初仕事①
そんなこんなで、現在。
春特有の生暖かい風が髪の毛を遊ぶ。
私の前には猫背でどんよりした雰囲気を纏う後ろ姿の男の子。
場所は高校。男の子は柵の向こう側。
そう、あの男の子は私の初仕事の対象者である。
いやあの……これどうしろと??
男の子の立ち位置的に下手に声掛けられないじゃん。
このタイミングで声掛けたら、逆に驚いて足滑らせそうだし。
ふむ、どうしたものか。と、その陰鬱な背中を眺めながら頭を悩ませていると、不意に声が聞こえた。男の子が話してるのかと思ったけど、どうやら違うらしい。
ではなんだ?とよくよく目を凝らしてみる。
──オ、ィデ……オイデ、タノシ、ィ、トコ、イコ、ウ──
男の子の背中に両手を絡ませ、正面からしがみついているモノ。頭が潰れてるから顔は半分しか分からないけど……アレは、女の子?
そう認識した途端、周囲に充満する強烈な血の臭い。
半分しか無い血塗れの顔で笑って暗闇へと誘うその姿に、私の体は固まってしまう。
そりゃあそうだよね。あのくそ天使(笑)も言ってたもんね。死者が生者に取り憑いたせいで、って。助ける対象者に会えば幽霊にも会うことになるよね!!
どうしよう。めっちゃ怖い。怖すぎる。
どうしてこうも五体満足の幽霊がいないんだ。普通は一番綺麗な時の姿でいたいもんじゃないの?
私リアルホラーはほんとダメなんだ……──はっ!?
「いやいやいや!ダメだよ、ダメ!!何やってんの!?一回冷静になんな!?」
ガシャンッ
男の子の後ろ襟を思いっきり掴み引き寄せる。
腰を柵にぶつけたからか、小さな呻き声が聞こえた。
でもこれは不可抗力ってやつだ。
恐怖心に呑まれていた私を他所に、この男の子は空へ一歩踏み出そうとしていた。
正直、男の子に近寄れば幽霊にも近付くことになるから嫌なんだけど……目の前で自殺されたら寝覚め悪くなるなんてもんじゃない。
ワンチャン男の子に呪われそうだし。
「……──呼んでるんだ。『こっちにおいで』って。『友達がいるよ。寂しくないよ』って……」
「いや何言ってんの?どう考えてもそっちに友達はいないでしょ。てかそっちってどっち?死後の世界的なところ??」
「──え」
冷静に考えれば、有り得ないことだって分かるのに……幽霊に取り憑かれると、こんなにも思考回路が正常に機能しなくなるのか。
「え?じゃなくて。君は死んでる人間の友達が欲しいわけ?生きてる人間じゃなくて?そんな頭半分おじゃんな女の子と友達になって何すんの??どうやって遊ぶの??仮に友達になったとしても頭半分おじゃんにめちゃくちゃ気を使いながら遊ぶことになるよ??そもそも死後の世界に遊ぶ場所あんの??」
空気がグン、と重くなったのを感じる。
圧みたいなものが、全身にのしかかってきて、体が重い。
多分、男の子に憑いてる子が怒ってるんだろう。
めっちゃ女の子(仮)に睨まれてるもん……!
