↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/10

人生が変わった日



 世の中には二種類の人間がいる。


 一つ、誰とでも友人関係になり、どこにいても誰といても、その輪の中で中心となる。所謂陽キャ。


 一つ、人前だと上手く喋れず、友人も少ない。もしくは一人もいない。所謂陰キャ。



 私はどちらかと言えば陰キャになる。

 人に注目された状況ではうまく話せないし、愛想笑いは完璧だけど友人と呼べる関係の人はいない。大人数で話して遊ぶより、家でゴロゴロしながら動画を見てる方が楽しい。


 そんな私が、なぜ、こんな格好をして、こんな所にいるんだろうか……


「かえりたい……」


 これから私がやらなければいけないことを考えたら本音がため息と共に洩れた。






 私の名前は桃原命(ももはら みこと)。

 上に姉二人と兄二人、下に弟一人という大家族で、一般家庭より少し貧乏な家に生まれ育った。

 仕事は老人ホームで介護士をしていて、今年で二十八歳。

 因みに、在職十年の古株で、利用者様には天使みたいに優しいって言われてるし、スタッフにはどんな話でも聞いてくれてノリが良いから一緒にいて楽しいって高評価をいただいてる。


 そして一番知ってほしい情報がもう一つ、

 それは私が【天使見習い】であること。

 ……いや、意味わかんないな??

 なんだ【天使見習い】って。

 バリバリ元気に生を謳歌してるのに【天使見習い】ってなんだ????




 ──まぁ、取り敢えず私の人生が変わった日のことを話そうと思う。







──────────




 今日は朝からなんとなく体が怠かった。正直、隕石落ちて地球滅びないかな、と思ったくらい。

 母に如何に仕事に行きたくないか、を力説しながら、ダラダラ支度して出勤。そして新しい入居者様とご対面。ここからがまぁ大変だった。

 介護サマリーの情報は基本信じてないけど、あまりにもサマリーと違った人が来たのだ。

 情報と一致しているのは、名前と年齢、既往歴のみ。

 【自立】に丸を付けられていた排泄や食事、立位や歩行は全てが介助必須なレベルだった。

 しかも、おそらくメンタル持ちで、多動と不穏と手をあげるのトリプルパンチ。

 その人の担当だった私はもちろん、リーダー業務で入ってた先輩と二人で実調に行った施設長に文句を言ったけど、反省も後悔もしてない。若干目が潤んでた気がするけど知らん。実調から一か月も経ってないのに、こんなにサマリーと違うんだもん。文句の一つや二つや三つや四つくらい許されるはず。


 そんなこんなで、勤務時間が終わって、開放感に満たされながら着替えていた時、



「みこっちゃ〜ん!今日は新入社員の歓迎会あるの覚えてる!?」


 問いかけと共に体に衝撃が走った。


「歓迎会って今日だったっけ?え、ごめん芦屋さん!普通に忘れてた!」


 今日リーダー業務で入ってた先輩が私に抱き着きながら放つ言葉に、血の気が引いた。

 なんでこんなに疲れた日に歓迎会に参加しなくちゃいけないんだ……


「えぇ〜、昨日話したじゃん!」


「そうだっけ?いや、ほんとごめん……最近お母さんの介護で忙しかったから記憶力低下してたわ」


「あ……そっか。今みっこちゃんお母さんの介護してるんだったね。じゃあ今日の参加は厳しい?」


 残念です!って感情を全面に出した表情で私から離れると、どんよりした空気を醸しながら先輩も着替え始める。

 う〜ん……忘年会なら不参加確定だけど、新入社員の歓迎会だからなぁ……なるべく良好な関係を築いて長く働いてほしいし……


 なんて考えながら手帳を取り出して明日の予定を確認する。

 明日は休み。明後日と明明後日も……休みか。


「──ううん。今日は弟が家にいるから、歓迎会の間だけ、お母さんを見てもらうことにする。」


「本当!?良かった〜!新人達もみこっちゃんに参加してほしい、ちゃんと話してみたい、って言ってたんだよ〜」


 内心は面倒臭いって気持ちでいっぱいだったが、参加すると伝えると分かりやすく喜んでくれる。先輩は思ったことが分かりやすくてとても扱いやすい。そんな所が好きなんだけどね。




