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紅葉便り  作者: mamio
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14/15

第14話 「Xday」

1


元住吉駅から電車に乗った。

武蔵小杉まで、一駅だ。

二分もかかっていない。


昨日の仕事帰りは、ここで降りた。

これまでも、一駅手前で降車して遠回りで帰ることはあった。

小杉で降りても、元住吉で降りても家までの距離はそう変わらない。

どちらかと言えば、元住吉のほうが近い。

それだけだ。


仕事の訪問先へ直行するときは、路線の多い武蔵小杉から電車に乗ることもある。


宮原さんは、今日もこの駅から電車に乗るのだろう。

同じ電車に乗っていても、朝の通勤時間に出会えることは少ない。

何しろ、武蔵小杉は人気のベッドタウンで人が多い。


昨日は、本当に偶然だった。


いつになく、彼女はよくしゃべった。

そんなに頻繁に会うわけではないが、自分の中ではよくしゃべる人と言う印象はなかった。

仕事以外では、明るくいろいろ話す人なのかもしれない。

偶然でいいから、また会えるといいと少し期待した。


今度会ったら、あの行列の長いラーメン屋に誘ってみてもいいかもしれない。


そこまで考えて、何を考えているんだと思った。

宮原さんとは、そんな間柄ではない。

仕事で俺が担当する会社の社員だというだけだ。


けれど、何度か偶然が重なり、ラッスルへ行く機会が増えるようなことがあれば、何かが始まる可能性は捨てきれない。

実際に、俺自身が彼女を気にしているのだから。


けれど、それ以上に、昨夜るびぃが打った言葉が頭から離れなかった。

それは、自分の中にあった気持ちまで言葉にしたようだった。


「もう、少し思ってる」


俺だって会いたい。

だからこそ、曖昧な返事になった。


「いつかは」


会いたいから会う。

それだけなら簡単だ。

問題は、そのあとだった。


会ってみて、ふたりとも思っていた相手とは違ったと感じる。

残念だが、あり得る話だ。

二年間の関係が変わったとしても、それなら少なくとも、二人の答えは同じになる。


怖いのは、気持ちに差が出ることだった。


顔も声も知れば、今よりもっと近くにいたいと思うかもしれない。

けれど、彼女にとっては仮想空間の文字だけのKzのままがよかったかもしれない。


逆もあり得る。

るびぃだけが近づきたいと思い、自分が違うと感じるかもしれない。

自分が彼女を傷つける側になる方が、もっと怖かった。


二年前から知っていて、この一年で会話が増え、ここ数か月は毎日のように一緒にいた。

関係を壊したくないと思ってきた相手を、自分の方から傷つけるかもしれない。


どちらの場合も、これまでのように毎日一緒に遊ぶ関係へは戻れないかもしれない。

だから、会うのが怖かった。


でもこのまま、るびぃと会うことなくゲームの中で気持ちだけを膨らませていても、現実の時間は待ってくれない。

どちらかに恋人ができれば、顔も声も知らない関係は、そのまま終わるだろう。

「いつか」と言い続けているうちに、その「いつか」を選べなくなる。

このままでは、自分自身の身の振り方さえ見失いそうだった。


結果がどうなっても今、失いたくないのはるびぃだった。


もしも、るびぃとの関係が壊れたからと言って、今度は宮原さんか?

それだって、失礼な話だ。

宮原さんとの可能性は考えるべきではないと思う。

これ以上は。


宮原さんは、仕事で担当している会社の社員だ。


次に顔を合わせるときからは、それ以上でも、それ以下でもない相手として接する。

そうしないと、自分自身が納得できないと思った。



2


夜、帰宅して、いつもの時間にゲームにログインした。


昨日Kzさんが言った「いつかは」が、いつまでも心のどこかに引っかかっていた。


すでにログインしていたKzさんに、チャットを送る。


るびぃ:お疲れ様です


毎日のルーティンになっている「日課」を終わらせて、彼の家に戻った。


寒くなったとか、道が混んでいたとかそんな話をして、ちょっと間があいたときに彼が言った。


Kz:昨日の話なんだけど


るびぃ:あ、声で?VCのこと?


Kz:いや、いつかはってやつ

Kz:曖昧な言い方をしたと思って


るびぃ:うん


Kz:会いたくないわけじゃない

Kz:むしろ会いたい


会いたいと思っていたのは、自分だけではなかったことにほっとする。

昨日言ってくれれば、よかったのに。

けれど、その言葉を聞いた途端、会うことが急に現実になった気がした。


るびぃ:じゃあ、どうして「いつか」だったの?


