第20話 チーム戦は世界征服より難しい
午前中まで、地下プールは平和だった。
水鉄砲は水鉄砲として撃ち合い、魚釣り玩具では魚を釣り、ボート型ラジコンは決められたコースを走る。
どれも普通に楽しい。
少なくとも、一つずつ遊んでいる間は何の問題もなかった。
問題は、博士がその三つを同時に遊ぼうと思いついたことである。
唐突に博士は魚釣り区域を指さし演説を始めた。
「まず、この魚たちを釣り上げる」
次に、ラジコン区域へ腕を向けた。
「釣った魚をボートへ積み、自分たちの陣地まで運ぶ」
説明を始めた博士に子供達は興味をひかれ、驚きつつも素直に耳を傾けている。
「もちろん、相手チームも魚を運ぶ」
「競争になるわけですか」
「そして相手の輸送を妨害するために――」
最後に、水鉄砲区域を指さした。
「水鉄砲を使用する!」
「最後に争いを足した!」
「魚を釣り、敵の攻撃をかいくぐり、ボートで自陣へ持ち帰る。知力、技術、勇気、そして水遊びの全てを兼ね備えた総合競技!」
博士は白衣の裾を翻す。
「そう! 言うなれば、これは水上征服戦だ!」
「もっと平和な名前でもいいでしょうに」
博士はプールサイドの中央に立ち、思いついたばかりの遊びを、長年温めてきた企画のような顔で発表していた。
周囲には、休憩を終えかけた子供たちが集まり始めている。
午前中に水鉄砲で遊んでいた子。
魚釣り玩具を抱えている子。
ラジコンのコントローラーを手放したくなさそうな子。
博士の説明を聞く顔は、どれも期待に満ちていた。
「船、撃っていいの?」
「魚を落とすの?」
「チーム戦?」
「何それ、やりたい!」
最初に声を上げたのは、当然のように隼くんだった。
青いかき氷のカップを片手に持ったまま、こちらへ駆けてくる。
「走るな!」
デルタに注意され、隼くんは急停止した。
カップの中で青い氷が大きく傾く。
「俺、連射型あるぞ!」
「まだ開催するとは決まってないよ」
「では今決めよう」
「博士に決定権を渡した覚えはありません!」
「参加する者は手を上げたまえ!」
「無視しないで下さい!」
子供たちの手が一斉に上がった。
参加希望の保護者も何人かいたが、三人一組で子供を中心に組むと聞き、見学へ回る人が多かった。
その後ろで、イベントスタッフのはずの緋村さんが、高く手を上げていた。
「緋村さん、そもそもスタッフですよね?」
「やっぱり駄目かな?」
「……人数次第ですかね」
人数を確認すると、緋村さんを入れて丁度三十人。三人一組で十チーム。
小さくガッツポーズして喜んでいる緋村さん。
……まあ、緋村さんなら子供の面倒も見られるし、スタッフ特典としておこうか。
「ルールを確認する」
デルタがプールサイドへ出てきた。午前中と同じく、全身を覆う競泳水着姿である。巨大なクマが安全管理用のボードを持って歩く光景には、そろそろ慣れてきた。
「一チーム三人。釣り、ボート操縦、水鉄砲をそれぞれ担当する。競技中の役割交代はなしだ」
「全員が同じ仕事をするわけではないんですね」
「三十人が一斉に動き回ったら、訳分からなくなる。それに衝突事故が起こるかもしれないからな」
「安全に配慮されてる」
「当たり前だ。ガングーと一緒にするなよ」
デルタは魚型玩具を一匹持ち上げた。
「釣り担当は魚を釣って、味方の船へ載せる。手で拾うのは禁止。操縦担当は、魚を載せた船を自分たちのゴールまで運ぶ。魚が載ったまま到着すれば一点だ」
「大きい魚は?」
想楽が尋ねる。
「二点。金色は五点だ」
子供たちから声が上がった。
既に金色しか見ていない子が何人かいる。
「船同士の接触は?」
景娯が聞いた。
「認める。横から押す、進路へ割り込む、釣り場の前を塞ぐ。その辺りまではありだ。ただし、転覆した船への追撃や、一隻だけを長時間押さえ込むのは禁止」
景娯の目が少し細くなった。
もうコースを見ている。
「水鉄砲で狙っていいのは、船、船に載った魚、釣り糸に付いている魚だけだ。人へ撃つな。操縦者も釣り担当も狙うな。顔へ当てるのは当然禁止だ」
デルタが全員を見渡す。
「戦術の幅が狭いな」
博士が不満を漏らした。
「人を撃つのを前提にすると、ただの水鉄砲大会でよくなるだろ」
「ふむ、確かに」
ベータが得点板と時計を準備している。
「競技時間は二十分。得点が最も高いチームの勝利です。反則をした場合は警告、繰り返した場合は減点します」
「楽しむことが目的だから、勝ち負けだけにこだわらないようにね〜」
シータが子供たちへ言った。
「お前は反則するなよ」
デルタが隣のシータへ向けて言う。
「何もしないよ〜」
シータは楽しそうに笑った。
今の私には分かる。あの笑顔、裏がある笑顔だ。
チーム分けが発表された。
隼くん、想楽、緋村さん。
景娯と、同じくらいの年の男の子二人。
私、玲、真帆。
博士は常連の男の子二人と組み、シータも参加者最年少の子達と同じチームになった。
大人が混ざっているチームは、博士、シータ、緋村さんの三つだけ。それぞれ別のチームに入れたのは、デルタなりの危険分散だと思う。
……シータは大人判定で良いんだよね?
