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『となりの席の、攻略対象外。』  作者: S.S


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2/10

第2話「雨の日の相合い傘」

翌日。


「お前、今日ずっと後ろ向いてるけど首痛めた?」


ホームルーム前、藤崎が呆れた顔で言った。


「いや別に」


「九条さん見すぎ」


「見てない!」


反射的に否定したせいで、逆にクラスの数人がこちらを見る。


しまった。


俺は慌てて前を向いた。


だが数秒後にはまたちらっと後ろを見てしまう。


教室の窓際、一番後ろの席。


九条紗奈は頬杖をつきながら、静かに文庫本を読んでいた。


周囲と喋る様子はない。


女子グループの輪にも入らず、ひとり。


なのに妙に目立つ。


「完全に気になってるじゃねえか」


「……ちょっとだけ」


「恋だな」


「まだ違う」


俺はそう言ったものの、自分でも怪しいと思っていた。


昼休み。


購買へ向かう途中、廊下で九条を見かけた。


声をかけるか迷う。


迷って。


迷った結果。


「よ、おはよう」


昼だった。


九条がじっとこちらを見る。


「……もう昼だけど」


「知ってる」


「バカなの?」


「たぶん」


すると九条は、ほんの少しだけ吹き出した。


笑った。


昨日より自然に。


「変な人」


「よく言われる」


「自慢げに言うことじゃないでしょ」


なんだ。


普通に喋れるじゃん。


そう思った時。


「あ、紗奈!」


女子が九条を呼んだ。


その瞬間、九条の表情がすっと消える。


「あ、うん」


さっきまでよりずっと淡々とした声。


そしてそのまま女子の方へ歩いていった。


去り際、一度だけこちらを振り返る。


「……ジュース、今度ね」


それだけ言って。


俺の心臓はまた無駄に騒がしくなった。


その日の放課後。


空はどんより曇っていた。


「降りそうだな」


窓の外を見ながら呟いた直後。


ザーッ。


笑うくらい見事な土砂降りが始まった。


「うわマジか……」


俺は傘を持っていない。


朝、天気予報を見忘れた。


終わった。


昇降口には雨宿り中の生徒が集まっている。


俺もその一人になっていた。


「コンビニまでダッシュするか……?」


無理だ。


確実に死ぬ。


そう悩んでいると。


「帰らないの?」


隣から声がした。


見ると九条だった。


紺色の傘を持っている。


「傘ない」


「へえ」


興味なさそうな返事。


だが彼女はそのまま立ち去らない。


沈黙。


雨音だけが響く。


やがて九条が小さくため息をついた。


「駅までなら入れてあげる」


「え?」


「ジュース代の前払い」


思考が止まった。


相合い傘?


九条と?


マジで?


「嫌なら別にいいけど」


「入ります!」


即答だった。


九条は若干引いた顔をした。


「……声大きい」


こうして俺たちは、一つの傘に入って歩き出した。


近い。


距離が近い。


肩が触れそうだ。


というかたまに触れてる。


シャンプーの匂いがする。


落ち着け俺。


「朝倉」


「はい」


「なんで敬語なの」


「緊張してるからです」


言ってから終わったと思った。


だが九条は少し黙ったあと。


「……正直でよろしい」


そう呟いた。


しかも少し笑っている。


雨のせいで周囲の音が遠い。


不思議なくらい、ふたりだけの空間みたいだった。


「九条ってさ」


「なに」


「学校だとあんまり喋んないよな」


彼女は少し視線を落とした。


「別に、必要ないから」


「でも今は喋ってくれてる」


「……朝倉が勝手に話すから」


「嫌?」


聞くと。


九条は少し考えて。


「嫌だったら傘入れてない」


その答えだけで十分だった。


駅前に着く頃には、雨は少し弱まっていた。


「じゃ、ここで」


九条が立ち止まる。


「あ、うん。ありがとな」


「今度ジュース奢って」


「了解」


彼女は傘をくるりと回した。


そして去り際。


「朝倉」


「ん?」


「今日の“おはよう”はちょっと面白かった」


そう言って笑った。


今度はちゃんと。


はっきりと。


柔らかく。


その笑顔を見た瞬間。


俺は理解した。


「あー……」


これ、もうダメだ。


完全に好きになった。


雨の中。


ひとり駅前に立ち尽くしながら。


俺は人生終了のお知らせを静かに受け入れたのだった。

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