第十話 動き出す背後の影
六堂が駆けつけると、部屋に浦林が倒れ、床は血が広がっていた。
「大丈夫か?」
弾丸が貫通した窓から離れて隠れていたジーナは、黙って頷いた。
支配人の男は慌てた様子で、叫んだ。
「おいおいおい、ふざけんなよ、なんだこれ」
六堂は、タトゥーの支配人を廊下に押しやった。
「落ち着け…」
六堂の手をどかす支配人の男。
「落ち着けるかよ!昨夜のでかい事件を起こした教団の代表の出入りをさせてたんだぜ!警察の捜査で俺は捕まるだろうし、上の連中がこの失態を見逃すわけがねえ」
かなり怯えた様子で、タトゥーの支配人は叫んだ。その様子を見て、六堂はため息をついた。
「ここの経営元はどこだ?」
「お前に言って何になる?」
「別にあんたがどうなろうと、俺の知ったことではないが」
六堂が素っ気ない態度を取ると、タトゥーの支配人は小さな声で言った。
「…親は那須川組だ」
それを聞くと六堂は携帯を取り出した。そして番号をプッシュし、誰かに電話をかけた。
「もしもし、ご無沙汰…。実は話があって」
誰にかけたのか、数分間、六堂の電話でのやりとりを見ていたタトゥーの男の表情は不安げだ。警察に捕まることそのものより、上から“ケジメ”を取らされることが怖いのだろう。
携帯を切ると、六堂はタトゥーの支配人の肩を叩いた。
「あんたが責任を問われることはない」
「は?」
「警察には捕まる、それは仕方ない。取り調べの際、“客が浦林だった”ことは知らないことにしておけ。それを通せない時は、多分上に責任を取らされる」
「何?誰に電話しやがった?」
「山東会の会長だ」
タトゥーの支配人は驚きすぎて、言葉が出ない様子だ。
那須川組は山東会の傘下だ。六堂は支配人の男の所属先の、更に上に話をつけたということだ。
「あ、あんた、何?何者?」
「私立探偵だ、それ以上気にするな」
六堂は手招きするとジーナは腰を低くして、廊下まで出てきた。
「さて、ついでにだがな、ここに俺たち二人がいたこともバレないようにしてくれ」
支配人は、軽く早く数回頷いた。
「わ、わかった。念の為聞くが、ケジメを取らされないのは本当なんだな」
不安からしつこく聞いてくる支配人の態度に、少し呆れ顔の六堂は苦笑した。
「言っておくが、未成年の少女を商売に使ってたことは、かなり厳しく追求を受けるし、俺もそのことについては貴様に同情する気はない」
鋭い目つきでそう言う六堂に、タトゥーの支配人はゾッとした。同時に、六堂が只者ではないことを理解した。
支配人は、仮にも裏社会で生きる人間であり、これまでも恐ろしい人物とは対面してきたが、六堂の一瞬見せた眼光と雰囲気はそれまでのどれをも凌ぐ恐怖を感じた。
六堂とジーナは、支配人に案内され、裏口から建物の外に出た。
来た道とは反対の、暗い裏路地から表通りへと出ると、遠くから近づいてくるパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
言われた通りタトゥーの支配人がすぐに通報したのだろう。
二人は車を止めている有料駐車場に戻った。
しかし収穫は0ではないものの、捜査の進展があったとは言い難い状況に、六堂は頭を悩ませた。
浦林は、事件の背後に庄司エンタープライズが関わっていたことを話したが、肝心な詳細を話す前に、恐らく口封じのためだろうが、殺されてしまった。
ロディと室富に一応の繋がりがあることは判ったものの、結局ロディ本人は行方不明であり、当然ながら室富の足取りを掴むような手掛かりはない。そもそもどんな繋がりかも判らない。
時間は二十三時半。
「で、どうするの?」
助手席のジーナは尋ねた。
二人は、車に戻る途中でテイクアウトしたファストフードで、遅い夕食を済まそうとしていた。
「さっきから涼子さんに電話が繋がらない」
六堂は携帯電話をポケットにしまい、紙袋からハンバーガーを出し、包み紙を取りながら答えた。
「忙しいんじゃない?」
ストローでコーラを吸いながらジーナは言った。狙撃されそうになった緊張で渇いていた喉が潤うのを感じる。
「かもな。ちょっと頼みたいことがあったんだが」
そう言った途端、ポケットの中の携帯電話が振動した。表示されている着信は涼子だ。
「はいはい、もしもし」
もぐもぐと口の中のバーガーを噛みながら喋る六堂。
『出られず悪かった』
