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世界征服玩具店へようこそ 〜今日も誰かが主役《ヒーロー》になる〜  作者: 夕々
夏だ!玩具だ!!引き篭もろう!!?
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22/24

第21話 ブロックは思いどおりに歩かない

 出勤して最初に告げられたのは、本日の業務内容ではなかった。


「嬢ちゃん、今日の昼は社食を使うな」


 店の入口で、デルタが開口一番にそんなことを言った。


「おはようございます。急に何の話ですか」


「飯だ。外で食うか、弁当を買っとけ」


「ベータに何かあったんですか?」


「あったと言うか、仕事が溜まってるんだ」


 レジ横の定位置から、シータがゆるく手を振った。


「この前のプール営業でずっと出てたから、いつもの仕事の処理で、食堂まで手が回らないんだって〜」


 地下プールイベントの後始末――利用記録、備品管理、水質ログ、次回の改善案。

 一日がかりでそれらを片付けている間に、普段の仕事が後ろへ押し流されたらしい。

 ベータの仕事量、普通におかしい。


「ベータ、真面目だからね〜」


 シータはのんびり言ったが、言われた本人はこの場にいない。

 たぶん地下のどこかで、オレンジブラウンの猫のぬいぐるみみたいな身体を机に向けて、山ほどのデータと戦っているのだろう。


 社畜猫、かわいそうだな。

 声には出さなかった。出したらどこかのマイクに拾われて「社畜ではありません」と返ってきそうな気がしたからだ。


「分かりました。お昼は外で買ってきます」


 デルタはそれだけ言うと、開店準備に戻った。

 今日の世界征服玩具店は、ひとまず通常営業である。

 少なくとも、今のところは。



 営業が始まった夏休みの午前。

 商店街はまだ本格的に暑くなる前の時間帯だった。店の外では自転車のベルが鳴り、八百屋のおじさんがスイカを並べている。駄菓子屋の前には、すでに小学生が数人たむろしていた。


 世界征服玩具店の中でも、奥のフリースペースで三人の子供がブロックで遊んでいた。


「ハル、それ足じゃなくて腕じゃない?」


「足にもなるだろ」


「ならないよ。手ついてるもん」


「手がついた足だよ。リクは何もわかってない」


 ハルと呼ばれた子は角ばったロボットを、リクと呼ばれた子は車輪付きの何かを、もう一人は丸い胴体に短い足をつけた謎の生物を組んでいた。


「ミナちゃん、それ何?」


 棚整理の手を止めて聞くと、ミナが顔を上げた。


「わかんない。でもかわいいでしょ」


「それは分かる」


 目の高さが左右で違い、足も短い。生き物として正しいかは怪しいが、机の上に置かれた姿には妙な愛嬌があった。


「俺のロボ、絶対強いぞ。動きながらビームを撃つ」


「ビームは出ないだろ」


「出る設定なの!」


「それよりオレの車は凄いよ! ユズちゃん、ほら見て」


 リクが車を手で押すと、車は斜めへ進んだ。


「曲がる車」


「最初からそういう設定なんだ」


「うん」


 失敗を設定に変える力が、子供にはある。

 うちにも昔、ブロックがあった。景娯は説明書通りに作るタイプで、箱の完成写真と少しでも違うと納得しなかった。隣で想楽は説明書を開きもせず、足が五本ある何かを作っていた気がする。

