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世界征服玩具店へようこそ 〜今日も誰かが主役《ヒーロー》になる〜  作者: 夕々
夏だ!玩具だ!!引き篭もろう!!?
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21/24

第20話 チーム戦は世界征服より難しい

 午前中まで、地下プールは平和だった。

 水鉄砲は水鉄砲として撃ち合い、魚釣り玩具では魚を釣り、ボート型ラジコンは決められたコースを走る。

 どれも普通に楽しい。

 少なくとも、一つずつ遊んでいる間は何の問題もなかった。

 問題は、博士がその三つを同時に遊ぼうと思いついたことである。


 唐突に博士は魚釣り区域を指さし演説を始めた。


「まず、この魚たちを釣り上げる」


 次に、ラジコン区域へ腕を向けた。


「釣った魚をボートへ積み、自分たちの陣地まで運ぶ」


 説明を始めた博士に子供達は興味をひかれ、驚きつつも素直に耳を傾けている。


「もちろん、相手チームも魚を運ぶ」


「競争になるわけですか」


「そして相手の輸送を妨害するために――」


 最後に、水鉄砲区域を指さした。


「水鉄砲を使用する!」


「最後に争いを足した!」


「魚を釣り、敵の攻撃をかいくぐり、ボートで自陣へ持ち帰る。知力、技術、勇気、そして水遊びの全てを兼ね備えた総合競技!」


 博士は白衣の裾を翻す。


「そう! 言うなれば、これは水上征服戦だ!」


「もっと平和な名前でもいいでしょうに」


 博士はプールサイドの中央に立ち、思いついたばかりの遊びを、長年温めてきた企画のような顔で発表していた。

 周囲には、休憩を終えかけた子供たちが集まり始めている。


 午前中に水鉄砲で遊んでいた子。

 魚釣り玩具を抱えている子。

 ラジコンのコントローラーを手放したくなさそうな子。

 博士の説明を聞く顔は、どれも期待に満ちていた。


「船、撃っていいの?」


「魚を落とすの?」


「チーム戦?」


「何それ、やりたい!」


 最初に声を上げたのは、当然のように隼くんだった。

 青いかき氷のカップを片手に持ったまま、こちらへ駆けてくる。


「走るな!」


 デルタに注意され、隼くんは急停止した。

 カップの中で青い氷が大きく傾く。


「俺、連射型あるぞ!」


「まだ開催するとは決まってないよ」


「では今決めよう」


「博士に決定権を渡した覚えはありません!」


「参加する者は手を上げたまえ!」


「無視しないで下さい!」


 子供たちの手が一斉に上がった。

 参加希望の保護者も何人かいたが、三人一組で子供を中心に組むと聞き、見学へ回る人が多かった。

 その後ろで、イベントスタッフのはずの緋村さんが、高く手を上げていた。


「緋村さん、そもそもスタッフですよね?」


「やっぱり駄目かな?」


「……人数次第ですかね」


 人数を確認すると、緋村さんを入れて丁度三十人。三人一組で十チーム。

 小さくガッツポーズして喜んでいる緋村さん。

 ……まあ、緋村さんなら子供の面倒も見られるし、スタッフ特典としておこうか。


「ルールを確認する」