涼子の声は疲れているように聞こえた。そして電話の向こうが何やら騒がしい。
「中村には会えたのか?」
そう尋ねると、六堂は食べかけのハンバーガーを口に押し込み、それを一緒に買ってきたホットコーヒーで押し流そうとした。
熱そうにカップを口から放す彼を見て、ジーナは片眉を下げて静かに苦笑した。
『いや、会えなかった。中村宅に着いた時には、本人すでに死んでてね』
「え?」
『首吊り遺体さ。司法解剖で判ると思うが、遺体の状況から死んだのは恐らく私が来るより少し前だな』
「…口封じ、か」
『とにかく、それで捜査が始まってバタバタしていたんだ』
電話の向こう側が騒がしいのはそのためのようだ。
「それはまいったな…」
浦林の次は、中村。手掛かり潰しが始まっている。江村への煽りが行動へと移させたのだろうと思った。
しかし逆に考えれば、間違いなく庄司エンタープライズがセントホークで何をしたのかを知られたくないことの表れだとも言えた。
『そっちは何か手がかりは?』
「クァ・ヴァーキ教代表の浦林は見つけたが、射殺された」
『…そっちも口封じね』
「ああ、昨日の事件と庄司エンタープライズとの繋がりの詳細を話す直前で殺された」
『室富探しの方はどう?』
「ああ…、そっちの方は探してたら、合田と会った」
涼子も合田を知ってる。その顔を思い浮かべ、笑いながら軽いため息をついた。
『あの憶病者ね。元気にしてた?』
「それが…室富を追って、ロディという男を探していたんだ」
『ロディ?』
「詳しくはあとで話すよ。それで、そのロディと合田が知り合いでね、色々と話を聞けたってわけ。室富が何か事件に関わっているのは間違いないと思う」
『そう。室富と関係あるなら、そのうち川島が合田のところに辿り着くかもしれないわね』
「川島ってあの俺のこと毛嫌いしている男か」
『ええ。張り切って室富の捜査に力を入れている真っ最中よ』
六堂は驚いた。
「本当に勝手させてるの?」
『実はね、私は明日付けで、セントホーク事件の捜査を外される』
「そりゃまた…何で?」
『川島が私の頭上で、さらに上の上司に掛け合ったのよ』
涼子によれば、“その上司”がもともと自分のこと嫌っているらしかった。
“室富捜査”に力を入れることに反対の意見をしたことを理由に、“その上司”に今回の難しい捜査指揮に問題があることを指摘された。
さらに、室富探しではなく、他の方向から捜査のために、捜査官増員を要請したところ、「そんな馬鹿な話しがあるか」と“その上司”に叱責され、反抗し、もめたことで指揮権を失ったという。
涼子らしいなと、六堂は首を横に振りながら苦笑した。
涼子が能力に対し、出世しないのはその性格故だと、六堂だけならず、彼女を知っている部下や同僚皆がそう思っていた。
『伊乃は佐々木警部って堅物、何度か見たことあるわよね?』
長身で、規則が服を着ているような刑事で、見るからに堅物といった顔つきのそれを、六堂はふと思い出し、苦笑いをした。
自分が正しいモラルだと確信しているので、ある意味で悪人よりも質が悪い人物だ。“その上司”が佐々木だと聞き、納得した。
「あのエセモラリストか。裏にも顔が効く刑事で、関わると面倒な男な」
『そ。あれが来て、私はお払い箱にされたの』
もっとも、涼子自身は良い意味の解放だと思っていた。
「しかしあいつ、なんだっけ?川…」
「川島」
「あ、そうそう、川島。あの男は、涼子さんにご執心かと、そう見えてたんだけどね」
『それ故よ。ここで一発成功して、私との立場を近づけたいんでしょ』
「上司と部下の関係ではダメだと思っているってわけか」
もっとも涼子に男の話など聞いたこともなく、“勉強はできるが頭の悪そうな”ことを差し引いても、川島のあの性格では彼女を落とすことは不可能だろうと思った。
『そんなことより、何か用があるんでしょ?』
「そうだった、一つ頼みごとが」
『OK、ちょっと待って…』
涼子は車に乗り込みドアを閉めた。六堂の電話から聞こえていた向こう側のざわつきが静かになった。
「いいか?」
『どうぞ』
「涼子さんのI.D.で、俺の家から警察の報告書を閲覧できるようにしたい」
『わかったわ』
電話を一旦切ろうとした六堂だったが、ふと気になったことがあった。木戸親子のことだ。
「涼子さん、木戸親子の護衛に連絡してみてくれないか?」