 兄妹でも遊び方は違う。

 懐かしいなと思った。思ってしまった。こうやって私が平和を噛み締めていると、大体良くない事が起こる。そんな気がする。


 ミナが自分の作品を見つめて言った。


「これ、本当に動いたらいいのにな」


 その時、床の奥で低い機械音がした。

 業務用の出入り口が開く。


「動かせるぞ!」


 店長が出てきた。白衣で、満面の笑みで、手のひらに小さな透明の立方体を乗せて。


「聞いてたんですか!?」


「地下から聞こえた!」


「盗聴のように独り言を拾わないでください!」


 立方体の中には青白い光のラインが走り、中心の発光体が浮かんでいる。


「これの名は、ビルドハート・コア! ブロックに組み込めば、自分の手で作った形に動力と判断機能を与える!」


「……え、ちゃんとすごい」


 思わず言ってしまった。これは本当に良い玩具なのでは。


「ブロック本体には手を入れず、どんな形を作るかは、作った者に任せる」


「店長にしては控えめですね」


「私は心臓を渡すだけだ。身体を作るのは子供たちだ。これにより自らの手で世界征服兵器を量産できる!」


「世界征服に繋げないでください!」


 なぜ一言足すのか。


「安心したまえ、出力制限はかけてある。最大出力は幼児の小突き程度。挟み込み、過熱、誤飲、稼働時間、全部制限済みだ」


「か、稼働範囲は」


「半径一メートル」


「なら、問題ないですかね」


 デルタを見ると、視線を感じ取ったデルタがコクリと頷く。どうやら動く必要なしと判断した様だ。


 店長の説明によれば、コアは組み込まれた形を読み取り、その形に合わせて動作を推定する。足があれば歩こうとし、車輪があれば走ろうとし――構造が悪ければ、ただ倒れる。


「自動補正を強くしたら、組む意味がない」


 店長が珍しく真面目に言った。


「玩具がすべてこなしてしまえば、子供はただ眺めるだけになる」


「店長、今回は本当にまともですね」


「もちろんだ」


 ハルが身を乗り出した。


「これ、俺のロボも動く?」


「動くとも」


「ビームは?」


「出ない」


「出ないのかよ!」


 それは出なくていい。子供達の夢を壊さないために言わないけれど。


「では、試してみよう」


 店長はコアを机に置いた。

 まずはハルのロボットから。

 胸にコアを組み込むと、青白い光が灯った。


「起動」


 太い腕がぎこちなく動く。背中の羽が震える。片足を前に出した、その瞬間。

 ごつん。

 机の上で、顔から倒れた。


「あっ」


「……世界征服の前に机に負けましたね」


「なんでだよ! 強そうなのに!」


「強そうにした分、重くなったんじゃないかな」


 次はミナの謎生物。短い足が四つ、ぱたぱたと動いたが、丸い胴体が重心を奪って前に傾く。

 ころん。

 そのまま転がった。


「あ」


「かわいい!」


「歩いてはないけど」


「でも、ころころしてる!」


 理屈では失敗、見た目では成功。

 ミナはそれを「ポテ」と名付けた。短く分かりやすく、ネーミングに納得しかない。


 最後はリクの車。車輪の位置がずれているせいで、まっすぐ進まず、動き出した瞬間に大きく曲がった。

 ぐるり。ぐるぐる。

 机の上で小さな円形パトロールが始まる。


「回った」


 リクは予定通りと言わんばかりに平然としていた。


「前に進む気持ちはあるのに、構造が許してないね」


「妙に人生めいたことを言うな」


「玩具の話です」


 子供たちは笑っている。失敗しているのに楽しそうだ。少しでも動けば、それはもう成功らしい。


「どうする、直すか?」


 店長が聞くと、三人それぞれ即答した。

 ハルは直す。ミナはポテのまま、もっところころしたい。リクはまっすぐも走りたいが、曲がる車であることは捨てたくない。


「シータ、手伝ってくれ」


「は〜い」


 シータが定位置を離れ、円盤型の装置を机に置いた。空中に薄い光の線が浮かび、それぞれのブロック作品の立体図が浮かび上がる。


「これは完成品を作る道具じゃないよ〜。どうしたいか考えるための下書き」


 最初にハルのブロックロボットが大きく映し出された。


「かっこいいところ全部残す? それとも足を太くして歩きやすくする?」


「……歩きたい」


「じゃあ、足を太くして、背中を少し軽くする?」


 ハルは真剣な顔で頷いた。

 次にシータはミナのポテをメインで映す。

 丸い胴体と短い足が、光の中でころころ回った。


「ミナちゃんのポテは、足が短いから歩くより転がる方が得意そうだね〜」


「じゃあ、ころころのまま」


「転がるなら、この辺を丸くするともっと進むかも」


「でも足は残す」


「うん、残そっか〜」


 シータは正解を押しつけない。ミナがころころを気に入っているなら、そのまま活かす方を勧める。

 リクには車輪の位置を示した。ブロックの車はホログラム上でぐるぐる回っている。


