第8話「雪の日、秘密の告白練習」
文化祭が終わった。
みんなが帰り。
騒がしかった教室は静寂に包まれている。
窓から差し込む夕日だけが、赤く教室を照らしていた。
俺と九条は教室に残っていた。
二人きり。
本来なら。
ここで何かが変わるはずだった。
「朝倉」
九条が口を開く。
心臓が跳ねた。
「話って――」
俺が言いかけた瞬間。
ガラッ。
教室のドアが開いた。
「いたー!」
聞き慣れた声。
美咲だった。
「先生が実行委員呼んでる!」
空気が死んだ。
完璧なタイミングで邪魔が入った。
九条も固まる。
俺も固まる。
美咲だけが元気だった。
「早く!」
結果。
俺たちはそのまま職員室へ連れて行かれた。
そして。
結局その日は話せなかった。
それから数日。
妙な空気が続いた。
話そうと思えば話せる。
でもタイミングが合わない。
文化祭の後処理。
テスト。
部活。
いろいろ重なった。
気付けば十一月。
そして十二月。
季節は冬になっていた。
ある日の放課後。
窓の外には初雪が舞っていた。
「寒っ」
俺は肩をすくめる。
教室には誰もいない。
補習が終わったばかりだった。
帰ろうとした時。
廊下の向こうから声が聞こえた。
女子の声。
一人は美咲。
もう一人は。
九条だった。
「だから無理だって」
九条が言う。
珍しく困った声だった。
「無理じゃない!」
美咲が反論する。
「練習するだけ!」
練習?
何の?
俺は気になってしまった。
いや。
盗み聞きは良くない。
分かっている。
だが。
前科があるので今さらである。
「絶対嫌」
「じゃあ本番で失敗しても知らない」
沈黙。
数秒後。
九条が小さく言った。
「……少しだけ」
俺は思わず顔を出した。
そして。
見てしまった。
空き教室。
そこにいたのは。
九条と美咲。
そして。
黒板の前に立つ九条だった。
顔が赤い。
珍しいくらい赤い。
「ほら!」
美咲が言う。
「言ってみて!」
「……」
九条は視線を落とす。
深呼吸。
そして。
小さな声で言った。
「ずっと……好きでした」
俺の思考が停止した。
え?
「もっと大きく!」
「無理!」
「無理じゃない!」
「恥ずかしい!」
九条が叫ぶ。
俺は壁の陰で固まっていた。
待て。
整理しよう。
今。
何を聞いた?
好きでした?
告白?
誰に?
まさか。
いや。
そんな都合のいい話が――
「朝倉くんに届かないよ!」
美咲の一言で。
脳が完全にフリーズした。
十分後。
俺は校舎裏にいた。
寒い。
雪が降っている。
だがそれ以上に。
頭が混乱していた。
九条が。
俺を?
好き?
本当に?
いや待て。
聞き間違いかもしれない。
勘違いかもしれない。
そう思った時。
「やっぱりいた」
声がした。
振り向く。
美咲だった。
「聞いた?」
第一声がそれだった。
「……少し」
「全部聞いた顔してる」
図星だった。
美咲はため息をつく。
そして。
雪空を見上げた。
「紗奈ね」
静かな声。
「昔、告白して振られたことあるんだ」
俺は驚いた。
恋愛を嫌っているように見えたからだ。
「中学の時」
美咲は続ける。
「本気で好きだった人に」
雪が静かに降る。
「それ以来、自分から気持ちを伝えるの怖くなった」
初めて知った。
九条の過去だった。
「だからずっと悩んでた」
美咲は俺を見る。
「文化祭の後に言うつもりだったんだよ」
あの日。
聞いてしまった会話。
終わらせる。
期待させる。
あれは。
俺を振る話じゃなかった。
逆だったのだ。
自分の片想いに区切りをつける覚悟だった。
俺は。
勝手に勘違いして。
勝手に傷ついて。
勝手に避けていた。
最低だ。
「ねえ」
美咲が言う。
「朝倉くんはどうなの?」
答えは簡単だった。
最初から。
ずっと。
変わっていない。
「好きだよ」
即答だった。
美咲が笑う。
「知ってた」
「そんなに分かりやすい?」
「学校中で分かる」
終わっていた。
俺の恋愛隠密行動は壊滅していた。
帰り道。
雪が降り続いている。
俺は駅前で立ち止まった。
そして。
スマホを取り出す。
メッセージ画面。
送り先。
九条紗奈。
指が震える。
だけど。
もう逃げない。
俺はメッセージを送った。
『今週の日曜日、会えない?』
数秒後。
返信が来る。
『いいよ』
短い文章。
たったそれだけ。
なのに。
心臓がうるさい。
日曜日。
そこで全部伝える。
好きだと。
ちゃんと。
自分の言葉で。
雪は静かに降り続いていた。
二人の距離を隠すように。
そして。
その雪が溶ける頃。
長かった片想いは。
終わりを迎える。