 歓迎会は楽しかった。普段はあまりに話せない人と話せたし、新人達とも仲良くなれたと思う。

 ただ後半になるにつれて、お酒が弱い人たちから酔い始め、絡み酒や泣き上戸、笑い上戸や爆睡かます人たちを捌くのに必死で、順番にタクシーに突っ込む私はベルトコンベアにでもなった気分だった。


 酔っ払いどもを捌いて、二次会したい!と訴えるほろ酔い連中をあしらいながら帰路についた時、後ろから足音が聞こえた。


 ここら辺からは住宅街になるし、今は二十二時だから私と同じ方向に帰る人がいるんだろうと思ってた。



 五分、十分、二十五分……ずっと同じ方向に歩き、私が止まるタイミングで止まる足音にだんだん恐怖が込み上げてくる。


「──え」


 不意に気がついた。足音が変わってる。

 最初は革靴やヒールみたいなカツコツという音だったのに、今は濡れた素足みたいな足音になってる……ピタピタ、ぺたぺた、ヒタヒタ、

 ゾッとした。一度意識すれば周りの音が一気に遠ざかり、何故かその音ばかり耳に入る。

 まだ春なのに、肌を撫でる風は、真冬の雨みたいに冷たい。

 心臓が太鼓のように激しく波打つ。

 足音に急かされるように歩くスピードをあげる。足音も、スピードがあがる。


 カツン、コツン、

 ペタ、ペタ、

 カツ、コツ、

 ペタ、ペタ、ペタ、

 カツカツカツカツ

 ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタピタペタ


「〜っ!!」


 やばいやばいやばい!これ絶対人間じゃない!!

 最近幽霊を見かける事が少なかったから油断してた。

 いつの間にか後ろにいるモノから逃げるように走る私を追いかける足音。


 どうしよう、こわい

 こんな目に会うなら歓迎会なんて参加しなければ良かった!!


 ──走る。ただ走る。


 この状況では家に帰れない。家まで着いてこられたら、私の平穏な日常が崩れる。


 ──走る。まだ走る。


 心臓が痛くなってきた。

 足もそろそろ限界が近い。

 どれくらい走った?

 足音とはどれくらい距離をとれた??

 走りながらも耳を澄ます。


「は、はっ……──あ、れ?」


 足音が聞こえない。

 もしかして、ちゃんと撒けた……?

