第7話「はじめての嫉妬」
文化祭当日。
朝から学校はお祭り騒ぎだった。
校門には来場者が次々と入ってくる。
廊下には模擬店の呼び込み。
体育館からは音楽。
教室中に笑い声が響いている。
そんな中。
俺たちのクラスのお化け屋敷も大盛況だった。
「きゃああああ!」
悲鳴。
「無理無理無理!」
悲鳴。
「助けて!」
また悲鳴。
怖すぎる。
作った本人たちが引くレベルだった。
「朝倉」
呼ばれて振り向く。
九条だった。
制服ではない。
黒を基調にした和風のお化け衣装。
長い黒髪も相まって。
とんでもなく似合っている。
「……」
言葉が出ない。
「何」
「いや」
正直に言う。
「可愛い」
数秒。
沈黙。
そして。
九条の耳が赤くなった。
「……バカ」
小さく呟く。
それだけだった。
でも。
その反応だけで今日一日頑張れそうだった。
問題が起きたのは昼頃だった。
お化け屋敷の受付に立っていた俺のところへ。
女子生徒がやってきた。
「朝倉くんだよね?」
知らない顔だった。
他クラスだろうか。
「そうだけど」
「写真撮っていい?」
「え?」
なぜ?
本気で分からない。
すると後ろから友達らしい女子が出てくる。
「文化祭実行委員の人でしょ?」
「あー」
そういうことか。
準備期間中、色々なクラスを回っていた。
顔だけ覚えられていたらしい。
「別にいいけど」
写真を撮る。
それだけ。
そのはずだった。
だが。
「連絡先交換しない?」
予想外の言葉が飛んできた。
「え?」
固まる。
完全に固まる。
向こうの女子も少し照れながら言った。
「前からちょっと気になってて」
人生初だった。
文化祭マジックって本当にあるんだ。
変な感動を覚える。
しかし。
その時。
視線を感じた。
ものすごく。
ものすごく冷たい視線を。
恐る恐る振り向く。
そこには。
九条がいた。
笑顔だった。
にっこり。
すごく綺麗な笑顔。
でも。
なぜだろう。
背筋が寒い。
「朝倉」
「は、はい」
「仕事」
「はい!」
反射的に返事をしていた。
女子たちは苦笑しながら去っていく。
そして。
俺は九条の元へ向かった。
「機嫌悪い?」
思い切って聞く。
九条は無表情だった。
「別に」
「絶対嘘だろ」
「別に」
二回言った。
これはかなり怪しい。
「怒ってる?」
「怒ってない」
「本当に?」
「本当に」
だが。
声が少し低い。
怖い。
とても怖い。
すると。
「朝倉」
「ん?」
「モテるんだね」
言い方が妙だった。
何というか。
刺さる。
「いや偶然だろ」
「ふーん」
興味なさそうな返事。
でも。
明らかに様子がおかしい。
その理由が分からない。
午後。
休憩時間。
俺は自販機で飲み物を買っていた。
すると隣に美咲が現れた。
「鈍感」
第一声がそれだった。
「ひどくない?」
「ひどくない」
即答。
最近この手の即答が多い。
「紗奈怒ってるじゃん」
「なんで?」
美咲は天を仰いだ。
「本当に分からないの?」
「分からない」
「うわぁ……」
ものすごく残念そうな顔をされた。
心外である。
「じゃあ聞くけど」
美咲が言う。
「もし紗奈が知らない男子と楽しそうに話してて、連絡先交換してたら?」
想像する。
三秒で答えが出た。
嫌だ。
めちゃくちゃ嫌だ。
「……あ」
ようやく気付いた。
美咲が深いため息をつく。
「やっとか」
その後。
俺はずっと考えていた。
九条は。
嫉妬したのか?
いや。
まさか。
でも。
もしそうだとしたら。
少しだけ。
本当に少しだけ。
期待してもいいのだろうか。
文化祭終了まであと一時間。
最後のピークを迎えていた。
そんな中。
事件は突然起きた。
「きゃっ!」
悲鳴。
教室の奥から聞こえた。
振り向く。
見ると。
九条が脚立から落ちそうになっていた。
「九条!」
反射的だった。
俺は走る。
そして。
落ちてきた彼女を受け止めた。
ドサッ。
衝撃。
腕に重みがかかる。
だが。
なんとか間に合った。
「大丈夫か!?」
叫ぶ。
九条は目を見開いていた。
俺を見ている。
近い。
近すぎる。
顔が。
数十センチしか離れていない。
教室中が静まり返る。
やばい。
すごくやばい。
「……九条?」
呼ぶ。
すると。
彼女は真っ赤になった。
そして。
俺の胸を押した。
「離れて!」
「ごめん!」
慌てて離れる。
周囲から歓声が上がった。
「おおー!」
「青春!」
「付き合ってんの!?」
違う!
違うけど!
説明できない!
俺は顔を真っ赤にしていた。
九条も同じだった。
文化祭終了後。
片付けが始まる。
だが。
俺と九条はまともに目を合わせられなかった。
あの瞬間が頭から離れない。
そして。
ついに。
文化祭の全日程が終了する。
夕日が教室を染める。
生徒たちが帰っていく。
残るのは。
俺と九条だけだった。
あの日。
彼女が言った約束。
『文化祭終わったら話したいことがある』
その時が。
ついに来たのだった。