「ユズちゃん、私が釣りでいいかな?」
真帆が磁石式の釣竿を手に取った。
「午前中に子供たちとやってたし、いいと思う」
「じゃあ私が操縦する」
玲は迷わずコントローラーを選ぶ。
「ということは、私が水鉄砲か」
「適任だと思う」
「どの辺が?」
「博士の考えを読める」
「そんな能力、欲しくなかった」
反論しながら《ファーストショット》を受け取る。
一番安い、最低限の水鉄砲。
玲はロングレンジノズルを見た後、私の方を見た。
「射程を伸ばす?」
「狙いが悪いから、遠くなっても当たらないと思う」
「なら連射系か」
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。と言うことで連射ポンプユニットを選んだ。数で解決する戦術である。
博士寄りの発想になっている気がしたけど、深く考えないことにした。
隣では、隼くんたちも役割を決めていた。
「俺水鉄砲! っと思ったけど、景娯が船の操縦っぽいから俺も操縦だ!」
隼くんが真っ先にコントローラーを取る。
「私、釣りでいい?」
想楽が竿を持った。
「もちろん!」
二人の間には迷いがない。
「では、俺が水鉄砲だな」
緋村さんが《ファーストショット》を構えた。姿勢が妙に板についている。小さな水鉄砲なのに、構えている人の立ち方だけで、急にヒーローの装備に見えてくる。
「緋村さん、それで満足ですか?」
「どういう意味かな」
「もっと大きい水鉄砲を選ぶと思ってました」
「玩具は大きさではない。使い方だよ」
真面目に答えた直後、ロングレンジノズルを取り付けた。
「狙い撃つ気満々!」
「味方の船を守るためさ」
景娯チームでは、予想どおり景娯が操縦担当になっている。同級生らしい二人が、釣りと水鉄砲を分担していた。
「景娯、隼くんと勝負だね」
想楽が声をかける。
「別に、相手は橘だけじゃない」
景娯はコースから目を離さない。
その横で隼くんが笑う。
「負けないからな!」
「僕も操縦なら負けない」
「じゃあ勝負な!」
「いいだろう。負けても泣くなよ」
始まる前から火花が散っている。
そこへ玲がコントローラーを持って通り過ぎた。
「お互いしか見てないと、足元を掬われるぞ」
隼くんと景娯が、同時に玲を見た。
「玲も操縦なの?」
「そう」
「負けないぞ!」
「好きにすればいい」
玲はもう自分の船を確認している。景娯と隼くんの間に、しれっと三人目が割り込んでいた。本人は対決するつもりすらなさそうだったが。
「競技開始前に、使用する水鉄砲の確認をする」
デルタが各チームを回った。
私たちの《ファーストショット》と連射ユニット一つ。問題なし。
緋村さんのロングレンジノズルも規定内。
シータのチームも、見たところ普通だった。
最後に博士の前で、デルタが止まった。
「……ガングー」
「何だ?」
「その水鉄砲を置け」
「これは《ファーストショット》だが?」
原型はほとんど残っていなかった。
連射ポンプ。ロングレンジノズル。拡張タンク。三方向ノズル。肩掛けストック。簡易照準サイト。さらに見覚えのない小箱が側面に取り付けられている。
「チームにつきオプション一つだ」
「これは全て一体化している。つまり一つの装備だ」
「屁理屈を言うな」
デルタが見覚えのない小箱を指さす。
「これは何だ?」
「照準補助装置だ」
「自動追尾と書いてあるぞ」
「自動で照準を補助する装置だ」
「没収」
「待て!」
小箱が外された。拡張タンクも外される。連射ポンプも、ロングレンジノズルも、三方向スプレッダーも外された。
最後に残ったのは、小さな《ファーストショット》と簡易照準サイト。
「せめて連射を残したまえ!」
「チームで選べるのは一つだ」
「これは戦力の不当な削減だ!」
「最初から同じ条件だ!」
