第11話 「見えない時間」
1
初出社から二週目が終わろうとしている。
この五日間は、長く感じた。
きっと、高瀬さんのせいだ。
私は、彼のことが気になっている。
夜、ゲームにログインしてKzさんがいないと、寂しい。
それなのに昼間は、高瀬さんのことを考えてしまう。
なんだか、不純な気がする。
だから昨日は、わざと距離をとってしまった。
私だけが一歩近づいたところで、相手にそんな気はないと思う。
誰にでも、愛想よく接しているだけ。
きっとそれが、彼のコミュニケーション術なのだろう。
毎日会う人じゃない。
外部の人なのだから、用事がなければ来ない。
会いたいと思ったところで、自分から呼ぶ用事もない。
それに、彼に恋人がいないと聞いたわけでもない。
気にするのはやめようと思っても、ドアの開閉音がそれを許してくれない。
このまま、彼と会う機会が減っていけば、いずれは気にすることもなくなるのだろうか。
2
帰宅して、いつもの時間にゲームへログインした。
時間を決めているわけではない。
食事をして、入浴をして、パソコンデスクに座る頃には、だいたいいつも同じような時刻になっている。
フレンドリストを開いても、Kzさんはオフラインだった。
今日は、遅いのかもしれない。
「忙しいのかな……」
彼がいないと、どこへ行っても淡々と作業をしているだけになる。
倉庫整理は、先日終わらせた。
何度フレンドリストを開いたって、いないものはいない。
一時間ほど、手荷物を売ったり捨てたりして過ごした。
日課のデイリークエストには、まだ手をつけていない。
Kzさんが来たら、一緒にやるつもりだった。
やがて、フレンドリストにKzさんの名前が現れた。
やっと、という気がした。
いつもより一時間半ほど遅いだけなのに。
Kz:遅くなった
すぐにチャットが飛んでくる。
るびぃ:遅いーーー
Kz:ごめん
るびぃ:仕事?
Kz:うん
Kz:日課行く?
るびぃ:行く
Kzさんから、パーティ申請が届いた。
仕事が忙しいんだろう。
私にだって、そういうときはある。
現実で顔を合わせる相手なら、忙しそうな様子や、その理由も、もう少し見えるのかもしれない。
けれど、オンラインゲームでの付き合いでは、相手が自分から話さないことは何も分からない。
私たちは、二年かけてゆっくりと、今のような関係になった。
知り合ったばかりの頃から、個人的なことを根掘り葉掘り聞いたりはしなかった。
親しくなった今も、最初に引いた線を大きく越えないまま、少しずつ近づいてきた。
申請を承認すると、いつもの日課が始まる。
やっぱり、一緒がいい。
3
土曜日の今日は休みだ。
目が覚めたら、十時前だった。
休みの日を寝て過ごすと決めていたなら、朝寝坊も悪くない。
けれど私の場合は、ただ寝過ごしただけだ。
洗濯をしなきゃ。
少し部屋も片づけよう。
お腹も空いている。
クローゼットの奥にある紙袋には、元カレとの思い出の物がまとめて入っていた。
これまでは、捨てようと思っても捨てられなかった。
けれど今日は、紙袋を開けることもなく、そのままゴミ袋に入れた。
もう、ここに残しておく理由もない気がした。
昼を過ぎて、特に目的もなかったけれど、ゲームにログインした。
Kzさんはいなかった。
休日の昼間だから、出かけているのかもしれない。
寝ているのかもしれない。
お互い、昼間はログインしていない日の方が多いのだから、彼が来ていない理由を探っても仕方がない。
画面には、チームチャットが流れていく。
まる:るびさん、魔塔いかない?
まるさんは、私が所属しているチームのメンバーだ。
それなりに、チームメンバーとも交流はある。
チームメンバーの一覧を見れば、私が今、誰ともパーティを組んでいないことは分かる。
それで声をかけてくれたのだろう。
少し迷ったけれど、今日はもうログアウトするつもりだった。
るびぃ:ごめん。もう落ちるー
るびぃ:また誘ってー
まる:OK
まる:また遊ぼうねー
この会話を最後に、私はゲームからログアウトした。
4
パソコンをシャットダウンして、買い物に出ることにした。
仕事帰りの買い物は、買い忘れがひどい。
何日も前から「買わないといけない」と思っていたものが、未だに手元にない。
明日は日曜なのに雨が降るらしい、とネットニュースで知った。
今日のうちに買い物を済ませておくのが正解だ。
暗くなる前に買い物を済ませて、ハンバーガーでも買って帰ろう。
夜、いつもの時間より少し早めにゲームにログインした。
フレンドリストの上段には、Kzさんの名前がなかった。
まだ、少し早い。
そう思っているうちに、いつもの時間も過ぎた。
彼は昨日の夜も遅かった。
今日の昼間もいなかった。
なんで、こんなに不安になるんだろう。
よく考えたら、いつもそうだ。
会えた瞬間にほっとしている。
ゲームの中にいる相手なら、現在地も、パーティを組んでいるかどうかも見える。
長く遊んでいる相手なら、そこから何をしているのか、だいたい想像もつく。
けれど、オフラインになった途端、何もわからなくなる。
仕事なのか。
どこかへ出かけているのか。
今日は、そもそもゲームをする気がないのか。
私は、昼間にログアウトしたその場所から、移動もしないでじっとしていた。
フレンドリストを開いたまま。
しばらくして、画面の左下にある、るびぃのアイコンの横に「離席中」の表示がついた。
慌てて、コントローラーを握り直し、数歩移動すると、その表示は消えた。
チームチャットから、名前を呼ばれている。
るびぃ:ん?なに?呼んだ?
リリィ:るびさん、デイリーまだ?