 左右の道を確認する。

 誰もいない。

 後ろも、確認する。

 ──いない。

 誰もいない。


「だはぁぁぁぁ……つっっっかれた……!」


 ずるずるとその場にしゃがみこみ、ため息を溢す。

 なんでこう、最大級に疲れてる時にかぎってああいうのに遭遇しちゃうかなぁ。


 カチッ、

 スゥー、


「はぁ……うっま」


 本当はダメだけど、我慢できず煙草を一本。

 心臓と荒い呼吸を落ち着かせようと深く煙草を吸う。

 肺いっぱいに煙を満たし、星の浮かんだ夜空に向かって煙を吹きかける。

 視界を灰色が隠す。

 周囲に漂う、苦い独特の香り。

 その中に混じる、魚が腐ったような、生臭さ。


「は」


 晴れた視界に映ったのは、ぶよぶよに浮腫ながらも腐り落ちた顔。

 本来、色々なものを写す目がある場所には、何もない。



 ──お、ねェ、チャン──


 青白くぬるついた手を伸ばされる。

 それに触れたら終わり。

 私はこの子に連れて逝かれる。


 今日は、朝から嫌な予感があった。そう、ちゃんと感じてた。

 なのに、なんで忘れてたんだろう……私の嫌な予感はよく当たるって。

 不意打ちの出来事に体が動かず、せめて、見つめながら死ななくてすむように、目を瞑る。





「ダメだよぉ。この子は俺が目を付けてたんだから」





 花束のように甘く、洗いたてのシャツのように清楚な香りと共に、心地の良い声が耳を刺激し、後ろから誰かに抱きしめられる。


 ──ほ、シィ、ホシ、ィ──


 目を瞑ってても分かる。アレがコチラに手を伸ばしてる。私を心から欲している。物欲しそうに、無いはずの目で見つめてる。

 思わずお腹に回った手に縋り付く。


「ふふ、怖いの?よしよ〜し、俺が守ってあげるからねぇ。俺が良いって言うまで、目を瞑ってるんだよぉ」


 幼い子をあやすように頭を撫でられる。

 不思議とこの人に任せれば大丈夫、安心だという気持ちになった。


「う〜ん……君は沢山の人を苦しめて殺めてるねぇ。残念だけど、これじゃあ俺には助けてあげることはできないなぁ」



 ──死神が首を長くして待ってるよぉ。あの世でね──


 優しい声でそう言葉を紡ぐと、この世のものとは思えない奇声が上がる。

 あまりの大きさに肩が跳ねる。


 ──イ、ャ、ホシ、イ、ホ、シイ、ホシイ、ホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシイホシッ


「うるさい」


 あ゛、あ゛あ゛あ゛ああああ゛あああああああああああああ゛あ゛ああああああああ


「ひ、」


 優しい声が冷たい声に変わった瞬間、耳をつんざく悲鳴に思わず声が漏れる。

 縋りついてる腕と反対の手が背中をさすってくれる。


 悲鳴が聞こえなくなったあとも、しばらくは体が動かなかった。


「ふふ、もう大丈夫だよぉ。なにもいないから」


 優しい声に促され、ソッと目を開ける。

 周囲を目線だけで確認して、アレの姿が見つからないことでようやく、強ばっていた体から力が抜けた。


「ね?なにもいないだろう?」


 そう言えば、と私を抱きしめてる人を見上げる。

 そして言葉を失った。


 目の前には言葉に出来ないくらい整った顔。

 暗い夜の中でも輝く長い銀色の髪。

 クジャクの羽根の様な綺麗な色彩の瞳。

 180cmは超えてるであろう長身ながら、服越しにも分かる筋肉質な体。

 一際目立つ、背中から左右にのびる純白の羽根。


「──……作画がちがう」


 あ、まちがえた。


「ッ〜!!」


 まるで二次元から飛び出てきたようなこの男は、抱きしめていた私ごと地面に転がり声も出せないほど笑っている。

 いやなんで??


「ふ、っふふ!君、第一声がそれなのぉ?やばっ……面白すぎる!!」


「え、うるさ」


 私の言葉にさらに爆笑。

 この人、私を抱き締めたまま笑ってるから振動がダイレクトに伝わってきて気持ち悪いんだよな……しかも、笑う度に腹筋がビクンビクン動いてるのも、魚みたいでなお気持ち悪い。


「はぁ〜。久々にこんなに笑っちゃった!!君、ほんと面白いね!!こんな訳の分からない状況で第一声が『作画が違う』は予想外だったよぉ」


 腹の力で上体を起こしたこの人は、両目に涙を浮かべていた。

 いや、どんだけ笑ってんだ?第一声がアレは確かに、ちょっとなぁとは思ってるけど!実際に作画が違うんだよ。真面目に二次元から飛び出て来ました!って言われても信用するレベルの容姿と身体的特徴してんだもん。目の色とか背中でめっちゃ主張する羽根とか。



 ……羽根?



「えっ羽根!?」


「〜だはっ!!!!!」


 また地面に突っ伏した。え、汚いなこの人。


 

サマリー= 利用者の心身の状態、これまでの経過、医療・介護の記録などを簡潔にまとめた引き継ぎ用の書類。


自立= 高齢者や要介護者が他者にすべてを頼るのではなく、自分の能力を活かして自分らしい日常生活を送る状態のこと。


不穏= 落ち着きなく興奮したり、攻撃的になったりしている心身の状態のこと。


多動= じっと座っていられずに落ち着きなく動き回ったりすること。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。