博士は不満そうに照準サイトを覗いた。水鉄砲より照準器の方が大きく見える。
「隠している物も出せ」
「何のことだ?」
デルタが白衣の脇を軽く押した。
中から透明なホースが出てきた。ホースの先は、博士の背中に隠された大きなタンクへ繋がっている。
「これは予備の水だ」
「本体に直結してるだろ」
「補給時間を短縮するための工夫だ」
「規定違反だ」
タンクも回収された。
「まだ始まってもいないのに二回反則してる」
私が言うと、博士は胸を張った。
「既存のルールに疑問を投げかけているのだ」
「ただ守れないだけですよね?」
十艘のボートが水面に並んだ。
色とりどりで、手のひらを二つ並べたくらいの大きさ。船体の周囲には柔らかいバンパーが付いている。
釣り担当は浅い区域へ。操縦担当は少し高くなった操作台へ。水鉄砲担当は、その後ろの射撃線へ並ぶ。
一人ずつ役割が分かれているので、三十人いても思ったほど混乱しない。
「釣れた魚を船へ載せ、ゴールまで運ぶ。水鉄砲は船と魚のみ。人を撃つな」
デルタが最後に確認する。
「船同士はぶつかってもいいんだよな!」
隼くんが聞く。
「ルールの範囲内ならな」
「よし!」
「その返事、不安だな」
ベータが笛を構えた。
「競技時間は二十分。準備はよろしいですか?」
子供たちから声が上がる。
私も水鉄砲を握り直した。
何だかんだで、少し楽しみになっている。それを認めると博士に負けた気がするので、口には出さないけど。
そしてゲーム開始の笛が鳴った。
最初に魚を釣り上げたのは、景娯チームだった。
「景娯、寄せろ!」
釣り担当の男の子が声を上げる。
景娯の青黒いボートが、魚の真下へ滑り込んだ。位置がぴったり合う。魚が船へ落ちた瞬間、景娯はもうボートを動かしていた。
無駄がない。
他の船がまだ魚を載せようとしている間に、最短距離でゴールへ向かっていく。
「行かせるか!」
隼くんの赤いボートが横から突っ込んだ。船体同士がぶつかる。景娯の船が押される。しかし正面から受けず、船首を斜めに向けて力を逃がした。赤いボートだけが大きく弾かれる。
「ずるい!」
「上手いと言え」
「もう一回!」
「魚を運べよ」
景娯は隼くんを相手にせず、そのままゴールへ入った。
「景娯チーム、一点です!」
ベータが得点板を動かす。
「くそー!」
隼くんは急いで自分の釣り場へ船を戻す。
「隼くん、こっち!」
想楽が魚を釣り上げていた。
「今行く!」
「右、右!」
「分かってる!」
赤いボートが勢いよく寄ってくる。少し行き過ぎた。
想楽は釣竿を伸ばし、揺れる魚を船の上へ落とす。魚が船体の端へ当たり、一度跳ねた。
「あっ」
落ちそうになる。想楽が竿先で押し戻した。
「載った!」
「行くぞ!」
隼くんは確認する前に全速力で動かし。赤い船が水しぶきを上げて飛び出す。
「想楽と隼くん、勢いが同じ」
真帆が釣竿を下ろしながら笑う。
「見てる方はハラハラするけどね」
「私たちはゆっくりでいいよ」
真帆の糸に、ピンクの魚が付いた。
「玲、釣れたよ」
「今行く」
玲の白いボートが、混雑した中央を避けて外側から近づいてくる。真帆は急がない。玲も魚の真下で船を完全に止めた。
「下ろして」
「うん」
魚が船の中央へ静かに載る。
「ユズちゃん、お願い」
「任せて」
玲の船へ近づく別チームの船を狙い、水を撃つ。一発目は外れた。二発目も少し手前。三発目が船首へ当たり、進路をわずかにずらした。
「当たった!」
「三発目で」
「当たればいいの!」
玲は何も言わず、外側のコースを進んでいく。最短距離ではない。けれど中央では、景娯と隼くんが再びぶつかり合っていた。そこへ入らなければほとんど被害を受けない。
白いボートは静かにゴールへ到着した。
「ユズチーム、一点です!」
名前が私のチームになっている。別にリーダーではないし、今の得点も真帆と玲の働きだが、そこは黙っておいた。
