桃原命の休日(休日とは言ってない)
「ほら、遠慮せず上がっていいぞ」
「うす……お邪魔します」
「(わぁ、大きな家だねぇ)」
地獄の車タイムから解放されて一息ついたところで、榊さんの家をまじまじ見上げた。
すごく立派な一軒家……え、ケアマネの仕事だけでこんな立派な一軒家買えるの?
天使もびっくりしてるじゃん。思わず頷いちゃったよ。
「どうしたんだ?」
「いや、なんて言うか……榊さんって意外と稼いでんっすね」
「副業してっからな〜」
へぇ、知らんかった。
ケアマネの仕事って結構忙しいって聞いてたのに、副業できる余力あるのか。
「どんな副業してるか聞くのってありです?」
榊さんの副業が気になって質問した後に『お邪魔します』と言って家に上がる。
「なに?俺に興味津々?」
「(え、そうなの命ちゃん!?嘘でしょぉ、人間の年齢で言ったら結構なおじいちゃんだよぉ!?)」
「ぶっちゃけ、こんな豪邸に住めるくらい稼げる副業は気になる」
「そっちか〜!」
「(だよねぇ!信じてたよぉ!)」
うるさいな。
いちいち天使が反応して小声で叫ぶっていう器用なことをやるせいで気が散る。
お前は私の彼氏彼女かよ。頼むから黙ってくれ。
「副業はネットカウンセリングをやってんだ」
「榊さんにピッタリすぎる副業で言葉が出ない」
リビングまで案内されながら、これほど榊さんに似合う副業はないと頷く。
むしろ他に浮かばない。
「そう言われると、悪い気はしねぇなぁ」
「榊さん見てると、流石ケアマネって感じます。人の話を聞くのも、何かを伝えるのもすっごく上手で羨ましいです!」
「すごい褒めてくれんね?榊さん嬉しいから、ちょっと高い煎餅を出してあげちゃう」
広くて綺麗なリビングのソファへ促され、素直に座る。
するとキッチンの戸棚から本当にお高級な箱に入った煎餅が出された。
チョロいな。遠慮せず、有難くいただく。
「それで?なにに悩んでんだ?」
あー……なんも考えてなかったわ。ぶっちゃけ日々何も考えず生きてるから、悩みっていう悩みがない。
「(じゃあ、恋愛系で悩んでるってことにすればいいんじゃなぁい?)」
「!あのですね、実は恋愛系の悩みでして……」
「へぇ、珍しいな。桃原さん、芦屋さんに結婚しないのか聞かれた時、『絶対結婚したくない。身内以外の誰かと一緒に暮らすなんて鳥肌が立つから無理かなぁ〜!』って言ってたのに」
そうじゃん!芦屋さんにデリカシーのないことを聞かれて、イラつきながらでかい声で宣言してたわ。
くそ、天使の言うこと聞いた結果がこれだよ。
責任転嫁すんなって?いいんだよ。だいたいくそ天使のせいなんだから。
「いやでもさ、そんな桃原さんに恋愛の悩みがあって、それを俺に相談してくれるっていうのが嬉しいよ」
「うわぁ」
「(ちょっとちょっとぉ、これ、命ちゃん口説かれてなぁい?)」
一切口説かれて無いけど、こういう発言は純粋で恋愛経験が少ない人ほど、勘違いしやすい気がする。
頭を回転させながら、バリボリお煎餅を貪る。
待って、このお煎餅ちゃんとお高級な味がする。そこら辺で買う煎餅より断然美味しい。
「今なんで引いた?なぁおい。煎餅置けこら相談に乗ってやんねぇぞ」
「引いてません、ドン引きしたんです。榊さんは私の親ですか?どこ目線の台詞なんですか?私を殺す気ですか?」
「なに言ってんだ……?意味分からん」
逆に引いた顔をされた。
クソが誰のせいだと思ってんだ。さっきは天使のせいにしたけど、半分は榊さんのせいでもあるんだからね。
次から職場で『おじいちゃん!』って呼んでやろうかな。
「うぃ。荒ぶってさーせん」
「はぁ……ほら、早く話せ」
言いたいことをため息で隠して、続きを話すよう急かされる。
こうも大人の対応をされると、私がいかに子供じみているか遠回しに伝えられてるみたいで、少し恥ずかしくなる。
そんな意図がないのは分かってるけど。
「えと、あー……以前、Wワークしてた時の職場の先輩と最近偶然出会いまして。何度か食事に行ったりしてるうちに、その……好き、に、なっちゃったみたいで」
「ほぉ。いい事じゃねぇか」
「ただ!ただ、その人は私より二十も歳上なうえ、既婚者で、お孫さんまでいるみたいで……」
「(ねぇ、なんか嫌に具体的だけどさぁ……実話じゃないよねぇ?」
