10話
とある公園の池にかけられた橋。
そこは夜になると幽霊が出るという噂があった。
噂のせいか、日が沈んでも人はいるが、決して沼の近くには来ない。
しかし今日は一人の男が橋を渡ろうとしていた。
男は暫く残業続きで疲労が溜まっていた。
公園を横切って橋を渡れば近道になる。
普段は君の悪い噂のせいで使っていなかったが今日ばかりは勇気を出して無視した。
その蛮勇が命取りになると知らずに。
「ん?」
近くで妙な声が聞こえた。
一瞬止まって辺りを確認する。
橋は自分以外おらず、周囲には人影が見当たらない。
しかし確かに聞こえた。空耳ではない。
「………気味が悪い」
歩を進める。
ただでさえ妙な噂のせいで気味が悪い場所だ。さっさと通り過ぎたい。
また人の声がした。
一人二人じゃない。複数の人の声が一斉に。
何処からしているのか。風に運ばれているのか。いやそれはありえない。
池の周囲は見晴らしがいいので誰かがいるとすぐわかるし今は無風。声がするのに気づかないなんてありえない。
「…う゛ぁぁぁぁぁぁ………」
「え゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
ただの声ではない。
呻きのような、泣き声のような。
不気味な声が少しずつ近づいてきた。
「あ…ああああああああああ!!!」
男は走り出した。
訳が分からないが、この場にいてはまずい。
半分以上橋を渡ってるから、走れば直ぐだ。
残業続きの疲れを無視して、普段動かさない足で。
全速力で橋を渡り切ろうとした。
「ぎゃああああああああ!!!」
「あ゛あ゛あ゛ああああ!!!」
「にえ゛え゛えええええ!!!」
うめき声が大きくなる。
段々とハッキリして、近づいてきながら。
やがて叫び声や絶叫に変わり、男は耳を塞ぎながら走り続ける。
早く渡らないと。
早く、早く、早く!
早く終わってくれ!もうやめてくれ!
そう思って走り続けるが一向に辿りつかない。
おかしい、この橋はそんなに長くないのに。そろそろ渡り切るはずなのに。
だというのに、一向に終わりが見えず、渡り切れる素振りが全くなかった。
背後に何かが迫ってきている。
気配でわかる。
背筋が凍るような寒気に、纏わりつくような湿気。
空気が変わった。
ソイツ…いや、ソイツ達が現れたせいだ。
「~~~~~~!」
男は走り続ける。
先の見えない橋を。
無理だと分かっていながら、必死に逃げた。
振り返る余裕などない。
もし仮に見てしまったら、恐怖で足が止まりそうだから。
今でも足が震えそうになっているのに、これい以上恐怖が増えると絶対に動けえなくなる。
男は必死の思いで逃げた。
「………ッヒ!」
何かが肩に触れた。
誰かの手だ。
指先がそっと男に触れた。
異様に冷たく、体温を感じさせない。
その感覚が、その手が人間でないことを如実に語っていた。
捕まる。
嫌だ、捕まりたくない!
怖い怖い怖い!もう終わってくれ!
男が必死に願うも、手は更に距離を詰めた。
一つ二つではない。複数の腕が絡みつく。
恐怖で体が強張った。
頭がどうにかなりそうだ。
意識が恐怖のあまり麻痺しそうになった。
「~~~~~~!」
人間は、真に恐怖を感じた時、声が出なくなる。
叫びにならない絶叫で声帯が機能しない。
助けを求めるかのように手を伸ばし…。
「やあ大丈夫かい?」
何者かがその手を引っ張り上げた。




