表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅葉便り  作者: mamio
PR
13/15

第13話 「知らない声」

1


繁華街にある会社のビルを出ると、外はもう暗くなっていた。

けれど、夜の闇はここではあまり力を持っていない。

通りに並ぶ店の看板が、これでもかというほど明るく光っていて、人の流れも絶えない。

駅まで十分ほど歩くだけでも、かえって暗い場所を探すほうが難しいくらいだ。


いつの間にか、ずいぶん寒くなった。

葉の残っている街路樹は、もう数えるほどしかない。

それでも、薄手のジャケットで何とかやり過ごせる。


急ぐ理由はないのに、早足に駅へ向かう

けれど、寄り道する理由も、どこにもない。


ホームに着いた電車は混んでいて、やっぱり座れなかった。

どうせ二十分もかからない。

立ったまま揺られていれば、あっという間だ。


ポケットからスマホを出して、指先でゲームの公式アプリを開く。

通知の一覧に、Kzさんからのメッセージはない。

画面を見つめて、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

きっと今日も、いつもの時間にログインするつもりなのだろう。

そう思うと、帰り道のこの退屈な時間も過ごしやすくなる。


電車の扉が開き、人が吐き出されるようにホームへあふれ出していく。

私もその流れに合わせて、改札口へ向かった。


自動改札を出たところで、後ろから声を掛けられる。


「宮原さん?」


振り返る。


「高瀬さん」


思わず名前が口をついて出た。


「え、なんで?」


駅で声を掛けられるのは初めてで、少し驚いた。

それに、高瀬さんの降りる駅は、もうひとつ先のはずだ。


「ああ、たまにね、歩くんですよ」

「ひと駅分」


「ウォーキング?」


「そんな感じ」


ネクタイを指でゆるめながら、苦笑いする。


そのままの流れで、私たちは並んで歩き出した。


「今くらいは、気候もいいし」

「夏みたいに汗だくにもならないし、冬ほどつらくもないし」


「歩いてるうちに、ちょうどよくなりそうですね」


私がそう返すと、高瀬さんは「そうそう」と相づちを打った。


「宮原さんは、どっちですか?」


駅前のロータリーに出たところで、どの道を行くのか尋ねられる。


「こっちです」


私は、右側の通りを指さした。

チェーンのカフェと、コンビニの明かりが並んでいるほうだ。


「じゃあ、途中まで一緒だ」


高瀬さんもこちらに顔を向け、歩調を合わせてくる。


最初は私のほうが少し速足で歩いていたのに、今はいつものペースに戻っている。


私に合わせてくれているんだと思った。


「このカフェ、よく行きます?」


「たまに。朝、余裕があるときだけですけど」


「いいですね。自分はギリギリまで寝ちゃう派なんで、こういう店には『行ってみたいなあ』って思ってるだけで」


「でも、帰りはひと駅歩く余裕があるんですね」


少し意地悪を言ってみると、高瀬さんは「あ、それはその……」と笑った。


「帰りは、すぐ電車に乗りたくないんですよ。ささやかな抵抗です」


「何への抵抗ですか?」


「なんとなく、家に着いたら一日が終わっちゃう気がして。だから、ちょっとだけ遠回りしてる感じです」


「それで、ひと駅分歩いてるんですね」


「健康診断も気にしてますから」


そんな会話をしているうちに、駅前の人混みは少しずつ薄くなっていく。



「この先の角に、ラーメン屋があるの知ってます?」

「いつも行列できてるとこ」


「ああ、あそこ。前を通るだけで、お腹いっぱいになります」


「わかります。すごいですよね、スープの匂い」


「遅い時間でも並んでるから、ちょっと入りづらくて」


「自分もです。ひとりで並ぶ勇気がなくて、結局コンビニで済ませちゃう」


「コンビニは強いですよね」


「なんでもありますからね」


コンビニの自動ドアが開くたびに、店内の明かりと、揚げ物の匂いが外にこぼれる。

ふたりでそれを横目に見ながら、同じ方向へ歩いていく。


家の方角と、途中にある店の話だけで続いている会話なのに、

駅を出たときよりも、夜の冷たい空気が少しやわらいだように感じた。


広い道路まで出ると、彼とはここから先、行く道が違うのだとわかった。


「あ、私は、こっちなので」


そう言って、私は立ち止まる。

彼もまた、その場で足を止めた。


「じゃあ、ここで」


「はい。おつかれさまです」


「おつかれさまです」