「こっちの車輪が少し前に出てるね〜」


「だから曲がる?」


「そうかも。まっすぐ走りたいなら、左右をそろえるといいよ」


「でも曲がるのもいる」


「まっすぐモードと曲がるモード、両方作る?」


「作る」


 子供たちは夢中でブロックを組み直し始めた。


「シータ、教えるの上手いですね。答えを言いすぎないというか、作りたい方向に導いてる感じが凄いなって思いました」


「だって、私が作ったら私の子になっちゃうでしょ〜。この子たちは、みんなが作った子だから」


 一方、店長はフリースペースの端で大量のブロックを積み上げていた。

 嫌な予感しかしない。


「店長、何してるんですか」


「私も作る。名付けて、世界征服機動要塞」


「店内のフリースペースで出す名前じゃない」


 足が四本、腕が二本、砲台が六つ、旗が一つ。どう見ても盛りすぎている。


「無理だな」


 定位置からのデルタの断言は短かった。店長は聞かない。店長だからだ。


 改造が終わり、第二起動試験。

 ハルガード(命名はハル本人)は、今度は倒れず一歩を踏み出した。


「歩いた!」


 派手なパーツを減らしたのに、さっきより強そうに見える。自分の足で立つというのは、それだけで説得力があった。


 ポテ二号は、ぽて、ころん、ぽて、ころんと滑らかに進み、ミナが名前を呼ぶとそちらへ転がってきた。


「呼んだら来た!」


「音の方向に反応しているのだ」


 店長は淡々と訂正したが、本当に名前を理解しているかどうかより、来てくれたように見えること。玩具には、そういう嬉しさがある。


 リクの車はまっすぐ走り、小さなパーツを操作すると今度は制御された曲がり方を見せた。


「曲がる車」


「曲がる事にこだわりがあるんだね」


 最後は店長の世界征服機動要塞。


「見よ。大人の本気だ」


「店長が自分の店のフリースペースで本気出すってどうなんでしょうね」


「起動!」


 脚が震え、砲台が上がり――

 ばら。

 脚の一本が外れ、砲台が落ち、旗が傾き、全体がずるりと崩れて、机の上にブロックの山ができた。


「世界征服、立ち上がる前に終わりましたね」


「これは分離形態だ」


「失敗を設定に変える大人、初めて見ました」


 ハルが笑い出し、ミナもリクも口元を押さえた。


「出力に対して重すぎるし、脚も細すぎたね〜」


 シータの追い打ちに、店長は悔しそうにブロックの山を見ていた。

 結局、要塞は脚をなくして車輪に、砲台は一つだけ残して組み直された。


「世界征服機動要塞・小型先行量産試験機」


「名前でサイズを取り返そうとしないでください」



 夕方、ささやかな発表会が開かれた。順位もない、ただ動かして見せ合うだけの時間。


 ハルガードは決めポーズで拍手をもらい、リクの車はきれいな円を描いて得意げにし、ポテ二号はぽてぽて転がるだけで一番の歓声をもらった。


「かわいいは強いね〜」


「それは一理あります」


 性能が高いか、まっすぐ動くか、設計として正しいか。全て大事だが、それだけが正解ではない。

 思った通りに歩かないから、笑えることもある。


「なるほど」


 店長が珍しく静かに言った。


「私は完成品に拘ってしまうが、この玩具は過程や失敗こそが楽しいく、倒れれば直す。曲がれば考える。未完成を動かすからこそなのだな」


「自分で作った玩具なのに、子供達に教えられましたね」


「私もこのブロックの様にまだ未完成と言う事だ!」


「大人として早く完成してくれると助かるんですけどね」



 子供たちが帰った後、片付けをしていると足元で何かが動いた。


 ぽて。


 稼働時間がまだ少し残っていたポテ二号が、ハルガードと小型先行量産試験機を従えて小さな行進を始めてしまった。


「店長、止めてください」


「待て、挙動データを取っている」


「ベータみたいなこと言い出した」


 デルタは「害はねぇ」の一言で見送り、シータは「あとちょっとだけ〜」と眺めている。

 誰も本気で止める気がない。

 やがてコアの光が弱まり、行進は静かに止まった。


「次は合体機能を――」


「今日はもう終わり」


 私とデルタの声が重なった。

 ブロックを箱に戻していると、店長の手にもう一つ小さなコアがあるのに気づいた。


「それ何ですか」


「試作二号。三体合体」


「既に作ってたんですか!?」


「改善とは、次の征服への第一歩である」


「改善って言葉に謝ってください」


 今日は平和な一日だった。地下にも行かず、大きな爆発もなく、店長の発明にしてはかなりおとなしく終わった。

 ただ子供たちが作ったブロックが、少し動いて、少し転んで、少し笑っただけ。


 もっとも、この店で平和な日が長く続くとは、誰も思っていない。


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