8.勝負
サトセンの奴、あれだけ人を煽っておきながら、具体的な作戦は何一つ告げていかなかった。
(自分で考えろってことか?)
うんうん唸ってみたが、ない頭を逆さにしても考えは浮かんでこなそうだった。
仕方がない。
実行あるのみ、だ。
教室にいた標的は友達と何か喋りながら笑っていた。
息をひとつ吸って、大声で叫ぶ。
「吉田ぁぁぁ!!!」
吉田はちらりとこちらへ顔を向けた。
「なんだよ。」
「用があるからこっちこい!」
「お前が来いや。」
「…。」
ふっ、しょうがない。ここは百歩譲って行ってやろう。
ダンダン音を立てて大股で歩き、なんなく不機嫌そうな吉田の前にたどり着いた。
「で、なにさ?」
いつの間にか、クラス中の輪の中の中心にいた。
誰もが興味深そうに私達を見つめる。
(構うもんか。これから児玉瓜子、一世一代の恥をさらします。ごめんなさい、お父さん、お母さん…。)
心を落ち着かせるためにとりあえず深呼吸をして、そして思い切って言った。
「今度の日曜日、デートしよう。」
あ〜言ってしまった。
好きだった人にも言ったことないのに…。
吉田はほんとうに驚いているようだった。
椅子から半分ずり落ちている。
そして、やっとのことで口を開いた。
「ひさびさに話したと思ったら、なんの冗談だよ?だいたい俺ら喧嘩してたんじゃなかったっけ?」
「いいの!とにかくわかった?空けといてよね。」
真っ赤になった顔を隠しながら、いそいそと集団の輪から逃げ出した。
誰がどう思おうと今はよかった。
吉田さえ来てくれれば。
そして、とうとう約束の日曜日がやってきた。
待ち合わせは、正午12時。
吉田がほんとうに来るかはわからなかった。
いや、来てくれるだろう。
この日のためにいろいろ計画を練ってきたけど、こればっかりは信じるしかなかった。
「おい、来てやったぞ。」
「うわっ!!」
「…てめー、人を幽霊みたいに。お前が誘ってきたんだろ?」
だ、だっていきなり背後から出てくるんだもん。
まだ心臓がばくばくいっていた。
「で、なんなのさ。やっと俺の魅力に気づいたわけ?しっかし順序が逆でねぇの?
ほら、普通は愛の告白とかからでしょ?なのにイキナリ大声でデートのお誘いなんてさ。
俺は耳を疑ったよ。」
にやにやしながら話しかける吉田の野郎に一発かましたいところだったが、これからの計画のためになんとか左手で右手こぶしを押さえつける。
(あんにゃろめ、余裕なのも今のうちだぜ!)
「なんでもいいから、ほら、行くよ!」
「だから、どこに?」
「いーから黙ってついて来い!」
無理やり吉田を引っ張ってきたのは、バスケットボール高校選手権都大会の予選だった。
白熱したゲームだった。
思わず任務を忘れて没頭してしまったくらいである。
隣の吉田は始終無言を決め込んでいたけど。
お次は、バスケット専門店。
で、次はバスケット映画。
本物かどうかはわからないけれどマイケルジョーダンのサインが置いてあるポスターだらけの喫茶店で一休みし、
最後に我が高校の体育館にたどり着いた時には、すでに日は落ちてあたりは暗くなっていた。
途中で「そういうことか。」と吉田がぼやいてたけれど、気にしない、気にしない。
「お前さー、あからさますぎ。」
始終ぶすったれた様子だった吉田が渡したジャージを手にしてやっと一言もらした。
「わかったんなら、さっさとそれ着てよ。」
「これ着て、なに?バスケでもしろって?」
「そう、私と勝負するの。」
はあと大きく溜息をついて、吉田は恨めしげに私を睨んだ。
「お前、サトセンに、なに吹き込まれた?」
「え。」
図星だなと呟いて、やれやれとばかりに奴は冷たい床にどっかり座り込む。
「俺はバスケ、やらないよ。それは前にも言っただろ。もうやりたくない。このことは俺の中で完結してるんだ。」
「やりたくない、じゃなくて、出来なかったんでしょ?」
私の一言に吉田が目を開く。
「怖いんでしょ。バスケやるのが。事故のこと思い出すから?そうかもしれない。でも、完結なんかしてない。吉田はいつも迷ってる。」
わざと吉田を挑発した。
「私のエゴだと思ってくれていいよ。吉田のためなんかじゃない。私が吉田のバスケを見たいの」
震える声を懸命に抑えた。
生意気だって思われたっていい。
嫌われたっていい。
吉田がこの勝負にのってくれさえすれば。
「わかった。やる。」
しばらくして諦めたように吉田が言葉をはき捨てた。
「ルールは簡単。私が一本でもゴールを決められたら、吉田はまたバスケを始める」
吉田は黙って頷いた。
そうそう、それでいい。
「ただし条件がある。」
条件?
「俺が勝ったら、なんでも言うこと聞いてね、瓜子ちゃん?」
にやっと微笑む悪魔の笑顔に、背筋がぞっとした。
こいつ、本気だ。
でも、私だって負けられない。
思いっきり吉田をにらみつけた。
「いいよ。なんでも言うこと聞く。」
「よし。じゃ、行くぞ!」
吉田は想像以上にうまかった。
これでもみっちり練習をつんできたつもりだったが、足元にも及ばない。
そりゃそうだ。相手は将来有望といわれた元バスケ選手。それに対してこっちはしがない女子高校生。いくら相手が本調子じゃなくたって、月とすっぽん以上の違いは明らかだ。
「どーした、児玉。あんだけ啖呵切っといて、そんなもんかよ。」
余裕の表情でコートに立つ吉田。
すでに30分経過してるのに、シュートさえうたせてもらえない。
息が切れて、スタミナだけがとりえの私もそろそろ足がおぼつかなくなっていた。
こんなことなら、もっと真面目に体育の授業を受けてればよかったと思うのは言うまでもない。
それでも負けるわけにはいかない。
歯をくいしばり、ボールを床にバウンドさせる。
「まだまだ!」
きっと吉田を見据えた。
そうだ、あいつのシュートを真似ればいい。
目をつぶった。
神経を集中させて、懸命に吉田の姿を頭に思い描く。
何度も見たから、もうすっかり脳裏に焼きついている。
こうボールに手をそえて、軽くジャンプし、その瞬間ぱっと手を離す―――
シュッ。
入って。
お願い。
タン、タン、タン…。
ボールが床にバウンドする音だけが広い体育館にこだまする。
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児玉さん、いくらなんでも無謀ですって。




