甘い檻の始まり
自給自足用
「着いたよ、花恋」
「うん……ただいま。」
カチャリーーー。玄関の内扉の鍵がかかる。
「んっ…///」
その瞬間ーーー
スカートの中、下腹部あたりに強めの振動がかかり、思わず声が漏れる。
いきなりの感覚に膝の力が抜けたところをヒロちゃんに抱きとめられ、そのまま噛み付くような口付けをされる。
「んむ……っ、ん……あ、ふ……っ!」
息が詰まるほどの強引な口腔の侵略。唇が離れた時には、私の口角からツッと一筋の銀糸が垂れていた。
私を腕の中に閉じ込んだまま、ヒロちゃん——弘樹は、手元にあるスマホの画面からゆっくりと目を上げる。画面上のスライダーをわずかに動かしただけで、私の中に仕込まれた小さな悪魔は、容赦なく痺れるような熱と刺激を送り続けていた。
「下校の時間を少し過ぎてたね、花恋。途中で誰かと喋ってた?」
「ひ、ヒロちゃん、待っ……っ、あ……っ! 喋って、ない……っ! 由香ちゃんと美咲ちゃんが、校門の前で、立ち話……っ」
「そっか。……よし、いい子だね」
満足そうに微笑むと、彼の手が私のスカートの裾から滑り込み、太ももの内側をなぞりながら、スマホのスライダーで下腹部で震えるそれの振動を少しだけ弱めた。
途端に全身の力が抜け、私は彼の胸元にすがりつくようにへたり込んだ。
どうしてこんな事になってしまったんだろうーーー。
私の生活が変わったのは、3か月前の修学旅行から帰ってきたあとのことだった。
◇
私——青柳花恋とヒロちゃんこと佐山弘樹は、同じマンションの隣同士で育った幼馴染だ。
私たちが住んでいるのは、5階建てマンションの5階。私は502号室、ヒロちゃんは503号室。
私の両親は海外へ長期赴任中で、私のことにはほとんど無関心だった。ネグレクトとまでは言えないレベルで毎月十分な生活費の振込と家賃の支払いはしてくれていたけれど、広い部屋で一人ぼっちで過ごすのは寂しかった。
一方のヒロちゃんのお母さんは彼が小学生の頃に病死してしまった。私はほとんど記憶にないけれど、優しい笑顔は覚えている。彼のお父さんは仕事が忙しい人だったけれど、ヒロちゃんが高校生になるまでは503号室で一緒に暮らしていた。お父さんが地方へ単身赴任になったのは、ヒロちゃんが大学に入学したタイミングだ。
だからこそ、幼い頃から6歳年上のヒロちゃんは、私にとって「優しいお兄ちゃん」であり、唯一の居場所だった。
ヒロちゃんは昔から、仕事で遅いお父さんの代わりに料理を作っていた。そんな彼の手料理を私も一緒に食べ、お手伝いをするうちに、私も自然と料理が好きになっていった。
スマホを買い与えてくれたのもヒロちゃんだった。「防犯のためだからね」と言われてインストールされたGPS位置情報共有アプリも、私は当たり前だと思っていた。
ヒロちゃんは、私の「かっこよくて完璧な保護者」だった。
私が高校生になっても、私は彼に対して恋愛感情ではなく、「仲が良すぎる兄妹」のような安心感を抱いていた。
そう、あの修学旅行の計画が持ち上がるまでは。
◇
3か月前、高校2年生の9月。沖縄への修学旅行を翌週に控えた週末のことだった。
「花恋、海での自由時間に着る水着だけど……ちゃんと露出の少ないものを選んでね。それと、俺のラッシュガードを入れておくから絶対脱いじゃダメだよ?」
ヒロちゃんは出発前、何度もそう言っていた。自分が着ていたブランドもののラッシュガードを私のカバンに丁寧に畳んで入れながら、心配そうに私の頭を撫でていた。
だが、友達の美咲と由香と一緒にショッピングモールへ水着を買いに行った際、事件は起きた。
「えーっ! 花恋、なんでそんな長袖のラッシュガード着る前提なの!? もったいない!」