 デルタがプールサイドへ出てきた。午前中と同じく、全身を覆う競泳水着姿である。巨大なクマが安全管理用のボードを持って歩く光景には、そろそろ慣れてきた。


「一チーム三人。釣り、ボート操縦、水鉄砲をそれぞれ担当する。競技中の役割交代はなしだ」


「全員が同じ仕事をするわけではないんですね」


「三十人が一斉に動き回ったら、訳分からなくなる。それに衝突事故が起こるかもしれないからな」


「安全に配慮されてる」


「当たり前だ。ガングーと一緒にするなよ」


 デルタは魚型玩具を一匹持ち上げた。


「釣り担当は魚を釣って、味方の船へ載せる。手で拾うのは禁止。操縦担当は、魚を載せた船を自分たちのゴールまで運ぶ。魚が載ったまま到着すれば一点だ」


「大きい魚は?」


 想楽が尋ねる。


「二点。金色は五点だ」


 子供たちから声が上がった。

 既に金色しか見ていない子が何人かいる。


「船同士の接触は?」


 景娯が聞いた。


「認める。横から押す、進路へ割り込む、釣り場の前を塞ぐ。その辺りまではありだ。ただし、転覆した船への追撃や、一隻だけを長時間押さえ込むのは禁止」


 景娯の目が少し細くなった。

 もうコースを見ている。


「水鉄砲で狙っていいのは、船、船に載った魚、釣り糸に付いている魚だけだ。人へ撃つな。操縦者も釣り担当も狙うな。顔へ当てるのは当然禁止だ」


 デルタが全員を見渡す。


「戦術の幅が狭いな」


 博士が不満を漏らした。


「人を撃つのを前提にすると、ただの水鉄砲大会でよくなるだろ」


「ふむ、確かに」


 ベータが得点板と時計を準備している。


「競技時間は二十分。得点が最も高いチームの勝利です。反則をした場合は警告、繰り返した場合は減点します」


「楽しむことが目的だから、勝ち負けだけにこだわらないようにね〜」


 シータが子供たちへ言った。


「お前は反則するなよ」


 デルタが隣のシータへ向けて言う。


「何もしないよ〜」


 シータは楽しそうに笑った。

 今の私には分かる。あの笑顔、裏がある笑顔だ。


 チーム分けが発表された。

 隼くん、想楽、緋村さん。


 景娯と、同じくらいの年の男の子二人。


 私、玲、真帆。


 博士は常連の男の子二人と組み、シータも参加者最年少の子達と同じチームになった。


 大人が混ざっているチームは、博士、シータ、緋村さんの三つだけ。それぞれ別のチームに入れたのは、デルタなりの危険分散だと思う。

 ……シータは大人判定で良いんだよね?


「ユズちゃん、私が釣りでいいかな?」


 真帆が磁石式の釣竿を手に取った。


「午前中に子供たちとやってたし、いいと思う」


「じゃあ私が操縦する」


 玲は迷わずコントローラーを選ぶ。


「ということは、私が水鉄砲か」


「適任だと思う」


「どの辺が?」


「博士の考えを読める」


「そんな能力、欲しくなかった」


 反論しながら《ファーストショット》を受け取る。

 一番安い、最低限の水鉄砲。

 玲はロングレンジノズルを見た後、私の方を見た。


「射程を伸ばす?」


「狙いが悪いから、遠くなっても当たらないと思う」


「なら連射系か」


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。と言うことで連射ポンプユニットを選んだ。数で解決する戦術である。

