第6話「誤解とすれ違いの文化祭前夜」
文化祭まで、あと三日。
クラス全体が浮き足立っていた。
教室の後ろには段ボールや装飾品が積まれ、黒いカーテンがあちこちに吊るされている。
お化け屋敷の準備は順調だった。
……クラス全体としては。
「朝倉、手止まってる」
「え?」
九条の声で我に返る。
気付けば同じ場所にテープを貼り続けていた。
「今日五回目」
「そんなに?」
「そんなに」
呆れたように言われる。
だが仕方ない。
だって。
『文化祭終わったら話したいことがある』
あの日の言葉が頭から離れないのだ。
もしかして。
もしかすると。
いや。
期待しすぎるな。
でも。
期待してしまう。
人間だから。
「顔赤い」
「気のせい」
「気のせいじゃない」
完全にバレていた。
そんな中。
事態は思わぬ方向へ転がる。
昼休み。
俺が購買から戻る途中だった。
曲がり角で。
聞こえてしまったのだ。
「紗奈、本当に言うの?」
美咲の声だった。
反射的に足が止まる。
聞くつもりはなかった。
でも。
次の言葉で動けなくなった。
「言うよ」
九条の声。
「文化祭終わったら」
胸が高鳴る。
やっぱり。
そういう話なのか。
だが。
続く言葉は予想外だった。
「ちゃんと終わらせたいから」
終わらせる?
俺は眉をひそめる。
「でも朝倉くん……」
美咲の声が少し曇る。
「大丈夫」
九条は静かに言った。
「これ以上期待させる方が失礼だから」
世界が止まった。
期待させる。
失礼。
終わらせる。
頭の中で言葉が繋がる。
そして。
最悪な答えに辿り着く。
――ああ。
そういうことか。
文化祭が終わったら。
きっと。
俺を振るつもりなんだ。
まだ告白もしてないのに。
勝手な思い込みだった。
でも。
その時の俺には、それ以外の解釈ができなかった。
放課後。
九条はいつも通り話しかけてきた。
「朝倉」
「何?」
声が少し冷たくなる。
自分でも分かった。
九条が少し戸惑った顔をする。
「……何かあった?」
「別に」
「嘘」
「別に」
会話が続かない。
九条はしばらく俺を見ていたが。
結局何も言わなかった。
その日から。
少しずつ距離ができた。
翌日。
文化祭前日。
教室は準備の最終段階に入っていた。
だが。
俺と九条はほとんど話していない。
「おい」
藤崎が声を潜める。
「喧嘩した?」
「してない」
「してるだろ」
図星だった。
いや。
喧嘩ですらない。
俺が勝手に落ち込んで。
勝手に避けているだけだ。
情けない。
本当に。
情けない。
夕方。
準備が終わり、みんなが帰り始めた頃。
「朝倉くん」
呼び止められた。
美咲だった。
「話ある」
珍しく真面目な顔だった。
俺は空き教室へ連れて行かれる。
ドアが閉まる。
沈黙。
そして。
美咲は大きくため息をついた。
「何勘違いしてるの?」
いきなり核心だった。
「……何の話」
「顔に書いてある」
また顔か。
俺の顔は本当に信用できない。
「聞いたんでしょ」
俺は黙った。
それだけで答えになったらしい。
美咲は額を押さえる。
「もう最悪」
「え?」
「盗み聞きしたのは悪いけど」
正論だった。
何も言えない。
「でも勘違いも大概」
「勘違い?」
美咲は数秒迷った。
そして。
「これ以上は本人に聞いて」
そう言った。
「紗奈、めちゃくちゃ悩んでたんだから」
それだけ言うと。
美咲は教室を出ていった。
俺だけが残される。
悩んでいた?
何を?
分からない。
何も。
その夜。
俺は眠れなかった。
スマホを見ても。
ゲームをしても。
動画を見ても。
頭の中は九条のことでいっぱいだった。
そして気付く。
俺は。
怖かったんだ。
振られるのが。
傷つくのが。
だから勝手に諦めようとしていた。
でも。
それで終わっていいのか?
答えは。
決まっていた。
文化祭当日の朝。
快晴。
空はどこまでも青い。
校門の前で立ち止まる。
深呼吸。
そして。
校舎へ向かう。
逃げるのはやめよう。
ちゃんと聞こう。
ちゃんと伝えよう。
そう決めた。
だが。
その時の俺はまだ知らなかった。
文化祭本番で。
もっと大きな事件が待っていることを。
そして。
九条紗奈の本当の気持ちを知るのが。
思っていたよりずっと先になることを。




