桃原命の休日
「何もしなくていいって素晴らしい」
神下湊くんと出会って今日で一週間。
面倒臭がりな私は、珍しくも毎日連絡を送っていた。
テンポよく続く短い言葉のやり取りが、これがまぁびっくりするくらい楽しい。
昨日は初めて湊くんから先に連絡がきたし、前向きな変化があったのかもしれない。
これで湊くんに変化が訪れなかったら、バカ怖い幽霊と対峙しただけだから損した気分になってたかもだけど。
──ヴヴヴ、ヴヴヴ、ヴヴヴ──
「ん?」
枕元に置いていたスマホが鈍い音を立て震える。
着信の知らせだった。
「……寝てる。私は寝てる」
知らん知らん。電話なんか無視一択だわ。
──ヴヴヴ、ヴ──
「お?」
バイブ音が止んだ。
短かったな〜と、一応着信相手を確認するためにスマホを手に取る。
そのタイミングでまた手元の端末が震える。
【芦屋先輩】
ですよねー!分かってた。えぇ、分かっていましたよ。
休みの日に朝から電話してくるのは職場だって。
名前を見ちゃったら、無視しにくい。
数秒真顔で液晶画面に映る名前を眺めるが、切れる様子がない。
思わず舌打ちが漏れる。
こりゃあ、私が電話に出るまで止まらないやつだ。
「……桃原です〜。電話出るの遅くなってごめんね!芦屋さん今日仕事じゃなかったっけ。なんかあったの?」
「みこっちゃ〜ん!おはよう、休みの日にごめんね!!」
寝起きではないけど、まだ完全に覚醒していない頭には芦屋さんの声がサイレンのように大きく響く。
「んや、大丈夫!どうしたの?」
「あのねぇ、早番のスタッフが来なくて、電話したら体調悪いから休むって!!だから、もしみこっちゃんに予定がなかったら12時まででいいから出てくれないかなっ!?」
なんだ『12時まで"で"いい』って。なんか言い方が気に食わないなぁ。
少しばかりイラっとしながら時計を確認する。
【AM6:50】
「ん〜……12時まででいいんだよね?本当にその時間に帰っていいなら、特に予定無いし出勤するよ〜」
「ほんと!?ありがとう、助かるよ〜!帰る時間はほんとに12時で大丈夫!ケアマネが現場入ってくれるって言ってたから!」
「へぇ、珍しいね。じゃあ言質取ったし今から支度して向かうね!」
「うん、頼んだ!休みの日なのに悪いね!」
「気にしないで大丈夫だよ。困った時はお互い様でしょ!じゃ、支度するから切るね〜」
「は〜い!待ってるね〜!」
ピ、と電話を切る。スマホを机に置いて、その横にある煙草ケースを持つ。
勢いよくバルコニーへ続く窓を開け、手摺に寄り掛かり煙草を吸う。
家の目の前に咲いている桜の木から漂う桜の香りに混じる煙草の苦い香り。
鼻をくすぐる香りに、徐々に頭が冴えてくる。
「……なんで、電話に出ちゃったんだ私…」
休みが半日潰れるのは、つらい。
二連休だけどね。明日も休みだけどね!