「そうだよ! ほら、このビキニ絶対似合うって!」
二人に押し切られる形で、私は淡いピンクのフリルがついたビキニタイプ水着を購入してしまった。
可愛いテイストではあったけれど、お腹や背中がしっかり出るデザインだ。
ヒロちゃんに怒られるのが怖かった私は、どんな水着を買ったのかをヒロちゃんには秘密にしたまま、修学旅行へと旅立った。
そして、沖縄の海。
眩しい太陽と青い海にテンションが上がった私たちは、さっそく砂浜へと繰り出した。
最初はヒロちゃんに言われた通り、彼から借りたラッシュガードを着ていたのだが——
「ちょっと花恋! 海に入るのにそんな高そうなラッシュガード濡らしたら大変じゃない!? 脱ぎなよ脱ぎな!」
美咲たちに言われ、「確かに濡らして汚したらヒロちゃんに申し訳ないかも……」と思った私は、素直にラッシュガードを脱いで砂浜に置いた。
その瞬間だった。
「……えっ!? 待って花恋、あんたスタイルヤバすぎない!?」
「うそ、脱いだら隠れ巨乳じゃん! なんで今まで隠してたのーっ!?」
美咲と由香が目を丸くして、私の胸元やお腹をツンツンと突きながらギャーギャーと騒ぎ立ててきた。
「えっ……? そうかなぁ……? ふつうだと思うんだけど……」
二人が大袈裟に騒いでいるだけで本当かなぁと半信疑になりつつも、私は首をかしげるばかりだった。
ラッシュガードを脱いだ瞬間、周りにいた男子生徒たちの視線が一斉に私に集まったのを、私はどこかのんきに「友達と遊ぶの楽しいな」くらいにしか思っていなかった。
その日の夕方、海から上がって宿に戻る途中。
クラスメイトの男子——サッカー部の寺島健人くんに呼び止められた。
女子の間でそこそこ人気が高いらしいけれど、私は彼の名前くらいしか知らなかった。
「あのさ、青柳さん。……俺と、付き合ってくれない?」
突然の告白に、私は目を丸くした。
「えっ……ご、ごめんなさい。私、そういうの今考えてなくて……」
当然、断った。私にはヒロちゃんという一番大切な人がいたし、誰かと付き合うなんて想像もできなかったからだ。
「そっか……。じゃあさ、まずは友達からでいいから! 連絡先、交換してくれない?」
健人くんに押し切られる形で、私は断りきれずメッセージアプリのIDを交換してしまった。
◇
修学旅行から帰ってきて数日後の夕方。
私はヒロちゃんの家である503号室で、ヒロちゃんと食べる予定の夕飯の準備をしていた。
トントン、と包丁で野菜を刻む音がキッチンに響く。
ガチャり、と玄関の扉が開く音が聞こえた。
「あ、ヒロちゃんお帰りなさ——」
出迎えようと振り向くより早く、帰ってきたヒロちゃんはどこか様子がおかしかった。
いつもと違い上着を脱ぐことも、着替えることもせず、そのまま後ろから私の身体を強く抱きしめてきたのだ。
「ひ、ヒロちゃん……? どうしたの……?」
急な抱擁に心臓が跳ね上がる。彼の体温と、いつもと違うひんやりとした雰囲気に息を飲むと、耳元で静かに囁かれた。
「花恋? 俺に言うこと、ない??」
「え? ……お土産、嫌いなお菓子だった……とか……?」
明らかな違和感に戸惑いながらも、私には思い当たる節がなく、見当違いな返答しかできなかった。
「スマホに連絡、来てるんじゃない??」
そう言うと、ヒロちゃんは私の着ているエプロンの下——スカートのポケットから、躊躇なく私のスマホを取り出した。
ロックを解除したヒロちゃんの指先が、メッセージアプリを開く。
画面に表示された友達とのグループチャットには、修学旅行の海で撮った写真が次々と共有されていた。
