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紅葉便り  作者: mamio
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第5話 「まだ好きだった」

1


出勤四日目。

まだ任されるのは、補助的な仕事ばかりだ。

それでも、高瀬さんが残した手順の範囲なら、ECサイトの不具合には自分で対応できる。

小さくても、それは昨日までになかったことだった。


「おはようございます」


声に出してあいさつをしてから、自分のデスクに腰を下ろす。

パソコンの電源を入れ、引き出しから、もう端が少しよれてきたメモ帳を取り出した。


コピー機の前にいた津村さんが、トレーを片づけながら席に戻ってくる。


「くれはさん、これ」


差し出された紙を受け取る。


『雑貨商品の登録概要』


太字のタイトルの下には、新入荷商品のデータ登録と、ECサイト掲載用の紹介文作成とある。


「今日は、これお願いしてもいい?」


紙を一通りなぞるように目で追ってから、顔を上げる。


「わかりました」


今の自分には、迷ったら素直に聞いていいという逃げ場がある。

そう思ったところで、津村さんも同じことを口にする。


「わからなかったら、すぐ聞いてね」

「最初は時間かかって当然だし、気負わないで大丈夫」


「はい」


返事はきちんとできた。

けれど、緊張していないかと問われれば、嘘になる。


前職では、こうしてあらかじめ気持ちにクッションを用意してもらうことなどほとんどなかった。


一度教えたよね。

それくらい、自分で判断して。


あのときの言葉と、冷えた空気を思い出す。

それ以来、細かくメモを取る癖がついた。

同じことを何度も聞くのは、悪いことだと刷り込まれている。


「任せる」という言葉は、本来は信頼の証なのだろう。

けれど私にはまだ、背中にそっと重さを乗せられたような、そんな怖さも一緒についてくる。



2


商品の登録作業自体は、それほど難しくない。

商品ごとに割り振られた番号を、決められた場所に入力していけばいい。


本当に厄介なのは、紹介文のほうだ。

しかも「短く」「わかりやすく」と条件までついてくる。


手元にある商品情報は、素材や用途、サイズ、カラーバリエーションだけ。

それだけを入力して終わらせてしまっていいのか、少し迷う。


写真で見る限りでは、どこに置いても部屋になじみそうな、小ぶりの小物入れだ。

実際の雰囲気 をつかむためにも、一度 現物 を見ておいたほうがいいのかもしれない。


新入荷の商品は、大テーブルのそばに積まれたダンボール箱の中にある。

その場所は、朝のうちに一度確認しておいた。


そこからひとつ、小さな木製の小物入れを選び、デスクにそっと置く。


『アクセサリーや鍵など、なくしやすい小物をまとめておける、手のひらサイズのトレイ』


紹介文は、このくらいの言い方で伝わるだろうかと、画面と実物を見比べる。


手のひらにのせてみると、自分用にひとつ欲しくなるような、素直に「かわいい」と思える形をしている。


ダンボール箱の中には、暮らしの中で使いたくなるような小物がまだたくさん眠っている。

次から次へと取り出しては、質感を確かめるように指先でなでてみる。


自分なら、これは何を入れるだろう。

どの部屋の、どんな場所に置くだろう。


「このスマホスタンド、可愛い」


誰に聞かせるでもない声が、ぽつりとこぼれた。


『小さなオブジェのようなスマホスタンド。写真やメモを置いても』


そういえば、前はこういう雑貨を見るのが好きだった。

買わなくても、見ているだけで気分が少し明るくなった。


あの人と別れてからは、その楽しさまで一緒に手放していたのだと、今さらながら気づく。



3


入力を進めていると、ひとつ、引っかかることが出てきた。


素材表記が、資料ごとに少し違う。

写真の商品と、番号もうまく一致していない。

色名も、「ブラウン」と「ナチュラル」で統一されていなかった。


少し考えれば、自分で決めて進められそうな、小さな疑問ばかりだ。


椅子から腰を浮かせて、津村さんの方を見る。


電話の受話器を肩と頬で挟みながら、パソコンに何かを打ち込んでいる。

ほかの社員も、それぞれの画面に向かっていて、声をかけるタイミングが見つからない。


これくらい、自分で判断した方がいいのだろうか。


聞きすぎれば、頼りないと思われる気がする。

けれど、勝手に決めて間違えれば、誰かに迷惑をかける。


確認の言葉を飲み込んで、もう一度、画面と資料を見比べた。


そのまま、時間だけが過ぎていく。


やがて電話を終えた津村さんが、席に戻ってきた。


「あれ、止まってる?」


肩越しに画面をのぞき込まれて、心臓が小さく跳ねる。


「すみません。ここの表記が、資料によって違っていて……」


該当箇所を指しながら説明すると、津村さんは画面と資料を交互に見た。


「ああ、それ、こっちの資料が古いの」


拍子抜けするほど、あっさりした声だった。


「気づいてくれてよかった」

「勝手に合わせられる方が困るから、迷ったら聞いてね」


「はい」


自分で考えることと、勝手に決めることは違う。


ここではまだ、どこまで自分で判断していいのか、その境目を知らない。


だから今は、迷ったら聞いていい。

確認することも、この職場では仕事の一部なのだ。



4


今日登録した商品ページを、退勤前にもう一度見直した。

自分が書いた紹介文が、画面いっぱいに並んでいる。


朝はまっさらだった場所を、自分の言葉が埋めている。

ほんの些細なことなのに、なんだか嬉しい。


机の上に広げていた新入荷の商品を、一つずつ元の箱にそっと戻した。



「おつかれさま。今日はどうだった?」


津村さんが、私のデスクまで歩いてくる。