でも今日は家でゴロゴロしながら映画観て、明日はお母さんと甥姪を連れて動物園に行く予定だったのに。
半日職場に拘束されるのは、メンタルの疲労が段違いなんだよなぁ……OKした私が悪いんだけどね。
さて、とバルコニーから部屋の時計を確認すれば、電話がきてからすでに7分経っている。
「あ〜、そろそろ行くか」
職場までは自転車で二時間半。今日は電車で行かないと。
メイクは……アイブロウだけでいっか。
服は、パーカーとジーンズにして……うん、マスクも付けたし、これでいいや。
パタパタと階段を降り、母の寝室へ顔を出す。
「お母さん、12時まで仕事行ってくるね〜。昼ごはん遅くなるけどいい?」
「あれ、あんた今日休みなんじゃなかったの?」
ベッドから上体を起こし、テレビを見ていた母が不思議そうに首を傾げる。
「休みだけど、急遽休んだ人がいるから代打!」
「また断れなかったんだ」
「そ〜。変に嘘ついて断ったら後日今日のこと聞かれた時に、絶対断った理由忘れて『家でゴロゴロしてた』って言っちゃう自信ある」
「バカじゃん。あんたそういうところは素直だよね」
けらけらと本当にバカにしたように笑うお母さんにイラっとする。その通りすぎて何も言い返せないのが悔しいところよね。
「うるさ。んで、ご飯大丈夫そ?ダメなら前のコンビニでパンかおにぎり買ってくるけど」
「大丈夫だよ。今日は麻衣が来るからお願いしてみる。断られても待てるから、気にしないで頑張ってきな」
「え〜ママン優しいじゃん!麻衣ネェは絶対やってくれないと思うから、ごめんけど待ってて。んじゃ行ってきま〜」
「はいはい、行ってらー」
仕事行く前に、こうして母とふざけながら会話するのが好きだ。
楽しいし、よし行くか!って気持ちになれる。
うん、母ってすごいね。
──────────
【PM12:30】
職場についてから、四時間半。あっという間に時間が過ぎた。
本当なら上がれる時間なのに、私はまだ職場にいる。
なぜかって?ケアマネが来ないからだよぉ!!
「ねぇ、芦屋さん。ケアマネは?」
一刻も早く帰りたくて、芦屋先輩にケアマネの所在を問いかける。
「みこっちゃん、ごめん!ケアマネは利用者さんの買い物してからこっちに来るって言ってたから、もうちょっといてくれる?」
「えぇ……まぁ、それじゃあ仕方が無いもんね」
普通はさ、出勤するって言った時間に間に合うように行動しない?
六十歳間近の大人が時間通りに来ないってどうなの。
てか12時を過ぎる前に連絡するのが筋では?
芦屋先輩も私が聞く前に伝えるべきでは??
「とりあえず、煙草休憩行ってきていいよ!」
「えっ、マジで?私四時間半しか働いてないけどいいの??遠慮なく行っちゃうよ!?」
「いいよ〜!ちゃんと煙草吸ってる間は時給発生しないから」
ちっ……今日みたいな日はサービスしてくれればいいのに。
ま、それも込みで給料貰ってたら煙草吸わない人からしたらサボりと一緒だもんね。仕方がないか。
とりあえず芦屋先輩の有難い申し出には遠慮なく乗らせてもらおう。
「だるぅ……」
休みのつもりだったから、体がついていかない。
喫煙所に設置されてる椅子に浅く腰がけ、ズルズルと背もたれに寄りかかる。
煙草を咥えながらふと上を向けば、水色混じりの青空と風に舞う桜。
綺麗だなぁと眺めていると、そこに羽根が混じっていることに気がついた。
「ばぁ!」
「っぐ、ゲホッ」
頭上から私を覗き込むように整った顔がひょっこり現れた。
驚いた拍子に椅子から滑り落ちるし、煙草を変な風に吸って喉が痛辛い。
なんだこれ。尻も喉もめっちゃ痛いぞ……
「わぁ、ごめんねぇ命ちゃん。まさか、そんなに驚いてくれるとは思わなかったよぉ」
この神経を逆撫でするような話し方、この私たち人間とは作画が違う整った顔立ち、背中で主張する大きな純白の羽根。
彼はあの夜の公園で出会ったくそ天使(笑)だ。
「……なんの御用でしょうか天使(笑)様」
朝から地味にイラつきが溜まっていたから、つい八つ当たり混じりな話し方をしてしまう。
「うん?なんかイライラしてるねぇ。優しい俺がぁ、肩揉みして癒してあげようかぁ?」
「いらんいらん。と言うか、ここ職場なんだけど。他の人に見られたら困るから天界に帰ってどうぞ〜」
両手をわきわき動かす様が変態じみていて、とても気持ちが悪い。
椅子に座り直しつつ、追い払うように手を振る。
「えぇ〜そんなつれないこと言わないでよぉ。俺たちの仲でしょお?」
「あの公園で私に天使のお仕事押し付けたっきり姿を見せなかったやつがなんか言ってる〜」
仮にも私を【天使見習い】って呼ぶなら、普通フォローとかあるべきじゃん?
