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第4話 弟とカードと秘密の闘技場

 バイトに行ったら、店が閉まっていた。

 いや、普通に考えておかしい。

 これはどういうことか。


 私、白山遊子は商店街のアーケードの下で立ち尽くし、シャッターの降りた「世界征服玩具店」を正面から眺めていた。


 平日の夕方。学校帰りで制服のまま。足が棒になるほど自転車を漕いでここまで来たというのに、目の前にあるのは無慈悲な金属の壁である。


「……え、クビ?」


 呟いてから、自分の発言を冷静に整理する。


 思い当たる事案は、チャッキ一松が暴走した件。ホログラム偽装システムが稼働した件。シームレスヨーヨーが暴走した件。


 うん。


 全部、博士が原因じゃないですか。


 あらためてシャッターを見る。降りている。完全に。鍵まで掛かっている。定休日の予定はなかったはずだ。求人票には「週五シフト」と書いてあった。たぶん。少なくとも「気分で閉めます」とは書いていなかった。


「……え、じゃあなんですか」


 独り言のボリュームが上がる。商店街を通りかかった主婦が一瞬こちらを見て、すぐに目を逸らした。


 違います。私はシャッターに話しかけるタイプの女子高生ではありません。


「急に休み? 連絡くらいしてよ!?」


「休みでは、ないんだな」


 すぐ横から声がした。


 私が反射的に体ごと向くと、デルタが立っていた。ブルーブラウンの巨大なぬいぐるみが、夕暮れの商店街にごく自然に佇んでいる。


 いや、自然ではない。見慣れてしまっただけで、本来は商店街の端に二メートル超えのクマのぬいぐるみが立っている時点で事件性がある。


「なんで外にいるんですか!?」


「嬢ちゃんが来るから迎えに来た」


「事前に連絡を――」


「オレ、連絡先知らねぇもん」


「確かに!」


 そこは納得してしまった。


 私の連絡先を知っているのは博士だけだ。シータとデルタに至っては、前に「そういうのどうなってるんですか」と聞いたら、「アタシ達に個人スマホは必要ないかな〜」と返ってきて、それ以上聞けなくなった。

 ぬいぐるみのくせに妙なところで人間臭い。


「今日は地下でイベントがある」


「……説明を省かないでください!」


「やっぱり嬢ちゃんは反応が良いな」


「良くないです! 情報を小出しにするのやめてください! 今日何があるのか、なぜ店が閉まっているのか、なぜ私には事前に何も――」


「着いてから分かる」


「それが一番嫌なやつ!!」


 デルタはもうシャッター横の壁に向かって歩き始めていた。


 説明を諦める速度が早い。さすが世界征服玩具店のマスコット。報連相という概念が、たぶん地下のどこかに置き去りにされている。

 マスコットに求めるものではないけれど。


 私はため息をついて、その背中を追った。


 店の裏手に回り込んだところで、壁の一部がすっと開いた。


 音もなく。当然のように。


 嫌だ。慣れたくなかったのに、もう驚き方が薄くなっている。

 初日なら叫んでいた。今は「また壁が開いた」くらいの感想で済んでしまう。人間の順応性、怖すぎる。


 中にあったのは、もう一基のエレベーターだった。


 いつものエレベーターとは違う。店の中にあるものより、やや小さい。

 デルタは迷いなく乗り込んだが、頭が天井に着くらしく、首を少し傾げている。


 絵面がほぼホラーである。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。こっちはオレたち用に設計されてないからな。仕方ない」


