第十三話 現場へ
1999.12.3 -Friday-
外はどんより曇り。今にも雨が降り出しそうだった。
朝早くから六堂は、寝癖もそのままに、寝間着代わりのジャージ姿で、リビングでノートPCの前に座っていた。カップに半分残っているコーヒーは既に冷たく、長い時間、集中していたことが窺えた。
PCでは、涼子のパスワードを使って警察の事件簿を閲覧していた。もちろんこれは不正ログイン。ところが涼子がアクセスしている痕跡になるよう、かつての仲間の木崎がシステムを組んだソフトを使用している。まずバレることはない。
六堂は、合田から聞いた裏社会の人間四名が殺されたという事件についての報告書を探していた。
――重要な捜査案件になってないな、このままだと“二係”行きだな。
『黒木』、通称“狂犬の黒木”。
戦闘を好んで裏社会に身を置いていた男。戦闘狂で、得意は徒手格闘や武器を使った接近戦。闇カジノの賭け格闘技や地下格闘技にもよく参加していて、連戦連勝だったという。
山東会傘下の島野組で、若頭補佐をしていた『木口』。
この男とは何度か六堂も顔を合わせたことがあった。仕込み杖を携帯していて、その腕前は一流だ。拳銃を持った男五人を相手に一振りで倒したことは裏社会では有名な話だった。
『ジャッド兄弟』。
Martin・JuddとAndy・Judd、元特殊部隊で傭兵として各地を転々としていたが、東京が気に入りフリーの活動拠点にしていたという。
皆この街の裏社会では有名な凄腕だった。ニュースで取り扱うことはなくても、短い期間でその四人が殺されたというのは、大変なことである。
「Good Morning」
六堂が貸している部屋から出てきたジーナ。すでに私服に着替えていて、あとは上を着るだけといった格好だ。拳銃のホルスターも身につけている。
「よく眠れたかい?」
「どこでもよく寝れるのが私の特技よ」
ジーナは手でグッドサインをしながら、笑顔でそう答えた。
「朝から何見てたの?」
PCを覗き込むジーナ。
「昨夜、合田から聞いた“ハイウェーブと接触のあった四人”の事件報告書。確かにこの一ヶ月で殺されている。でも殺され方も、場所もバラバラだ。警察の重要枠から外れているけど、この四名が一ヶ月で殺されるというのは只事じゃない」
黒木はナイフで胸部を突かれ死亡。場所は新宿。木口も同じ手口だが、場所は千葉埋立地の倉庫街。ジャッド兄弟は銃による射殺。場所は新東京の建築途中の倉庫の中。
「面倒だが、全部、現場を見る必要がありそうだ」
「OKOK、let's go」
六堂の作った朝食を済ませて、二人は車で事件現場に向かった。
三つの事件、報告書には記されてないが、合田曰く“共通点”はハイウェーブという幽霊会社と接触があったということだけ。そしてこの事件で殺された四人は皆凄腕である。敵も多いだろうが、短い期間に次々殺されるに動機は一つしか思い浮かばなかった。
それは“腕試し”だ。
黒木、木口、ジャッド兄弟には、六堂の知る限り、また調べる限り、同時期に殺される理由は見つからない。裏社会の凄腕が一気にやられるとなれば、恐らく自分の実力に自信のある者の、ステータスをあげるための腕試しだと思われる。
そこから考えると、規模としては馬鹿げてはいるが、SAT全滅も腕試しかもしれない。教団が“SATを呼び寄せるための餌”と見れば、筋は通ると六堂は考えていた。
「“その考えが事実”だったして、ムロトミは東京裏社会の凄腕四人を殺し、SATに挑むような怪物を相手に、戦ったってことよね?」
六堂の考えを聞いたジーナは、ふとそんなことを言った。だが、セントホークでの生存者の木戸親子の証言では、そういうことになる。
「おまけに相手は“透明人間”。どんな奴と戦ったんだろうな」
だがこれは、庄司エンタープライズが仕組んだこと。庄司と関わりのある者…
――一体誰が腕試しをするというのだろうか?
