表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界征服玩具店へようこそ 〜今日も誰かが主役《ヒーロー》になる〜  作者: 夕々
夏だ!玩具だ!!引き篭もろう!!?
PR
23/24

第22話 猫の手は借りたいが、猫が忙しい

 世界征服玩具店の店内は、夏休みとは思えないほど静かだった。

 ヨーヨーの棚の前で悩む子もいない。ラヴェンナを眺める子もいない。シータとデルタに話しかけて、返事がないのを分かっていながら近況報告していく子もいない。

 そもそも今、シータとデルタは店頭にいない。代わりに、入口には二体の写真パネルが立っていた。


『本日地下プール営業中! ご利用の方は銭湯側入口へ!』


 写真のシータはゆるく手を振り、デルタは腕を組んでいる。本人たちは地下にいるのに、写真だけで店番が成立しているように感じるのが不思議だ。


「……静かですね」


 私はレジ横でチラシの束を整えながら呟いた。

 たまに親子連れが入ってきても、ポスターを見て「あ、プールはあっちなんだ」と銭湯側へ流れていく。

 八月二週目。

 地下プールは近所の子供たちにとって、もう市民プール以上の存在になっていた。天候不問、紫外線なし、水温一定。入口は銭湯跡からのウォータースライダー。


「地上はな」


 店長はレジ奥の作業台で部品を並べていた。白衣はいつも通りだが、目がもう開発者の目だった。

 レジ横の小型モニターには、地下の簡易配置図が出ている。

 配置図にはそれぞれのアイコンが可愛らしく表示されていて、シータのアイコンは受付と売店をゆるゆる往復し、デルタは規則正しくプールサイドを巡回。緋村さんはスライダー入口と休憩スペースを何度も往復していて、手伝いなのか遊びなのか判断がつかない。


 そして、猫の形をしたベータのアイコンだけが、明らかに異常な動きをしていた。

 プールサイド。休憩スペース。医務スペース。軽食コーナー。地下管理区画。またプールサイド。


「……ベータだけ移動量おかしくないですか?」


「健康管理担当だからな」


「健康管理って、あんなに動き回る仕事でしたっけ」


「猫は走る」


 イヤホンから地下回線の声が次々入る。


『こちらシータ。軽食コーナー、卵アレルギー確認お願い〜』


『こちらデルタ。第二レーンで転倒一件。本人は続行希望だが確認を』


『すみません、かき氷の大盛りって本当に禁止ですか? 子供たちに押し切られそうで』


 ベータアイコンが、医務スペースへ向かいながら小さく震えたように見えた。


『こちらベータ。アレルギー確認を優先。転倒した子は十五分休憩。かき氷大盛りは禁止です。緋村さんも対象です』


『俺もですか?』


『はい』


 通信が切れる。店内はずっと静かだが、世界征服玩具の地下は騒がしい。


「……今の、全部ベータ宛なんですか? 忙しすぎません?」


「健康、食品、怪我、食べ過ぎ。全部ベータの管轄だ。ベータは処理能力が高いから問題はあるまい」


「でも体は一つですよね?」


 店長の手が止まった。

 モニターの中で、猫アイコンはまた休憩スペースへ向かっている。


「ふむ、確かに。せめて健康管理記録の事務処理だけでも軽減できれば……」


 何か考え込み始めてしまった。嫌な予感がする。店長が考え込んでいる時は、たいてい結論がまともではない。


「つまり! 猫の手を増やせばよいのだな」


「多分そういう話じゃないです」


 私の意見は届かなかった。すでに作業台の部品が組まれ始めていた。

 工具の音が暇な店内に響く。


「……何を作ってるんですか」


「ベータ専用入力補助玩具だ」


「玩具なんですね」


「玩具店だからな」


 組み上がっていくのは、丸い胴体に短い脚、小さな耳の小型ロボットだった。左右のアームの先には肉球付きの猫の手。


「猫ですね」


「猫の手だ」


「比喩を形にしました?」


「人類は古来、猫の手も借りたいと願ってきた」


「忙しい時の例えです」


「ならば現実にする」


 肉球を押すと、ぷに、と小さな音がした。可愛い。だが今は業務改善の話だ。


「名付けて、《ネコノテ・タイピングアシスト》!」


 起動すると小さな耳が立つ。


『にゃ』


「しゃべった」


「猫だからな」


 肉球がそろそろとキーを押す。ぷに、ぷに、ぷに。一文字ずつ。見た目は癒やされるが、業務として見ると不安になる速度だった。


『……名称から嫌にゃ予感がします』


 地下にいるはずのベータの声がイヤホンから流れた。こちらの状況まで遠隔で気にかけているらしい。


「大丈夫だ。猫の手だ」


『嫌にゃ予感の精度が上がりました』


 ベータは何も期待してないと言う感じで、淡々と告げた。


『現在の入力速度は、私が直接入力する場合の約二パーセントです。可愛さによる業務効率低下を確認しました』


「ほら見ろ、効率低下も発見できた」


「効率を上げるための玩具ですよね??」


『定型文呼び出しと項目選択に限定するなら検証価値はあります。ただし――音声入力機能は使用しにゃいでください。地下では声と設備案内が常時発生しています。誤認識リスクが高すぎます』