「(頼むから黙って。想像力無いから、年齢以外の榊さんの特徴を言ってるだけだってば)」
榊さんが顎に手を当て何やら考えている間に、マジでうるさい天使に小声で伝える。
合いの手みたいに私の言葉にいちいち反応されても困る。
「桃原さん、デリケートなことを聞くけど……あー、関係はどこまで?」
「どこもなにも、一センチだって進んでませんよ〜。だって相手は既婚者ですし。好きになってしまって、どうしたら良いのか悩んではいますけど……不倫なんてごめんです。面倒くさい」
これは本音。好きになった相手が既婚者だったのなら、せめて相手がケジメをつけてパートナーと別れるまで待つか、潔く諦めろって思う。
よくドラマや漫画なんかで『好きになった人が既婚者だっただけだもん!』って開き直って不倫する男女がいるけど、マジで理解できない。どんな事情があれ、相手の家庭を壊して、奥さんや旦那さん、子供を不幸にして何を語ってるんだって話じゃんね。てかそれで『自分を選んでくれた!』って喜べるのすごいよね。脳内お花畑じゃんね。結婚してんのに不倫するようなやつは、たとえ離婚して不倫相手とくっついても、また同じことを繰り返す可能性高いのに。
「……桃原さんは、偉いな」
「は?」
「好きな相手に家庭があるからと、自分の気持ちを伝えず、不倫関係になることを望んでないんだろ?」
「普通では?そもそも、相手が私を好きかも分からないんだから、不倫関係になるとも限りませんしね〜」
「それでも、だよ」
なんか、様子が変だ。なんて言うんだろ……表情が暗い?
後ろで蠢く黒い雲も、一切私に触れられないからか存在感無いくらい大人しかったのに、『不倫』の単語を聞いてからめちゃくちゃ暴れ回ってる。
なに?なんで二人共様子が変わったの??
「う〜ん?もしかして、榊さんも悩み事ですか?」
不倫の話で様子が変わるなら恋愛系か?
「──……俺も、不倫してたんだよ」
「クソじゃん」
あ、反射で出ちゃった。いやでもこれは予想外なんだもん。しょうがないよね……──あ。あぁ〜!コレ分かったわ。多分、分かった。流石にこれは当たってると思う。
「ははっ。俺もそう思うよ」
「(俺知ってるよぉ。こういうの、開き直りって言うんだよねぇ?)」
「とりあえず、ほんの少しだけ興味あるんで、潔くゲロってくださいな!」
榊さんが職場に入ったのは5年前だけど、よく奥さんやお孫ちゃん達の話を聞いてたし、とても仲良しなイメージがあった。
そんな榊さんが不倫してた理由はかなり気になる。人の不幸は蜜の味……まではいかないけど、ぶっちゃければ面白いよね。そんな愚かな選択をして、自業自得で苦しんでたら両手叩いて笑える自信あるし。
「あー……実は、奥さんとは二年前に離婚してんだ」
「へぇ。なんで?」
「俺の副業が嫌だったんだと。俺のカウンセリングには女の子、それも夜職の子が多くて、不安だったみたいなんだ……でも俺が稼げば稼げるほど、家族には楽させられるだろう?それに相談中の子もいたから、奥さんに『その副業を辞めてくれないなら離婚する』って言われても続けてたんだ。こっそり」
こっそり。こっそり、ねぇ……普通に最低じゃん。
なんでこっそり続けるんだろうなぁ。浅はかすぎる。
「で?」
「それで、奥さんには辞めたって言ったのに、こっそり続けてたのがバレて……本当に離婚することになった」
「はは。でしょうね。そりゃあそう、としか言えませんわ……まぁ、いいや。それでどう不倫に繋がるんです?」
「いや、当時カウンセリングしてた女の子が自殺しそうで……長く相談乗ってたんだけど、ようやく前向きになってきたところで、ホストにハマってボロボロに使い捨てられたらしいんだよ。それで、今から電車に飛び込むって連絡が来て、止めるために聞き出した駅まで行ったんだ。初めて会ったけど、すごく取り乱してて……」
「結論をどうぞ」
「女の子にホストを忘れたいから抱いて欲しいって頼まれて関係をもった」
「はいくそ〜!」
その女の子も榊さんも馬鹿すぎて笑いすら出てこないわ。
どうしてそうなるんだ。てか話を聞いた感じ、女の子はずっと機会を伺ってたんじゃないかと思うんだけど。考えすぎ?でも、ホストを忘れたいからって、ネットカウンセリングの初対面のおっさんにそんなこと頼むか??