目を合わせないようにしてるけど、分かる。
これは『余計なこと言うな』の視線だわ。
「でも、でもっ!生きてる人間には相手にされないんだ!どんなに頑張っても、いつも友達を作れなくて……だったら、幽霊でも良いって思うのも仕方がないだろう!?」
地面へ落ちる雫に月の光が反射してキラキラ光ってる。
あぁ、男の子が泣いてるんだ。
きっと、本当に悩んでて、寂しい思いをしていたのかもしれない。
高校生、なんてまだまだ小さい世界しか知らないんだもんなぁ。
そりゃあ悩むよなぁ……
分かる。めっちゃ気持ちは分かるんだけど、でも、その前に。
「取り敢えずこっち来な?」
掴んだままの後ろ襟をしっかり握りしめ、そのまま柵を超えるように引っ張りあげる。
……今ゴリラ女って思ったろ?ふふん、介護で鍛えた実用的な筋肉を舐めてもらっちゃ困るな。まぁ柵が低くて出来る荒業なんだけど。
「ぐぇっ」
「あっ……ごめん」
無理やり柵の内側に引っ張りあげたから喉が締まってたみたい。
うん、首の骨が折れた訳じゃないから大丈夫大丈夫。
「ゴホ、んん゛……いえ。僕も少し冷静になれましたから」
座り込んではいるが、喉を押さえながらも首を振る男の子に安心する。
怒っても可笑しくない行動だったのに、いい子だなぁ。
「ね、君の名前を教えてよ」
男の子のそばにしゃがみこみ、目を合わせる。
驚いたように目を見開いた拍子に溜まっていた涙が頬を滑り落ちる。
綺麗な目をしている。そう思った。
だから、
──私と友達になろう──
「とも、だち……?」
「そう。友達。だっていないんでしょう?だったらさ、まずは私と友達になってみようよ。──あ、まって。アラサーの女が高校生相手に友達宣言はやばいか??」
「っ、そんなことない!!」
私の友達宣言にキョトン、と首を傾げていた男の子は勢いよく手を握ってきた。
顔を真っ赤にして、目線は不審者みたいにキョロキョロしてるけど、一生懸命に自分の言葉を紡いでいく。
「ぼく、あなたと友達になりたいです……とも、っ……友達になってくださいっ!!」
「──うん。じゃあ改めて、名前を教えてくれる?」
「僕の、僕の名前は、神下湊です……!趣味は映画鑑賞で、好きなことは家でゴロゴロしながら漫画見たり、映画を見ることで、それから、えっと……」
「あー、待った待った。一気に言われてもわからんって。……ゆっくりでいいんだよ。ゆっくりで。これからゆっくりお互いの好きなことや嫌いなことを知っていこう」
この歳になって友達宣言って少し照れるな〜なんて思いながら男の子の顔を見ると、そこにあったのは凄まじい形相で私を睨む半顔の女の子。
至近距離にいることで、潰れた箇所がよく見えた。
「……──〜っむりむりむりむりむりぃ!!!」
尻もちを付いてズザザザァ、と勢いよく湊くんから離れる。
正しくはキス出来そうな距離の女の子から、だけど。
──オマ、ェ、ジャ、マ──
女の子が言葉を放つ度に空気が重くなる。絶対殺すって意志が伝わってくる。多分これは、殺意ってやつだ。
声を出したくても、はく、と喉を潰されたかのように空気だけが漏れる。
あー……察した。この子、理解してるタイプだ。
私たちがどんな会話をしてるのか、自分の邪魔をする人間なのか……しっかり理解してる。
だからこそ厄介だ。だって、湊くんと友達になった瞬間から、私を標的にしてる。
「お姉さん?」
不思議そうに首を傾げる湊くんには悪いけど、今は気にしていられない。
そんな事より、じわじわ近付いてくる女の子だ。
闇が迫る、って言葉を作った人はこういう経験をしたんだろうか。
私に近付いてくる様は、まさに闇が迫ってくるように感じてしまう。
──ネ、シ、ネ、シネ、シネ、シネ、シネェ!──
やっっっばぁ……ガチギレじゃん。
あれか、さっき『頭半分おじゃん』とか倫理観の欠片もないことを言ったのが悪かったのか?
ごめんて。私が悪かったよ。
だから、頼むから、そのあらぬ方向にねじ曲がった手を伸ばすのはやめてくれ。
触れるまで数ミリ、といったところで頭上で電球が光った。
──そうそう、言い忘れてたけど取り憑いた死者を見つけたら、生者の安全を確保してから死神を呼ぶといいよぉ──
「……っ、し、死神様ァ!!ここに!天界に行かない!死者が!!いまぁす!!!」
なんで忘れてたんだろう。くそ天使(笑)が言ってたこと。
死者を行くべきところへ案内するのは死神様の仕事。
対象者さえ守れるなら、あとは丸投げしていいって言われてたんだ。
湊くんの顔が訝しげなものへ変わり、女の子は恐怖心に満ちた顔へ変わる。
あぁ、知性があるからこそ、分かるんだね。死神が自分を連れて逝く存在だってこと。
──ィ、ヤ……イヤ、ダ……イ、キタ、ク、ナイ……シニタク、ナイノ……タ、スケ……──
「もう死んでんだから助けてもクソもねぇよ」
一閃。
鋭く一切の感情を削ぎ落としたような声と共に鈍く光るものが女の子を凪いだ。
瞬き一つの間に先程までの重たい空気は無くなり、女の子も消えていた。
今、この場に残るのは静寂、それだけだ。