「だが、音声で命令できた方が楽しい」


『業務端末に楽しさは不要です』


 価値観で押し切ろうとする店長と、安全管理は絶対譲らないベータ。勝敗は見えていたのに、店長は音声入力機能を外さない。

 この時点で、今日の結末はだいたい決まっていたのだと思う。


「では、音声指示で項目選択を行う」


「禁止されたことを検証しないでくださいよ!」


 聞いてくれないのはもう分かっているが、言わずにはいられない。


「水分補給、入力」


 耳がぴこんと立つ。


『水分補給、を入力します』


 ぷにぷにぷに。備考欄に『水分補給』。


「項目選択じゃなくて、文字をそのまま入れてますけど」


「まだ学習中だ」


 そこへシータの業務連絡が入る。


『軽食コーナー、麦茶のおかわり追加だよ〜。走った後の子は先に休憩してね〜』


 耳が勢いよく動いた。


『音声入力を認識しました』


「え、通信音声まで拾ってるんですか!?」


 肉球が急に速くなる。さっきまでの遅さが嘘のように。


『麦茶のおかわり追加だよ。走った後の子は先に休憩してね』


「健康記録が生活指導になった!」


「むむっ、停止!」


『停止、を入力します』


 画面に『停止』。


「命令を実行じゃなくて文字にしてる!」


 私は思わず頭を抱えた。

 見覚えがある。ものすごく見覚えがある。前にヨンクラで似たようなことをやったばかりだ。


「これ、音声認識の失敗をまったく反省してなくないですか!?」


「反省したから、今回は音声感度を上げた!」


「余計酷くなる未来しか見えない!」


 今度はデルタの業務連絡が入ってきた。


『第三レーン、飛び込みをしようとする奴を止めた』


『第三レーン、飛び込み未遂一件』


「事故報告書になってる!」


「……一度調整をし直す」


 店長がネコノテを持ち上げようとすると、小さな脚がキーボードの縁にしがみついた。


「抵抗機能まで!?」


「愛着のためだ」


「業務端末にしがみつく愛着はいりません!」


 ネコノテは、ぷに、とさらに一文字打った。

 可愛い音なのに、今は腹立たしい。

 備考欄は、もう何の記録か分からないプールの実況になっていた。


『麦茶のおかわり追加』

『走った後の子は先に休憩』

『停止』

『第三レーン飛び込み未遂』


 健康管理記録の備考欄が、地下プールの混乱まとめになっていく。


 モニター上のベータアイコンが、地下管理区画から地上連絡通路へ、まっすぐ動き出す。


「……店長」


「何だ」


「ベータ、こっち来てます」


 店長の手が止まった。ネコノテだけが、ぷに、と最後の一文字を押した。


 数分後、奥の扉が開いた。

 全長百三十センチほどのキジトラ柄。見た目はいつも通り可愛いが、今日の歩き方は隙がなく、まるで獲物を狙う猫のようだ。

 ベータはタブレットを片手に、作業台の前へ来る。

 それと同時にイヤホンから音声が届いた。


『こちらシータ。ベータちゃん、軽食コーナーはこっちで見ておくね〜』


『こちらデルタ。医務スペース確認は一時的に引き継ぐ』


 どうやら、ベータが地上へ来るために地下側が穴を埋めているらしい。

 つまり、それだけのことをしてでも止めに来たのだ。

 ベータは作業台の前まで来て、画面を見た。


「これでは業務妨害です」


 店長が黙った。猫が怒る時は、声を出さずに静かに爪を出す。


「私の業務は文字を入力することではありません。子供の状態を判断し、必要にゃ記録を残すことです」


 な行がにゃ行に寄っていて可愛いが、内容は真面目だ。


「業務改善とは、必要にゃ判断を減らすことではありません。余計にゃ確認を増やさにゃいことです」


「……うむ」


 世界征服を目指す店長が、猫型AIに叱られて一歩下がった。世界征服玩具店では、社食と健康を握る猫には逆らえない。

 ベータはネコノテの電源を切った。


『にゃ……』


 耳が倒れる。可愛い。だが許される空気ではなかった。


「店長。これは入力端末に接続しにゃいでください」


「もちろんだ。検証用だ」


「検証用でも、私の業務時間を使用しました」


「……すまない」


 珍しく素直に謝った。店長は本当に悪いと思った時は謝る人だ。ただ、そこに至る道がいつも長くて、途中で何かが破綻する。

 今回は備考欄だけで済んだ。


「でも、ベータの言う通りですよね」


 二人がこちらを見る。


「入力する手が足りないんじゃなくて、入ってくる情報が多すぎるんじゃないですか?」


 モニターを指す。


「シータから軽食、デルタから怪我、緋村さんからかき氷。全部ベータが判断し直してるから忙しいんですよね。しかも緊急度が違う。アレルギーはすぐ必要だけど、かき氷は……まあ後でもいいですし」