そこには、ラッシュガードを脱ぎ、ピンクのビキニ姿で友達に茶化されて恥ずかしそうに笑っている私の姿。
そして、冷やかし混じりのメッセージ。
『ていうか花恋! 寺島くんに告白された件、どうなったの〜!?』
『教えて教えて! 連絡先交換してたよね!?』
さらには、少しの時差を置いて届いた寺島くんからの個別メッセージ。
『今日はお疲れ様! 修学旅行楽しかったね。今度二人で遊びに行かない?』
心臓がドキン、と跳ね上がり、息が止まった。
(やばい……っ、ラッシュガード脱いでたのバレちゃう……それに寺島くんと連絡先交換したことも……っ)
慌てる私をよそに、背後からひんやりとした静かな声が降ってくる。
「……ラッシュガード、脱がないでって言ったよね?」
「あ、あのね! これは、ヒロちゃんの服を濡らしちゃダメだと思って……っ」
「それに、この男……誰?」
いつも優しく細められているヒロちゃんの瞳から完全に光が消え、底知れない真っ暗な闇が宿っていた。
「違うの! 告白は断ったんだよ!? 連絡先も、断りきれなくて……っ」
「嘘をつく口だね。……僕がプレゼントしたスマホだよ? 僕の知らないところで花恋が傷つかないように、転送設定くらいしておくのは当たり前だろう?」
ヒロちゃんは自分のポケットから自分のスマホを取り出して画面を見せる。
そこには今私のスマホに表示されているのと同じ画面がリアルタイムで映し出されていた。
「え……? なんで……っ」
「駄目じゃないか、花恋。俺以外の男にそんな姿を見せて……俺以外の男と勝手に連絡を取り合って……」
「ヒロちゃん、待って……っ!」
「大人しく俺の言うことを聞いていればいいのに。……お仕置きが必要だね」
ヒロちゃんは私の腕を強く掴んだ。力任せではなく、絶対に逃げられない確実な強さで。
「ヒロちゃん……痛い……!」
彼は何も言わず、私を503号室の外へ連れ出した。
廊下を歩き、突き当たりの501号室の前で足を止める。
501号室。最上階の角部屋。
長いこと空き部屋で、少し前には業者が出入りしていた。
チャリ、と彼がポケットから出した鍵を差し込む。
何故か開いた住人がいないはずの部屋の玄関を開けると、そこにはもう一つ、防音扉が存在していた。
内側の扉の鍵穴に、特殊な形の鍵が差し込まれ、扉が開くと私たちの家とは全然雰囲気の違う空間が広がっていた。
「ヒロちゃん……ここ、なに……?」
恐怖で震える私を、ヒロちゃんは抵抗する隙も与えず、501号室の中へと引きずり込んだ。
バタン! と大きな音を立てて二重ドアが閉まり、二重の鍵が下りる。
カチャリ、カチャリ。
外の世界と私を隔てる、絶望的な金属音が静まり返った室内へと響き渡った。
そして私はそのままベッドルームの大きなベッドに押し倒され、ヘッドボードから伸びた手枷を繋がれ泣きながら抵抗を許されず、優しくも冷酷なヒロちゃんを受け入れた。
◇
——それが、3か月前のあの日の出来事。
思い返している間にも、下腹部に与えられる微かな振動が、私の思考を現実へと引き戻す。
「ふふ、俺といるとのに何か気になってるの? 花恋」
501号室の広いリビング。
あの日以来、私の生活はすべてこの部屋を中心に回るようになった。
私の衣服など私物はこちらの部屋の鍵付きクローゼットに移動させられ、ヒロちゃんの許可無しには取り出せない。
食器などは新しく揃えられていた。
今、私たちの「本当の家」は、完璧な防音の二重扉で守られた、この501号室なのだ。
ヒロちゃんは私の制服のボタンをひとつずつ外し、ブレザーとブラウスを脱がせていく。
ヒロちゃんがリフォームした501号室のベランダは、広大なスペースに外から絶対に見えないよう目隠しの囲いと屋根が取り付けられ、まるで高級旅館のような露天風呂へと改造されていた。