それだけ交わして、私たちは別れた。


高瀬さんの後ろ姿が遠ざかるのを、私はしばらくその場で見送っていた。


ここまで来れば、アパートはもうすぐそこだ。

いつも歩く駅からの道が、今日はひどく短く感じられた。



◆◆◆


宮原さんと別れたあと、自然と歩く速度が上がっていた。


さっきまで、彼女に合わせて歩いていたことに、今ごろになって気づく。


仕事で会う彼女とは、少し違った。

前に、電車の遅延でふたりでカフェで時間をつぶしたときも、今日ほどは話さなかった。


仕事以外の、何気ない雑談で会話が途切れなかったのは、家が近いからかもしれない。

同じ店を知っていたり、同じような景色を見ていたりするからか。


大通り手前の分かれ道までがやけに早く感じたのは、俺だけだったんだろうか。


今から帰れば、いつもの時間にゲームにログインできる。


駅で知っている女性に会った。

ただそれだけのことだ。

その程度の話を、わざわざるびぃに伝えたところで、やっぱりそれだけのことだ。


ログインしても、この話はしないだろう。


そう思ったとき、なぜ先にそんなことを決めたのか、自分でもわからなかった。



2


お風呂を上がると、少し冷えた気がしてカーディガンを羽織った。

髪もしっかり乾かしてから、私はパソコンの電源を入れる。


デスクの前に腰を下ろし、ゲームのログイン画面を見つめる。

そこでふと、駅から一緒に歩いた人のことを思い出した。


今日みたいな出来事なら、Kzさんに話すこともある。

でも、今日は少し違った。


隠すほどのことではない。

実際、声を掛けられたときは、思いがけない人だったから驚いた。

けれど、わざわざ言うほどのことでもない気がした。


それに、少しでも気になった人のことをKzさんに話して、何になるのだろう。


そんなことを考えながらも、手は無意識にゲームのIDとパスワードを入力していた。


高瀬さんのことがふと頭をよぎるたび、胸の奥に小さな引っかかりが残った。


見上げないと目を合わせられない高瀬さん。

落ち着きのある声。


私は「こんばんは」と打ち込んで、リターンキーを押した。




ふたりで日課をこなして、街へ戻る。

いつもの流れに戻っていくはずなのに、さっき駅で交わしたやり取りだけが、違う温度で残っていた。


私たちのこの関係はいつまで続くのだろう。

このまま、いつか何も変わらないまま終わってしまうのだろうか。

顔も、声も知らないままに。


街から戻って、何をするでもなく、彼の家の中で座っていた。


るびぃ:ちょっと、思ったんだけど


Kz:ん?


るびぃ:私たち声も知らないよね


Kz:今更?


るびぃ:そだね、今更だよね

るびぃ:チームの人でVCしてる人がいるから

るびぃ:そういえば、声も知らないんだなって


Kz:まぁ、そうだね


るびぃ:私の声、聞いてみたいと思う?


Kz:思うよ

Kz:そっちは?


るびぃ:私も

るびぃ:前より、もっと


Kz:なんで前より?


るびぃ:あまりに、知らないことが多いなって


Kz:二年も一緒にいるのに?


るびぃ:二年も一緒にいるから

るびぃ:最初の頃からなら、もっと簡単だったかも


Kz:今は、難しいの?


るびぃ:変わるのが怖い


Kz:悪いほうに?


るびぃ:それもある

るびぃ:でも、知らないままでいることも

るびぃ:怖い


Kz:このままじゃ駄目ってこと?


るびぃ:駄目というより

るびぃ:このままでは、いつか続けられなくなる気がする


Kz:じゃあ、今からVCする?


るびぃ:今?


Kz:いや……今は無理


るびぃ:自分から言ったんじゃないw


Kz:心の準備がw


るびぃ:私も


Kz:聞いたら、今までと違って感じるかもしれない


るびぃ:うん


Kz:想像してたのと全然違うかも


るびぃ:Kzさん、どんな声だと思ってるの?


Kz:言わない


るびぃ:なんでw


Kz:外れたら気まずいから


るびぃ:私も言わないでおくw


Kz:でも、いつかは聞きたい


るびぃ:うん

るびぃ:私も


Kz:声を聞いたら

Kz:次は会ってみたいと思うかもね


返事を打とうとして、指が止まった。



るびぃ:もう、少し思ってる

るびぃ:あなたは?


Kz:いつかは


その「いつか」は本当に来るのだろうか。

永遠に来ないかもしれなのに。




紅葉便り 第13話 「知らない声」 おわり



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