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其は微笑みの代価  作者: 千代田 定男
第三章 復讐者
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第十八話・復讐鬼と眠り姫(B)

 朱塔が()()うの(てい)で立ち上がる。

「あなたの目的が最初から澤本なのだとしたら、なぜヨモギさんを連れてこさせた?」

 自分を囲うファントムに問いかける。 

「わかっていて聞いてないか? 当然、鉄ヶ山をおびき寄せるためだ。貴様が百戦鬼にある程度肩入れするであろうことは予想済みだ。だから、貴様も、はじめから、百戦鬼側として扱うつもりだった。貴様は本条討伐のための船頭でしかない」

 ファントムからの返事。嘉島である。

 嘉島はいま、ファントムどのも群れの奥で蛹と化している。

 あの研究施設で見た機械式のそれではない。肉塊とでも呼ぶべき不気味なブロブだ。

 だが、もう体は必要ない。ファントムが嘉島なのだから。

「そして、貴様は、新たな時代の門出へと向かう手土産だ」

 周囲にいるファントムの半分が跳躍する。朱塔は手にした刀は真っ直ぐに伸ばした。

 飛びくるファントムの一体を制止した状態から切り捨てて、上げた手を体の回転で地面に這わせる。地を滑っている一体を切りつけると、そのまま切り上げた。

 刃が下を向いている刀をそのまま逆手に持ち替え、柄尻にある銃を放つ。

 一度で三撃。今の朱塔にとっては上等だ。

 問題は、それほどのダメージに繋がっていないことだ。

 銃撃を加えた一体のみ動きを鈍らせただけだ。残るファントムはまったく問題なく朱塔に襲い掛かる。

 いなそうとする朱塔は、自分の技がまるで通用しないことに驚き、そして、腕と肩が強烈な力でもって破壊されてようやく理解した。

 ファントムは武器を帯びていないのだ。つまり、嘉島もまた『敢死必倒』を持った、身命護警術の使い手だということである。

(……勝てるわけがない)

 朱塔は、視界の端で眠っているヨモギに対して謝罪したい気持ちでいっぱいになった。ヨモギが起きていたのならばいますぐ謝っていただろう。

「呪いですね」

「ん?」 

「私の祖父は開門計画の前駆となる研究で、感応剤作成のサンプルでした」

「ああ、朱塔平兵衛(へいべえ)。感応剤という最大の功績を持つと同時に、能力者の遺伝子アプローチの失敗で責任を問われ、朱塔家を没落させた張本人」

「そうであるにも関わらず、私はサンプル候補のヨモギさんを、同じように不幸にしてしまった」

「さすがの血筋だ。おぞましいな?」

「ですが、私は祖父とは違う。必ずヨモギさんを――」

「同じだよ」

「いえ、必ず」

「同じだ。朱塔」

「……なにか、あるのですか?」

「最後に教えてやる朱塔同次郎。貴様は朱塔平兵衛の孫なんかじゃない。貴様は朱塔平兵衛そのものだ」

「どういう意味です?」

「そのままの意味だよ。貴様は朱塔平兵衛のクローンなんだ」

「クローン……私が、お祖父様のクローンだと?」

「貴様の祖父とされている朱塔平兵衛は、ステフィン=ラルゴの提唱した遺伝子継承の理論に基づいてクローン計画を練った。だがな、結局はクローンに平兵衛ほどの能力は見られなかった。失敗だ。そのうちの一つが貴様だ同次郎」

「馬鹿な! 私はまぎれもなく母から!」

「フッ! では、もっと教えてやろう。人工的につくられた胚を育てるために選ばれた母体の一人が貴様の母親だ。貴様の母は義理の父を自分の腹の中で育てたんだよ。それも、自分の夫の手によってそれは行われたんだ」

「う、嘘だ……」

「貴様の母はまったく知らなかったそうだぞ。不妊に悩んでいたところを利用されたんだ。嫌っていた義理の父とまったく同じ『モノ』を、愛していた夫の手によって孕まされたも同然だった。それを知って自殺したんだよ!」

 朱塔は自分の腕から力が抜けていくのがわかったが、しかし、視界の端で動くものが見えると、落としそうになった刀を再び強く握り締めた。

「いまなら、あなたの気持ちがわかる気がしますよ。鉄さん」

 終わることなど恐れている場合ではない。時間よ戻ってくれと願っても、叶わない。

 ならば、本当に終わるその一瞬まであがき、終わりの先に賭けるしかない。有限である生命には、それしかない。

「ここまできてもなお、私の奥の手は彼奴になりますか……まったくもって白くないことです」

 せめて一撃、あの肉くれに傷を!

(フヂナ、クルミさん、さようなら)

 雷なりにファントムの群れに接近する朱塔。


「死はいまだ遠かれど、生死の境はそこにあり!!」


 そのとき、その瞬間、朱塔は、腹蔵なく、そう思った。

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