神下湊の独白
僕はいつも一人だった。
僕の家は、所謂【転勤族】ってやつで、1~2年の短いスパンで引越しを繰り返していた。
別にそれが嫌だった訳じゃない。新しい町、新しい風景、その土地名物の食べ物、新しい人、小さい頃はそれら全てが新鮮で、楽しかったのを覚えてる。
趣味が映画鑑賞や漫画を読むことだったから、全員と仲良く、とはいかなかったけど、それでも充実した毎日を送ってた。
でも、全て変わったきっかけは……そう、中三の時。
僕が転校したのは私立の小中高大エスカレーター式の学校だった。
基本的にみんな顔馴染みで、イツメンってやつもとっくの昔に出来上がってるような環境。
それでも一般的には受験シーズンである時期に来た転校生が珍しかったのか、みんなよく声を掛けてくれたし、遊びにも誘ってくれた。
短い期間だけど、ここでも仲良く出来そうだなって思ってた時、たまたま見付けちゃったんだ。
クラスメイトが僕よりも先に転校してきてた女の子を殴り、蹴り、罵っている、虐めの現場を。
警察官だった父は「力無き者が助けを求めるならば、力有る者が助けてやらねばならない」ってよく言っていた。
優しく、強く、助けを求める人を助けられる人間であれ。
小さい頃から聞いていた言葉。
虐められていた女の子は泣いていた。『ごめんなさい』と謝って『もう許してください』と縋って『助けてください』と泣いていた。
だから助けたんだ。
今でも、僕のこの行動は間違ってないと思ってる。
それでも、それでも……『弱い者を助けろ』と言った父を、『助けて』と泣いていた女の子を、恨みたくなってしまったんだ。
「神下って空気読めねぇよなぁ」
「それな」
「昨日の神下マジでウザかったわ」
女の子を助けた日の翌日、クラスメイトと顔を合わせるのが気まずくて、いつもより遅く登校したとき、教室からそんな話し声が聞こえてきた。
引き戸にかけた手が止まって、耳を澄ましてしまう。
「あ〜あれな」
「『寄って集ってなに女の子を虐めてんだよ!』だろ!?」
「そうそう!俺たちは虐めてたんじゃなくて、遊んでやってただけだっつーの!」
「ヒーローごっこでもしたかったんじゃないのぉ?」
「ね。神下のお父さんって警察官のそれなりに偉い人なんでしょ?『パパみたいにボクもヒーローになるんだ〜!』って思ってたんじゃない」
「マジか。じゃあ神下と遊んでやるのはやめねぇとじゃん」
「あーまじつまんねぇ!!」
僕と昨日の女の子以外が集まった教室で交わされる会話は、何か悍ましいもののように思えて仕方なかった。
そこからの毎日は地獄だった。
クラスメイトに声を掛けても無視をされ、すれ違いざまに肩や足をぶつけてくる。虐められてた女の子も、そちら側にいた。
他のクラスや学年にもよくない話がいったのか、学校中で僕を見てヒソヒソと話す声が聞こえる。
直接的な暴力があった訳じゃない。でも、それは真綿で首を絞められるように、ゆっくりと確実に僕を蝕んでいった。
でも二年。二年経てば、また父さんは転勤することになるはずだ。父さんの地位だと一、二年で転勤するのが当たり前らしいし、実際そうだったから。
だから、あと二年。我慢したらいい。
そう思って耐えてきた。二年経つ頃には僕はすっかり変わったと思う。
最初は無視されても話し掛けてたけど、一年経った時にはもう諦めた。
僕の声には誰も反応しない。学校の人たちには僕が見えていない。
僕は幽霊だったのかもしれないと本気で思うほど、学校に僕という存在は、存在していなかった。
──ダメだ。もう、これ以上は耐えられない。
だから父さんに相談した。
父さんがくれた言葉は、
「警察官の息子が情けない」「一人で立ち向かえ」
それだけだった。
それから一ヶ月後、父さんは僕だけを置いて転勤していった。
母さんと兄さんは最後まで心配そうにしていたけど、僕を置いていったことに変わりはない。
世界に一人取り残された気持ちになった。
悲しい。
悔しい。
寂しい。
虚しい。
心がすり減り、疲弊していく。
友達が欲しい。
学校の帰り道を友達と一緒に歩きたい。
オススメに映画や漫画の感想を言い合いたい。
中身の無い会話で思いっきり笑いたい。
なんであの時、あの子を助けたんだろう。
なんで父さんは、僕を助けてくれなかったんだろう。
間違ったことはしてない。後悔もしてない。
でも、僕の行動は本当に正しかったのか?
そんな考えが毒のように僕を蝕んでいく。
月曜日。ふと、今日は教室に行かないで、屋上へ向かおうと思った。
いつもは屋上へ続く階段に近付くだけで鳥肌が立ち、内蔵を弄り返されてるような感覚に陥るから、絶対に足を伸ばさないのに。
──ォ、イデ、オイ、デ、イッショ、ニ、ア、ソボ──
あぁ、誘われてる。嬉しい。嬉しい……!
僕に遊ぼうと誘ってくれる人がいるなんて!
心が弾み自然と口角が上がる。足取りも軽い。
一体誰が僕を呼んでるんだろう?
鉛のように重たい屋上の扉を開けた。
鼻をくすぐる、鉄の匂い。
柵の手前には女の子。その子が嗤って手招きをしている。
そこからは記憶が曖昧だけど、何時間も女の子と話をしてた気がする。
『みんな待ってる』『楽しいところに行こう』と手を引かれ、一歩踏み出した時。
急に視界が開けた。
『いや何言ってんの?どう考えてもそっちに友達はいないでしょ。てかそっちってどっち?死後の世界的なところ??』
『え?じゃなくて。君は死んでる人間の友達が欲しいわけ?生きてる人間じゃなくて?そんな頭半分おじゃんな女の子と友達になって何すんの??どうやって遊ぶの??仮に友達になったとしても頭半分おじゃんにめちゃくちゃ気を使いながら遊ぶことになるよ??そもそも死後の世界に遊ぶ場所あんの??』
頭を殴られたような気分だった。
本当は分かってた。僕を呼ぶモノが、生きている人間じゃないこと。分かってたんだ。
それでも一人よりはマシだと八つ当たりのようにぶちまけると、ため息と共に体を引っ張りあげられた。
『友達になろう』
初めてだった。昔はそれなりに仲良くなれた子もいたけど、いつも僕から声を掛けて関係を築いてきたから。
第一声とその後に続く言葉や行動、服装はちょっとアレだったけど。
でもその人は今まで出会った人の中で一番綺麗な人だった。
疲れきった顔をしてるのに、どこか目はキラキラ輝いていて、面倒だって顔に出てるのに、接する態度は冷たくなかった。
桃原 命さん。僕の心を救ってくれた人。
趣味が合って中身の無い会話ができる人。
冷たい口調とは裏腹に何だかんだ気に掛けてくれる人。
あんなに広く冷たい孤独を感じてた家が、今は暖かく丁度いい広さに感じる。
そろそろ勇気をだして僕から連絡してみよう。
きっと命さんは、僕を無視しない。