「そうですか……ところで、これ何階まで続くんですか」


「B5まで直通」


「B5」


 設備の説明は受けていたが、B5まで足を運んだことはない。


 B1が在庫。B6以降が開発室。B2からB5までは「後日案内する」と言われて放置されていた、棚卸しの謎エリアである。

 普通、バイト先に謎エリアはない。


「B2からB5って、なんでしたっけ」


「着いたら分かる」


「また!?」


 デルタは振り返らない。というか、振り返ろうにも首の角度が限界そうだった。

 質問を投げても、エレベーターの狭い箱の中でむなしく反響するだけだ。


 私は口をつぐみ、目的地に着くのを待った。


 エレベーターの扉が開いた瞬間、受付カウンターが目に飛び込んできた。


 本物のカウンターが。ベルベット張りの。なぜ地下の施設に、ホテルみたいな受付があるのか。突っ込む前から喉が疲れる。


 そこにシータが立っていた。


 いや、正確には、くるりとターンして私の方を向いた。ピンクブラウンの毛並みが鮮やかな照明に照らされて、妙にショーっぽい。


「いらっしゃ〜い! ユズちゃん、Welcome to the Showdown Arena!」


「……発音が夢の国感!!」


「うふふ〜」


 シータは嬉しそうにまたくるりと回った。

 楽しいんだろうか、それ。楽しいんだろうな。たぶん。


 受付の奥には重そうな扉がある。分厚い。防音でも施されているのか、向こうから音はほとんど聞こえてこない。


「ちょっと待ってください。その前に説明をください。今日は何があるんですか」


「決戦闘技場の定期戦だよ〜」


 言いながら、シータがゆっくりとシャドウボクシングを始めた。

 シュッ。シュッ。

 しかも口で言っている。


 可愛いぬいぐるみのはずなのに、言葉と動きが物騒すぎて、可愛さが見事に相殺されていた。


「……決戦闘技場」


 私は、シータの丸い拳から目を離せないまま復唱する。

 名前から情報量が多い。


「常連の招待制でね〜。お店の裏の顔を知ってる子達だけが来るの。ほら、商店街にも何ヶ所か入口があって〜」


「ある!? 複数あるんですか!?」


「直通で繋がってるよ〜。あと隣の雑貨屋さんの奥からも来れるし〜」


「あの雑貨屋が関係者!?」


「えへへ〜」


 えへへ、で済ませないでほしい。


 私が知らないだけで、この商店街、実は巨大秘密組織の支部なのではないか。パン屋さんも八百屋さんも、裏では暗号名で呼び合っている可能性すら出てきた。


「……これ、どこの秘密組織なんですか」


「世界征服なんだから秘密じゃないとね〜」


「秘密にする意味はありますよ! でも堂々と世界征服を名乗ってるのに!!」


「まあまあ〜」


 シータが私の背中に手を置く。そのまま扉の前まで押されていく。まったく力に抗えない。


「中を見た方が早いよ〜」


「その理屈で全部省略しないでくださいよぉ」


 扉が開いた。


 その瞬間、音が来た。

 歓声。拍手。実況らしき声。

 それから、床を走る光の音みたいな、聞いたことのない効果音。


 私は思わず足を止めた。


 広い。とにかく広い。

 B2からB5まで、床が全部打ち抜いかれているのだろう。吹き抜けどころではない。コロッセオだ。本当に、ローマのあのコロッセオの構造を、そのまま商店街の真下に作ったみたいな空間が広がっている。


 観客席には小中学生がわいわいと座っていた。中央のフロアはホログラムで枠が描かれ、カードゲームのフィールドを模した光が床を走っている。審判台。実況台。ライトが数本、中央に向かって傾いている。


