第九話 歌舞伎町の裏の裏通り02
六堂がロディ探しをしている同時刻頃。
夜、まだ人が賑わう繁華街の大通り。クリスマスのメロディもどこからか聴こえてくる。
“その店”は、狭い裏路地を通り抜けた奥にある、小さな古いビルの中にあった。
家庭環境に問題のある家出をした、あるいは何か弱みを握られている10代の少女に、男の相手をさせている違法な風俗店だ。
当然看板はないが、フードを被った腕っ節の良さそうな男が二人、ビル横にある階段に座っていた。
渡辺から聞いてた通りであり、それが目印でもあった。
ジーナがビルの近くまで来ると、座っていた階段から二人の男が立ち上がる。
一人は手すりを飛び越え、ジーナの前に着地した。スッと膝と背筋を伸ばすと身長180cm前後はあるだろうか。ジーナは見上げる形となる。
「何か用かい?ガイジンのねえちゃん。日本語わかるぅ?」
凄まれるも、ジーナは強気な顔で微笑んでいた。
「悪いけど、通してくれる?」
「ここはねえちゃんみたいなのが来る場所じゃねえ、帰んな」
「どうしても、ダメ?」
「くどいと、ただじゃ済まないよ」
どうやら通してくれそうにない男の態度にジーナはため息をした。
「じゃ、仕方ない!」
ジーナは男の左膝を思い切り前から蹴り、そして次は股間を蹴り上げた。
ダメージで男は歪んだ顔で前屈みになり、頭の位置が下がったところで、顎目掛けての飛び膝蹴りを喰らわされた。
自分より体格の小さな女といえど、まともに顎に喰った“膝”は強烈だ。
男は完全に失神して地面に倒れた。
もう一人の男もジーナに攻撃を加えようとしたが、後ろ腰のホルスターから素早く拳銃を抜いて向けられ、動きを止めた。
「OK?こういうことは極力したくないのよ。よかったら、中に通してくれない?」
「慣れてるな、何者だ…」
「ロスにはあんたらより凶暴なのがゴロゴロいるからね」
「ロス?」
「いいのよ、そんなのことは。通す?通さない?」
ジーナが最後通告だと言わんばかりの、鋭い目つきで脅すと、男は倒れてる相棒を担いで、中に通した。
ビルの中は電気があったりなかったり、薄暗く不気味だったが、人はいた。
顔面にタトゥーの入った、堅気とはとても言えない男だ。派手目なスーツを着ていて、ピアスを口と耳につけている。
「なんだお前、客じゃねえよな」
「ええ。私はここに出入りしてる“ある人物”に用があってね」
男は鋭い視線でジーナを見つめた。
「ここがどういうところか、知ってるのか?ガイジンのねえちゃん」
凄まれるが、ジーナは余裕の態度だ。外の男たちとはまた違う危ない臭いを感じるが、現職のロス市警だ。どうということはない。
「あー、やめといた方いい、外の男も私にのされた」
驚いたタトゥーの男は目を丸くして、扉の方をちらっと見た。
「何やってんだあいつら、格闘家崩れが、リングの外でもヘタレかよ」
「どうする?あんたも、私とやる?」
小柄な女一人、どうするか一瞬迷った。ハッタリだと思いたがったが、外の男二人を金や色気で買収できないことは知っている。経営している上の組織が黙っていないからだ。
「…話を聞こう」
「OK」
「“人物”ってのは誰のことだ?」
話に応じた方が騒ぎが少なくて済むかと踏んだタトゥーの男。
「ウラバヤシ」
男は、目を瞑り(嫌な予感はしていた)という表情を見せた。
セントホーク事件を起こしたのがクァ・ヴァーキ教である以上、店に出入りをさせていれば、ゴタゴタに巻き込まれるかもしれないとは考えていた。
しかし惜しみなく金を落としてくれるので、このまま浦林を上客として受け入れていいか、悩んでいる最中であった。
「セントホークの件だな」
「ええ」
「あんた…警察か?雰囲気はあるが」
「答えはYesとNoね」
「どっちでもいいが、こっちは上に金を納めないといけないんでね、商売を潰されたくないんだが…」
「目的はあんたらの、ビジネスじゃない」
「なるほど、わかった。ここのことを黙っててくれると約束するなら、浦林を渡そう…」
本音を言えば、ここで嫌々働く少女を救ってもやりたいが、簡単な話ではない。おまけにここは日本。正義心だけで勝手なことができるわけもなく、ジーナは了承した。
「今夜は来るの?もういる?」