「で、奥さんにバレた。こっそり相談に乗ってたことも、関係持ったことも。女の子に対して恋愛感情は無いって言ったけど無駄だった」
「当たり前では?そんなクソみたいなことして、なんで離婚されないと思ったんですか?馬鹿なんです??逆に考えましょうよ。奥さんが自分の知らない若い男と体の関係をもちました。でも好意はないんです。それを聞いて受け入れられるんですか?しかも奥さんからしたら、不安だったことが現実に起きた訳でしょ?離婚一択だわ。頭沸いてんのか?」
「えっ、いや……桃原さん、意外と口悪いな……?」
「はぁ?今私の口調関係ありますぅ?分厚い猫だって脱げますよ馬鹿野郎」
「すんません」
苛立ちを誤魔化すように煎餅をボリボリ食べる。
美味しい。美味しいけど、胸糞話を聞いて美味しさ半減してる。いや嘘。めっちゃ美味しいわ。
さて、どうしようかな。黒い雲は私が言葉を重ねるごとに暴れる勢いが増してるし、くそ天使は榊さんの後ろで爆笑してて使い物にならない。
「あ」
フードの中でゴソゴソ動き回る気配を感じて、式が目を覚ましたのが分かった。
一瞬で私の肩に移動してきたこの式は、頬に擦り寄ってくる。
ふわふわもこもこ、柔らかい感覚と小さな温もりに心が落ち着いてくる。
そんな私の様子を見たあと、黒い雲を真ん丸な目でじっと見つめている。
「でな、まだ続きがあって……」
「はぁん?まだあるの?」
「うぅ、悪い……そのだな、勘違いじゃなければ、ストーカーされてるみたいで」
「榊さんが?なんでそう思ったんっすか?」
「最近、家には一人なのに誰かに見られてるような気がするんだ。家の中の物も気が付いたら位置が変わってたりするし……もしかしたら、その相談者の女の子かなって思ってんだけど」
ストーカーじゃなくて生霊ですけどね。犯人。
でも昨日職場で会った時には憑いてなかったし、違うのか?
ちら、と天使を見るが笑ってるだけで何も言わない。さっきまでは合いの手入れてたくせに。
「相談者の子だって思う根拠は?」
「その子と半年前まで付き合ってたんだけど、別れてからなんだよ。視線とか物の位置が変わったの」
「いや待って。え?結局その後付き合ってたの?恋愛感情ないとは?」
「本当に恋愛感情はないぞ!?ただ、前を向けるまで恋人になってそばで支えて欲しいって言われて……」
「うわぁ……私、今初めて、他人を心の底から軽蔑しました」
榊さんってこんなにも馬鹿だったの?行動全てが浅はかで考えなしすぎる。
「何も言えないな……あぁ、それでな、半年前のデート中に奥さんに偶然会ったんだ。そん時、なんて言うか……やっぱり俺には奥さんしかいない、奥さんが好きだって思って、相談者の子に別れを告げたんだ。その子も正直に理由を話したら『私も、もう大丈夫です。振り回してすみませんでした』ってすんなり別れてくれたんだ」
「だけど、別れてから変なことが起きるし……少し不安でさぁ」
「自分勝手で浅はかで考えなしな言動が原因では?」
多分、生霊の仕業だし。ちょっと謎があるけど、結局は全て自分に帰ってきてるだけだからなぁ……
あーあ、私の休日がこんなことで消費されるなんて……あまりにも惨い。