 しかも、もう試合が始まっていた。


 中央の巨大モニターに、文字が浮かび上がっている。


『準決勝 第一試合』


「いや始まってる!!」


 叫んだ。

 我ながら最初のツッコミがそれでいいのかと思ったが、今はそこしかなかった。


「私、今来たんですけど!? もう準決勝なんですか!?」


「うん。ユズちゃんにはエキシビションから見てもらえればいいかな〜って」


「なんで私の観戦スケジュールを勝手に組んでるんですか!?」


「白山くん、遅かったな」


 観客席に座ったところで、博士が横から現れた。


 白衣。ぼさぼさの髪。鼻の頭まで下がった眼鏡。地下闘技場にいるのに、まるで店の奥から出てきただけみたいな顔をしている。


「遅かったな、じゃないです。店が閉まってたんですよ」


「閉めたからな」


「原因が自供した!」


「本日は定期戦だ。地上店舗は休業。地下決戦闘技場は、全区画を大会仕様で開放している」


「そこを事前に連絡してください!!」


「ふむ。次回の課題としよう」


「次回もあるんですか、この非常識営業」


 博士は答えず、中央フロアを示した。


「見るがいい。今は準決勝だ。ここまで勝ち残った者たちは皆、我が世界征服玩具店のカードシステムを理解し、自分なりの勝ち筋を構築している」


「急にまともな大会説明」


「私はいつでもまともだ」


「その自己評価、地下五階の闘技場くらい深く沈めた方がいいですよ」


 博士は聞いていない。


 中央フロアでは、二人の小学生が向かい合っていた。どちらも真剣な顔でカードを構えている。


 片方のメインカードはシータ。


 もう片方のメインカードはデルタ。


 ホログラムの中で、ピンクブラウンのクマとブルーブラウンのクマが向かい合っている。


「……この二体、普通にカード化されてる」


「人気カードだよ〜」


 横で本物のシータがのんびり言った。


「カード化された側はどういう気持ちなんですか?」


「アタシは可愛く描けてるから好き〜」


「オレはもう少し渋くても良かった」


 デルタまで普通に答えた。

 そこ悩むんだ。


 そうこう言ってる間に試合が動く。


「フィールド展開! シータ・ネットワーク!」


 シータを使う子がカードを置いた瞬間、フロアに小さなθシリーズのぬいぐるみたちが次々と現れた。十センチくらいの子機たちが、ぴょこぴょこと走り回り、盤面に光のラインを引いていく。