「緋村さんのかき氷は早めに止める必要があります」


「必要なんだ」


 店長が顎に手を当てる。


「入力補助ではなく、情報の選別補助か」


「アレルギーは赤、怪我は黄色、水分補給は青、食べ過ぎは灰色とか」


「緋村くんのかき氷は灰色か」


「そこは食いつかないでください」


 ベータが少し思案して言った。


「情報整理であれば、有効です。ただし自動判断ではにゃく、優先表示まで。最終判断は私が行います」


「そこはベータがやるんですね」


「私の業務ですので」


 怒っているというより、誇りに近い言い方だった。

 ベータは雑な補助をされたから怒ったのではない。子供の体調や食事を見て記録するのは、ちゃんと自分の仕事だと思っているからだ。


「では、改修しよう」


「音声入力は?」


「切る」


「肉球のぷには?」


「残す」


「通知時に鳴るだけなら許可します」


 改修は早かった。基板を差し替え、音声入力を外し、通知ランプを付ける。

 キーボードは叩かない。地下回線の連絡を分類して、検証画面に小さく表示するだけ。赤、黄色、青、灰色。通知が来るたびに肉球が光り、ぷに、と鳴る。


『軽食コーナー、卵アレルギー確認一件だよ〜』


 肉球が赤く光る。ぷに。


『アレルギー確認:軽食コーナー』


「おお、まともです」


「私は最初からまともだ」


「はいはい」


『第一レーン、軽い接触。怪我なし』


 黄色が光りかけて消え、『記録不要候補:怪我なし』と表示された。


「これなら確認優先度を下げられます」


「ちゃんと業務改善してる」


「白山さんの提案が有効でした」


「褒められました?」


「ただし、店長に発明を促した点は減点です。差し引き、微増です」


 褒められたのか微妙だった。

 緋村さんの声が入る。


『かき氷の普通盛りを二つ、俺の分もお願いします』


 肉球が灰色に光る。『食べ過ぎ関連:緋村さん』


「名指し!」


「緋村くん専用フィルターだな」


「一杯は許可します。二杯目は不可です」


『了解です……』


 返事が少し寂しそうだった。


「この状態であれば、試験運用は可能です。本番端末への接続は行わず、通知補助としてのみ」


「採用か!」


「限定的に、試験運用です」


「採用だな!」


「限定的に! 試験運用です!」


 店長の耳には、聞きたい部分だけ通す特殊フィルターでも入っているのだろうか。


「これ、店頭実演にも向いてそうですね。子供、好きだと思います。押したらぷにって鳴るやつ」


「分かるか、助手よ」


「業務妨害って言われてましたけどね」


「過去に囚われるな」


 ベータがネコノテを見る。


「店頭実演用なら、業務回線とは完全に切り離してください。子供用には、好きな色で肉球が光る仕様が適切です」


 珍しく、ベータがちょっと柔らかくなった気がした。

 タブレットを抱え直し、去り際に振り返る。


「白山さん。問題提起は有効でした」


「ありがとうございます」


「ただし、店長の発明を止める初動が遅いです」


「そこも私の仕事なんですか」


「はい。助手ですので」


「店長、この肩書きどうにかなりません?」


「誇りたまえ」


「誇れないし、責任が増えていくんですよね」


 ベータは一礼して戻っていった。モニターの猫アイコンは、すぐに軽食コーナーへ向かう。休む暇がない。

 代わりに、ネコノテが作業台の上でぷに、と鳴った。青い通知。


『水分補給推奨:休憩スペース』


「ベータ、水分補給推奨が出ている」


『確認しました。シータに依頼します』


『は〜い』


 通信が切れる。さっきより、少しだけ流れが良くなった気がした。


「……まあ、結果的には役に立ちましたね」


「当然だ。私は天才だからな」


「最初にキーボードをぐちゃぐちゃにしたことは忘れてませんよ」


「試行錯誤だ」


「便利な言葉ですね」


 世界征服玩具店では、社食と健康管理を握る猫には逆らってはいけない。その認識は、地下でもきっちり共有されているらしい。


 猫の手は、借り方を間違えると仕事を増やす。

 けれど、ちゃんと役目を決めれば、少しだけ誰かを助けられる。


 今日の教訓としては、悪くない。

 ただし。


「店長」


「何だ」


「次は最初にベータへ相談してください」


「うむ。次はベータ監修の猫型業務補助シリーズを――」


「相談って言いましたよね!? いきなり何か作ったりしないで下さいよ!?」


 地下回線からベータの声がした。


『店長』


「……何かな」


『報連相をお願いします』


「……うむ」


 その日、新しい玩具が一つ生まれた。

 猫の手型通知補助玩具、ネコノテ。

 世界征服にはまだ遠い。

 そもそも玩具なのか、業務用機器なのかは、まだ少し怪しい。

 けれど少なくとも、ベータの足を少しだけ止めずに済むようにはなった。


 たぶん、それで十分なのだと思う。

 少なくとも、今日のところは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