 博士寄りの発想になっている気がしたけど、深く考えないことにした。

 隣では、隼くんたちも役割を決めていた。


「俺水鉄砲! っと思ったけど、景娯が船の操縦っぽいから俺も操縦だ!」


 隼くんが真っ先にコントローラーを取る。


「私、釣りでいい?」


 想楽が竿を持った。


「もちろん!」


 二人の間には迷いがない。


「では、俺が水鉄砲だな」


 緋村さんが《ファーストショット》を構えた。姿勢が妙に板についている。小さな水鉄砲なのに、構えている人の立ち方だけで、急にヒーローの装備に見えてくる。


「緋村さん、それで満足ですか?」


「どういう意味かな」


「もっと大きい水鉄砲を選ぶと思ってました」


「玩具は大きさではない。使い方だよ」


 真面目に答えた直後、ロングレンジノズルを取り付けた。


「狙い撃つ気満々!」


「味方の船を守るためさ」


 景娯チームでは、予想どおり景娯が操縦担当になっている。同級生らしい二人が、釣りと水鉄砲を分担していた。


「景娯、隼くんと勝負だね」


 想楽が声をかける。


「別に、相手は橘だけじゃない」


 景娯はコースから目を離さない。

 その横で隼くんが笑う。


「負けないからな!」


「僕も操縦なら負けない」


「じゃあ勝負な!」


「いいだろう。負けても泣くなよ」


 始まる前から火花が散っている。

 そこへ玲がコントローラーを持って通り過ぎた。


「お互いしか見てないと、足元を掬われるぞ」


 隼くんと景娯が、同時に玲を見た。


「玲も操縦なの?」


「そう」


「負けないぞ!」


「好きにすればいい」


 玲はもう自分の船を確認している。景娯と隼くんの間に、しれっと三人目が割り込んでいた。本人は対決するつもりすらなさそうだったが。



「競技開始前に、使用する水鉄砲の確認をする」


 デルタが各チームを回った。

 私たちの《ファーストショット》と連射ユニット一つ。問題なし。

 緋村さんのロングレンジノズルも規定内。

 シータのチームも、見たところ普通だった。

 最後に博士の前で、デルタが止まった。


「……ガングー」


「何だ?」


「その水鉄砲を置け」


「これは《ファーストショット》だが?」


 原型はほとんど残っていなかった。

 連射ポンプ。ロングレンジノズル。拡張タンク。三方向ノズル。肩掛けストック。簡易照準サイト。さらに見覚えのない小箱が側面に取り付けられている。


「チームにつきオプション一つだ」


「これは全て一体化している。つまり一つの装備だ」


「屁理屈を言うな」


 デルタが見覚えのない小箱を指さす。


「これは何だ?」


「照準補助装置だ」


「自動追尾と書いてあるぞ」


「自動で照準を補助する装置だ」


「没収」


「待て!」


 小箱が外された。拡張タンクも外される。連射ポンプも、ロングレンジノズルも、三方向スプレッダーも外された。

 最後に残ったのは、小さな《ファーストショット》と簡易照準サイト。


「せめて連射を残したまえ!」


「チームで選べるのは一つだ」


「これは戦力の不当な削減だ!」


「最初から同じ条件だ!」


 博士は不満そうに照準サイトを覗いた。水鉄砲より照準器の方が大きく見える。


「隠している物も出せ」


「何のことだ?」


 デルタが白衣の脇を軽く押した。

 中から透明なホースが出てきた。ホースの先は、博士の背中に隠された大きなタンクへ繋がっている。


「これは予備の水だ」


「本体に直結してるだろ」


「補給時間を短縮するための工夫だ」


「規定違反だ」


 タンクも回収された。


「まだ始まってもいないのに二回反則してる」


 私が言うと、博士は胸を張った。


「既存のルールに疑問を投げかけているのだ」


「ただ守れないだけですよね?」



 十艘のボートが水面に並んだ。

 色とりどりで、手のひらを二つ並べたくらいの大きさ。船体の周囲には柔らかいバンパーが付いている。


 釣り担当は浅い区域へ。操縦担当は少し高くなった操作台へ。水鉄砲担当は、その後ろの射撃線へ並ぶ。


 一人ずつ役割が分かれているので、三十人いても思ったほど混乱しない。


「釣れた魚を船へ載せ、ゴールまで運ぶ。水鉄砲は船と魚のみ。人を撃つな」


 デルタが最後に確認する。


「船同士はぶつかってもいいんだよな!」


 隼くんが聞く。


「ルールの範囲内ならな」


「よし!」


「その返事、不安だな」


 ベータが笛を構えた。


「競技時間は二十分。準備はよろしいですか?」


 子供たちから声が上がる。

 私も水鉄砲を握り直した。

 何だかんだで、少し楽しみになっている。それを認めると博士に負けた気がするので、口には出さないけど。


 そしてゲーム開始の笛が鳴った。

     

 最初に魚を釣り上げたのは、景娯チームだった。


「景娯、寄せろ!」


 釣り担当の男の子が声を上げる。


 景娯の青黒いボートが、魚の真下へ滑り込んだ。位置がぴったり合う。魚が船へ落ちた瞬間、景娯はもうボートを動かしていた。

 無駄がない。

 他の船がまだ魚を載せようとしている間に、最短距離でゴールへ向かっていく。


「行かせるか!」


 隼くんの赤いボートが横から突っ込んだ。船体同士がぶつかる。景娯の船が押される。しかし正面から受けず、船首を斜めに向けて力を逃がした。赤いボートだけが大きく弾かれる。


