第十八話・復讐鬼と眠り姫(A)
ブーストレベル3こそかつての開門計画の到達点。
澤本が使えないはずがない。
そして、感応剤自己精製タイプである澤本が、それを制御できないはずもない。
澤本の妙な動きはレベル3を完全に制御する者の動きなのだ。
筋肉が、神経が、アクセスラインが生物の限界を超えて、爆発するかのような瞬発力を生み出す。
走れば飛翔し、飛べば舞い上がり、突けば空気の壁を押し出し、蹴れば切れ味を帯びる。掴めば圧縮し、捻れば千切れる。
高度な肉質の力は、ディサイドアーマーのような運動補助などでは到底たどり着けない領域なのだ。
澤本は、真の実力をこれでもかというほど隠していたのである。
(本条睦丸は倒すべきではなかった! だが、しかし……しかし! だからこそ、避けられなかっただろう……!)
本条だけだったのだ。澤本以上の実力を持っているのは。
こうなっては、鉄ヶ山と本条はまさに相打ちである。
澤本ではおそらく本条には勝てなかった。本条を討ちえるのは、隙をつけ、実力もある鉄ヶ山だけなのだ。そして、その鉄ヶ山も、本条相手では無事ではすまない。
澤本に匹敵する可能性がある者はこの場にはもういない。
すべては嘉島の狙い通りである。
澤本に滅多打ちにされながら、朱塔はおかしなことに気がついた。
(澤本の狙いが嘉島と重なることなどあるのか?)
鉄ヶ山のいう、おぞましい嘉島の計画というのは、果たして澤本の語るようなことだったのだろうか。
違う。嘉島は澤本のように権力に対するという目的はない。革命どころか、テロのような主義すらないのだ。
(澤本虎蔵も利用されている!)
朱塔が突破口になるかもしれない手がかりを掴んだとき、先を見越していたかのように状況が一変する。
「志乃原は俺がもらう! ヒトミでもチホでもない! 俺がずっとほしかったのは志乃原だ! ファントムこそ俺の次代! 俺の次代こそ星になる! ラジアンテクスは俺のものだぁ!」
澤本が腰だめにステッキを構えたが、そのまま体が固まってしまった。
「なんだ……?」
心臓の音がやけに高く聞こえる。冷や汗が溢れてくる。ショック症状を起こしたかのように、全身の血液が臓器に隠れていくのが澤本にはわかった。血が逆流しているのだ。
「めい、れい……! 命令、だと!」
頭の中に流れ込む思考が、自分自身の意識をも巻き込んで、一つに束ねていく。
「これは!」
澤本の様子にクルミが重なった。澤本の血を受けたクルミと同じなのだ。
「ご苦労、その辺でもういい。澤本、志乃原ヨモギは誰のものにもならない。計画上の価値などないからな。少なくとも、ワシの計画ではな」
「裏切ったな……」
「最初から仲間じゃないだろう、野良犬」
「テメェ……!」
「不要なのだ。世界を混ぜる棒きれは純粋な物に近い方がいい。だから、志乃原ヨモギは不要だ」
「どうやって澤本を。彼よりも強力な能力をもったキーパーはいないはず」
「澤本の血は感応剤適応の低い者を支配する。だが、その逆を考えたことがあるか? 高度適応者に投与した場合のことだ」
「……逆流か!」
「そう。澤本の血が高度適応者に入った場合、レシピエントの能力にもよるだろうが、大体において……ドナー、つまり、澤本の方が支配されることになるんだよ」
「ガーダー! おまえらはまた俺を!」
「ワシの目的は端からおまえだよ、澤本。おまえのプラントだ。ファントムを支配するおまえを支配し、ワシが頂点となる。すべてワシとなる」
澤本の後ろから、のしかかるように嘉島がしがみつく。
そして、嘉島の後ろに、巨大なファントムの蛹が迫っていた。
新たに嘉島の体となる母体だ。
自分自身をファントムそのものにする。それこそが嘉島杉光の目的だった。
***
「よし、今のコンテナで最後だ。我々も引き上げるぞ」
最後のファントムの搬出を終えたガーダー達が持ち場を離れようとする。
「これで本当によかったのか?」
