた。とはいえ訪問する時間としては微妙だ。強引に押し入って話を聞くか、このまま一旦事務所に戻るか、それとも合田にシュレッダーのことを聞きに行くか…。いずれにしても、また庄司エンタープライズというワードで行き止まりに、六堂は苛立ちを覚えた。
次にどうするか決めかねていると、ポケットの中の携帯が振動した。着信は涼子からだ。
用件は、『家に寄れないか』ということだった。