タトゥーの男は腕時計を見る。
「日は決まってないが、だいたい週に四、五日は来る。いつも人通りの多い時間にな。今夜来るなら、そろそろだろう」
「わかった。Let me wait…」
一方その頃、表通りから裏通りに一台のベンツがゆっくり入ってきた。ウインドウにスモークの入ったベンツだ。
ドライバーが降りて、後部ドアを開けると、中からクァ・ヴァーキ教の代表、浦林が出てきた。
教団の代表らしからぬ平凡な装いと、髪型。インテリに見せるアイテムのフレームのないメガネも似合わぬ、垂れ目で少し間の抜けた顔。
「終わったら連絡する」
浦林はドライバーにそういうと、ビルの前まで歩いた。
いつもいるはずの、出入り口をガードをしてる男が見当たらないのが気になったが、溢れる欲望を早く満たしたい気持ちの浦林は、深く考えずビルの中に入った。
「いらっしゃいませ、浦林様」
先程ジーナとやりとりをしたタトゥーの男がニコニコと出てきた。
「支配人、今夜は“美春ちゃん”いるかい?」
「おります。美春は4-3のお部屋です」
支配人と呼ばれたタトゥーの男は、浦林にキーを手渡した。
浦林はエレベーターに乗り込むと、鼻息を荒くし、ソワソワしていた。
ロクなメンテナンスもしてないであろう古い型のエレベーターは動きが遅い。早く早くと、浦林は爪先をトントンと繰り返して鳴らす。
4階に着くと、3号の部屋まで早歩きで向かい、急いで鍵を開ける。
「美春ちゃん、来たよ。今日も神の教えを説いてあげるよ」
ルンルン気分で部屋に入るが、中は真っ暗だった。
「あれ?美春ちゃん?」
手探りで、電気のスイッチに手をやりパチンとつけると、ムーディーな赤い灯りが部屋を染めた。
するとベッドの上には人のシルエットが見えた。だが浦林の見覚えのあるものとは違う。
「あれ、支配人、間違えたんじゃね?誰?」
目を細めながらシルエットに近づくと、物凄い勢いで襟首を引っ張られ、ベッドに押し付けられた。そして背中を足で踏まれ抑えつけられる。
浦林は突然のことで驚き、ベッドで溺れそうになった。
「だ!誰だ!こんなことして済むと思うのこぼぼ!」
情けない声で浦林が叫ぶと、その人影、ジーナは言った。
「どの神の教えか知らないけど、今夜は私がYouに色々説いてあげようかしらね」
「は、はぁ!?」
ジーナは浦林の上着の襟を掴み、今度は無理矢理立たせた。
「こっち、向きなさい」
言う通り、浦林はジーナの方を向いた。
「な、外国人!」
「あら、外人って言わないだけ、下の連中よりマシね」
「いやいやいや、なんだお前はぁ!何のプレイだ!っていうか年齢いっているじゃあないか!!」
あまりの的外れな発言にジーナは、呆れ返った。
左肩を押してまた背中を向けさせ、今度は腕を後ろに捻り上げると、浦林の女々しい叫び声が部屋中に響く。
「Shut up、情けない声出して。あんたは若い子にもっと酷いことしてるんでしょ」
「うるさい!私は神の代行だぞ!人の支配は許可されてる。女どもはむしろ私の聖なる力を注がれて、感謝すべきなんだぞ」
浦林が怒気に満ち溢れた口調でそんなことを叫ぶと、ジーナ捻り上げていた腕を離し、もう一度後ろの襟首を掴んだ。
「な、なんだ、私の言うことが理解できたのか」
何をされるかと焦っていた裏林は、ひきつり笑いをして、安心した風な顔を装った。
だが次の瞬間、ジーナは後頭部の髪を掴み、ベッド横の木製の台に思い切り叩きつけた。
「あぐわっ!」
ゴンッと凄い音を立て、かけているメガネは壊れた。浦林は顔面を抑え、バタバタ見苦しく蠢いている。
ジーナは後ろ腰のホルスターから拳銃を手に取り、もがく浦林の股間に押しつけた。
「あんまり動くと間違って引き金引いちゃうよ。どうせ、いらないモノだと思うけど」
額と鼻を真っ赤にし、涙目の浦林。鼻血も出ているが、蠢くのをピタッとやめた。
「あ、あ、そ、そうか、“あいつら”のまわし者か…命だけはどうか」
突然命乞いをする浦林。
「あいつらって?」
間を空け、訝しげな顔をする浦林。
「え?え?違うの?てっきり奴らかと」
「だから、奴らってのは、誰のこと?」
ジーナは問うが、顔を蒼くして浦林は首を降った。
「言えない!言ったら殺される!」