競技開始から数分。
景娯チームが操縦技術で先行していた。魚を載せるまでの動きは普通だが、載せた後が速い。他の船の位置を見て、空いた場所を迷わず通る。
隼くんは、とにかく景娯を邪魔する。景娯も、隼くんの船が近づけば押し返す。二人とも得点より相手を意識し始めていた。
「景娯! 今度こそ止める!」
「お前の船、魚載ってないだろ」
「勝負しに来た!」
「自分の仕事をしろ」
二隻が水路の中央でぶつかる。
その横を、玲の船が通過した。
「また抜かれた!」
景娯が叫ぶ。隼くんも玲の船へ視線を向ける。いつの間にか、私たちの得点が景娯チームへ近づいていた。
「景娯、先に玲を止めるぞ!」
「お前なぁ……まあいい、やるぞ」
一時休戦らしい。二隻が左右から玲の船へ近づく。
「玲、挟まれる!」
「見えてる」
玲は速度を落とさない。前方には、浮きで作られた狭い門がある。このままでは三隻並んで通れない。
「逃げ場ないぞ!」
隼くんの声が弾む。
玲は門の直前で、船を急に右へ切った。白いボートが浮きの外側へ逃げる。
真っすぐ進んでいた隼くんと景娯の船は、互いの進路へ入った。二隻が正面から軽く衝突する。
「うわっ!」
隼くんの船が回転した。景娯はすぐに立て直す。その間に、玲の船は外側を回り、ゴールへ進んでいく。
「玲!」
「二隻で来るからだ」
玲はコントローラーから目を離さない。
「共闘は?」
「終了」
景娯が短く告げた。
二人はすぐにまた互いを妨害し始めた。共闘時間は一分もなかった。
操縦者が争っている一方で、釣り担当は地道に魚を増やしていた。
「隼くん、次釣れたよ!」
想楽が大きな青い魚を持ち上げる。二点の魚だ。しかし隼くんの船は、景娯の船を追い回している。
「隼くん?」
「ちょっと待って! 今、景娯を止めてる!」
「魚、重いんだけど!」
想楽が両手で竿を支える。魚が揺れ、磁石が外れそうになる。
「一回戻した方がいいよ」
隣の釣り場から真帆が声をかけた。
「うん……」
想楽は仕方なく魚を水へ戻す。釣ったのに運べない。
隼くんはようやく自分の釣り場を見て、慌てて船を戻した。
「もう一回頼む!」
「今度はちゃんと来てね!」
「分かった!」
勢いよく答える。たぶん数分後には忘れる。
一方、真帆と玲の連携は安定していた。
「次、黄色い魚」
「左から行く」
真帆が魚を釣る前に、玲の船が近くへ来ている。魚が釣れた時には、もう積み込み位置で止まっていた。
「下ろすね」
「うん」
短いやり取り。ほとんど失敗しない。派手ではないが、得点は着実に増える。
「真帆、玲、すごくない?」
私は水鉄砲を撃ちながら言った。
「普通にやってるだけだよ」
真帆が笑う。
「それが難しいのに」
博士を見ると、今のところ普通……ではなかった。
「征服開始だ!」
博士は簡易照準サイト付きの《ファーストショット》を構えていた。相手の船ではなく、景娯の手元へ銃口を向けている。
「博士、人は駄目ですよ!」
「船を狙っている!」
「船は水の上です!」
「射線上に操縦者がいるだけだ!」
博士が撃つ。水は景娯の腕へ当たった。景娯が冷たい視線を向ける。
「反則だろ」
「意図的ではない」
「嘘だ」
「状況証拠だけで断定するのは――」
「博士、警告一回です」
ベータが得点板の博士チームへ、赤い印を一つ付けた。
「次は減点します」
「厳しすぎないか?」
「ちゃんとルール説明しました」
博士は不満そうに水鉄砲を下ろした。
次に、想楽が釣り上げた魚を狙う。これは正攻法だ。想楽の糸に付いた魚へ水が飛ぶ。魚が揺れ、磁石が外れた。
「あっ!」
青い魚が水へ戻る。
「見たか助手よ! これが正しい水鉄砲の運用だ!」
「最初からそれをやってください!」
博士は満足そうに頷いた。しかし次の瞬間、緋村さんへ水を撃った。
