第十七話・理非の沙汰(B)
「約束どおり連れてきたぞ。蛹は用意してあるか?」
朱塔は声を聞いて刀の柄に手をやった。
「黒い鷲……なぜヨモギさんを!」
ヨモギは気を失っているのか、澤本の腕の中で、眠ったように動かない。
朱塔は合点こそいかなかったが、自分がまったくのメッキしか見ていなかったことを悟っていた。
(まずい!)
小波が起こっている。この場はもう朱塔を許容していないのだ。
じりじり動き位置を取る朱塔を、澤本は笑った。
「おさらいしようぜ」
「なに?」
「ファントムはここでかき集めた能力者の染色体を用いて作られた、史上初のマインド能力式生体兵器だ。だが、こいつらには知能がない。本能さえない。まったくのカラッポだ。肉でできた人形だからな」
「だから?」
朱塔は状況を読み込めず、澤本と嘉島を見比べる。
「なら、どうやって支配する? どうやって操る? 調教も指導も不可能だ」
「制御機構は確立されているはず」
「ヒントだ。実はな、こいつらは感応細胞でできているにも関わらず、感応剤適応レベルは最低なんだ。ブーストレベルで言えば完全にゼロ。まったく抵抗性がないんだよ」
「血、か! 阿納やクルミに与えたように、ファントムに血を与えたのか!」
「そう。ファントムには俺の体内プラントで精製した感応剤を投与してある。これで認識を侵食してコントロールするわけだ。捨てられた玩具のはずの俺が、もう一度カンパニーに拾われた理由がわかったか?」
「ヨモギさん! 起きてください!」
無駄だとわかっていても声が出る。
刀を抜くために力をこめる。だが、抜こうとするのではない。むしろ体を沈め、しかし、足を浮かすように遊びを残す、抜刀に速度を求めた鋭い機動のための構えだ。
「まだファントムはプレーンだ。能力者として理想的ジーンモデルを持つが、それは所詮ラボ内での話だ。生物界の分母とは比較しようがないほどに小さな世界での話だ」
「まだ不完全なのですね」
「そう。それも単純な話さ。能力の強さだよ。極端な話、その辺の人間の方がよっぽど能力自体は強い。ファントムはな、ただ蛇口をつくってあるだけなんだ」
「それが、ヨモギさんといったいなんの関係が?」
「志乃原を使ってバージョンアップするのさ。能力の強い次世代をつくりだす」
「バージョン……?」
「マインド能力は遺伝する。強さなのか、そのものなのかはわからない。だが、遺伝するんだ。マインド能力は、まるでそれ自身がシストロンに眠るイントロンであるかのように、発現もせずに、人間の中で眠ったまま連綿と受け継がれきたんだ」
「まさか!」
「そう。志乃原には、ファントムの子を産んでもらう」
「……どこまで!!」
嘉島は澄ました顔のままで澤本の話を聞いている。
朱塔はなんとしてもヨモギを助けなければならないと思っていた。それは、これが己の美学に反するからに他ならない。
朱塔とて、王都やカンパニーを敵にまわすことを厭わない者なのだ。ここで澤本の語るようなおぞましい思考を実現させるぐらいならば、命をもってヨモギを助ける。
朱塔も『敢死必倒』に生きることはできるのだ。
「おまえには借りがあった。返すことにするよ」
ゆらりと澤本の手が揺らぐ。実に奇怪な動きの澤本の突きだった。
澤本が手にしているのは尖った棒としか表現しようのない武器であった。短く鋭いステッキとでも言おうか、とにかく、洗練されたものではない。どうにも玩具じみたものだ。
(間合いの取り方が、今まで会ったどんな敵ともまるで違う!)
朱塔の最初で最速の一撃は、澤本の不可思議な一撃を防ぐことに浪費させられてしまった。
「朱塔同次郎。安心しろよ? フヂナとかいうガキも後から狩ってやる」
***
「このまま行けば、最悪の場合、連盟機構が動き出すわ」
ユリアはネクタイを緩め、暗い表情のまま、ファントムの死骸を調べていた。
「なぜ連盟が? 平和のために設立された国際機関だぞ?」
各地の状況を調べ、指示を出しつつ四柳が質問する。
「それがそもそも勘違いなのよ。連盟はこの国と敵対していた国々の同盟に端を発している。カンパニーも無関係じゃない」
「カンパニーを拒絶すれば、その親玉が出てくる、か?」
「逆よ。連盟機構はカンパニーと手を切りがっているの。知っているでしょう? 彼らは富を独占することしか考えていない」
「目の上のタンコブなんだな。この国を再び敵に仕立て上げて、もろとも焦土にしようってハラか……どこかで聞いた関係だな」
「王制と同じね。スケールがまるで違うけど、同じことよ。みんなもがいて、その手肘が誰かに当たる」
「敵の敵が、敵になる。戦いが複製されて規模を増していく……まるで感染症だ。人間の知恵が生み出した、史上最低の詰め将棋だ」
ユリアと四柳は、とっくにダリア隊の目的に気がついていた。
ダリア隊の、いや、朱塔の目的は打倒カンパニーにある。
だが、しかし、嘉島は違う。嘉島の目的は、開門計画を用いた世界の混乱を実際に起こすこと。
それは、正面きっての争いでも、賢しい交渉でもない。ファントムという怪物を一般化して、新たに、どこにでも、脅威となる怪物を世界すべてに鋳込むことだ。
カンパニーが四柳に教えたことだった。そして、否応なく、四柳にこれを解決するように迫ったのである。
もちろん四柳を信頼してのことではない。手駒の一つとして、細歩を盾にし、嘉島の近くにある次元爆弾の起爆スイッチを入れただけのことだった。
嘉島はすべての人を巻き込もうとしている。それをわかるものですら足を止めることができないように、迫る壁を後ろに打ち立てたのだ。
退路はない。狭い場所から広い場所へ大地を震わせて伝播する悪意を、命をもって食い止めるしか方法はない。それも、最高にまで立ち上がる波を、最低の人数で食い止めるしかないのだ。
鉄ヶ山は先陣を切った。波を砕くために。
「抗生物質は効かない」
「どうすりゃいい。観念としては、ドラマティックな治癒を求めないといけないことのはずだ」
「いえ、カンパニーと歩み寄る時間はまだあるはず……誰かがやれば、だけど」
「……誰かが、か」
「楔になれる人が、ね」
四柳は、自分が求められていると思った。自分がやらねばならないのだと悟った。そうしてもいいかもしれないと感じだ。
ただし、それは、先があったならば、だ。
先を、明日を、希望を創造する生命は存在するのか。たとえ不死であっても不可能だ。
ならばどうする。不死という無限、絶対という矛盾であっても不可能だというのならば、あとはなにがある。有限である生命に、あとはなにがある。




