第3話「文化祭準備は恋の罠」
「文化祭実行委員、誰かやりたい人ー?」
担任のその一言で、教室が見事に静まり返った。
誰も目を合わせない。
窓の外を見るやつ。
教科書を読み始めるやつ。
寝たふりをするやつ。
ひどい団結力だった。
「この空気、毎年あるよな……」
俺がぼそっと呟くと、藤崎が頷いた。
「下手に目立つと全部仕事押しつけられるからな」
なるほど。
賢い。
俺も目を逸らそう。
そう思った瞬間。
「じゃあ朝倉くんで」
「は?」
クラス委員の女子が、爽やかな笑顔で俺を指さしていた。
待て。
なんでだ。
「朝倉くんノリ良さそうだし!」
「いやその理論だと陽キャ全員アウトだろ!」
「頑張ってー」
拍手が起こる。
裏切り者しかいない。
「もう一人どうする?」
担任が黒板を見ながら言う。
再び沈黙。
その時だった。
「……私やる」
教室がざわついた。
俺も目を見開く。
声の主は。
九条紗奈だった。
「え、九条さん?」
「珍しくない?」
クラスメイト達がひそひそ話し始める。
当の本人はまるで気にしていない。
窓際の席で、静かに手を挙げていた。
そして。
ちらり。
一瞬だけ俺を見る。
……いや。
気のせいか?
「じゃあ朝倉と九条で決定な」
担任が勝手に話をまとめた。
こうして俺は。
好きな女子と文化祭実行委員になるという、青春イベントを引き当ててしまったのである。
放課後。
文化祭の打ち合わせのため、俺と九条は教室に残っていた。
だが。
「……」
「……」
気まずい。
めちゃくちゃ気まずい。
周囲のグループは盛り上がっているのに、俺たちだけ静寂空間だ。
「えーと」
俺はプリントを見ながら口を開いた。
「出し物、何がいいと思う?」
「なんでも」
終わった。
会話終了のお知らせ。
「ちなみに俺はメイド喫茶がいいと思います」
「キモい」
「即答!?」
九条は小さく吹き出した。
「冗談」
「今の絶対本音混ざってた」
「さあ」
最近わかってきた。
この人、たまに意地悪だ。
しかも絶妙に楽しそうにやる。
「九条はやりたいのないの?」
「……お化け屋敷とか」
「へえ、意外」
「朝倉、絶対ビビるでしょ」
「いや俺ホラー強いし」
「この前廊下のマネキンに驚いてたの見たけど」
「なんで知ってんの!?」
九条が肩を震わせて笑う。
……最近よく笑うな。
前よりずっと。
その時。
ガラッ。
教室のドアが開いた。
「お、まだやってたんだ」
入ってきたのは、同じクラスの西野だった。
サッカー部の中心人物で、女子人気も高い。
いわゆる陽キャ。
「手伝おうか?」
「あ、助かる」
西野は自然な流れで九条の隣へ座った。
「九条さんって、こういうの参加するタイプだったんだ?」
「まあ」
「ちょっと意外」
にこやかに会話が進む。
その様子を見ながら、俺はなぜかモヤモヤしていた。
なんだこれ。
胃が変な感じする。
「朝倉?」
「え?」
気づくと九条がこちらを見ていた。
「全然話聞いてない」
「あ、悪い」
「眠いの?」
「いや別に……」
すると西野が笑った。
「朝倉、魂抜けてんじゃん」
「うるせえ」
その後も打ち合わせは続いたが、なぜか俺は調子が狂いっぱなしだった。
帰り道。
昇降口で靴を履き替えていると。
「朝倉」
後ろから声がした。
九条だった。
「ん?」
「これ」
彼女は缶ジュースを差し出してきた。
ミルクティー。
「あれ、今日は俺が奢る側じゃ」
「今日は私の気分」
「なんだそれ」
受け取ると、缶が少し冷たい。
九条は少し視線を逸らしながら言った。
「……さっき機嫌悪かった?」
「え?」
「西野と話してる時」
心臓が止まりそうになった。
バレてた?
いや待て。
なんて答える。
『嫉妬してました』なんて言えるわけがない。
「いや、別にそんなこと」
「ふーん」
九条はじっとこちらを見る。
その目が少しだけ面白がっている気がした。
「……朝倉って、わかりやすいね」
「は?」
「顔に出る」
「マジ?」
「マジ」
終わった。
俺の感情、だだ漏れだった。
羞恥で死にそうになる俺を見て、九条は小さく笑う。
そして。
「でも」
「?」
「そういうとこ、嫌いじゃない」
さらっと。
爆弾を投下した。
「…………え?」
思考停止。
顔が熱い。
九条はそんな俺を見て、くすっと笑った。
「じゃ、お疲れ」
そう言って去っていく。
残された俺は、ミルクティー片手に固まっていた。
数秒後。
「いや無理だろ……」
好きになるなって方が無理だった。