 可愛い。

 可愛いのに、やっていることが明らかに制圧だ。


「小型シータで盤面を埋めるんですね」


「うむ。シータデッキは展開力と妨害が強い。相手の行動を制限し、自分の有利な場所へ誘導する」


「言い方が急にカードゲームの解説」


「一方で火力は低い。そこをどう補うかが腕の見せ所だ」


 博士の説明だけ聞いていると、本当にちゃんとしたゲームに聞こえる。


 ちゃんとしたゲームなのだろう。たぶん。

 ただ舞台が地下闘技場で、店長が世界征服を名乗っているせいで、どうしても信用しきれないだけで。


「デルタ・ガーディアン、装甲展開!」


 相手の子がカードを置く。


 ホログラムのデルタが腕を組んだまま前に出た。背中からガシャン、と盾のようなパーツが展開される。いかにも硬そうだ。本人よりちょっと格好よく演出されている気がする。


「デルタデッキは防御と迎撃が得意だ」


「見た目通りですね」


「その代わり展開は重い。序盤で押されると厳しい」


「意外とバランス考えられてる……」


 シータ子機たちがわらわらと動き、デルタの進路を塞ぐ。デルタは一歩ずつ前に出る。シータ側は逃げながらラインを増やし、デルタ側は受けながら中央を取りに行く。


 見た目は可愛いぬいぐるみの戦いなのに、やっていることは結構ガチだった。


 観客席の子供たちも、ただ騒いでいるだけではない。


「そこ囲める!」


「デルタ側、右空いてる!」


「いや、罠だろ!」


「シータ増やしすぎると燃費切れるぞ!」


 普通に戦況を読んでいるようだ。

 何この地下英才教育。


 最終的に、シータ側の子が盤面を広げすぎて決め切れず、デルタ側の子が中央を突破した。

 ホログラムのデルタが腕を振る。

 シータ子機の包囲網が弾け、光の粒になって消えた。


『WINNER DELTA』


 歓声が上がる。

 私は思わず拍手していた。


「……普通に面白いんですけど」


「そうだろう」


 博士がなぜか勝ち誇った顔をする。


「むかつくので、あまり認めたくないです」


「認めたまえ」


「嫌ですね」


 続く準決勝第二試合も、メインカードはシータとデルタだった。


 ただし、さっきとは構成が違う。

 シータ側は妨害特化。デルタ側は装備カードを多めに積んだ攻撃型。


「同じカードでも、組み方が違うと全然違うんですね」


「うむ。それがデッキ構築の醍醐味だ。何を採用し、何を捨てるか。そこに使い手の思想が出る」


「博士から思想という言葉が出ると不安になりますね」


「失礼な」


 試合中盤、デルタ側の子が一枚のカードを高く掲げた。


「装備カード――ジェットヨーヨー!」


「ジェットヨーヨー?」


 思わず聞き返す。

 カードが読み込まれ、ホログラムのデルタの手にヨーヨーが現れた。


 ただのヨーヨーではない。


 側面に小さな噴射口がついている。見るからに余計な機能がついている。ものすごく博士っぽい。


「あれもカード化したんですか?」


「当然だ」


「非売品もカード化するんですね」


「力作玩具をただ眠らせておくのは、冒涜だからな」


「あれは危険物であって、玩具じゃないですけどね」


 デルタがヨーヨーを投げる。

 次の瞬間、ヨーヨーの側面から青白い噴射光が出た。

 ヨーヨーは一直線に飛び、シータの子機たちの間を縫うように走る。糸が光の軌跡を描き、盤面の一部をぐるりと囲んだ。


「うわ、かっこいい」


 言ってしまった……悔しい。


 ヨーヨーはそのままシータ側の展開ラインを引っかけ、絡め取り、デルタの手元に戻――。

 戻らなかった。


 勢い余ってデルタの横を通過し、ぐるんと一周して観客席側へ飛びかける。


「戻れ!」


 プレイヤーの子が叫ぶ。


 ヨーヨーは空中で急旋回した。

 しかし勢いが強すぎた。デルタの腕に戻る直前で、今度はその頭にごつんと当たった。

 ホログラムのデルタが無言で倒れる。


 観客席が爆笑した。


「自爆した!!」


「ジェット強すぎ!」


 本物のデルタが腕を組んだまま、低く呟いた。


「……あれはオレの動きじゃねぇ」


「そこ気にするんですね」


「オレなら上手く捌く」


「ホログラムの自分に対抗心燃やさないでください」


 ただ、笑いで終わらなかった。

 デルタ側の子はすぐに立て直した。ジェットヨーヨーの軌道をあえて乱し、シータ側の妨害ラインを崩す。暴れるヨーヨーを制御しようとせず、暴れる前提で盤面を作る。

 さっきの自爆すら、半分は想定内だったのかもしれない。


 気づけば、私は前のめりになっていた。


「暴走する装備を、暴走するものとして使ってるんですかね」


「その通りだ」


 博士が満足げに頷く。


「完璧な道具だけが強いわけではない。欠点のある道具をどう使うか。そこに遊びが生まれる」


「良いこと言ってる風ですけど、欠点を作ったの博士ですよね」


「フフフ」


「誤魔化した」


 第二試合は、ジェットヨーヨーを使ったデルタ側の子が勝った。


 最後はヨーヨーがまた暴走して自分のフィールドを半分壊しかけたけれど、それより先に相手のシータ本体へ届いた。


 雑なのか巧いのか分からない。

 でも、すごく盛り上がった。


 決勝戦は、さらに熱かった。


 片方は、さっきジェットヨーヨーで勝ち上がったデルタ使い。

 もう片方は、第一試合で勝った堅実型のデルタ使いだ。


「決勝なのにデルタ同士なんですね」


「今回はデルタ採用率が高いな」


 本物のシータが少しだけ頬を膨らませる。


「アタシも人気あるんだけどね〜」


「ありますあります。シータは可愛いです」


「えへへ〜」


「だが勝負ではオレだな」


 デルタがぼそりと言った。


「本物同士で張り合わないでください」


 決勝は、守りのデルタと攻めのデルタのぶつかり合いだった。


 片方は盾を重ねてじわじわ進む。もう片方は装備カードで崩しにかかる。

 ジェットヨーヨーもまた出た。

 今度は、さっきより制御が上手い。


 ヨーヨーが床すれすれを走り、盾の隙間を狙う。守り側のデルタが足を止める。観客席がどよめく。


「いける!」


「いや、盾間に合う!」


「ヨーヨー戻せ!」


 子供たちの声が飛ぶ。

 私は完全に観戦モードに入っていた。


 困る。これは困る。

 最初は「地下にコロッセオって何」と思っていたのに、今は普通に「そこはヨーヨー戻さない方がいいのでは」とか考えている。

 自分の順応性が怖すぎる。


 最終盤、守り側のデルタが一枚のカードを出した。


「反射装甲!」


 盾が光る。


 突っ込んできたジェットヨーヨーが、反射装甲に弾かれた。軌道が変わる。ジェット噴射が乱れ、ヨーヨーがぐるんと回って、攻め側のデルタの背後へ回り込んだ。


「まずい!」


 攻め側の子が叫ぶ。

 ヨーヨーの糸が自分のデルタの足に絡まる。ホログラムのデルタが、ものすごく綺麗に転んだ。

 観客席が爆笑と歓声に包まれる。


『WINNER DELTA』


「いや、どっちもデルタ!!」


 思わず叫んだ。


 勝者の子がガッツポーズをする。負けた子も悔しそうに笑っていた。


 なんだろう。

 いい試合だった。

 私は拍手しながら、ちょっとだけ納得してしまう。


 この闘技場は、ただ博士が変なことをする場所ではない。


 子供たちが本気で遊ぶ場所だ。

 勝ちたくて考えて、失敗して笑って、次はもっと上手くやろうと思う場所。

 悔しいけれど、ちゃんと面白い。


「さて」


 博士がぽん、と手を叩いた。


「では次はエキシビションだ」


「エキシビション?」


「前回チャンピオンからの挑戦試合だ」


 なんだか急に本格的な言葉が出てきた。

 中央モニターに文字が浮かぶ。


『EXHIBITION MATCH』


『前回王者 白山景娯(けいご)


『絶対王者 Dr.ガングー』


「…………は?」


 声が出た。


 白山景娯(けいご)


 今、白山景娯(けいご)って出た?