ダリア隊の目的は王都への恫喝。そう知らされていた。ここに残るのは嘉島などの一部だけ。細歩の人間はカムフラージュとして使われる。
「屍の山を築いてその上に立つしか我々には方法がないんだ」
ガーダー達は複雑だった。現在の王制を思えば、これはこれで忠義と言えるかもしれない。ガーディアンでさえも腐りきってしまっているのだ。
「しかし、この作戦は怪しい部分も多い。隊長に疑問を持っていないのなんて、むしろ外部から来た朱塔衛視長ぐらいのものだろう。それに本条先輩のことだって――」
だが、憂うには力が必要だ。資格が必要だ。
敵の力で敵と戦うしかない自分達に、果たして義があるのか。そして、犠牲を前提とした恫喝を、果たして人々は評価するのだろうか。
「なにを言いたいかはわかる。でもな、一つだけ言っておく。いまさら引き返せないんだよ」
誰もが知っていて誰もが知らないことをガーダー達は知っている。
あらゆる争いは感情と鈍感さに根ざしている。
戦争とて例外ではない。経済活動であるだとか、外交の一つだとかは実際の摂理ではないのだ。無知蒙昧にも思われる理由こそが正解にもっとも近い。
戦う人はあまりにも直情である。そして、争いに反対する者はあまりにも好戦的だ。それが摂理だ。
賛成も反対も、双方が争いを望んでいる。敵を求めている。血は、万遍なく流されようとするバイアスがかかっているものなのだ。
かつて、もっとプリミティブな文明の中にあった頃、この国の人々はそれを『鬼』と呼んだのである。
スーパーネイチャー、すなわち超常のものとして、自然であるはずの本能を、荒神あるいは神の眷属として、恐れ、奉った。
超然とした異類異形。その性質を人は生まれながらに持つ。
だが、ガーダーは鬼であってはならない。鬼のごとき人であっても、鬼であってはならないのだ。
「知っているのか?」
この声だ。
「何人も殺すことになるんだぞ」
人そのもの。
「一人も生かすことにはならない」
鬼そのもの。
「それは万死に値する」
鬼を殺す鬼。
「あんた、どこの……いや、百戦鬼!?」
百戦鬼・鉄ヶ山慎之介。
「よせ」
ガーダーがチャージャーに手をかけようとしたのを見て鉄ヶ山が制止する。
「通せと言われているはずだ」
「う! なぜ、知って……!」
「嘉島にとってのゾ号作戦とは、奴の執着の具現化だからだ。だったら、そこにはオレが必要だ」
「行って、どうするんです?」
ダリア隊から殺気が消える。不自然なほどである。
「ツケを払うんだよ」
鉄ヶ山の目はやや遠くに見える建物へ向いている。
「もし、おまえ達がまだ自分自身を信じることができるのなら、自分達がばら撒いたファントムどもを倒しに行け。あれは人を殺す」
エンドローダーに跨ったままの鉄ヶ山は、振り返りもせずに自分の位置を調整している。建物と自分が直線になるようにエンドローダーを動かしている。
「隊長が我々を騙していたという確証がありません! それに、我々が自分でやったことをいまさら!」
一際若い、いや、幼いと言っていい隊員が鉄ヶ山に駆け寄って質問を投げかける。
「ファントムに勝てない、という言い訳ではないのは誉めてやる。だが、おまえの兄さんなら迷いもせずにやるだろう。過ちに気づいた時点で、恥も外聞もなく、正しいことのために動く」
鉄ヶ山とガーダーは知り合いだった。不自然な再開だった。偶然だが、ただの偶然ではないのかもしれない。
このめぐり合わせと鉄ヶ山の指摘に、隊員は沈黙で答えた。
「おまえの兄、左文字剛志はそんな人だった。おまえ達の番はまだなんだ。まだ間に合う。だから、やるべきことをやれ」
突き放す変わりに、鉄ヶ山の右腕に握られたアームランサーが暗い光を放ち始める。
影でできた馬上槍を高く掲げ、鉄でできた馬を駆る。騎士を気取った鬼が、人の前に立つ。
ここは牡丹。謀略へと繋がる出来事が起こった場所。