「ずるい!」


「上手いと言え」


「もう一回!」


「魚を運べよ」


 景娯は隼くんを相手にせず、そのままゴールへ入った。


「景娯チーム、一点です!」


 ベータが得点板を動かす。


「くそー!」


 隼くんは急いで自分の釣り場へ船を戻す。


「隼くん、こっち!」


 想楽が魚を釣り上げていた。


「今行く!」


「右、右!」


「分かってる!」


 赤いボートが勢いよく寄ってくる。少し行き過ぎた。

 想楽は釣竿を伸ばし、揺れる魚を船の上へ落とす。魚が船体の端へ当たり、一度跳ねた。


「あっ」


 落ちそうになる。想楽が竿先で押し戻した。


「載った!」


「行くぞ!」


 隼くんは確認する前に全速力で動かし。赤い船が水しぶきを上げて飛び出す。


「想楽と隼くん、勢いが同じ」


 真帆が釣竿を下ろしながら笑う。


「見てる方はハラハラするけどね」


「私たちはゆっくりでいいよ」


 真帆の糸に、ピンクの魚が付いた。


「玲、釣れたよ」


「今行く」


 玲の白いボートが、混雑した中央を避けて外側から近づいてくる。真帆は急がない。玲も魚の真下で船を完全に止めた。


「下ろして」


「うん」


 魚が船の中央へ静かに載る。


「ユズちゃん、お願い」


「任せて」


 玲の船へ近づく別チームの船を狙い、水を撃つ。一発目は外れた。二発目も少し手前。三発目が船首へ当たり、進路をわずかにずらした。


「当たった!」


「三発目で」


「当たればいいの!」


 玲は何も言わず、外側のコースを進んでいく。最短距離ではない。けれど中央では、景娯と隼くんが再びぶつかり合っていた。そこへ入らなければほとんど被害を受けない。

 白いボートは静かにゴールへ到着した。


「ユズチーム、一点です!」


 名前が私のチームになっている。別にリーダーではないし、今の得点も真帆と玲の働きだが、そこは黙っておいた。


 競技開始から数分。

 景娯チームが操縦技術で先行していた。魚を載せるまでの動きは普通だが、載せた後が速い。他の船の位置を見て、空いた場所を迷わず通る。

 隼くんは、とにかく景娯を邪魔する。景娯も、隼くんの船が近づけば押し返す。二人とも得点より相手を意識し始めていた。


「景娯! 今度こそ止める!」


「お前の船、魚載ってないだろ」


「勝負しに来た!」


「自分の仕事をしろ」


 二隻が水路の中央でぶつかる。

 その横を、玲の船が通過した。


「また抜かれた!」


 景娯が叫ぶ。隼くんも玲の船へ視線を向ける。いつの間にか、私たちの得点が景娯チームへ近づいていた。


「景娯、先に玲を止めるぞ!」


「お前なぁ……まあいい、やるぞ」


 一時休戦らしい。二隻が左右から玲の船へ近づく。


「玲、挟まれる!」


「見えてる」


 玲は速度を落とさない。前方には、浮きで作られた狭い門がある。このままでは三隻並んで通れない。


「逃げ場ないぞ!」


 隼くんの声が弾む。

 玲は門の直前で、船を急に右へ切った。白いボートが浮きの外側へ逃げる。


 真っすぐ進んでいた隼くんと景娯の船は、互いの進路へ入った。二隻が正面から軽く衝突する。


「うわっ!」


 隼くんの船が回転した。景娯はすぐに立て直す。その間に、玲の船は外側を回り、ゴールへ進んでいく。


「玲!」


「二隻で来るからだ」


 玲はコントローラーから目を離さない。


「共闘は?」


「終了」


 景娯が短く告げた。

 二人はすぐにまた互いを妨害し始めた。共闘時間は一分もなかった。



 操縦者が争っている一方で、釣り担当は地道に魚を増やしていた。


「隼くん、次釣れたよ!」


 想楽が大きな青い魚を持ち上げる。二点の魚だ。しかし隼くんの船は、景娯の船を追い回している。


「隼くん?」


「ちょっと待って! 今、景娯を止めてる!」


「魚、重いんだけど!」


 想楽が両手で竿を支える。魚が揺れ、磁石が外れそうになる。


「一回戻した方がいいよ」


 隣の釣り場から真帆が声をかけた。


「うん……」


 想楽は仕方なく魚を水へ戻す。釣ったのに運べない。

 隼くんはようやく自分の釣り場を見て、慌てて船を戻した。


「もう一回頼む!」


「今度はちゃんと来てね!」


「分かった!」


 勢いよく答える。たぶん数分後には忘れる。

 一方、真帆と玲の連携は安定していた。