併設されているガラス張りのシャワールームで、彼の手が私の身体を隅々まで丁寧に洗っていく。
「ん……ぁっ、ヒロちゃん……そこ、自分で洗える……っ」
「ダメだよ。花恋の身体は、俺が綺麗にしてあげるんだから。……ん、今日も綺麗だね」
彼の手によって朝仕込まれ、快楽の蜜で濡れて怪しく光る玩具が取り外され、丁寧に清められる。
夜風が心地いいベランダの露天風呂に移動して、ヒロちゃんと一緒に入る。
湯船の中で、熱いお湯と彼の手つきに溶かされながら、私の身体は彼の望むままに甘い熱へと沈んでいく。
清められた私の身体に、彼が用意した「部屋着」が着せられる。
「はい、今日のお洋服だよ」
渡されたのは、繊細なレースで飾られた薄桃色のベビードール。
胸元は薄いリボンひとつで結ばれているだけで、少し引っ張れば簡単に解けてしまうようなものだ。そして、その上から羽織るための、前が閉まらない薄手のカーディガン。
軟禁される前、私の洋服や下着はすべてヒロちゃんが買い与えてくれていた。
私の好みとも一致するテイストも、下着のサイズがピッタリだったことも、私は違和感なく当たり前だと思っていたけれど……501号室での部屋着として指定されたのは、彼の歪んだフェティシズムが剥き出しになったベビードールだった。
「ヒロちゃん……これ、胸元すぐ解けちゃうよ……っ」
「いいんだよ。僕の前では、いつでも一番可愛い格好でいてほしいんだ」
ヒロちゃんは愛おしそうに私の頬を撫で、ベビードールのリボンに指をかけた。
軽く引くだけで、リボンがするりと解け、私の胸元が露わになる。
「あっ……///」
「ほら、可愛い。やっぱり花恋には、僕が選んだ服が一番似合うよ」
彼はそのまま私を横抱きにし、リビングの大きなソファへと運んだ。
この501号室には、厳しいルールが存在する。
『食事は弘樹の膝の上で行うこと』
『入浴と睡眠は必ず一緒に行うこと』
ヒロちゃんはソファに腰掛け、私を自分の膝の上に抱っこするように座らせた。
テーブルの上には、彼が作ったパスタとスープが並べられている。
「はい、花恋。口開けて? あーん」
「ん……っ、自分で、食べるよ……あっ」
「ダメだよ。僕があげるの。ほら、あーん」
パスタを口元に寄せられ、私は逆らうことができずに小さく口を開けた。
一口食べるたびに、ヒロちゃんは「美味しい?」「えらいね」と頭を撫でてくれる。
まるで、幼い子供を甘やかすような、あるいはペットを可愛がるような手つき。
そして、合間に私の内腿や胸元の突起を弄ぶ。
この温もりの裏には、「お前を絶対に手放さない」という狂気的な執着が潜んでいるのだ。
週末は、金曜の夜から日曜日まで、ベビードール姿のままベッドルームからほとんど出してもらえない。
平日であっても、ヒロちゃんの仕事の都合や気分次第で、週に1〜2回は朝まで激しく求められる。
「花恋……愛してるよ。君は俺だけのものだ……」
食事を終え、リビングでの時間が終われば、ベッドの中で彼に強く抱きしめられながら、私は彼の胸に顔を埋めた。
今のところ学校に行くことだけは、「社会性を失わせないため」「周りに不審に思われないため」なのか許されている。
友達の美咲や由香は、毎朝車で送り迎えをしてくれるヒロちゃんを見て「完璧なスパダリ」だと羨ましがっているけれど……。
(誰も、知らない……)
私がこの豪華な密室で、外には出られない服を着せられ、彼なしでは生きていけない甘い地獄に閉じ込められていることを。
ヒロちゃんの腕の力が増し、私は彼の体温を感じながら静かに目を閉じた。