どうだったかと聞かれて、少しだけ考える。


「思っていたより、楽しかったです」


仕事そのものが楽しかった、というわけではない。


「商品を見ているのが、楽しかったですね」


「よかった。くれはさん、雑貨好きそうだもんね」


前は好きでした、と言いかけて、ことばを飲み込む。


「……今も、たぶん好きです」



5


退勤時間の五分後には、もうビルの外に出ていた。


駅へ向かう途中に雑貨屋が一軒あることは、前から知っていた。

けれど、これまで一度も入ったことはない。


ショーウィンドウには、木製のトレイや小さな一輪挿し、マグカップに、秋色のハンカチ。

いろんなものが並んでいて、どれも少しずつ気になった。


会社で見た新入荷の商品と、どこか雰囲気が似ている。

通り過ぎかけて、足を止めた。


特に買いたいものがあるわけではない。

眺めるくらいなら、構わないだろう。


少しだけ、中をのぞいてみようと思った。



思っていたより店内は狭くて、驚くほど静かだった。


紙と布がまじり合ったような匂いがする。

壁際の棚と中央の棚に、いろんな商品が並んでいた。


ガラスの一輪挿し、葉っぱの形をした豆皿、木製のアクセサリートレイ。


『窓辺や棚の隅にも置きやすい、小ぶりな一輪挿し』

『食卓に季節を添える、葉っぱの形の豆皿――』


思わず、ふっと笑いがこぼれる。


「……仕事みたい」


ここまで来て、商品の紹介文を考えている自分にあきれてしまう。

今日一日、ずっと紹介文のことばかり考えていたせいかもしれない。


違う。そうじゃない。

今は、売るために見ているわけじゃない。


反対側の細い通路の奥で、ペアのマグカップを見つけた。


彼と別れてからは、ペアで使うものは、なるべく見ないようにしてきた。


それでも今日は、棚からそっと手に取る。


誰かと一緒に使うつもりはないけれど、ふたつそろっていると、それだけでかわいい気がする。

このカップは、二つ並べると一枚の絵になるようにデザインされていた。


いいなあ、これ。


でも、うちにはマグカップがすでに三つある。

軽く首を振って、棚に戻した。


店内を一周するように歩いていくと、お花の形をした小さなトレイが目にとまった。

木製で、中心と五つの花びらにあたる部分が、丸く削られて六つの部屋に分かれている。


手のひらにすっぽり収まる大きさで、どこにでも置けそうだ。


「かわいい」


小さく声が漏れた。


その気配に気づいたのか、店員さんがそっと近づいてくる。


「かわいいでしょう? ピアスとか指輪とか、クリップとか、すぐどこかにいっちゃいそうなものにいいですよ」


「ああ、なるほど。クリップ……」


口の中で繰り返してみてから、顔を上げる。


「これにします」


店員さんのほうを見て、はっきりと言った。


「プレゼントですか?」


「いえ。自分用です」



雑貨屋を出ると、外はもう暗かった。


小さな紙袋が、歩くたびに手の中で揺れる。


家に帰ったら、どこに置こう。

鍵を置くのもいいし、机の上でクリップを分けてもいい。


そんなことを考えている自分に気づいて、また少し笑った。



6


家に帰って、さっそくトレイを机の上に置いた。


鍵と外したピアスを入れよう。

そう思っていたのに、目についたのは、机の隅に散らばっていたクリップと安全ピンだった。


いいじゃん、これ。


お風呂と食事をざっと済ませて、いつものようにパソコンの前に座る。


パソコンが立ち上がると、すぐにゲームにログインした。


今日も、Kzさんはログインしていた。


すぐに、向こうからチャットが飛んでくる。


Kz:今日は遅かったね


るびぃ:寄り道してた


Kz:珍しい


るびぃ:そう?


Kz:ここ数日は早かったから


私がログインする時間を覚えていたみたいだ。


Kz:どこに寄り道?


るびぃ:雑貨屋さん


Kz:何か買ったの?


るびぃ:うん。小さいトレイ


Kz:何入れるの?


るびぃ:まだ、ちゃんと決めてないの


Kz:決めずに買ったんだ


るびぃ:なんか、かわいかった


Kz:気に入ったなら、それでいいね


るびぃ:前は、雑貨を見るのが好きだったけど

るびぃ:最近、あまり見てなくて


Kz:今日は見た


るびぃ:うん


Kz:じゃあ、また見ればいい


私には、少しだけ勇気のいる寄り道だった。


好きなら、また見ればいい。

それだけのことだろう。


るびぃ:ふたりで使うものを見るのが、なんだか嫌で


Kz:今日、見かけたの?


るびぃ:うん。ペアのマグカップ


Kz:買ったの?


るびぃ:買ってない


Kz:嫌だったの?


るびぃ:んーん。家に三つもあるから


少し間があいた。


Kz:それなら買わなくて正解


「ふふ」


少し、笑いが漏れた。


Kz:今日はなにする?


るびぃ:日課だけ

るびぃ:あなたはもう終わってる?


Kz:まだ


るびぃ:珍しい


Kz:素材集めてた

Kz:ちょっといい武器作る


るびぃ:日課、先に行っててもよかったのに


Kz:ひとりで行くのつまんないだろ


るびぃ:じゃ、行こ


Kzから、パーティ申請のポップアップが入ってきた。



雑貨屋に寄ったとか、何を買ったとか。

そんなことはどうでもいい話だ。


それを、Kzさんには今日の出来事みたいに話している。


三十分ほど一緒に遊んで、ログアウトする。


机の上のトレイには、お風呂の前に外したピアスと、

さっき拾い集めたクリップと安全ピン。


まだ、空いている部屋が三つ残っている。


明日になれば、また何か増えるかもしれない。

今は、このくらいでちょうどいいと思った。




紅葉便り 第5話 「まだ好きだった」 おわり




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