本当に意図的に警察を相手にしたとして、それは相当リスクが高いことだ。もう少し単純な社内抗争かと推測していた六堂だったが、点と点が繋がらないことに、少し苛立ちを感じた。
四人の遺体のあった三ヶ所の現場を見終える頃には、十五時を回っていた。
合田との話にもあったが、三件の事件については警察もそこまで熱心に捜査をしていないであろうことから、“何か手がかりでも”見つかればと思っていたが、特にこれといったものは見つからなかった。
気になったことといえば、木口は仕込み杖を抜いていたことだ。
“何か”に斬りつけたのだろう。報告書によれば刃は折れていたとのこと。
「木口は暗闇でも気配を感じ取り、相手を叩き斬る腕の持ち主だ。例の“透明人間”が襲ってくる瞬間を察知して、刀を抜いたのかもしれない」
「でも、折れてたんでしょ?きっと斬れなかったんだね。何か強度の高いスーツでも装着してたのかしらね。何だが現実味ないのよね、話が突拍子なくて。セントホークに現れたのは、きっと“プレデター”と“ターミネーター”を足したやつね」
ジーナが指を立てて、そういうと、六堂は軽く笑った。
「強度の高いスーツを着てたなら、“ロボコップ“だろ?」
その返しにジーナは(あ!そうか)と苦笑した。
実は黒木だけは、格闘戦をした痕跡があった。拳と膝が激しく傷ついており、装備していたナイフを抜いたようだが、刃が欠けていた。
セントホークを含む、他の例とは異なっているようで、相手の姿をしっかり見て戦ったように感じた。ただ、自慢の格闘戦は通用しなかったようだ。
もう一件、ジャッド兄弟は二人のコンビネーションで互いの死角を補いながら銃撃戦をすることで有名だ。その姿は“手が4本の怪物”だと言う者もいたほど。
だがあっさりやられている。そしてセントホークと同じように、事件現場では四方八方に弾痕が見られた。兄弟のどちらかが先にやられ、ありえない状況にパニックになって見えない相手に撃ちまくったというところか。
「結局、前進しないわね」
白いため息をつき、ジーナは資材の上に腰を掛けて言った。
建築途中の倉庫は、現場保存のテープが貼られて、当然作業もストップしていて静かだ。壁で外の風は遮られてはいるが、広い空間のそこは肌を刺す寒さだ。
六堂は壁の弾痕に触れながら、“腕試しをした人物”と、庄司エンタープライズがクァ・ヴァーキを利用したことに、どんな繋がりがあるのか、考えていた。
「わからん!やはりどうしても室富から話を聞く必要があるよ」
「となると、ロディ?でも見つからないし、死んだかもしれないんでしょ?」
「ま、とりあえず、次行ってみよ」
「Next??」
六堂は、三件の事件を調べるついでに、“ロディが殺された”事件簿を探していた。
合田の話によれば、同じくハイウェーブと接触したあとに、ここ数日活動拠点に戻ってきていないのだ。
四人と同じように殺されたとして、まだ遺体が見つからずどこかで放置されていたり、そもそもまだ生きていて隠れているという可能性もあったが、万が一ということもあり検索はしていた。
だが、この数日で起きた事件にロディが殺された報告書は見つからなかったので、都内にある身元不明の遺体を保管している安置所に“ここ数日で運ばれた白人男性の遺体”がないかを当たっていたら、該当する遺体があるとの回答があったのだった。
「杉並区の上荻の路地裏で見つかった遺体らしい。警視庁から委託されている民間の遺体安置所に保管されているんだと」
もしその遺体がロディだとすると、室富との接点はなくなってしまう。六堂は、その遺体がロディではないことを願った。
「なぁジーナ、室富ってどんな奴だ?」
遺体安置上に向かい車を発進させて間も無く、六堂は尋ねた。愛理出警察署で、“一度会った”と言ったのを思い出したのだ。
「一言には難しいかな。会ったのは本当に一度きり、それも撃ち合いをしただけだから」
「撃ち合い?」
「少しは話したけど、もちろん日常会話じゃないからね」
ジーナは苦笑しながら首を振った。
「それじゃ、何で奴がこの街にいるかさえ、見当もつかないよな」
会話が止まり、二人の間に少し沈黙が続くと、小さい音で流していたラジオが耳に入って来た
『…銃声のあったのは世田谷区の木戸修一さん宅で、昨日のセントホーク事件との関連を…』
――なんだって!?
六堂はボリュームを上げた。
セントホーク事件生存者の木戸親子の家が襲撃にあったことがニュースで流れていた。その際、警官も二名殉職したという。
「リクドウ、これ…」
「ああ…」
浦林、中村に続いて…木戸親子。接点は、庄司エンタープライズだ。
――やはり江村か…、他の誰かか?