「次、黄色い魚」


「左から行く」


 真帆が魚を釣る前に、玲の船が近くへ来ている。魚が釣れた時には、もう積み込み位置で止まっていた。


「下ろすね」


「うん」


 短いやり取り。ほとんど失敗しない。派手ではないが、得点は着実に増える。


「真帆、玲、すごくない?」


 私は水鉄砲を撃ちながら言った。


「普通にやってるだけだよ」


 真帆が笑う。


「それが難しいのに」


 博士を見ると、今のところ普通……ではなかった。


「征服開始だ!」


 博士は簡易照準サイト付きの《ファーストショット》を構えていた。相手の船ではなく、景娯の手元へ銃口を向けている。


「博士、人は駄目ですよ!」


「船を狙っている!」


「船は水の上です!」


「射線上に操縦者がいるだけだ!」


 博士が撃つ。水は景娯の腕へ当たった。景娯が冷たい視線を向ける。


「反則だろ」


「意図的ではない」


「嘘だ」


「状況証拠だけで断定するのは――」


「博士、警告一回です」


 ベータが得点板の博士チームへ、赤い印を一つ付けた。


「次は減点します」


「厳しすぎないか?」


「ちゃんとルール説明しました」


 博士は不満そうに水鉄砲を下ろした。

 次に、想楽が釣り上げた魚を狙う。これは正攻法だ。想楽の糸に付いた魚へ水が飛ぶ。魚が揺れ、磁石が外れた。


「あっ!」


 青い魚が水へ戻る。


「見たか助手よ! これが正しい水鉄砲の運用だ!」


「最初からそれをやってください!」


 博士は満足そうに頷いた。しかし次の瞬間、緋村さんへ水を撃った。


「何で!?」


「彼がこちらの船を狙っていたからだ」


「緋村さんじゃなく、魚か船を狙ってください!」


「相手の攻撃能力を削ぐのは――」


 ベータの笛が短く鳴った。


「反則二回。博士チーム、一点減点です」


 博士チームの男の子二人が、揃って博士を見る。


「博士、普通にやって」


「俺たち今、二点取ったのに」


 味方の子供から正論を浴びせられ、博士は少しだけ黙った。


「……善処しよう」


「守るって言って」


 消え入りそうな声で「うむ」と答える店長を横目に、私はゲームの順位が動き出したのを確認した。


 景娯チームが一位。私たちが二位。隼くんたちが三位。少し離れて、他の子供チームが続いている。


 その時、得点板の下の方にいたシータチームが、大量に魚を釣り始めた。


「釣れたよ〜」


 シータが一匹持ち上げる。船へ載せる。次の魚が、もう釣竿の真下へ来ている。


「また釣れた〜」


 さらに一匹。また一匹。シータが竿を下ろすたびに魚が寄ってくる。しかも、なぜか列を作るように並んでいた。


「シータ、すごい!」


「今日の魚さん、私のこと好きみたい〜」


「魚にそんな習性あるんですか?」


「今日はあるみたい〜」


「絶対ない」


 短時間で大量の魚が釣り上げられ、シータチームの得点が一気に伸びる。五位から三位、そして一位へ近づいたところで、デルタが競技区域へ入ってきた。


「シータチーム止まれ!」


 笛の音が鳴る。参加者全員が注目し、シータチームの手が止まった。

 デルタはシータの前で腕を組む。


「何かな〜?」


「魚の制御信号を切れ」


「魚さんが自分から来てるだけだよ〜」


「接続ログが残ってる」


「魚さんの自由意思かも〜」


「機械の魚に、そこまで強い自由意思を持たせた覚えはねぇ」


「ガンちゃんが追加したかもしれないよ〜」


「ガングーへ罪を移すな」


 シータは少しだけ残念そうに、目を閉じた。一直線に並んでいた魚たちが、途端にばらばらに泳ぎ始める。


「反則中に釣った魚の得点は半分! シータチームは一分間、釣り禁止だ」


「え〜」


「えー!」


 同じチームの子供たちも声を上げる。

 得点半分とは罰が軽い気がするが、一緒に参加している子供たちが幼いから、少し甘めにしたのだろう。シータが反則をしたのも楽しんでもらう為、のはず。


「ごめんね〜。次は普通に釣るね〜」


 シータは笑っている。切り替えが早い。悪意はない。反省も、それほどない。

 子供たちはシータを責めず、釣り再開まで船と水鉄砲で他チームを邪魔し始めた。意外とたくましい。


 そんなシータチームを横目に、黄色いボートがゆっくり一匹の魚を運んでいた。派手ではないので、私はその時ほとんど気に留めなかった。