「何で!?」
「彼がこちらの船を狙っていたからだ」
「緋村さんじゃなく、魚か船を狙ってください!」
「相手の攻撃能力を削ぐのは――」
ベータの笛が短く鳴った。
「反則二回。博士チーム、一点減点です」
博士チームの男の子二人が、揃って博士を見る。
「博士、普通にやって」
「俺たち今、二点取ったのに」
味方の子供から正論を浴びせられ、博士は少しだけ黙った。
「……善処しよう」
「守るって言って」
消え入りそうな声で「うむ」と答える店長を横目に、私はゲームの順位が動き出したのを確認した。
景娯チームが一位。私たちが二位。隼くんたちが三位。少し離れて、他の子供チームが続いている。
その時、得点板の下の方にいたシータチームが、大量に魚を釣り始めた。
「釣れたよ〜」
シータが一匹持ち上げる。船へ載せる。次の魚が、もう釣竿の真下へ来ている。
「また釣れた〜」
さらに一匹。また一匹。シータが竿を下ろすたびに魚が寄ってくる。しかも、なぜか列を作るように並んでいた。
「シータ、すごい!」
「今日の魚さん、私のこと好きみたい〜」
「魚にそんな習性あるんですか?」
「今日はあるみたい〜」
「絶対ない」
短時間で大量の魚が釣り上げられ、シータチームの得点が一気に伸びる。五位から三位、そして一位へ近づいたところで、デルタが競技区域へ入ってきた。
「シータチーム止まれ!」
笛の音が鳴る。参加者全員が注目し、シータチームの手が止まった。
デルタはシータの前で腕を組む。
「何かな〜?」
「魚の制御信号を切れ」
「魚さんが自分から来てるだけだよ〜」
「接続ログが残ってる」
「魚さんの自由意思かも〜」
「機械の魚に、そこまで強い自由意思を持たせた覚えはねぇ」
「ガンちゃんが追加したかもしれないよ〜」
「ガングーへ罪を移すな」
シータは少しだけ残念そうに、目を閉じた。一直線に並んでいた魚たちが、途端にばらばらに泳ぎ始める。
「反則中に釣った魚の得点は半分! シータチームは一分間、釣り禁止だ」
「え〜」
「えー!」
同じチームの子供たちも声を上げる。
得点半分とは罰が軽い気がするが、一緒に参加している子供たちが幼いから、少し甘めにしたのだろう。シータが反則をしたのも楽しんでもらう為、のはず。
「ごめんね〜。次は普通に釣るね〜」
シータは笑っている。切り替えが早い。悪意はない。反省も、それほどない。
子供たちはシータを責めず、釣り再開まで船と水鉄砲で他チームを邪魔し始めた。意外とたくましい。
そんなシータチームを横目に、黄色いボートがゆっくり一匹の魚を運んでいた。派手ではないので、私はその時ほとんど気に留めなかった。
そんな中、私は博士の様子を警戒していた。一度減点され、味方にも注意された。さすがに少しは大人しくなったはず。
そう思った直後、博士の白衣の下が不自然に膨らんだ。まるで白衣の下に水の通り道でもあるかの様な……
「博士」
「何だ?」
「白衣の中、何か入ってません?」
「水着だ」
「水着はもう着てるでしょう」
「予備の水着だ」
「その形で?」
博士は目を逸らす。
私は緋村さんへ合図した。
「緋村さん、博士を見ててください」
「任せてくれ」
緋村さんが水鉄砲を構える。動きがいちいち格好いい。
博士が白衣の内側からホースを引き出した。また拡張タンクを隠していた。
「やっぱり!」
「これは先ほど没収された物とは別だ!」
「別ならいいわけじゃありません!」
博士がホースを《ファーストショット》へ繋ごうとする。緋村さんが一発撃った。水がホースへ当たり、博士の手元から外れる。
「誠一郎くん!」
「規定違反は見過ごせませんよ」
「ヒーロー面をしながら人に水鉄砲を撃つんじゃない!」
「ヒーロー役だからこそですよ」
博士の注意が緋村さんへ向く。私は横からタンクを狙った。