 それは私の弟の名前である。


 フロアの入口から、黒いフードパーカーの少年が出てくる。デフォルメされた髑髏のプリント。背格好。歩き方。


 知ってる。


 知ってるどころじゃない。


 弟だ。


「……景娯(けいご)?」


 私の声は歓声にかき消された。

 観客席の子供たちが一斉に盛り上がる。


「チャンピオンだ!」


「景娯、今日も勝てよ!」


「博士倒せー!」


「ガングーも本気出せー!」


 景娯は歓声に反応せず、静かにフロア中央へ向かった。


 いつもの家での気だるい顔とは違う。

 斜に構えた顔でもない。

 静かで、真剣で、まっすぐだった。


「……あの子、前回チャンピオンなんですか?」


 私が小さく聞くと、デルタがニヤリと笑った。


「ああ。前回大会、あいつが優勝した」


「聞いてないんですけど」


「聞かれてないからな」


「知らないことは聞けないでしょ!!」


 景娯が博士と向かい合う。

 博士はいつもの白衣を翻し、妙に楽しそうにカードを構えていた。


「フフフ。エキシビションゆえ、今回は普段使わぬデッキで挑ませてもらおう」


 嫌な予感しかしない。

 博士が、わざわざ「普段使わぬ」と言う時点で、まともなデッキではない。


「見るがいい、白山景娯。これが我が遊び心の結晶――」


 博士がカードを掲げる。


「チャッキ一松(いちまつ)デッキだ!!」


 フロアに沈黙が落ちた。

 いや、完全な沈黙ではない。何人かの子供が「出た……」とか「うわっ」みたいな声を漏らしている。


 出た、って何。

 そんな反応されるデッキなの?

 カードが読み込まれた。


 ホログラムの中に現れたのは、あの不気味な人形だった。


 チャッキ一松(いちまつ)


