檻の外からの視線
朝、小鳥のさえずりが微かに響く中、私は温かい体温に包まれて目を覚ました。
「ん……っ」
薄っすらと目を開けると、すぐ目の前にヒロちゃんの整った顔立ちがあった。
私は彼の腕の中にすっぽりと収まり、彼の胸元に押し付けられる形で抱きしめられている。
掛け布団の中、私たちの素肌はダイレクトに触れ合っていて、彼の体温がそのまま伝わってくる。
「……おはよう、花恋」
ヒロちゃんがゆっくりと目を覚まし、優しく目を細めた。
目覚めたばかりの少し掠れた低い声が、私の耳腔をくすぐる。
「ヒロちゃん……おはよう……っ」
彼の手が私の背中を滑り、ベビードールの裾から滑り込んでお尻を優しく撫で上げる。
そして、そのまま太ももの内側へと指を滑らせていく。
「んっ……あ……っ」
朝の微睡を吹き飛ばすような、指先の生々しい触感。
彼の手がそこにあるだけで、私の身体は昨夜の記憶を思い出して小さく跳ねた。
「ふふ、身体はもう、俺の指を覚えてるね。……よし、今日もいい子で行こうね」
ヒロちゃんは私の額に優しくキスを落とすと、ベッドから起き上がった。
◇
登校前の身支度も、すべてはこの501号室で行われる。
私の制服や下着は、すべて501号室のクローゼットに鍵をかけて保管されている。
ヒロちゃんが鍵を開けて取り出した下着と制服を、彼自身の目の前で着用しなければならない。
「ヒロちゃん、あの……見るの、ちょっと恥ずかしい……///」
「何を言ってるの? 花恋の身体の隅々まで、俺は全部知ってるのに」
ヒロちゃんはソファーに腰掛け、私が制服に着替える姿を、満足そうな笑みを浮かべてじっと見つめている。
ブラウスのボタンを留める手がかじかむ。彼からの視線だけで、身体が熱くなっていくのが分かった。
そして、制服を着終えた私を、ヒロちゃんが手招きする。
「はい、おいで」
彼に呼ばれ、私は彼の前でスカートをめくり上げる。
ヒロちゃんは愛おしそうに私の頬を撫でながら、いつものように小さな玩具を私の下着の玩具用のポケットへ滑り込ませると、動作確認をするようにスマホから、小さな振動を与える。
ポケットによって位置を調整されたそれは私の蕾をピンポイントに刺激した。
「ひ……っ、んあ……///」
「今日も、学校で変な気を起こさないように……お守りをセットしておこうね」
耳元で甘く囁かれ、私の身体は小さく震える。
ポケットの中に入れたスマホには、彼と常時繋がっているGPSアプリ。そしてスカートの中に仕込まれた、彼だけがリモコンで操作できる「お守り」。
「学校が終わったら、どこにも寄らずにすぐ車に戻ってくること。いいね?」
「うん……わかってる……っ」
「いい子だ」
唇を重ねられ、深いキスを交わす。
口内をくまなく探られ、息が絶え絶えになったところで、ようやく解放された。
◇
「花恋〜! おはよう〜!」
校門の近くで車を降りると、後ろを歩いていた由香と美咲が手を振って駆け寄ってきた。
ヒロちゃんは運転席の窓を少し開け、優しく微笑んでいる。
「花恋をよろしくお願いしますね。何かあったらすぐ連絡してください」
「はい! 佐山さん、いつも送り迎えホント感謝です〜!」
「佐山さんってホント完璧ですよね〜!」
由香たちがはしゃぐ声を背景に、ヒロちゃんは私と視線を合わせた。
その瞳の奥にある真っ黒な光を、私だけが読み取ることができる。
『大人しくしててね』
声にならぬ圧力を受け止め、私は小さく頷いた。
ヒロちゃんの車が静かに走り去っていくのを見送りながら、私は小さく息を吐き出した。
「はぁ〜、相変わらずイケメンだし優しいし、花恋が羨ましいわー!」
「ね! 下校の時も迎えに来てくれるんでしょ? マジで愛されてるよね!」
友達の無邪気な言葉に、私は引きつった笑みを返すことしかできない。
(誰も知らない……。あの車に乗った瞬間から、私は彼の所有物に戻るんだってこと……)
教室に入り、自分の席につく。
ふと視線を感じて振り返ると、斜め後ろの席の寺島健人くんと目が合った。
彼は気まずそうに目を逸らしたけれど、どこか心配そうな、複雑な表情を浮かべていた。
あの修学旅行の日以来、寺島くんからのメッセージはヒロちゃんによってすべてブロック&削除されている。
学校内でもスマホのGPSで監視されていると思うと、私は寺島くんと話すことすらできなかった。
◇
放課後。
終礼が終わると同時に、私のスマホがブッと震えた。
ヒロちゃんからのメッセージだ。
『そろそろ終わったかな?校門の前で待ってるよ』
(早く行かなきゃ……っ)
遅れれば、またあのリモコンのスライダーが引き上げられる。
私は急いで鞄をまとめ、由香たちに「ごめん、今日ちょっと急ぎで!」と告げて教室を飛び出した。
校門を出ると、いつもの場所にヒロちゃんの車が停まっていた。
助手席のドアを開けて滑り込む。
「ただいま、ヒロちゃん……っ」
「おかえり、花恋。……遅れずに来られたね」
ヒロちゃんは満足そうに微笑むと、私のシートベルトを締めてくれた。
その際、彼の手がさりげなく私の太ももを撫で、スカートの奥へと伸びかける。
「ひ、ヒロちゃん……ここ、外……っ///」
「スモークウィンドウだから、誰も見てないよ。でも……早く帰ろうか。今日の夕飯は何が食べたい?」
「ん……和食……かな」
「よし、じゃあ一緒に作ろう。可愛いエプロンを用意したんだ……もちろん、俺の膝の上で食べるんだよ?」
そう言ってヒロちゃんはスマホのスライダーを少し上げると、アクセルを踏み込んだ。
車窓の外を流れていく街並み。
私と同世代の高校生たちが、友達と笑い合いながらファーストフード店に入っていく姿が見えた。
買い食いも、放課後の寄り道も、友達との秘密のおしゃべりも。
私にはもう、二度と手に入らない「外の世界」の光景。
お守りの振動に、意識を支配された私を乗せた車は、あの完璧な防音扉と鍵で守られた、501号室という名の「甘い檻」へと向かって走っていくのだった。