 そんな中、私は博士の様子を警戒していた。一度減点され、味方にも注意された。さすがに少しは大人しくなったはず。

 そう思った直後、博士の白衣の下が不自然に膨らんだ。まるで白衣の下に水の通り道でもあるかの様な……


「博士」


「何だ?」


「白衣の中、何か入ってません?」


「水着だ」


「水着はもう着てるでしょう」


「予備の水着だ」


「その形で?」


 博士は目を逸らす。

 私は緋村さんへ合図した。


「緋村さん、博士を見ててください」


「任せてくれ」


 緋村さんが水鉄砲を構える。動きがいちいち格好いい。

 博士が白衣の内側からホースを引き出した。また拡張タンクを隠していた。


「やっぱり!」


「これは先ほど没収された物とは別だ!」


「別ならいいわけじゃありません!」


 博士がホースを《ファーストショット》へ繋ごうとする。緋村さんが一発撃った。水がホースへ当たり、博士の手元から外れる。


「誠一郎くん!」


「規定違反は見過ごせませんよ」


「ヒーロー面をしながら人に水鉄砲を撃つんじゃない!」


「ヒーロー役だからこそですよ」


 博士の注意が緋村さんへ向く。私は横からタンクを狙った。

 一発目、外れた。床に当たる。


「助手、狙いが甘いぞ!」


「うるさいです!」


 博士が私へ銃口を向ける。緋村さんがもう一度ノズルを撃ち、狙いを外した。


「今だ、白山さん!」


 二発目。水がタンクの接続部分へ当たる。留め具が外れ、透明なタンクが白衣の中から滑り落ちた。プールの浅い場所へ浮かぶ。


「ああっ!」


 博士が取りに行こうとする。その前にデルタが拾い上げた。


「規定外タンク。没収」


「私の完全征服仕様が!」


「ただの反則仕様じゃないですか!」


 博士チームの男の子が頭を抱える。


「また減点?」


「博士、もう撃たないで」


「味方から戦力外通告!」


「自業自得だろ」


 ベータが得点板を二つ減らした。博士チームは下位へ落ちていく。

 私と緋村さんは博士を止めた。そこまではよかった。

 ただし、二人とも博士だけを見ていた。


「ユズちゃん!」


 真帆の声に振り返ると、玲の船に載っていた魚が、他チームの水鉄砲で落とされていた。


「あっ」


「守って」


「ごめん!」


 博士を止めることには成功した。だが自分たちの得点は、まったく増えていない。


 残り時間、五分。

 上位は景娯チーム、隼くんたち、私たちの三チーム。得点差は小さい。


「今度こそ抜く!」


 隼くんの船が、魚を載せて全速力で進む。景娯の船が横から寄せ、進路を塞いだ。


「邪魔すんな!」


「さっき散々邪魔しただろ!」


 隼くんがお返しとばかりに船体をぶつける。景娯が押し返す。二隻が水路の中央で進路を奪い合う。


 私はこの隙に隼くんの船を狙った。水が船尾へ当たり、進路が少しずれる。緋村さんは景娯の船へ三方向の水を撃った。景娯が素早く避け、その動きで玲の船と接触した。

 三隻が中央へ集まり、押し合いを始める。


「玲、右!」


「右は無理」


「じゃあ左!」


「左も無理」


「前は?」


「前も後ろももっと無理」


 三隻とも動けない。

 真帆の手には、次の魚がぶら下がっている。


「玲、また釣れたよ」


「船が戻れない」


 少し離れた場所では、想楽も二点の大きな魚を釣っていた。


「隼くん、こっち!」


「今、二人を止めてる!」


「また!?」


 操縦技術では景娯が一番。想楽と隼くんの連携は速い。真帆と玲はほとんど失敗しない。

 それなのに、三人とも相手を意識しすぎて、魚を運ぶ仕事が止まっていた。


「何やってるの、あの三人!」


「勝負」


 景娯が答える。


「勝つための勝負で停滞しないで!」


 三人とも聞いていなかった。

 水鉄砲担当も、目の前の上位チームだけを狙い始めた。全員が相手の得点を止めることに夢中になっていて、自分たちの得点が増えていないことに気づいていない。


 プールの外側を、一隻の黄色いボートが進んでいた。

 混雑した中央を最初から避けて、外周を。

 操縦しているのは、ゴーグルを額に載せた小学生の男の子。釣り担当は小柄な女の子。水鉄砲担当も、同じくらいの年の男の子だった。三人とも、何度か玩具店で見た顔がある気がする。