 和人形とホラー人形と、博士の悪ふざけを雑に煮込んだような存在。以前、店内で暴走して私を散々追い回したやつである。


 博士はさらに一枚カードを置いた。


「装備――包丁」


「装備が最悪!!」


 チャッキ一松の手に、包丁が現れた。


 ホログラムだから危険はない。たぶんない。ないはずだ。そう信じたい。

 だが絵面が最悪だった。

 地下闘技場の中央で、白衣の店長がホラー人形に包丁を持たせている。


 通報したら勝てる気がする。


「博士。エキシビションでも悪趣味」


 景娯が低く言った。


「フフフ。勝負に必要なのは華だけではない。恐怖、混沌、そして意外性だ」


「意外性しかない」


「ちなみに包丁は三本まで増える」


「増やさないでください!!」


 景娯はため息をつくでもなく、自分のカードを静かに置いた。


「顕現せよ――《ラヴェンナ》」


 光が走る。


 ホログラムのラヴェンナが立ち上がった。ラベンダー色のドレス。ほわっとした笑顔。

 その穏やかな姿に、私は少しだけほっとする。

 相手が包丁持ったチャッキ一松なので、余計に癒やしに見える。


 景娯がもう一枚、カードを重ねた。


「装備――終焉穿突、ラスト・ランス」


 ランスが出た。


 全長がラヴェンナ本体より長い、あの馬鹿みたいに大きいランスのオプションが、ホログラムで具現化してラヴェンナの手に収まる。


 観客席の子供たちが歓声を上げた。


「出た、ラスト・ランス!」


「景娯のやつだ!」


「終焉穿突!」


 私は固まった。

 終焉穿突。

 今、弟が普通に言った。


 家では「別に」「どうでもいい」「非効率だ」しか言わない弟が、地下闘技場でラヴェンナに巨大ランスを持たせて、終焉穿突と口にした。


 語彙が強い。強すぎる。

 しかも厨二。まあ弟は本当に中二なので、読みだけなら何も間違っていない。


 デルタが隣でぼそりと言う。


「あの技名、ガングーが考えたんだぜ」


「博士が」


「楽しそうだったぞ」


 それは想像できた。

 むしろ想像したくなかった。「終焉穿突!!」とドヤ顔で命名している博士の顔が鮮明に浮かんでしまい、私は頭を振ってかき消した。


 試合が始まる。


 博士のチャッキ一松は、初手から最悪だった。


「行け、チャッキ一松! 忍び寄る恐怖!」


 チャッキ一松が床を滑るように進む。

 歩幅が小さいのに妙に速い。しかも動きがぬるっとしている。怖い。普通に怖い。


 できれば今すぐ運営に苦情を入れたいが、運営が博士だった。詰んでいる。


 景娯は動じない。

 ラヴェンナを中央に置き、ランスの間合いを維持する。チャッキ一松が近づこうとするたびに、牽制する。


 堅い。景娯の立ち回りは、地味だけど無駄がない。

 博士がカードを追加する。


「包丁、二刀流!」


 チャッキ一松のもう片方の手にも包丁が出た。

 観客席の子供たちは大盛り上がりだ。


「二本になった!」


「こわっ!」


「博士、やりすぎ!」


「強そうじゃん」


 子供たち、受け入れが早い。

 私はまだ全然受け入れていない。


 チャッキ一松が左右に揺れながら迫る。ラヴェンナが後退する。ランスを横薙ぎに振る。チャッキ一松はしゃがむように避けた。


 やけに器用だ。

 人形のくせに腹が立つ。


「ふははは! どうしたチャンピオン! 可愛いラヴェンナでは我が恐怖の人形を止められまい!」


「ラヴェンナは可愛いだけじゃない」


 景娯が短く言った。

 声が静かだった。

 家では聞いたことのない声だ。


「装備効果。間合い固定」


 ラヴェンナの周囲に光の円が広がる。

 チャッキ一松の動きが、円の外でぴたりと止まった。


 博士がむむっと唸り、眉を上げる。


「終焉穿突は攻撃力だけじゃない。近づかれたくない相手ほど、刺さる」


「包丁持った人形への対策として完璧すぎる」


 思わず呟いた。

 景娯は博士のデッキをちゃんと見ている。怖がるでも笑うでもなく、ただ対策している。


 博士が楽しそうに笑った。


「ならば見せてやろう。チャッキ一松、必殺――」


「博士」


 景娯が遮った。


「既に、詰みだ」


 景娯が一枚、カードを置く。

 ラヴェンナのランスが光った。


 間合いの外で止められていたチャッキ一松の足元に、薄い光の線が走る。

 さっきまでの牽制で、すでに逃げ道を塞いでいたのだ。

 チャッキ一松が右に動こうとする。光の壁に阻まれる。左も同じ。後ろも塞がっている。

 真正面には、ラヴェンナの巨大なランス。


「終焉穿突」


 景娯が静かに言った。

 ランスがまっすぐ伸びる。

 チャッキ一松が吹っ飛んだ。

 包丁二本を握ったまま、ものすごく綺麗に宙を舞い、光の粒になって消える。


『WINNER KEIGO SHIRAYAMA』


 観客席が沸いた。

 ものすごい歓声だった。


「チャンピオン強ぇ!」


「博士負けた!」


「チャッキ一松、飛んだ!」


 博士は腕を組んだまま、うむ、と頷く。


「見事だ。やはり前回王者の名は伊達ではない」


「博士、エキシビションでチャッキ一松デッキ使うのやめた方がいい」


「なぜだ」


「絵面が悪い」


「それは否定できんな」


 私は観客席で固まっていた。

 弟が強かった。

 それだけなら、驚きで済んだかもしれない。

 でも、ただ強いだけじゃなかった。

 とても真剣だった。


 相手が博士でも、チャッキ一松でも、包丁二刀流でも、景娯はちゃんと盤面を見て、考えて、勝った。


 家での景娯は、基本的にクールを装っている。

 気だるげに。斜に構えて。「別に」「どうでもいい」「非効率だ」。


 でもフロアの景娯は違った。

 装いがない。

 ただ静かに、真剣だった。


 こんな顔をする子だったんだ。

 知らなかった。


 家にいる姿が全てではないなんて、分かっているはずなのに。


 弟と一緒にいる時間は、ここ一年でずいぶん減った。「別に一緒に出かけなくていいし」と言うようになって、私も引いた。成長の証だと分かっていた。分かっていたから、むりやり踏み込まなかった。


