第21話 ブロックは思いどおりに歩かない
出勤して最初に告げられたのは、本日の業務内容ではなかった。
「嬢ちゃん、今日の昼は社食を使うな」
店の入口で、デルタが開口一番にそんなことを言った。
「おはようございます。急に何の話ですか」
「飯だ。外で食うか、弁当を買っとけ」
「ベータに何かあったんですか?」
「あったと言うか、仕事が溜まってるんだ」
レジ横の定位置から、シータがゆるく手を振った。
「この前のプール営業でずっと出てたから、いつもの仕事の処理で、食堂まで手が回らないんだって〜」
地下プールイベントの後始末――利用記録、備品管理、水質ログ、次回の改善案。
一日がかりでそれらを片付けている間に、普段の仕事が後ろへ押し流されたらしい。
ベータの仕事量、普通におかしい。
「ベータ、真面目だからね〜」
シータはのんびり言ったが、言われた本人はこの場にいない。
たぶん地下のどこかで、オレンジブラウンの猫のぬいぐるみみたいな身体を机に向けて、山ほどのデータと戦っているのだろう。
社畜猫、かわいそうだな。
声には出さなかった。出したらどこかのマイクに拾われて「社畜ではありません」と返ってきそうな気がしたからだ。
「分かりました。お昼は外で買ってきます」
デルタはそれだけ言うと、開店準備に戻った。
今日の世界征服玩具店は、ひとまず通常営業である。
少なくとも、今のところは。
営業が始まった夏休みの午前。
商店街はまだ本格的に暑くなる前の時間帯だった。店の外では自転車のベルが鳴り、八百屋のおじさんがスイカを並べている。駄菓子屋の前には、すでに小学生が数人たむろしていた。
世界征服玩具店の中でも、奥のフリースペースで三人の子供がブロックで遊んでいた。
「ハル、それ足じゃなくて腕じゃない?」
「足にもなるだろ」
「ならないよ。手ついてるもん」
「手がついた足だよ。リクは何もわかってない」
ハルと呼ばれた子は角ばったロボットを、リクと呼ばれた子は車輪付きの何かを、もう一人は丸い胴体に短い足をつけた謎の生物を組んでいた。
「ミナちゃん、それ何?」
棚整理の手を止めて聞くと、ミナが顔を上げた。
「わかんない。でもかわいいでしょ」
「それは分かる」
目の高さが左右で違い、足も短い。生き物として正しいかは怪しいが、机の上に置かれた姿には妙な愛嬌があった。
「俺のロボ、絶対強いぞ。動きながらビームを撃つ」
「ビームは出ないだろ」
「出る設定なの!」
「それよりオレの車は凄いよ! ユズちゃん、ほら見て」
リクが車を手で押すと、車は斜めへ進んだ。
「曲がる車」
「最初からそういう設定なんだ」
「うん」
失敗を設定に変える力が、子供にはある。
うちにも昔、ブロックがあった。景娯は説明書通りに作るタイプで、箱の完成写真と少しでも違うと納得しなかった。隣で想楽は説明書を開きもせず、足が五本ある何かを作っていた気がする。
兄妹でも遊び方は違う。
懐かしいなと思った。思ってしまった。こうやって私が平和を噛み締めていると、大体良くない事が起こる。そんな気がする。
ミナが自分の作品を見つめて言った。
「これ、本当に動いたらいいのにな」
その時、床の奥で低い機械音がした。
業務用の出入り口が開く。
「動かせるぞ!」
店長が出てきた。白衣で、満面の笑みで、手のひらに小さな透明の立方体を乗せて。
「聞いてたんですか!?」
「地下から聞こえた!」
「盗聴のように独り言を拾わないでください!」
立方体の中には青白い光のラインが走り、中心の発光体が浮かんでいる。
「これの名は、ビルドハート・コア! ブロックに組み込めば、自分の手で作った形に動力と判断機能を与える!」
「……え、ちゃんとすごい」
思わず言ってしまった。これは本当に良い玩具なのでは。
「ブロック本体には手を入れず、どんな形を作るかは、作った者に任せる」
「店長にしては控えめですね」
「私は心臓を渡すだけだ。身体を作るのは子供たちだ。これにより自らの手で世界征服兵器を量産できる!」
「世界征服に繋げないでください!」