「釣れた」


 女の子が普通の緑色の魚を持ち上げた。


「船、寄せる」


 黄色いボートが、ゆっくり釣り場へ近づく。


「後ろから一隻来てるよ」


 水鉄砲担当の子が言う。近づいてくる船へ、一発だけ水を撃った。船首に当たり、わずかに方向がずれる。追撃はしない。その間に、緑色の魚が黄色いボートへ載る。


「行くね」


「うん」


 船は速くない。最短距離でもない。けれど一度も止まらず、外側の空いた水路を進んでいく。


「デルタ」


 私は得点板を見た。


「あの黄色いチーム、何位?」


「今、二位だ」


「二位!?」


 ずっと上位三チームを見ていた。景娯、隼くん、玲。派手に争う三隻ばかりが目立っていた。

 黄色いチームは、その間も普通の魚を一匹ずつ運び続けていたらしい。


「いつの間に……」


「いつの間にも何も、最初からだ」


 デルタは得点板へ一点を加えた。


「今ので一位」


「抜かれた!」


 私の声に、隼くんと景娯が黄色い船を見る。


「景娯、先にあれ止めるぞ!」


「分かった」


 再びの共闘。


「玲も!」


 隼くんが玲へ声をかける。


「断る」


「何で!?」


「好きに遊ばせてもらう」


 二隻が黄色い船へ向かった。競技時間は残り一分。黄色い船には、もう一匹、普通の魚が載っている。速くはない。追いつける。


「行け!」


 隼くんの赤い船が先頭。景娯の青黒い船が内側。

 黄色いチームの水鉄砲担当が、《ファーストショット》を構えた。オプションは付いていない。

 一発。

 水が隼くんの船首へ当たった。わずかに進路がずれる。


「うわっ!」


 赤い船が、景娯の前へ入った。


「避けろ!」


「無理!」


 景娯が急旋回した。その先に玲の船。玲も避ける。三隻が近い場所へ固まった。


「またか!」


「隼が入ってくるからだ!」


「撃たれたんだよ!」


「二人とも邪魔」


 玲が二隻の間から抜けようとする。

 黄色い船は、その横をゆっくり通過した。


「行け!」


 黄色いチームの三人が、揃って大きな声を出す。

 黄色い船が魚を載せ、ゴールへ入った。

 同時にベータの笛が鳴る。


「競技終了です!」


 水鉄砲が下ろされ、船が止まる。

 隼くん、景娯、玲の三隻は、ゴールから離れた水路の中央にいた。黄色い船だけが、港へ到着していた。



「結果を発表します」


 ベータが得点板の前へ立つ。参加者全員が集まった。

 博士のチームは、反則による減点で下から二番目。


「解せない」


「一番妥当です」


 シータのチームは、一時的に首位へ上がったものの、ハッキング中の魚が全て得点半分となり、五位。


「今度は普通に釣るよ〜」


「次がある前提なんですね」


「楽しかったし〜」


 隼くんたちは四位。私たちは三位。景娯チームは二位。

 景娯が少しだけ眉を寄せる。


「操縦では負けてなかった」


「でも勝負には負けたな!」


 隼くんが言う。


「お前が邪魔しなければ勝ってた」


「景娯も邪魔しただろ!」


「二人とも私の邪魔をした」


 玲が淡々と加わる。


「玲も俺たちを浮きにぶつけただろ!」


「避けなかった二人が悪い」


 三人の言い合いが始まった。操縦者同士は、最後まで操縦の話をしている。

 真帆と想楽は、釣ったまま運ばれなかった魚を見下ろしていた。


「いっぱい釣れたんだけどね」


「船、来なかったね」


「操縦の人たちが忙しかったみたい」


「邪魔するのにね」


 二人の評価は正しい。


「優勝は、黄色チームです」


 ベータが得点板の一番上を示した。

 三人の子供が顔を見合わせる。派手な喜び方はしなかった。


「勝った」


「勝ったね」


「もう一回やりたい」


 三人で手を合わせる。


「見事だ!」


 博士が前へ出た。


「強敵との争いを避け、魚を確実に運び続ける。優れた戦略眼だ!」


「普通に遊んでただけだよ」


 水鉄砲担当の男の子が答えた。

 博士が止まった。


「……普通に?」


「魚が釣れたから載せて、船を運んだだけ」


「近づいた船だけ撃った」


 三人にとって、それは特別な作戦ではなかった。自分の役割を、それぞれ普通にやっただけ。

 博士は少し考え、それから頷いた。珍しく素直だった。


「それが一番強かったということか」


 私は周囲を見回す。

 操縦技術なら景娯。勢いと連携なら隼くんと想楽。安定感なら玲と真帆。反則なら博士とシータ。格好よさなら緋村さん。ツッコミの回数なら、たぶん私。

 誰の長所も、優勝には繋がっていなかった。