 でも。

 フロアの景娯を見ていると、少しだけ、踏み込まなくて良かったとも思う。


 この顔は、家では見せない顔だ。

 私が隣にいたら、たぶんしない顔だ。


 景娯が短く息を吐く。

 ガッツポーズはしない。ただ顎を引いて、博士に向かって小さく頷いた。


 ちゃんとしてる。

 そう思った瞬間、なぜか視界が少しだけぼやけた。

 別に、泣くような話ではない。

 弟が強かっただけだ。


 見知らぬ場所でちゃんとやっていただけだ。

 なのに。なんで、こんなに嬉しいんだろう。

 目を拭こうと顔を上げたところで、気づいた。


 景娯が、こちらを見ている。


 静止。

 時間が、一瞬だけ止まったような気がした。


 フロアの向こうと観客席。距離にして十メートルくらい。その間で、私と弟の視線がぴたりと合う。


 景娯の顔が動いた。

 目が、少し大きくなる。

 私は動けなかった。


 弟も動かない。

 先に声を出したのは、景娯だった。


「…………なんでいんの」


 平坦を装った声だった。

 でも、できていない。微妙に震えてる。


「それこっちのセリフ」


 私も同じくらいの平坦さで返す。たぶん、同じくらい失敗している。


 沈黙。


 景娯がゆっくりとフロアを出て、観客席の端まで来た。近くで見ると、顔が少し赤い。


「……見てた?」


「バッチリ」


「……」


「終焉穿突」


「――殺してくれ」


 景娯が片手で顔を覆った。


 私は正面を向いたまま、口の端が勝手に持ち上がるのをどうにもできなかった。弟の耳まで赤くなっている。そんなに恥ずかしかったか。家では絶対にやらない厨二全開の技名を姉に聞かれたのが。