Kz:会ったら

Kz:今まで通りでは、いられなくなるかもしれない。


彼は、実際に会えば、思っていた人とは違うと感じることもあるだろうと言った。


るびぃ:会って、ふたりともが違うと思ったら

るびぃ:それは仕方ないよね


Kz:それならね


るびぃ:それなら?


Kz:片方だけの気持ちが大きくなったら?


るびぃ:もう片方は違うと思ったら?


Kz:うん


るびぃ:それは怖い


Kz:俺もそれが一番怖い


るびぃ:今までみたいには戻れないかもしれないね


Kz:戻れないと思う


るびぃ:それでも?


Kz:それでも、会いたい


るびぃ:私も


会うことに迷っているのではない。

怖いだけだ。

それでも、会いたかった。


Kz:次の土曜日は予定ある?


るびぃ:なにも


Kz:じゃあ、会おう


るびぃ:うん


Kz:渋谷は?


るびぃ:行けるよ


Kz:じゃあ、ハチ公前

Kz:時間は二時でいい?


るびぃ:うん


Kz:じゃあ、次の土曜の二時

Kz:ハチ公前で


るびぃ:すごい人じゃない?


Kz:知らない男と初めて会うなら

Kz:人が多い方が安心でしょ


るびぃ:そうだけど

るびぃ:見つけられるかな


Kz:当日LINEする


るびぃ:うん


Kz:声、先に聞く?


るびぃ:会うって決めたのに

るびぃ:そこでまた迷いそう


Kz:写真は?


るびぃ:送らない


Kz:即答w


るびぃ:そっちは?


Kz:送らないww


ちょっと、沈みそうな話もしたけれど、やっぱり彼と話すのは楽しい。

ずっと話していても、黙っていても、ゲームの中なのに、そばにいる気がして安心していられた。


会って、普通に話せる人ならそれでいいんだけどな。

でも、普通の基準ってなんだっけ?


Kzさんは、「ちょっと待ってて」と言ったあと、LINE IDを教えてくれた。

こちらから「TEST」と送ってLINEが繋がる。


表示名はKzだった。

そのまま。


Kz:Kzです。


るびぃ:知ってるよww

るびぃ:LINEもKzなんだ


Kz:大学の頃からこれ

Kz:だいたいみんなKzでわかるし

Kz:変えるタイミングなくて、そのまま


るびぃ:長いねw


Kz:そっちも、るびぃなんだ


るびぃ:うん

るびぃ:別のゲームでも、だいたいずっとこれ

るびぃ:ゲームではRubbieだったり、ルビーだったりするけど


Kz:表記が違うだけw


るびぃ:そうw


二年間、ゲームの中にしかいなかった人が、スマホの中にもいた。

ゲーム以外の場所にも、彼とつながる糸が一本増えた。

この糸が、太くなっていくのか、細くなって切れるのかは、まだわからない。


Kz:じゃあ、次の土曜日

Kz:ちゃんと行くから


るびぃ:私も行く




ゲームをログアウトして、LINEに追加された「Kz」の名前を見る。


本当に彼と会うことになった。

ゲームの中だけの人が、土曜日には現実の人になる。


昨日の仕事帰りに会った高瀬さんを思い出す。


また、偶然でも会えたらいいのにと思っていた。

帰るまでの時間が短いとも感じた。

あの人の言動が仕事の一環だったのか、私に向けられたものだったのか。

とても気になっていた。

もしも何かに誘われるようなことがあれば、断れるかどうかもわからなかった。


だけど、もうこの気持ちの先を追ってはいけない。


自分の中で勝手に始まっただけの話だ。

なら、その先へ進まないことも、自分で決められる。


高瀬さんに対する感情は、素直な私の気持ちだった。

間違いだったとは思わない。


でも、失いたくないのはKzさんだった。


その結果、Kzさんを失うことになったとしても、高瀬さんを次の可能性として残しておくつもりはなかった。

そうでなければ、Kzさんに会うと決めたことに、保険をかけることになる気がした。


画面には、待ち合わせの時間と場所が残っていた。


昨日まで形のなかった「いつか」が、次の土曜日になった。


私はその日を選ぶ代わりに、もうひとつの未来を、自分から追わないことにした。




紅葉便り 第14話 「Xday」おわり



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