あまりにも放置されてて存在忘れてたわ。
預けられた式だってどっか消えてるし。
あ、因みに説明しておくと、預けられた式はシマエナガみたいな可愛い小鳥だった。
湊くんと出会う直前に姿消したけど。
「いやいや、この間の男の子を助けた日に会いに行ったんだよぉ?でも命ちゃん寝てたからさぁ……少しだけ寝顔眺めて、天界に戻ったんだぁ」
「へぇ」
「反応が冷たい!」
だって、ねぇ?
なんか本当に色々とアウトなんだよなぁ。
「そうだ、俺の式のことだけどぉ……あの子拗ねてて俺の所に戻って来てるんだよねぇ」
「は?拗ねてる?」
え、なんで?私なんもしてないけど。
「何もしなかったことが問題なんだよねぇ」
「はぁ?意味わかんない。理由知ってるならハッキリ言ってくれる?」
「そんな怒らないでよぉ〜。あの子ね、一番最後に作った式なんだよねぇ。人間で言う末っ子ってやつぅ?」
あっ⋯⋯(察し)
「構わなかったのが問題ってことであってる?」
「ぴんぽ〜ん!取り憑かれてた子が近場に現れて、式が自ら形をなして案内してたんでしょお?それまで自分の存在を忘れられててむくれてたよぉ」
「あー……だから、湊くんの元に案内するだけして消えたのね。末っ子って面倒臭いな」
でもあの時はこの天使の説明も雑だったし、私自身、天使のお仕事の手伝いをするって実感も湧いてなかったから仕方が無いと思うんだよなぁ。
あと、しれっと心読まれてるの腹立つな。口に出さなくても伝わるのは楽だけども。
「後で呼ぶから、構ってあげてほしいなぁ。ついでに名前もつけてあげてねぇ」
「めっちゃめんどくs……りょーかい」
今、ちょっと圧のある笑顔になってた。絶対なってた。
背筋がぞわってした。やっぱり自分が作った式だから我が子みたいなもんなのかね。いやでもだったら自分で名付ければいいじゃんね。
「名前を付けるってとても大切なことなんだよぉ。いつか、君のためにもなると思うんだよねぇ」
「ふぅん、よく分かんないけど分かった。後でちゃんと謝って沢山構い倒すわ」
「うん。あの子もきっと喜ぶよぉ」
正直、昔飼ってた白文鳥にもよく似てるから、下手に名前付けたくなかったんだけどね。
この天使と別れる時、式でもあるあの子とも別れるってことでしょ?
愛着湧いたら寂しくなるのが分かりきってる。
「ところでさ、今日はなんの用があ「桃原さ〜ん!」……うん?」
天使に話しかけるタイミングで、私を呼ぶ声と被った。
声の方を見ると、駐車場から喫煙所に向かってくるケアマネの榊さんがいた。
ちら、と天使を確認すると人差し指を唇に当てていた。
これは……喋らなければ一般人に見えないってことかな?
それならば、と煙草を消し椅子から立ち上がる。
一応目上の人だからね。
「榊さん!お疲れ様っす〜。すんごい大荷物ですね」
両手いっぱいにトイペやらお菓子やらを抱えて、フラフラ歩く姿は若干心配になる。
なんたってこの人は六十間近。転んだら普通に骨折しそ、う…………
「お疲れさん!待たせてごめんな?煙草吸い終わったらそのまま着替えて帰っていいから」
「──あー……はい、あざっす!」
申し訳なさそうに、上がっていいと言ってくれてるがそれどころじゃない。
距離が近付くにつれ、視界に入るソレ。
荷物の影に隠れすぐには気がつかなかった、黒いもや。
榊さんに合わせて蠢く黒い雲のようなもの。
嘘でしょ。昨日は何も無かったじゃん!
一日で何があったん!?
ケアマネ=正式名【介護支援専門員】介護を必要とする人とサービスを結ぶ専門家。