なぜ一言足すのか。
「安心したまえ、出力制限はかけてある。最大出力は幼児の小突き程度。挟み込み、過熱、誤飲、稼働時間、全部制限済みだ」
「か、稼働範囲は」
「半径一メートル」
「なら、問題ないですかね」
デルタを見ると、視線を感じ取ったデルタがコクリと頷く。どうやら動く必要なしと判断した様だ。
店長の説明によれば、コアは組み込まれた形を読み取り、その形に合わせて動作を推定する。足があれば歩こうとし、車輪があれば走ろうとし――構造が悪ければ、ただ倒れる。
「自動補正を強くしたら、組む意味がない」
店長が珍しく真面目に言った。
「玩具がすべてこなしてしまえば、子供はただ眺めるだけになる」
「店長、今回は本当にまともですね」
「もちろんだ」
ハルが身を乗り出した。
「これ、俺のロボも動く?」
「動くとも」
「ビームは?」
「出ない」
「出ないのかよ!」
それは出なくていい。子供達の夢を壊さないために言わないけれど。
「では、試してみよう」
店長はコアを机に置いた。
まずはハルのロボットから。
胸にコアを組み込むと、青白い光が灯った。
「起動」
太い腕がぎこちなく動く。背中の羽が震える。片足を前に出した、その瞬間。
ごつん。
机の上で、顔から倒れた。
「あっ」
「……世界征服の前に机に負けましたね」
「なんでだよ! 強そうなのに!」
「強そうにした分、重くなったんじゃないかな」
次はミナの謎生物。短い足が四つ、ぱたぱたと動いたが、丸い胴体が重心を奪って前に傾く。
ころん。
そのまま転がった。
「あ」
「かわいい!」
「歩いてはないけど」
「でも、ころころしてる!」
理屈では失敗、見た目では成功。
ミナはそれを「ポテ」と名付けた。短く分かりやすく、ネーミングに納得しかない。
最後はリクの車。車輪の位置がずれているせいで、まっすぐ進まず、動き出した瞬間に大きく曲がった。
ぐるり。ぐるぐる。
机の上で小さな円形パトロールが始まる。
「回った」
リクは予定通りと言わんばかりに平然としていた。
「前に進む気持ちはあるのに、構造が許してないね」
「妙に人生めいたことを言うな」
「玩具の話です」
子供たちは笑っている。失敗しているのに楽しそうだ。少しでも動けば、それはもう成功らしい。
「どうする、直すか?」
店長が聞くと、三人それぞれ即答した。
ハルは直す。ミナはポテのまま、もっところころしたい。リクはまっすぐも走りたいが、曲がる車であることは捨てたくない。
「シータ、手伝ってくれ」
「は〜い」
シータが定位置を離れ、円盤型の装置を机に置いた。空中に薄い光の線が浮かび、それぞれのブロック作品の立体図が浮かび上がる。
「これは完成品を作る道具じゃないよ〜。どうしたいか考えるための下書き」
最初にハルのブロックロボットが大きく映し出された。
「かっこいいところ全部残す? それとも足を太くして歩きやすくする?」
「……歩きたい」
「じゃあ、足を太くして、背中を少し軽くする?」
ハルは真剣な顔で頷いた。
次にシータはミナのポテをメインで映す。
丸い胴体と短い足が、光の中でころころ回った。
「ミナちゃんのポテは、足が短いから歩くより転がる方が得意そうだね〜」
「じゃあ、ころころのまま」
「転がるなら、この辺を丸くするともっと進むかも」
「でも足は残す」
「うん、残そっか〜」
シータは正解を押しつけない。ミナがころころを気に入っているなら、そのまま活かす方を勧める。
リクには車輪の位置を示した。ブロックの車はホログラム上でぐるぐる回っている。
「こっちの車輪が少し前に出てるね〜」
「だから曲がる?」
「そうかも。まっすぐ走りたいなら、左右をそろえるといいよ」
「でも曲がるのもいる」
「まっすぐモードと曲がるモード、両方作る?」
「作る」
子供たちは夢中でブロックを組み直し始めた。
「シータ、教えるの上手いですね。答えを言いすぎないというか、作りたい方向に導いてる感じが凄いなって思いました」
「だって、私が作ったら私の子になっちゃうでしょ〜。この子たちは、みんなが作った子だから」
