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桃原命の休日……?


「(命ちゃん。彼、生霊に取り憑かれてるみたいだよぉ)」


 榊さんを見て、天使は私に耳打ちした。


 生霊、ねぇ。

 

 黒い雲の正体をあっさりと知らされて、思わず頭の中の情報を引っ張り出す。

 確か……生きている人間の魂が体から抜け出してる状態で、強い感情が原因で取り憑いた相手に影響も与える、だったかな?

 生霊って魂の持ち主が生きてるから、本人の執着を解くのが一番手っ取り早いっていうけど……どうしろって言うんだそれ。私にはどうにも出来ないじゃんね。


「桃原さん?」

 

 でも榊さんにそんな強い感情を持つ人がいるか?

 六十歳間近のおっさんだよ?

 見た目は若々しくて爽やかだけど、健康診断で引っかかった項目多すぎて一度入院した経歴を持つおっさんだよ?

 何もないところで転んでは骨を折るっていうのも何回も繰り返してて、無駄に少女漫画のドジっ子属性持ちのおっさんなんだよ??

 ダメだ……榊さんが恨まれたり執着されたりするのが、本当に信じられない。


「おーい、俺の姿見えてる?」


「んあ?……あ、すんません」


 無意識のうちに集中して考えてた私の目の前で、手のひらが振られる。

 あぁもう、そんなに沢山の荷物を持った状態で片手を動かしたら、


「おっ!?」


「よ、っと……も〜気をつけてくださいよ」


 案の定バランスを崩して荷物が崩れ落ちそうになった。

 咄嗟に手を伸ばして支えたけど、その分近付いた距離に心臓が大きく跳ねた。


「ごめんごめん!桃原さんのおかげで落とさずにすんだわ!」


 黒い雲が冷たい霧となり、榊さんに触れてるところから、私の腕へと絡み付いてくる。

 腕から肩、肩から胸へと徐々に全身を包み込んでくる。

 黒い霧がまとわりついて縛られたように身動きがとれない。


「(大丈夫だよぉ。俺がそばにいる間は、命ちゃんに悪ささせないからねぇ)」


 優しい声と、大きな羽根に包まれた。

 私の体から黒い霧が離れたことで、背後から天使に抱き締められていると気がついた。

 さっきまでは私の心を読んでたのか声も出さず震えて笑ってたくせに、なんでこう……無駄に格好良い守り方をしてくれるんだ。


「桃原さん?本当に大丈夫か?」


「うっす!大丈夫っす!」


「おおう……そうか、それなら良かったわ」


 思わず勢いよく返事をしたらめちゃくちゃ引かれた。

 でも言い訳をさせてほしい。あんな無駄に格好良い助け方されたらさ、誰だって惚けちゃうと思うんだよね。それも特別面の良い奴だよ?好き嫌い関係なく、心臓麻痺起こすって。


「(そうそう。ちょっと厄介そうだから、ヒントをあげるねぇ。あの生霊、この男の子に恋愛感情を抱いてるみたいだよぉ)」


 まさか『男の子』って榊さんのこと?

 やっぱり長寿の人外からしたら六十歳間近のおっさんも赤ちゃんみたいなもんなんかな。

 てか待って。恋愛感情?


「え」


 ガチか。このおっさんに生霊飛ばすほどのガチ恋勢がいるのか。

 

「あ〜、榊さん。やっぱり大丈夫じゃないです。今めっちゃ悩んでる!!」


「結局悩んでんのか。俺は3時までだから、待てるんなら相談乗るぞ?」


「……あざまっす。人生の大先輩に相談乗ってもらえるとありがたいっす」


 優しいんだよなぁ!

 我ながらとんでもなく嘘くさいなって思ったのに信じてくれるし、力になろうとしてくれるし……多分こういうところが好かれるんだろうなぁ。

 それでも生霊になるほどのガチ恋はちょっとよく分かんないけど。


「じゃあ、3時になったら喫煙所集合で。また後でな〜」


 ふらふらと施設内に入っていく後ろ姿が完全に見えなくなったところで、背中に張り付いていた天使が笑いながら離れた


「ふふ、もう疲れちゃったぁ?」


「うるさい人外だな……──さっきは、ありがとう。助かった」


 ちょいちょいうざいし、疲れるけど、助けられたのは事実だしね。

 と、思ってお礼を伝えたら、口元に指先をあて綺麗な目に涙を浮かべて喜ばれた。


「命ちゃん……!」


「いや、どんな反応よそれ。私だってお礼くらいは言うわ」


「だってぇ……心の中では結構ボロクソに言うのにぃ、素直にお礼言われるとさぁ」


 わっ、と両手で顔を隠してびえんびえん泣き出す。

 こういうところが面倒だって自覚ないんか??


