人生が変わった日②
「沢山笑ってスッキリしましたぁ?」
「ふふっ、それはもう。ここ三百年のストレスが四散するくらいには、スッキリしたよぉ」
そう。この男はかれこれ三十分近く笑っていた。芋虫みたいに地面にうずくまって、ウゴウゴ動いてる様は……うん、言葉には出来ないやばさだった。
思わず冷めた目線を向けてしまうのも仕方がないね(ニッコリ)
「それで、私は何を聞けばいいんですか」
「えっ、ソレ俺に聞くのぉ?」
「何がなんだか分かんないもので……」
地面に胡座をかいてお互い向き合ったは良いものの、本当に何を聞けばいいのか分からない。
下手な質問したら、後戻り出来ない予感もするし。
「ん〜、じゃあまず、君を追いかけていたもののことは知りたぁい?」
「いえ全く。どうせどこかの海や池で溺れたか自殺した子が成仏出来ず彷徨って目に付いた人を殺してた、とかでしょう。興味ないですね。」
「わぁ……君めっちゃ冷めてんねぇ。そこまで分かってたら同情したりするもんじゃないのぉ?」
彼の言うことも分かる。分かるが、なんで私を殺そうとした幽霊に同情しなくちゃいけないんだ?いや、無理でしょう。どんな悲惨な死に方であれ、どんな過去があれ、彼の話ではすでに生者に手をかけてる。そんな相手に同情なんてする優しさは持ち合わせていない。
生者も死者も、人を殺すって行為がどれほど許されないことなのか理解すべきである。
「同情の余地はないですね」
「うっわぁ、いい笑顔だねぇ……じゃあ、俺のことを教えてあげるよぉ!」
「あんまり知りたくないな……」
「うん?なにか言ったぁ?」
ぐいぃと両頬を引っ張られる。
「いひゃ、いひゃいれふ!」
「ふふ。じゃあ俺の話をよぉく聞いてねぇ?」
間抜けな顔を晒す私に気分を良くしたのか、上機嫌で自己紹介をされた。
分かったことは以下。
一つ、彼は天使(笑)である。
一つ、今回、こうして地上に降り立ったのには理由がある。
一つ、彼は天使の中でもそれなりの地位にいるらしい。
一つ、私を助けた理由は一目惚れしたから。
いや嘘じゃん。天使(笑)って人間に恋すんの?ウケる。私の想像してる天使は愛だの恋だのに興味なくて欲もない清廉潔白なイメージだったのに。え、イメージ壊されたんですけど。
「天使(笑)って言ってるのバレてるからねぇ?あと天使だって恋するし、食欲、性欲、睡眠欲もしっかりあるよぉ〜。天界も日々アップデートしてるからねぇ」
「うぇ!?マジで??そんな欲まみれの天界嫌すぎるな……」
「君さぁ、ちょっと失礼過ぎじゃなぁい?天使だっていずれ死を迎えるんだから、子を成して天使不足にならないように神様が色々やってくれたんだよぉ?」
へぇー天使って不老不死じゃないんだ。
でも正直、そんな天界事情クソほど興味ないな……
「……あまりつれないこと言うならぁ、ヤバい心霊スポットに放り込んじゃうよぉ?」
「……!はい!はい!天使様に質問があります!!地上に降り立った理由は結局なんですか!?」
「──」
あ……またミスった。
ヤバい台詞が聞こえたから話を逸らしたのに、天使にあるまじき悪い顔で笑う彼に、選択肢を間違えたことを悟る。
「いや……──」
「最近ね、死神の仕事が増えてるんだ」
嘘だろ。言葉を遮って話始めやがった。
「本来死神の仕事は、死期が目前に迫った人間のそばに寄り添い、その者が死後、行くべき場所へ案内することなんだ。でも最近は、死期がまだ先であるはずの人間が天界に来たり、天界に来なかった死者が生者に取り憑いて殺したあと、その生者の魂を取り込んでしまったりで、天界はてんてこ舞いなのさ。中でも、死神たちは行くべき場所へ行けない魂を探したり、魂を取り込んだ死者を探して、分解して、一つづつ魂の仕分けをしなくちゃいけなくてねぇ……あまりにも多忙を極める死神たちが神様に泣きついたんだよぉ。「このままじゃ、死期を迎える人に寄り添えない、案内出来なくなる」って。それで、俺たち天使に話が回ってきたんだぁ。俺たち天使は人間を守り、導き、励ます存在だk「長い長い長い。聞いてて飽きるわ!」──……大事なことだから説明してたんだけどぉ?」
「そんなジト目で見られても……そもそも長すぎて覚えられないって」
とんでもない量の情報に思わず話を遮ってしまう。
ただでさえ今日は色々ありすぎて混乱してるのに、トドメにこんな情報与えられても理解が追いつかないってもんよ。
「ええと、つまり簡単に要約すると」
死者が生者に悪さをしているせいで、天界はてんてこ舞い。