一発目、外れた。床に当たる。
「助手、狙いが甘いぞ!」
「うるさいです!」
博士が私へ銃口を向ける。緋村さんがもう一度ノズルを撃ち、狙いを外した。
「今だ、白山さん!」
二発目。水がタンクの接続部分へ当たる。留め具が外れ、透明なタンクが白衣の中から滑り落ちた。プールの浅い場所へ浮かぶ。
「ああっ!」
博士が取りに行こうとする。その前にデルタが拾い上げた。
「規定外タンク。没収」
「私の完全征服仕様が!」
「ただの反則仕様じゃないですか!」
博士チームの男の子が頭を抱える。
「また減点?」
「博士、もう撃たないで」
「味方から戦力外通告!」
「自業自得だろ」
ベータが得点板を二つ減らした。博士チームは下位へ落ちていく。
私と緋村さんは博士を止めた。そこまではよかった。
ただし、二人とも博士だけを見ていた。
「ユズちゃん!」
真帆の声に振り返ると、玲の船に載っていた魚が、他チームの水鉄砲で落とされていた。
「あっ」
「守って」
「ごめん!」
博士を止めることには成功した。だが自分たちの得点は、まったく増えていない。
残り時間、五分。
上位は景娯チーム、隼くんたち、私たちの三チーム。得点差は小さい。
「今度こそ抜く!」
隼くんの船が、魚を載せて全速力で進む。景娯の船が横から寄せ、進路を塞いだ。
「邪魔すんな!」
「さっき散々邪魔しただろ!」
隼くんがお返しとばかりに船体をぶつける。景娯が押し返す。二隻が水路の中央で進路を奪い合う。
私はこの隙に隼くんの船を狙った。水が船尾へ当たり、進路が少しずれる。緋村さんは景娯の船へ三方向の水を撃った。景娯が素早く避け、その動きで玲の船と接触した。
三隻が中央へ集まり、押し合いを始める。
「玲、右!」
「右は無理」
「じゃあ左!」
「左も無理」
「前は?」
「前も後ろももっと無理」
三隻とも動けない。
真帆の手には、次の魚がぶら下がっている。
「玲、また釣れたよ」
「船が戻れない」
少し離れた場所では、想楽も二点の大きな魚を釣っていた。
「隼くん、こっち!」
「今、二人を止めてる!」
「また!?」
操縦技術では景娯が一番。想楽と隼くんの連携は速い。真帆と玲はほとんど失敗しない。
それなのに、三人とも相手を意識しすぎて、魚を運ぶ仕事が止まっていた。
「何やってるの、あの三人!」
「勝負」
景娯が答える。
「勝つための勝負で停滞しないで!」
三人とも聞いていなかった。
水鉄砲担当も、目の前の上位チームだけを狙い始めた。全員が相手の得点を止めることに夢中になっていて、自分たちの得点が増えていないことに気づいていない。
プールの外側を、一隻の黄色いボートが進んでいた。
混雑した中央を最初から避けて、外周を。
操縦しているのは、ゴーグルを額に載せた小学生の男の子。釣り担当は小柄な女の子。水鉄砲担当も、同じくらいの年の男の子だった。三人とも、何度か玩具店で見た顔がある気がする。
「釣れた」
女の子が普通の緑色の魚を持ち上げた。
「船、寄せる」
黄色いボートが、ゆっくり釣り場へ近づく。
「後ろから一隻来てるよ」
水鉄砲担当の子が言う。近づいてくる船へ、一発だけ水を撃った。船首に当たり、わずかに方向がずれる。追撃はしない。その間に、緑色の魚が黄色いボートへ載る。
「行くね」
「うん」
船は速くない。最短距離でもない。けれど一度も止まらず、外側の空いた水路を進んでいく。
「デルタ」
私は得点板を見た。
「あの黄色いチーム、何位?」
「今、二位だ」
「二位!?」
ずっと上位三チームを見ていた。景娯、隼くん、玲。派手に争う三隻ばかりが目立っていた。
黄色いチームは、その間も普通の魚を一匹ずつ運び続けていたらしい。
「いつの間に……」
「いつの間にも何も、最初からだ」
デルタは得点板へ一点を加えた。
「今ので一位」
「抜かれた!」
