5話
「(よし、撒いてやったぞ)」
廃墟の前。
俺はわざと朱然一行からはぐれた。
やったことは単純、物音に驚いてパニックになったフリをして全速力でダッシュした。
なかなか迫真の演技だったと我ながら思えるほどの慌てっぷりを披露してやった。
こちとら前世の記憶がよみがえって以来鍛えてるんだ。
運動神経がいいだけの女子高生を撒くなど大したことない。
さてもうこんな茶番に付き合う必要もないしさっさと帰るか。
翌日の休み時間に突撃されるのは嫌だが、こんな醜態を演じたのだからダサい奴と思って関わらなくなるだろう。………そう思われるのはソレで嫌だが仕方ない。
この廃墟は既に調査済みだ。
何度か足を運んだが怪異の気配の欠片もない。
噂も大方どこかで尾ひれがついた程度なのだろう。
さっさと帰ってストレッチでもして寝るか…。
「ッ!!?」
瞬間、嫌な悪寒が走った。
ジメジメとした、嫌な湿気と共に。
まるで深い洞窟の中にでもいるような、陰鬱な冷気。
周囲の温度が数度ほど下がったと錯覚してしまう程だ。
この感覚を俺は知っている。知って何度も味わい、克服してきた。
怪異の気配。
間違いなくこの廃墟の中に怪異が現れた。
「クソ!」
急いで戻る。
全ての怪異がそうだとは限らないが、俺の出会った怪異は人を害する存在だった。
朱然たちが危険だ。何かあってでは遅い。
しかしなぜ今になって?
このビルには何度も来たが、一度も怪異と遭遇したことはなかった。
なのになぜ彼女たちだけ遭遇する?俺と何が違う?………いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
さっさと戻って怪異をぶちのめさなくては。
廃墟の中、一人の少女が女子トイレの個室に隠れていた。
グループリーダーの茜に言われて参加した心霊スポット巡り。
彼女自身は心霊現象などは信じておらず興味もない。
昨日、怪人アンサーとかいう都市伝説を一緒に試したが、どうせ何かの間違いに決まっている。現に、押し付けたというキモヲタも否定したではないか。
怪談話なんて作り話。幽霊もお化けも存在しない。そう思っていた。
だが、彼女はここで“本物”と遭遇してしまった。
キィ…キィ…。
「っ!!?」
その音が聞こえた途端、彼女の心臓がビクンと大きく跳ね上がるかのように鼓動しが高まった。
車椅子を動かす音。さび付いているのか、嫌な金属音が混ざっている。
アイツだ。あの化け物が自分たちを探しに来ているのだ。
姿は未だハッキリと見ていない。
しかし、その存在を認知した途端に彼女たちは理解した。
あれは人間ではない。決して関わってはいけない存在だ。
ソレが分かった途端、言いようもない恐怖に支配された。
今まで味わったことのない恐怖。
全身の血の気が引き、息が荒く浅い呼吸になる。
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!!
早くここから離れて帰らなくちゃ!!!
彼女たちは恐怖のあまりパニックになりながらも逃亡。
散り散りになってこうして一人となった。
「どこだぁ…どこにいるぅぅぅ」
掠れた老人のような声。
アイツだ、アイツが探しに来ている。
車椅子の音に交じってカラカラと点滴棒のキャリーが転がる音も聞こえる。
ソレは、女子トイレの前で急に止まった。
「ッ~~~~~!」
叫びそうになる口を必死に抑える。
気づかれないように、悲鳴が漏れないように、思いを口に出さないように。
「ここかぁ…?」
「ッ!!!?」
ギイッと、最初の戸が開けられる。
一番端の戸だ。
そこに誰もいないと分かったら次の戸に手をかける。
ソレを隣、また隣と続けていった。
来るな。
来るな来るな来るな!
私じゃなくて他の子の方に行って!
どうせなら、茜ちゃんの方に言って!
「ここが最後だぁ」
「ッ!?」
遂に自分が閉じこもっている戸に手が掛けられる。
カギはちゃんと掛けている。大丈夫だ、開けられるわけない。
車椅子に乗ってるようなのに力ずくで開けられるような体力あるわけない!
必死にそう自分に言い聞かせ、祈るかのように手を組みながら、開けられないよう戸のカギを握りしめる。
どれだけそうしていたのか、気が付いたら車椅子の音もあの声も聞こえなくなった。
やった、もういなくなったんだ!
安堵して声を出しそうになった途端………。
「いたぁ」
上から、彼女を覗き込む老人の声がした。