 レアだ。

 超レアである。


 この景娯、保存したい。いや、姉としてそんなことを考えてはいけない。でも可愛い。悔しいくらい可愛い。


「……来ていたのか」


 景娯が顔を覆ったまま聞く。


「バイト。私、ここで働いてるし」


「知ってる」


「ですよね」


「でも、地下まで来るとは聞いてない」


「私も今日聞いた。後、前回チャンピオンだってことも」


 景娯が顔から手を離す。険しい顔をしているが、耳はまだ赤い。


「……見て、笑っただろ」


「笑ってない」


「笑ってる」


「……笑ってない」


 私は緩む頬を引き締め、ごほんと一つ咳払いした。

 景娯が横の椅子に腰を下ろす。少し間を置いてから、私の方を向かずに言った。


「……どうだった?」


「かっこよかったよ」


「――素で言うなよ、そういうことを」


「本当のことだし」


 景娯が腕を組んだ。視線が正面に向き、それ以上喋らない。


 でも、避けなかった。

 それだけで、たぶん今の言葉はちゃんと届いたのだと思う。


「ちょっと聞いていい?」


「……何」


「ラヴェンナのカード、いつから持ってたの」


「……想楽がさ、なんか景娯くんにあげるって言って」


 想楽。


 妹の名前だ。


 私がラヴェンナを妹の想楽に渡し、ラヴェンナに付いていたカードを想楽が景娯に渡したらしい。


 妹が弟に「これ要る?」と差し出す顔。

 弟が「……いらないなら」とか言いながら受け取る顔。


 想像できる。できすぎる。

 妹のラヴェンナのカード。

 私が提案したデザインで、博士が作ったやつだ。


「……姉さん」


 景娯が訝しげにこちらを見ている。


「また笑ってる?」


「笑ってないよ」


「なんか嬉しそう」


 私は天井を向いた。

 コロッセオの吹き抜けが上まで続いている。照明が遠い。


 そりゃあ、嬉しいですよ。


 自分がデザインに関わった物が、妹に喜ばれて、そのカードを弟が使っている。しかも真剣に。

 推しに喜ばれるどころの話ではない。家庭内供給が厚い。


「……良かったじゃないか」


 景娯が言った。


「ラヴェンナ、想楽が好きなデザインだよね。強いし」


「強いんだ?」


「カードの中では上位だ。着せ替え連動型は装備バリエーションが一番多い。終焉穿突は博士が特別に追加した技らしいよ」


「あのランス、このゲームのためだったんだね」


「……博士が武装させたかっただけだろうが、結果的には上手く機能してる」


 博士が得意げにランスを棚に並べていた顔と、「女の子にも強さは必要だろう」という台詞が重なる。


 ズレているのか。

 ズレていないのか。

 最近、そこが本当によく分からなくなってきた。


「……ほう」


 いつの間にか後ろに博士が来ていた。

 気配を消すな。心臓に悪い。


「良い戦いだったぞ少年!!」


 景娯が振り返る。


「……博士、なんで姉さんがいんの」


「バイトの白山くんだ。知っていただろう」


「知ってるけど」


「問題ない。今日から地下も担当してもらう予定だったし、ちょうど良い」


「初耳ですけど!?」


 私が言う。博士は涼しい顔だ。


「白山くん、地下はもう慣れただろう?」


「え、まあ、今更驚いたりはしませんけど」


「今日から正式に地下も担当してもらう」


「えぇ!!」


 私より先に、景娯が嫌そうに驚いた。

 それを見て、少し意地悪したくなってしまう。


「悲しいな、お姉ちゃんとここでは会いたくないんだね」


「いや、そういう訳じゃ……」


 焦る弟も可愛い。

 駄目だ。今日は姉の情緒が安定しない。


 博士はそんな姉弟を見て、満足げに鼻を鳴らした。


「フフフ。家族の知らぬ一面を知るのも、玩具が生む交流の一つだ」


「いい話っぽくまとめようとしてますけど、事前説明はしてください」


「サプライズは重要だ」


「重要じゃない種類のサプライズもあるんですよ」


 景娯が小さく息を吐いた。たぶん、同意している。



---



 閉会の後、フロアの子供たちが各々の入口から帰っていった。


 シータが手を振り、デルタが静かに見送る。博士は早々に地下の研究室に戻ると言って消えた。次の設計があるらしい。

 本当にいつ寝ているんだろうか、あの人。


 私と景娯は、地上へ戻るエレベーターに並んで乗っていた。

 家では普通に話す。けれど、新しい一面を見た直後だからか、なんとなく気まずい。

 景娯が先に沈黙を破った。


「……言うなよ」


「何を」


「今日のこと。想楽には」


「……言わないよ」


「家でも」


「言わない」


 地上に出ると、アーケードの外はすっかり暗くなっていた。商店街の電灯が灯っている。

 景娯が自転車のロックを外しながら、こちらを向かずに言った。


「また来るから」


「……来てください」


「姉さんは毎週いるんだろ」


「バイトだからね」


 景娯がサドルにまたがる。

 ペダルを踏む前に、一瞬だけ振り返った。


「……次は、博士の本命デッキにも勝つ」


「本命デッキとかあるんだ」


「ある。たぶん、かなり面倒くさい」


「頑張れ。あんな変な博士に負けるな」


「言われなくても」


 走っていく。あっという間だった。

 私は少しの間、その背中が見えなくなった方を眺める。


 商店街に風が通り、電灯が小さく揺れていた。


 あんな顔をするんだ。

 知らなかった。

 家での景娯は「別に」「どうでもいい」「非効率だ」ばかりで、ちょっと距離を取ってくる。それでも妹のことになると一番気にしているのが顔に出る。


 フロアの景娯は、静かで、真剣だった。


 終焉穿突を使って、顔を赤くして、妹からもらったカードを大事に持っていた。


 少し嬉しかった。


 弟と知らない場所で出会えたことが。

 知らない一面に、こんな形で気づけたことが。


 私は自転車を押して歩き出す。


「――終焉穿突だっけ」


 独り言のつもりで呟いた。


「やめろォ!!」


 角の向こうから景娯の叫びが聞こえた。

 まだそこにいたのか。


「聞こえてるんかい!!」


「帰れ!!」


「帰るよ!!」


 笑った。笑いながら、自分の自転車に乗る。


 ペダルを踏む。夜風が頬に当たって気持ちいい。


 普通のヨーヨーが仕入れできたら、弟に渡そう。

 隼くんが自分で考えた技があるって言っていたし、景娯も絶対に「俺の方が上手い」とか言うはずだ。それで結局二人で夢中になって、妹も横でぱちぱちと拍手して――。


 ただの妄想だ。

 でも、ありえないとも思わなかった。


 もう少し、この職場を続けてみようかな。

 地下にコロッセオがある玩具屋だ。


 博士は夜中に研究していて、シータは情報統制をして、デルタは武器を隠している。


 全部おかしいのに。

 そのおかしさの端っこに、弟が通っていた場所があった。妹のカードが使われていた。隼くんが自分で考えた技を磨いていた。名前も知らない子供たちが、真剣な顔でカードを切っていた。


 悪くない。

 認めたくないけれど、認めざるを得ない。


 電灯が次々と後ろに流れていく。商店街が終わって、住宅街に入る。


 家の光が見えてきた。

 窓のところに、妹が立っている気がした。気のせいかもしれない。でも今日は早く帰れる。


 私はペダルを踏む。


 少しだけ、急いだ。

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