ため息をつき、ジーナは拳銃を更に強く股間に押し込んだ。
「言わなきゃあんたのここ吹っ飛ばすわ」
「ひいいっ、わかったまって、それだけはやめて!言う言う、庄司だ、庄司エンタープライズの連中だ!」
あっさりと答える浦林は、宗教団体の代表としてのプライドも、男としての意地もないようだ。表向きは、神々しい人物を演じているのだろう。
呆れて拳銃をホルスターにしまうジーナ。どうやら聞きたいことが聞けそうだ。
「You、庄司エンタープライズに狙われてるの?」
鼻血を手で拭い、声を裏返しながらの浦林。目を逸らしながらボソボソと言う。
「…だから目立たない格好して、息を潜めてる」
それを聞いて、更にため息をつくジーナ。
「潜めているって、こんなとこ出入りしてたら、意味ないよ」
「わかってるけど、息のつまる生活で…今はこれだけが楽しみで…」
「何が楽しみだよ、Stupid」
そういうとジーナは浦林の上着のポケットから財布を引き抜いた。
取り戻そうとする彼の手を、バシッと引っ叩くジーナ。
「いい財布、中身は随分入ってるわね」
浦林の高級財布の中には様々なカードの他に、現金で30万程度が入ってた。
ジーナはその紙幣を財布から出す。
「出てきていいわよ」
部屋の奥にあるバスルームに向かって呼びかけると、15、16歳くらいだろうか。少女が出てきた。浦林ご指名の“美春”だ。
「もう帰りな」
「でも」
「いいから、ほら」
ジーナは美春に紙幣全部を手渡す。
「下の男には、私に言われたって伝えれば怒られないよ。ここにいる事情は知らないけど…自分一人で抱え込まないで、何とか逃れる方法を考えなさい」
ジーナが目と顔をくいっと(もう行きな)と合図をすると、美春は頭を下げて出て行った。
「さて、ウラバヤシさん。私は聞きたいことがあるの」
力なくジーナを見る浦林。
「あんたは何だ?警察か?いや、違うな」
「そんなことはどうでもいい。セントホークの件を聞きたい。庄司に狙われてるのはそのことでしょ」
恐る恐る浦林は頷いた。
「今回のテロで一般人が入手するには難しい良質な重火器。それと手際のよさ、手引きした奴がいるはず」
壊れたメガネを手に取り、浦林は手で押さえながら顔に引っ掛けた。
「我々教団が兼ねてより目指していた…革命だ。それに協力したいと、接触があった」
「どこの誰?」
「…江村って男だ」
「庄司エンタープライズの?」
「何だ?あんた、知ってるのか」
「いいから話を続けて」
浦林は渋々小声で説明を続けた。
江村は、教団が目指す革命、すなわち国家転覆を狙うための最初の作戦として、セントホークタワービルをつかって、テロをと提案した。
そして資金と、すでに逮捕されている幹部の解放を要求するよう、きめ細かい説明を受けたという。
「なぜ?セントホークを。他にも所有している建造物はあったでしょう」
「それは知らない。ただ、セントホークの警備システムについては細かく穴を教えてくれた」
ジーナは腕組みをし、片目を瞑る。何か引っかかる。
「…そして武器の提供も?」
「ああ、普通であれば入手できない軍用のものを用意してくれた」
「妙な話ね。Youたちがテロを起こすことは、奴らにどんなメリットがあるわけよ?」
「そう思うのが普通だ。少なくとも一部の幹部を除いてはそう考えた…」
「つまり、Youはその申し出に乗る気はなかったわけね?」
浦林は流れてくる嫌な汗を拭い、頷いた。
「この話は教団幹部でも意見が割れた。おかしすぎるだろ?だから私は…あ」
浦林が話に熱を入れて始めたと思った瞬間、窓ガラスが小さく割れる音を立てた。すると彼の言葉が途絶えた。
「ウラバヤシ…!?」
浦林はまるで糸の切れた人形のように、床に崩れた。
狙撃だ。
ジーナは咄嗟にベッドの脇に飛ぶように隠れた。同時に、次弾がガラスに穴を空けて飛んできた。
壁に穴が空く。
ーーIt was dangerous
浦林は口封じのために撃たれたのだろうが、次弾が飛んできたということは、自分のことも始末する気なのだろうとジーナは悟った。
ーーウラバヤシから何かしら情報を聞き出したかもしれないと思っているわけね。
ポケットから携帯電話を取り出し、ジーナは六堂に電話をかけた。