だが六堂には一つ、気になることがあった。
“もともとの方の事件”を引き起こした教団トップの浦林。
事件現場で命を落としかけた木戸親子。
この二件は、セントホーク事件で起きた謎について何かしらの情報を知っていると踏んで、口封じに狙われるのは理解できた。
だが、シードカンパニーの中村が死んだことに、六堂は引っかかりを感じていた。
首吊りだと電話では聞いていたが、何か知ってて消されたと六堂は思っている。
しかしそうだとして、シードカンパニーが庄司エンタープライズや、江村と関係があることは、六堂が木崎に頼んで独自に調べた件だ。
――なぜ、涼子が向かうより先に中村消されたのだろうか。
あれこれ考えてる内に、遺体安置所に着いた。
「電話していた、六堂ですが…」
六堂は探偵のバッジを見せた。
「ああ、はいはい」
対応に当たったのは、少し冴えない感じの眼鏡をかけた白衣の男だ。
「私はここのスタッフの飯島といいます。所長がおりませんので、私が代わりに対応を」
入所記録に署名し、さっそく白人男性の遺体を見せてもらった。
「私、まだ大学出たばかりなんです。本当は病院勤務になるはずだったのですが、何の手違いがあったのか、安置所勤務になりましてね…楽しくないわ、給料はイマイチ、夜勤は退屈、待遇面はひどいものです」
ブツブツ聞いてもいない身の上話をしながら、飯島は収納式の安置棚を引っ張り出した。
男の死因は銃弾による頭部損傷。酷いものだ。
検死報告書を見せてもらいながら、遺体を見る六堂とジーナ。見た目は四十代くらいだろうか。
だが、そもそもロディの情報はあまりないので何とも言えない。
「えっと、い、飯…」
「飯島です」
「あ、そうそう。この男の身元がわかるものは何も出なかったんですか?」
「ええ、特に身分を証明するものは」
「所持品は見れますか?」
「あちらに」
飯島が差し示した先に、証拠品保存用のビニール袋に入った所持品が、銀色のトレーに並んでいた。
その中のショットガンを手に取ると、飯島は慌てて取り上げた。
「ちょっと、身元不明遺体の証拠品を素手で触るとか、ありえないんですけど。そもそも勝手に触らないでくださいよ」
六堂は、苦笑した。
「まあまあ…怒らないで」
そう言うと、六堂は財布をポケットから取り出した。そして一万円札を出した。
「もし、その、勘違いなら申し訳ないんだけど、トレーから落とした証拠品を俺が拾っただけですよね」
飯島は紙幣を見て一瞬黙った。そして一万円札をパッと受け取り握りしめた。
「…拾ってくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ジーナは、呆れ笑いで、六堂の背中を叩いた。
六堂はショットガンをコッキングし、中から弾丸を一発取り出し、ポンっと飛び出たそれをジーナが受けキャッチした。
ジーナは弾丸を縦に指で摘むように持つ。
「おや、バックショットでも…スラッグでもないわね。これ珍しい、シュレッダーだ」
六堂は、その弾丸を受け取って見た。
「…シュレッダー?」
「アメリカで、一時期、警察がドア吹き飛ばしたりするのに使ってた炸裂弾。でも弾丸サイズを炸裂弾にしても破壊力半端で、ドア壊すならスラッグでも十分だし、コストもかかるし、あまり流行らなかくて、生産中止」
「とはいえ、それなりに破壊力はあるんけだ」
「そうねぇ。破壊力だけなら、それなりじゃないかしら。そんな武器が必要だったってことなのかな」
――ロディに武器を用意していた合田に聞いてみよう。これを頼んだのが奴なら、恐らく“こいつ”はロディだ。
そして次に目についたのが、ミニカム。見てもわかるほど壊れているようだ。頭を撃ち抜かれた時に破壊されたのだろう。
「…小型の通信用のカメラ、か」
「ねえ、リクドウ…ひょっとして、誰と会ったのか、密かに撮影してたんじゃない?」
――だけど…映像は?どこで録画してた。
ジーナは男の遺体を見ながら飯島に言った。
「Fingerprint」
「え?」
「指紋、取ってるわよね?」
「ええ、身元確認称号のために」
「でも身元不明ってことは、ヒットしなかったわけよね?その指紋データ、私にもらえないかしら?」
「いや、勝手には」
これ以上、不正はやめてくれと言わんばかりに首を振った。
「あら、じゃあさっき受け取ったMoneyのこと、バラしてもOK?」
六堂の出した一万円札を利用して、上手く指紋データを入手したジーナは、六堂に向けて小さくVサインをして見せた。




