7.隠された真実
それからもう1週間も吉田と喋っていない。
以前から私が喋りかけることはなかったのだが、今度ばかりは吉田もちょっかいをかけてこない。
あのビデオだって返したことだ。
吉田がそれを捨てようとどうしようと、知ったこっちゃない。
そうは思うのだけれど、それでも心の中で気にしてしまう自分が情けなかった。
「ガンッ!!」
「ご、ごめんなさい。」
考えながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。
「おー。児玉。渡してくれたかぁ?」
その声に驚いて顔をあげると、諸悪の根源、サトセンだった。
「…渡しましたよ。」
この人のせいで余計なことをしてしまったと思うと腹ただしくて、つい口調がきつくなってしまう。
「…児玉、ちょっとつきあえや。」
すると、サトセンがいつになく、やさしい調子で声をかけてきた。
「私、年上は好きじゃないんですけど。」
今は話していたくなくて、適当にあしらったつもりだった。
が、サトセンは一瞬きょとんとしたあと、勢いよく笑い出した。
「ふー。お前おもしろい奴だなぁ。そんなとこが、吉田は気に入ってるんだなぁ。」
少し出っ張ったお腹を擦りながら、楽しそうにそう言った。
「そんなことないです。私は吉田に嫌われてるんです。」
「吉田が?お前を?」
「…そうです。」
「誰がそんなこと言った?」
咄嗟に、関係ないと言われた場面が頭の中にリフレインされた。
「別に…そんな気がするだけですけど…。」
「お前はそれじゃ不服そうな顔をしとるな?児玉は、吉田のこと気に入ってるんだな。」
「そ、そんなんじゃないです!」
いきなり変なことを言われたので、思わず大声をだしてしまった。
周囲の人が不思議そうに私を見るので、今度は聞こえないように小さな声でそっと話す。
「そんなんじゃないです…ただ…。」
いけない。目がぼやけて来た。
どうやら最近、泣き上戸らしい。
泣くまいとして無言になってしまった私の頭を、サトセンはあやす様にポンポンと軽く触れた。
「放課後、体育館に来れるか?」
そっと言われたその言葉に、私はただ頷くことしか出来なかった。
放課後の体育館…。
確か1週間前のあの日もここにいたんだっけ。
そう思うとあまり良い気持ちはしない。
とりあえずサトセンと約束をしてしまったので、行くしかない。
重い足取りで体育館へと向かった。
――――バーン、バーン
本来なら誰もいないはずの体育館からボールをつく音がする。
(サトセン、バスケでもしてるのかな?)
しかし、あの酒太りのおっさんがバスケ部の顧問っていうこと自体が信じがたい。
(だいたい体が動くのかねぇ。)
のっしのっしと地響きを立てながら走るその姿を想像して思わず笑ってしまった。
それにしても、用事とはなんだろう?
やっぱり吉田に関することなのかな?
そんなことを考えながら、隙間からうっすら明かりが漏れる体育館の扉に手をかけた。
―――バーン、バシッ。キュッ。
刹那、目の前の光景に目を見開いた。
なに、どういうこと?
私が約束したのは、サトセンなわけで、なのに、どうして?
なんでまた、ここに吉田広人がいるわけ?
あの日のように、軽やかにステップを踏み、顔を上げまっすぐゴールを見据えて
放ったボールはまるで意思を持つかのようにゴールに吸い込まれていく。
そんな顔しないでよ…。
バスケが大好きでしょうがないって顔しないでよ。
「アイツ、うまいよなぁ。」
ふいに肩に手が置かれ、驚いて振り返るとサトセンが吉田にじっと視線を注いでいた。
「アイツのプレーを初めてみたのは、中学の県大会予選のときだよ。すごい奴がいるって聞いてたから、様子を見に行ったんだ。」
顔は知らなかったけど一目でわかったねぇと、サトセンは腕組みをしたままにやりと笑ってみせた。
「なんせ、一人だけ抜きん出てたからなぁ。高校生とやっても劣らない技術を持ってたよ、ほんと。俺は一目ぼれしちまって、うちの高校に来い、絶対日本一にさせてやるって意気込んで勧誘したのよ。そしたら、あいつなんて言ったと思う? 俺が日本一にさせてあげますよ、だと。まいったねぇ。久々にゾクゾクしたよ。こいつは本物だと思ったんだ。」
サトセンは本当に楽しそうに話していた。
「でもあいつさ、怪我したんだ。うちの部に入ってからすぐに。」
運が悪い事故だったんだよ、と少し声を曇らせた。
「…あいつの妹さんがボールをおいかけて、車の前に飛び出したんだ。で、それを庇おうとして飛び出した吉田も事故に巻き込まれてね、右足を複雑骨折しちまったんだ。」
「…その怪我で吉田は、バスケが出来なくなったんですか。」
私が訊ねると、サトセンは首を振った。
「いや、吉田の怪我は、たいした事ではなかったんだよ。」
「じゃあ…。」
「助からなかったんだ…妹さんは。即死だったらしい。」
冷たいものが背筋をつぅっと流れ落ちる。
「あれから、吉田は責任を感じて、バスケが出来なくなってしまったんだ。」
そうだったんだ。
吉田はバスケがやりたくないわけじゃない。
できなかったんだ。
言葉が思いつかず、しばらくの間沈黙が続いた。
バシッ、シュッ。―――ガコンッ。
吉田がシュートを放つ音だけがたんたんと響く。
あたしは、何を知っていたのだろう。
吉田の気持ちなんてなにも考えずにバスケを続けろ、なんて言ってた自分を恥じた。
無神経もいいところだよね。
「お前さ、あいつの心のリハビリ手伝ってやってやれ。」
え?
サトセンの言葉がずしりと背中に響く。
「俺はそれでもあいつにはバスケが必要なんだと思う。お前、背中押してやれや。」
「で、出来ません。私、もう失敗しちゃったんです。もう吉田に嫌われちゃったんです。」
そして、ビデオの一件についてサトセンに話した。
話しながら自分のおろかさを改めて認識し、いたたまれない気持ちになって唇をかみ締めた。
「児玉、あいつに言ったのか、ほんとはバスケが好きなんじゃないか、って。そうかぁ。」
言い終わるか終わらないかのうちに、サトセンは静かに笑い始めた。
私は驚いてサトセンを見つめた。
「プッ。悪い、児玉。お前あんまりにストレートだからさ〜。そういうところが吉田は気に入ってるんだろ〜な。あ〜、おもしれ。やっぱ、お前しかいないわ。うんうん。」
「なに一人で喋ってるんですか…。」
「いやいや、俺は決めたのよ。吉田のサポート役は児玉。お前で決定じゃ。」
「だ、だから、言ったでしょーが!私は出来ませんって!!」
サトセンは細い目を更に細めて、話つづける。
「あの姿みて、吉田がほんとうにバスケ嫌いだと思うか?」
「…。」
「吉田にバスケ、やってもらいたくないか?コートであいつのシュート、見たくないか?」
…ずるい。そんなこと言われたら、選択の余地はないじゃないか。
私の首を縦に振る様子を確認して、サトセンはにっと笑っていった。
「この話は決まり、な。」
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サトセン、なかなかの曲者です…。