私の声に、隼くんと景娯が黄色い船を見る。
「景娯、先にあれ止めるぞ!」
「分かった」
再びの共闘。
「玲も!」
隼くんが玲へ声をかける。
「断る」
「何で!?」
「好きに遊ばせてもらう」
二隻が黄色い船へ向かった。競技時間は残り一分。黄色い船には、もう一匹、普通の魚が載っている。速くはない。追いつける。
「行け!」
隼くんの赤い船が先頭。景娯の青黒い船が内側。
黄色いチームの水鉄砲担当が、《ファーストショット》を構えた。オプションは付いていない。
一発。
水が隼くんの船首へ当たった。わずかに進路がずれる。
「うわっ!」
赤い船が、景娯の前へ入った。
「避けろ!」
「無理!」
景娯が急旋回した。その先に玲の船。玲も避ける。三隻が近い場所へ固まった。
「またか!」
「隼が入ってくるからだ!」
「撃たれたんだよ!」
「二人とも邪魔」
玲が二隻の間から抜けようとする。
黄色い船は、その横をゆっくり通過した。
「行け!」
黄色いチームの三人が、揃って大きな声を出す。
黄色い船が魚を載せ、ゴールへ入った。
同時にベータの笛が鳴る。
「競技終了です!」
水鉄砲が下ろされ、船が止まる。
隼くん、景娯、玲の三隻は、ゴールから離れた水路の中央にいた。黄色い船だけが、港へ到着していた。
「結果を発表します」
ベータが得点板の前へ立つ。参加者全員が集まった。
博士のチームは、反則による減点で下から二番目。
「解せない」
「一番妥当です」
シータのチームは、一時的に首位へ上がったものの、ハッキング中の魚が全て得点半分となり、五位。
「今度は普通に釣るよ〜」
「次がある前提なんですね」
「楽しかったし〜」
隼くんたちは四位。私たちは三位。景娯チームは二位。
景娯が少しだけ眉を寄せる。
「操縦では負けてなかった」
「でも勝負には負けたな!」
隼くんが言う。
「お前が邪魔しなければ勝ってた」
「景娯も邪魔しただろ!」
「二人とも私の邪魔をした」
玲が淡々と加わる。
「玲も俺たちを浮きにぶつけただろ!」
「避けなかった二人が悪い」
三人の言い合いが始まった。操縦者同士は、最後まで操縦の話をしている。
真帆と想楽は、釣ったまま運ばれなかった魚を見下ろしていた。
「いっぱい釣れたんだけどね」
「船、来なかったね」
「操縦の人たちが忙しかったみたい」
「邪魔するのにね」
二人の評価は正しい。
「優勝は、黄色チームです」
ベータが得点板の一番上を示した。
三人の子供が顔を見合わせる。派手な喜び方はしなかった。
「勝った」
「勝ったね」
「もう一回やりたい」
三人で手を合わせる。
「見事だ!」
博士が前へ出た。
「強敵との争いを避け、魚を確実に運び続ける。優れた戦略眼だ!」
「普通に遊んでただけだよ」
水鉄砲担当の男の子が答えた。
博士が止まった。
「……普通に?」
「魚が釣れたから載せて、船を運んだだけ」
「近づいた船だけ撃った」
三人にとって、それは特別な作戦ではなかった。自分の役割を、それぞれ普通にやっただけ。
博士は少し考え、それから頷いた。珍しく素直だった。
「それが一番強かったということか」
私は周囲を見回す。
操縦技術なら景娯。勢いと連携なら隼くんと想楽。安定感なら玲と真帆。反則なら博士とシータ。格好よさなら緋村さん。ツッコミの回数なら、たぶん私。
誰の長所も、優勝には繋がっていなかった。
有力チームは相手を意識して足を引っ張り合い、一番普通に遊んでいた三人が一番多く魚を運んだ。世界征服玩具店の競技としては、たぶん正しい結末だった。
「では、勝者を称えて祝砲を――」
博士が水鉄砲を掲げた。
博士が撃つより先に、優勝した男の子の水鉄砲から一発の水が飛んだ。博士の白衣へ当たる。
「あっ」
「競技終わったから」
男の子が笑う。
「それなら仕方ないね〜」
シータも博士へ水を撃った。