死神の仕事を軽くするために、天使が地上に降りて、死者に取り憑かれてる生者を本来の死期が来るまで、生を全う出来るように、守り、導く。
「ってことです合ってます?」
「そうそう!なぁんだ、ぼけ〜としてたから、俺の話を聞いてないと思ってたけど、ちゃんと理解してたんだねぇ」
……ほんっっとうに腹立つな、この天使。
「それで、ここからが本題なんだけどぉ……俺は今、死者の穢れを孕んでいるから、取り憑かれてる生者に近づけないんだよねぇ。今の状態で近寄ると悪い方向に影響を与えちゃうって訳。そこで!君に【天使見習い】として俺の代わりをやってほしいんだぁ〜」
「さようなら」
やっぱり嫌な予感というものはよく当たる。
迷わずスタートダッシュを切った。
天使に背を向けて、新幹線もびっくりな速度で走り出したと思ったのに、何故か全然前に進まない。
何故……?と不思議に思って足元を見ると、地面が遥か彼方にあった。
「……うぁっ」
耳に響く風を切る音に気が付く。
今、私は、浮いている。
いつの間にか天使の腕がお腹に回っていて、それが唯一、私を支えているものだと気が付く。
足が宙ぶらりんになり、不安と恐怖から冷や汗がドパッ、と出る。
高いところは好きだ。だって建物の中から外の景色を見るだけだから。
ジェットコースターは好きだ。でもそれは、腰ベルトや肩ハーネスがあるから。
でも、今の私には、ベルトよりも不安定な天使の腕しかない。
「──ふふ、俺から逃げられると思ったのぉ?」
「ふっざけんな!どうでも良いからちゃんと抱えろ!!!」
ビビってる私を見て、恍惚とした表情を浮かべるやつが天使とか認めたくない……!
恐怖も一定のラインを超えたら怒りに変わり、思わず怒鳴った私に天使は笑いながら腕にお尻を乗せるような抱き方に変えた。
これ幸いと目の前にある首元に腕を巻き付ける。
ちょっとばかしキツめに。若干、絞めてるようにも見えるけど、きっと気のせい。
「ング……で?返事は〜?」
「……断ったら?」
「う〜ん……君をこのまま天界に誘拐して天使の仲間入り、かなぁ。あ、でもそのままだと、地上の穢れを纏ったままだから神聖な空間に耐えられないかもねぇ。ん〜困ったなぁ……あ!もう一個方法あったよぉ!それはね、ふふ……天使と交わること。そうすれば神聖力が体内に巡るから、天界でもずっと生きていけるよぉ。俺的には二つ目が安心安全でオススメだけど……どぉ?」
「〜っクソが!天使のお仕事のお手伝いをさせてください!!!」
「ふふ、いい子だねぇ」
小説や漫画、映画やアニメで言われるように、人外はろくでもねぇなって実感した。
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強制空中散歩に付き合わされたあと、家の近くの公園に下ろしてもらった。
この公園は、緑が多く、遊具も豊富、広さもそこそこあるため、日中は家族連れや小学生〜高校生くらいの子供たちが遊んでいてとても活気に満ちている。
しかし、夜になるとほとんど人は寄り付かず、静寂が支配する場所となる。
念の為、周囲に人がいないか確認をしてから、天使に向き合う。
「手伝うって言ったけど、結局私は何をしたらいいの?」
「もぉ〜!さっき俺がした説明をちゃんと聞かないから分かんないんだよぉ!」
「あんな長ったらしい説明、聞いていられるわけなくない??」
そもそも私仕事上がりの飲み会帰りよ?幽霊にも追いかけられてんのよ??寝なかっただけ褒めて欲しいわ。
「……ゴッホン。君のお仕事はねぇ、死者に取り憑かれた生者の話を聞いて、正しい死期を迎えられるように慰め導く。それだけだよぉ」
「誤魔化すの下手か。てかどうやって普通の生者と取り憑かれた生者を見極めるの?そもそも、私は話を聞くことは出来ても語彙力皆無だし、悩みとか話されても解決に向けたアドバイスや気の利いたこと言えないと思うんだよね」
これは本当。
なんなら、いつまでもウジウジされるとイライラして蹴り飛ばしたくなるタイプだし。
こんな私が守り、慰め、導く……?
できる気がしないわ。マジで。
「それでいいんだよぉ。悩んでる人ってね、大体の人がただ話を聞いてほしいだけなんだ。それにね、的確なアドバイスや気の利いた言葉よりも、そばにいて、たまに相槌うってくれる人の方が安心出来たりするもんなんだよねぇ。あまりにもイライラしたら一発くらい足や手が飛んでもバチは当たらないさ。……まぁもし君じゃ手に負えないレベルだったら、俺が代わりの天使を使いに出すから安心していいよぉ〜」
めっちゃ適当で草。そんな緩くていいのか?