 そこから榊さんの仕事が終わるまで、幼女化した天使を宥め、生霊について詳しく聞いた。


 一つ目は生霊の本体(魂)は生きてる人間だから、死神様に任せることはできない。

 二つ目は生霊を飛ばしてる本人に自覚がないことが多い。

 最後に、ただでさえドジっ子属性持ちなのに、生霊の強い念のせいでそれが悪化する可能性が高いこと。


 ほぼ私が知ってる情報と一致する。

 でもそうか。やっぱり死神様に丸投げできないのか。

 きっつ。

 さっきは天使が守ってくれたけど、榊さんに一瞬触れただけであんなに敵意を向けられた。その事実が私の胃をキリキリと締め付けてくる。


「大丈夫だよぉ命ちゃん!俺が手を出させないからぁ、安心していいよぉ♡」


 馬鹿だろ。余計不安になるわ。

 なんで語尾にハートマークが浮かんでんだよ。

 さっきまで泣きわめいていたのに、今度は顔が溶けるんじゃないかってくらい緩んだ笑顔を浮かべてる。

 面がいいだけに気持ち悪さが倍増してんのウケんね。


「あ!はいこれどぉぞ!」


 鳥肌が立つ腕をさすりながら冷めた視線を投げていれば、不意に両手を差し出してきた。何かを包むように出された手に反射で手を出すと、微かな温もりとふわふわもこもこしたものが手のひらに触れた。

 手元を覗き込めば、ずっと姿を消してた天使の式が私を見上げていた。

 きゅるきゅるしたパッチリおめめと目が合う。


「〜〜〜っ」


 くっそ可愛いなぁおい!

 不意打ちの可愛さに声もなく悶えてしまう。

 小動物の可愛さは万病に効く。異論は認めない。


「ほらぁ、この子に何か言うことあるんでしょぉ?」


 悪戯が成功したような表情を浮かべる天使は無視。

 実際、私はこの子に言わなければならないことがある。

 少しむくれて見えるその子に意識して声を柔らかいものに変える。

 

「……──えと、前はごめんね?仕事以外で、キミを呼び出していいのか分からなかったの……許して、くれるかな?」


「ぴ!」


「許してくれるの?」


「ぴ!ぴぴ!」


 片手(片羽?)を上げて、元気よく鳴くその愛らしい姿に安心する。

 許してくれたのかな?


「ありがとう。あなたの名前、とびっきり素敵なのを考えるからもう少しだけ待っててね」


 手のひらに嘴を擦り付け、饅頭みたいに丸くなる姿に口端が上がる。

 あぁ、めちゃくちゃ可愛い。マジで可愛い。

 私にもっと語彙力があったら、胸の内を余すことなく言葉にして伝えるのに。


「ふふ、二人とも仲直りできたみたいでよかったねぇ」


 天使も私たちの様子を見て笑ってる。

 少しくらいこの穏やかな空気を堪能しても罰は当たらないかもしれない。

 だってこれから大変な思いをするかもしれないし。



 そんなやり取りをしたり、着替えたりしたらあっという間に3時。

 時間ピッタリに喫煙所に来た榊さんにまた少しイラついた。

 私は約束した退勤時間オーバーしてたのに。


「お待たせ〜!それじゃあ行こうか!」


「うん?どこに??」


 開口一番、車のキーを振り回しながら言う榊さんに首を傾げる。

 てっきり喫煙所で話を聞いてくれるもんだと思ってたのに、どこか連れていってくれるらしい。

 ご飯かお茶でも奢ってもらえるんかな。


「俺の家!お菓子もあるし、飲み物も沢山ある。人目にもつかないから相談には丁度いいだろ?」


「いやいやいやいやいや」


 無い。それは無い。

 榊さんの車に乗って、特別親しくもない男の家に行けって?

 無理無理。普通に無理。

 生霊をどんだけ刺激すると思ってんの?

 榊さん、遠回しに私を殺そうとしてる????


「すごい嫌がるじゃん。なんもしねぇよ?」


「私なんかに何かするとは一ミリも思ってないんで安心してください」


「すごい自信」


 何かされるとかじゃない。

 職場の人間に手を出すほど愚かにはみえないし、そんな心配をしてるんじゃない。

 私が心配してるのは、榊さんの『俺の家』に反応した後ろにへばりついてる黒い雲のこと。

 あの発言で色が黒から漆黒に深まってめちゃくちゃ暴れ回ってる。

 正直泣き喚かない私を褒めてほしい。

 体は拒絶反応で震えてるけど。

 私の体はバイブレーション搭載してたらしい。


「だって榊さん、奥さんいるしお子さんもお孫ちゃんもいるじゃん。そもそも榊さんは私のタイプじゃないし、億が一何かされそうになったら蹴り飛ばします」


「はは!それはそうだ!」


 う〜ん、とても楽しそう。

 生霊に取り憑かれてるうえ、短時間とはいえ仕事もしてたのに、元気でいられるの素直にすごいと思うわ。


「よし!じゃあお互いに安心、ってことで今度こそ行くか!」


「え」


「(あの子の言う通り、家に行った方がいいんじゃないかなぁ。外だと堂々と話せることじゃないと思うしねぇ)」


「あー、はい。じゃあ遠慮なくお邪魔しますわ」


 生霊の件とは別で、正直単純にそこまで親しくない人間の家に行くのも嫌なんだけど、くそ天使の言うことも一理ある。




 そして、車の中である。

 私が座ってるのは助手席。

 近い。色々と近い。マジで近い!

 永遠に体が震えて冷や汗が出るもんだから榊さんには心配されるし、誤魔化す理由が『腹痛』しか言えなかったのもしんどい。

 それでも助手席に座っていられるのは、天使から借り受けてる式のおかげだ。

 今は私のフードですぴすぴ寝てるけど、天使曰く、この子が私にくっついている限り、自動で結界が張られるらしい。

 つまり、この子のおかげで、真横で蠢く黒い雲には手を出されてない状況ってことだ。


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