 有力チームは相手を意識して足を引っ張り合い、一番普通に遊んでいた三人が一番多く魚を運んだ。世界征服玩具店の競技としては、たぶん正しい結末だった。


「では、勝者を称えて祝砲を――」


 博士が水鉄砲を掲げた。


 博士が撃つより先に、優勝した男の子の水鉄砲から一発の水が飛んだ。博士の白衣へ当たる。


「あっ」


「競技終わったから」


 男の子が笑う。


「それなら仕方ないね〜」


 シータも博士へ水を撃った。


「何故だ!?」


「祝砲だよ〜」


「私に向けるものではない!」


 隼くんも水鉄砲を構える。


「優勝チームを祝うぞ!」


「撃つ相手、博士でいいの?」


 想楽が尋ねる。


「ガングーならいいだろ!」


「良くない!」


 博士へ水が集中する。博士も反撃してきた。競技の役割は終わった。釣り担当も操縦担当も関係なく、全員が水鉄砲を手に取る。


「ユズちゃん」


 真帆が水鉄砲を向けていた。


「待って。私たち同じチームだったよね?」


「競技は終わったよ」


 真帆に気を取られていると、横から一発肩に当たった。


「玲!」


「隙あり」


「もう! お返し!!」


 私も撃ち返す。真帆が笑いながら逃げる。

 隼くんと景娯は、今度は直接水鉄砲を向け合っている。


「操縦では決着付かなかったからな!」


「いや、完全に僕の勝ちだろ」


「なら俺の方が勝ってた!」


「そんな訳ないだろ」


 言いながら、景娯も撃ち返している。

 緋村さんは二丁の水鉄砲を構え、博士の前へ立った。


「黒川さん! 大人同士で決着をつましょう」


「競技中に散々邪魔をしただろう!」


「反則を止めただけですよ」


 姿勢だけは、ヒーローの最終決戦のようだった。武器は水鉄砲だけれど。


「シータ!」


 デルタの声が響く。


「審判へ撃つな!」


「流れ弾だよ〜」


「俺の顔を見て撃っただろ!」


「偶然だよ〜」


 シータがもう一発。デルタの額へ当たる。


「やったな!」


 デルタは足をプールに浸し、腕を変形させると、腕がまるでグレネードランチャーの様な筒状になる。


「安全管理は!?」


 私が叫ぶ。


「こいつを止めてからだ!」


「それ参加してるだけ!」


 デルタの腕から消防ホースの様な勢いで水が噴出される。

 巨大なクマ二体の撃ち合いが始まり、子供たちから歓声が上がる。競技より盛り上がっている気がした。


 長い笛の音がプール全体に響いた。

 全員が止まる。ベータが笛を口から離した。


「終了です」


 徐々に撃ち合いが止まるが、楽しそうな声はいつまでも地下に響いた。


 営業終了後。

 売店には、水鉄砲のオプションを見る子供たちが集まっていた。

 隼くんは拡張タンクを手に取っている。


「次はこれ付ける!」


「重くなるぞ」


 景娯が言う。


「鍛えれば持てる!」


「次も操縦するんじゃないのか?」


「水鉄砲もやる!」


 もう次回参加を決めている。

 玲はボート型ラジコンの箱を眺め、真帆は家の風呂でも使える魚釣り玩具を手に取っていた。

 優勝した三人は、オプションなしの《ファーストショット》を色違いで購入している。午前中に無料でもらった物があるのに、家族や友達と遊ぶ分を買い足すらしい。


「優勝した記念?」


 私が聞くと、三人は頷いた。


「次も同じチームでやる」


「今度は金の魚も釣りたい」


「でも普通の魚も運ぶ」


 浮かれて全部を変えないところが、優勝チームらしかった。


「遊びを優先すれば、利益は後から付いてくるのだ」


 博士が満足そうに言う。


「反則ばかりしていた人がまとめないでください」


「反則も含めて盛り上がっただろう」


「次は参加禁止にしますよ」


 ベータの一言で、博士が黙った。


「それは困る」


「では次回はルールを守ってください」


「善処しよう」


「守ると言ってください」


 次回。

 当然のように次回がある。

 八月中、地下プールは週に二回開かれる。この征服戦まで恒例になれば、私もそのたびに巻き込まれるのだろう。


「お姉ちゃん、次は同じチームになろうね」


 想楽が私の腕を掴んだ。


「今度は三人のチームで」


「あと一人は?」


「景娯」


「そうだね。家族でやろうか」


 想楽が見上げてくる。

 姉は弱い。特に、妹が楽しそうな時には弱い。


 普通に泳いで、普通に玩具で遊んでいた三人が優勝した。それを見習うなら、次は私も普通に働けばいい。


 問題は、この玩具店で普通に働く方法を、まだ誰も発見していないことだった。

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