「で、見分ける方法なんだけど、俺の式を後で貸してあげる。伝書鳩代わりに使えるし、死者に取り憑かれた生者を見分けられる優秀な子だから可愛がってあげてねぇ」
──あと、はい。これもど〜ぞ──
そう言って手渡されたのは、うっすら銀色に輝く純白の一枚の羽根だった。
「羽根?これ何に使うの?」
「ふふ、その羽根にキスしてごらん!」
え……やだな。こんなふわふわの羽根にキスしたら口の中に抜け毛が入りそうじゃん。ばっちい。
「もぉ〜君って本当に失礼だよねぇ。良いから、はい!」
羽根を持ってる腕を強引に動かされ、唇に羽根が触れた。
その瞬間、目を開けていられないほどの閃光が辺りを包んだ。
「うんうん、さすが俺!よく似合ってるよぉ!」
瞼越しに光を感じなくなってから、目を開ける。
視界の下の方にヒラヒラ揺れるものがあった。
「はい、こっち見て〜」
天使に呼ばれて反射で前を向くと、木の幹が鏡になっていてそこには私が映っていた。
……私!?え、待って待って、服が違う!!
さっきまでの私は、シンプルなワイシャツに黒パンツ、サイドジッパーのブーツを履いていた。
なのに今は、短パンスタイルの白ツナギ。ツナギにはベルトと、そのベルト部分に斜めのヴェールみたいなレースが着いている。
靴はショートブーツに変わっていて、踵は細めだけど安定感がある。
それから太ももまである白の網ストッキング。
内腿には……羽根の刺青?
「それはね、俺の神聖力で作ったものなんだよぉ。こんなに可愛いなら頑張って羽根に細工をした甲斐があるってもんだよねぇ……俺色に染まってるみたいで、本当によく似合ってる」
なんだか気持ち悪いことを言っている天使は無視して、改めて不思議な鏡越しに自分を見つめる。
全身が白だと確かに天使っぽい、か……?
「それにしても、神聖力?ってすごいんだね。一瞬で衣装チェンジとか、魔法少女アニメみたいでウケる。……待って?私の年齢でこの服装は痛すぎでは???」
そう。冷静になればなるほど、今年で二十八歳になった私にはこの服装はキツい。
いや恥ずかしすぎる。無理無理。
「ねぇ、これどうしたら戻る!?」
「ん〜……なんか、こう、感覚?『戻れ〜』って念じれば多分戻れるよぉ」
──あぁ、でもね。お仕事中はその格好でやらないと、多分死んじゃうよ──
「は……?」
——これまた適当な返答に呆れながらも、素直に『戻れ〜戻れ〜』って念じていると、しれっと付け足された言葉に間抜けな声が漏れた。
「生者に取り憑いている死者の穢れは、想像以上に酷くてねぇ……俺こう見えても結構偉い天使様だから、神聖力多いんだよねぇ。さっき俺の神聖力で作ったって言っただろう?それはつまり、その服は穢れや邪気から守ってくれる仕様って訳なんだよねぇ」
「……そんな大事な事は一番先に言ってよ!せめて、せめて衣装チェンジして!!私アラサーなんだよ!この格好で人前に出るのは無理!!下手したら通報されるっつーの!」
天使の胸倉を掴みガクガク揺らす。
天罰くだりそう、とか気にしてられない。
それよりも、この下手したら何かのコスプレにも見える恥ずかしい衣装を変えてもらう方が大事だ。
なんたって、私の尊厳が破壊されかねない。
「あはは〜……む・り♡」
「っ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
コイツ、初対面なうえ出会って一時間くらいしか経ってないのに、いい笑顔で人を弄りやがる……
時計見てないから体感だけど。
「……あ、さっき目を瞑ってたから気が付かなかったかも知れないけどぉ、そのお仕事用の服に変わる時、羽根が舞うよぉ♡しかもお仕事対象者以外からは見えないようにもなってるから、ますます天使っぽくなるねぇ!」
「」
その場で膝と手のひらをついた。
なんでこんな仕打ち受けなくちゃいけないんだ……え、私なんか悪いことしたっけ?
さっき路上喫煙したからか??それとも、いつも愛想振り撒いて腹の中で『めんどくせぇ』って思ってたのがいけないのか???
「ついでに、一番知りたいであろう【なんで君を天使見習いに選んだか】なんだけどねぇ……君ってさ、冷めてるし自分が一番大切だし自分の時間を他のことに取られるのがすっごく嫌いでしょぉ?それなのに、人の悩みや話を最後まで聞いちゃうお人好しだからさぁ……天界満場一致で決まったんだぁ〜」
嘘でしょ。私自身の性格が原因かよ!!
ダンッ、とか拳を握り地面に叩きつける。
この性格で満場一致って、天界とやらはどうなってんの!?
「ち・な・み・にぃ……君の他にも天使見習いはいまぁ〜す!もし出会えたら、コミュニティでも作って情報交換なりして、スムーズにお仕事出来るように頑張ってねぇ♡」
「つら……」
どんどん後出しで追加されていく情報に意気消沈してる私のそばで天使が笑う。
にこにこ、ケラケラ、
静かな公園に響くそれは、まるで悪魔の笑い声みたいだった。