一方、店長はフリースペースの端で大量のブロックを積み上げていた。
嫌な予感しかしない。
「店長、何してるんですか」
「私も作る。名付けて、世界征服機動要塞」
「店内のフリースペースで出す名前じゃない」
足が四本、腕が二本、砲台が六つ、旗が一つ。どう見ても盛りすぎている。
「無理だな」
定位置からのデルタの断言は短かった。店長は聞かない。店長だからだ。
改造が終わり、第二起動試験。
ハルガード(命名はハル本人)は、今度は倒れず一歩を踏み出した。
「歩いた!」
派手なパーツを減らしたのに、さっきより強そうに見える。自分の足で立つというのは、それだけで説得力があった。
ポテ二号は、ぽて、ころん、ぽて、ころんと滑らかに進み、ミナが名前を呼ぶとそちらへ転がってきた。
「呼んだら来た!」
「音の方向に反応しているのだ」
店長は淡々と訂正したが、本当に名前を理解しているかどうかより、来てくれたように見えること。玩具には、そういう嬉しさがある。
リクの車はまっすぐ走り、小さなパーツを操作すると今度は制御された曲がり方を見せた。
「曲がる車」
「曲がる事にこだわりがあるんだね」
最後は店長の世界征服機動要塞。
「見よ。大人の本気だ」
「店長が自分の店のフリースペースで本気出すってどうなんでしょうね」
「起動!」
脚が震え、砲台が上がり――
ばら。
脚の一本が外れ、砲台が落ち、旗が傾き、全体がずるりと崩れて、机の上にブロックの山ができた。
「世界征服、立ち上がる前に終わりましたね」
「これは分離形態だ」
「失敗を設定に変える大人、初めて見ました」
ハルが笑い出し、ミナもリクも口元を押さえた。
「出力に対して重すぎるし、脚も細すぎたね〜」
シータの追い打ちに、店長は悔しそうにブロックの山を見ていた。
結局、要塞は脚をなくして車輪に、砲台は一つだけ残して組み直された。
「世界征服機動要塞・小型先行量産試験機」
「名前でサイズを取り返そうとしないでください」
夕方、ささやかな発表会が開かれた。順位もない、ただ動かして見せ合うだけの時間。
ハルガードは決めポーズで拍手をもらい、リクの車はきれいな円を描いて得意げにし、ポテ二号はぽてぽて転がるだけで一番の歓声をもらった。
「かわいいは強いね〜」
「それは一理あります」
性能が高いか、まっすぐ動くか、設計として正しいか。全て大事だが、それだけが正解ではない。
思った通りに歩かないから、笑えることもある。
「なるほど」
店長が珍しく静かに言った。
「私は完成品に拘ってしまうが、この玩具は過程や失敗こそが楽しいく、倒れれば直す。曲がれば考える。未完成を動かすからこそなのだな」
「自分で作った玩具なのに、子供達に教えられましたね」
「私もこのブロックの様にまだ未完成と言う事だ!」
「大人として早く完成してくれると助かるんですけどね」
子供たちが帰った後、片付けをしていると足元で何かが動いた。
ぽて。
稼働時間がまだ少し残っていたポテ二号が、ハルガードと小型先行量産試験機を従えて小さな行進を始めてしまった。
「店長、止めてください」
「待て、挙動データを取っている」
「ベータみたいなこと言い出した」
デルタは「害はねぇ」の一言で見送り、シータは「あとちょっとだけ〜」と眺めている。
誰も本気で止める気がない。
やがてコアの光が弱まり、行進は静かに止まった。
「次は合体機能を――」
「今日はもう終わり」
私とデルタの声が重なった。
ブロックを箱に戻していると、店長の手にもう一つ小さなコアがあるのに気づいた。
「それ何ですか」
「試作二号。三体合体」
「既に作ってたんですか!?」
「改善とは、次の征服への第一歩である」
「改善って言葉に謝ってください」
今日は平和な一日だった。地下にも行かず、大きな爆発もなく、店長の発明にしてはかなりおとなしく終わった。
ただ子供たちが作ったブロックが、少し動いて、少し転んで、少し笑っただけ。
もっとも、この店で平和な日が長く続くとは、誰も思っていない。