「何故だ!?」
「祝砲だよ〜」
「私に向けるものではない!」
隼くんも水鉄砲を構える。
「優勝チームを祝うぞ!」
「撃つ相手、博士でいいの?」
想楽が尋ねる。
「ガングーならいいだろ!」
「良くない!」
博士へ水が集中する。博士も反撃してきた。競技の役割は終わった。釣り担当も操縦担当も関係なく、全員が水鉄砲を手に取る。
「ユズちゃん」
真帆が水鉄砲を向けていた。
「待って。私たち同じチームだったよね?」
「競技は終わったよ」
真帆に気を取られていると、横から一発肩に当たった。
「玲!」
「隙あり」
「もう! お返し!!」
私も撃ち返す。真帆が笑いながら逃げる。
隼くんと景娯は、今度は直接水鉄砲を向け合っている。
「操縦では決着付かなかったからな!」
「いや、完全に僕の勝ちだろ」
「なら俺の方が勝ってた!」
「そんな訳ないだろ」
言いながら、景娯も撃ち返している。
緋村さんは二丁の水鉄砲を構え、博士の前へ立った。
「黒川さん! 大人同士で決着をつましょう」
「競技中に散々邪魔をしただろう!」
「反則を止めただけですよ」
姿勢だけは、ヒーローの最終決戦のようだった。武器は水鉄砲だけれど。
「シータ!」
デルタの声が響く。
「審判へ撃つな!」
「流れ弾だよ〜」
「俺の顔を見て撃っただろ!」
「偶然だよ〜」
シータがもう一発。デルタの額へ当たる。
「やったな!」
デルタは足をプールに浸し、腕を変形させると、腕がまるでグレネードランチャーの様な筒状になる。
「安全管理は!?」
私が叫ぶ。
「こいつを止めてからだ!」
「それ参加してるだけ!」
デルタの腕から消防ホースの様な勢いで水が噴出される。
巨大なクマ二体の撃ち合いが始まり、子供たちから歓声が上がる。競技より盛り上がっている気がした。
長い笛の音がプール全体に響いた。
全員が止まる。ベータが笛を口から離した。
「終了です」
徐々に撃ち合いが止まるが、楽しそうな声はいつまでも地下に響いた。
営業終了後。
売店には、水鉄砲のオプションを見る子供たちが集まっていた。
隼くんは拡張タンクを手に取っている。
「次はこれ付ける!」
「重くなるぞ」
景娯が言う。
「鍛えれば持てる!」
「次も操縦するんじゃないのか?」
「水鉄砲もやる!」
もう次回参加を決めている。
玲はボート型ラジコンの箱を眺め、真帆は家の風呂でも使える魚釣り玩具を手に取っていた。
優勝した三人は、オプションなしの《ファーストショット》を色違いで購入している。午前中に無料でもらった物があるのに、家族や友達と遊ぶ分を買い足すらしい。
「優勝した記念?」
私が聞くと、三人は頷いた。
「次も同じチームでやる」
「今度は金の魚も釣りたい」
「でも普通の魚も運ぶ」
浮かれて全部を変えないところが、優勝チームらしかった。
「遊びを優先すれば、利益は後から付いてくるのだ」
博士が満足そうに言う。
「反則ばかりしていた人がまとめないでください」
「反則も含めて盛り上がっただろう」
「次は参加禁止にしますよ」
ベータの一言で、博士が黙った。
「それは困る」
「では次回はルールを守ってください」
「善処しよう」
「守ると言ってください」
次回。
当然のように次回がある。
八月中、地下プールは週に二回開かれる。この征服戦まで恒例になれば、私もそのたびに巻き込まれるのだろう。
「お姉ちゃん、次は同じチームになろうね」
想楽が私の腕を掴んだ。
「今度は三人のチームで」
「あと一人は?」
「景娯」
「そうだね。家族でやろうか」
想楽が見上げてくる。
姉は弱い。特に、妹が楽しそうな時には弱い。
普通に泳いで、普通に玩具で遊んでいた三人が優勝した。それを見習うなら、次は私も普通に働けばいい。
問題は、この玩具店で普通に働く方法を、まだ誰も発見していないことだった。