るびぃ:まだ
リリィ:じゃあ、一緒に行こー
シン:るび、早く来いよ
リリィ:シンさん、るびさん来ないとやる気でないんだってw
シン:そんなこと一言も言ってねぇ
リリィ:でも今、早く来いって言ったじゃん
シン:それとこれとは違うだろ
リリィ:ほら照れてる~w
シン:どこがだ
るびぃ:うーん……ちょっと、倉庫整理してて
るびぃ:あとで行くー。ありがと
倉庫整理は、嘘だった。
リリィ:ぇー、シンさん振られたねーw
シン:俺が誘ったみたいにすんな
りりぃ:誘ってたじゃん
りりぃ:しょうがないから、シンさんとふたりで行くよ
シン:しょうがないってなんだ?
りりぃ:wwww
るびぃ:いってらっしゃいーww
そのチャットの流れを見て、少し笑って和んだ。
けれど、フレンドリストのKzさんは、まだオフラインのままだった。
約束しているわけじゃない。
今日来ると聞いたわけでもない。
でも、日課は彼と行きたかった。
時計を見ると、二十一時半だった。
一時間半、やる必要のないことばかりしていた。
日課には、まだ手をつけていない。
誰かと行けば、もう終わっていたはずなのに。
私がログインしてから、二時間が過ぎた。
時計は二十二時を指している。
今日はもう来ない気がして、コントローラーでメニューを開いた。
「ログアウト」にカーソルを合わせたとき、チャットが飛んできた。
5
まず、ほっとした。
ほっとしたら、腹が立ってきた。
相手の都合も考えないで、腹を立てても仕方ない。
わかっている。
だけど、失くしたものが戻ってきたようにほっとした自分が、腹立たしかった。
Kz:遅くなった
るびぃ:もう、落ちるとこだった
Kz:ごめん
Kz:日課は?行った?
るびぃ:まだ
Kz:行ってないの?
Kz:誰かと行けばよかったのに
「人の気も知らないで」
言葉が声になってこぼれた。
るびぃ:誘われたけど
Kz:なんで行かなかったの
なんで、行くと思ったの?
あなた以外の人と。
るびぃ:別に
Kz:怒ってる?
「怒ってる」
るびぃ:怒ってない
Kz:怒ってるじゃん
るびぃ:昨日も遅かったから
Kz:仕事だった
るびぃ:今日も仕事?
ほんとに仕事だった?
ゲームに飽きてない?
私と遊ぶことにも……飽きてない?
Kz:昨日の続き
Kz:夕方には終わると思ってた
るびぃ:別に、いいよ
るびぃ:わざわざ、言わなくても
Kz:じゃあ何
るびぃ:約束してるわけじゃないもん
小さな間があいた。
Kz:待ってた?
るびぃ:うん
るびぃ:ずっと、待ってた
るびぃ:昨日も、今日も
今度は、少し長く返事を待った。
困ってる?
困らないでよ。
Kz:……そっか
るびぃ:なに
Kz:ごめん
るびぃ:仕事だったんでしょ
Kz:うん
るびぃ:じゃあ、仕方ない
Kz:それでも
るびぃ:それでも?
Kz:待たせた
6
彼は、毎日来るとは言わなかった。
同じ時間に来るとも言わなかった。
Kz:遅くなるってわかってる日は
Kz:メッセージ残しとくから
るびぃ:そこまでしなくていいよ
Kz:待つかどうか決められるだろ
るびぃ:それは、私が自分で決める
Kz:だから
Kz:決められるように知らせるから
るびぃ:……うん
わからないまま、放っておくことはしない。
そう言っているのだと思った。
あの夏のように、何もわからないまま待たなくていいように。
Kz:今から日課行く?
るびぃ:今日は行かない
るびぃ:あなたは、行きたいなら行って
Kz:るびが行かないなら
Kz:俺も行かない
Kz:もう、落ちる?
るびぃ:もう少しだけ
Kz:了解
Kz:どっかいく?
るびぃ:どこへ?
Kz:砂漠?ww
るびぃ:こっちに来て
Kz:家か
るびぃ:うん
家の中で、画面の中のふたりは、並んで座ったまま動いていなかった。
Kz:どれくらい待ってた?
るびぃ:わからない
Kz:二時間くらい?
るびぃ:時間なんか見てない
私はキーボードから画面へと流れる文字だけを追っていた。
7
零時を回って、るびぃがログアウトした。
ため息が出て、その勢いのまま椅子の背にもたれかかった。
金曜日から、品川にある会社のシステム障害に立ち会っていた。
ログが残っていなかったせいで、根本原因の特定に時間がかかった。
何が壊れているのかわからないまま、復旧方法を手探りしていた。
バックアップも古い。
復旧しようとしてもデータが戻らない。
結局、手作業で戻すしかなかった。
こんなことを、るびぃに話してもたぶんわからない。
いや、誰に話したって、わからない人のほうが多いだろう。
それでも、夕方には終わる算段をつけていた。
だけど、彼女は二時間以上待っていたはずだ。
ゲーム内の彼女の家で、どれくらい待っていたのか聞いたが、彼女ははっきりとは答えなかった。
以前、彼女が飛行機に乗ってまで遠方にいる相手に会いに行っても、結局会ってもらえなかった日のことを話していた。
そのことを思い出した。
何もわからないまま待つことは、彼女にとって苦痛ではなかっただろうか。
ほかの誰かと行くこともできたのに、彼女は日課を残していた。
俺を待つために。
るびぃ:ずっと、待ってた
るびぃ:昨日も、今日も
ゲームで、こんな気持ちになるものか。
手も握れない相手に。
紅葉便り 第11話 「見えない時間」 おわり




