第23話 合宿は宿題を倒してから
夏休みは、終わりが見えた瞬間から急に短くなる。
七月の終わりには、まだ無限にあるような気がしていた。八月の頭でも、まだまだ余裕があるように感じていた。お盆を過ぎても、まあ何とかなる気がしていた。
けれど、八月のカレンダーが二十日を越えたあたりから、夏休みは急に本性を現す。
残り日数を数えた子供の顔色を変える、かなり性格の悪い休みである。
午前九時半。
世界征服玩具店のシャッターは、半分だけ上がっていた。
商店街のアーケードには、朝の空気がまだ薄く残っている。八百屋はもう店先に野菜を並べていて、和菓子屋からは少し甘い匂いが漂ってくる。けれど玩具店の前には、まだ子供の声はない。
この店の通常開店時間は十時だ。通常があると言うことは、非常時や臨時があるのだが今は置いておこう。
通常開店時間なら玩具屋としては、たぶん普通だと思う。少なくとも九時開店よりは自然だ。夏休みの小学生が九時から玩具屋に押しかける世界は、少し元気すぎる。
「お姉ちゃん、まだ開いてないの?」
私の隣で、想楽がシャッターの下を覗き込んだ。
「開店前だからね」
「でも入っていいんだよね?」
「私はバイトだから入っていいの。想楽は、開店まで大人しくしてるなら」
「大人しくする」
想楽は即答した。
即答したからこそ逆に怪しく感じる。
私は自転車を店の脇に停めながら、想楽を見た。小さなリュックを背負っている。中身は分からない。水筒とタオルくらいは入っているだろう。宿題が入っているかどうかは、見たくない現実の気配がしたので、今は触れないでおく。
そもそも、想楽が今日ついてきた理由も少し怪しいのだ。
朝、私がバイトへ出ようとした時、想楽は妙に自然な顔で玄関に立っていた。
「わたしも行く」
と、言ったので理由を聞いたら
「シータとデルタに朝の挨拶をする」
開店前に言いたい挨拶とは? とも思ったが、明確に連れて行かない理由もない。むしろ妹と一緒に出勤出来るのは、私的にはご褒美である。
私はシャッターの横にある通用口を開け、想楽と一緒に店内へ入った。
開店前の世界征服玩具店は、営業中より少しだけ普通の店に見える。
照明は半分だけついていて、棚にはきれいに商品が並んでいる。ラヴェンナの棚も、θδシリーズの棚も、夏休み用の水鉄砲コーナーも、昨日の閉店後に整えたままの形を保っていた。
レジ横では、ピンクブラウンの巨大なクマが小さなポップを貼り替えている。入口近くでは、ブルーブラウンの巨大なクマがマットの位置を数センチ単位で調整している。
「おはよ〜、ユズちゃん。ソラちゃんもおはよ〜」
シータが棚の前から手を振る。三メートル近いクマが、朝の店内で器用にポップを貼っている光景にも、私はもう驚かなくなって久しい。
「おはようございます」
「おはよう、シータ!」
想楽はぱっと顔を明るくした。
「嬢ちゃん、今日は早いな」
デルタが入口マットから顔を上げる。
「想楽が早く行きたいと言うので、開店まで大人しくしてる約束をして早めに来ました。」
「そうか」
私がそう言うと、デルタは想楽を見た。
想楽はすでにラヴェンナの棚へ半歩進んでいた。大人しくするという言葉の定義が、私と想楽で少し違うらしい。
「大人しく見るだけだよ」
「触る時は声かけてね〜」
「はーい」
想楽は元気に返事をして、ラヴェンナの棚へ向かった。
想楽が気になるが、バイトに来ている以上は働かなければならない。なのでまず私はレジ周りの準備を始めた。釣り銭、袋、レシート用紙、予約品のメモ。世界征服玩具店という名前に対して、開店準備は妙に地味だ。
しかしその地味さも早々に破られた。
奥の扉が開き、白衣が現れる。
店長だった。
いつも通り白衣。いつも通り眼鏡。いつも通り、朝から何かを思いついた人間の顔をしている。
「夏休みが終わる」
第一声がそれだった。
「おはようございます。開店前から子供に言うには残酷な言葉ですね」
私はレジカウンターから顔を上げた。
想楽がラヴェンナの棚の前で固まっている。さっきまで夏休みの子供だった顔が、絶望を思い出した子供の顔になっていた。
やめてほしい。朝から効きすぎる。
「まだ終わってませんよ、店長」
「終わりが見えた時点で、終わりは始まっている」
「急に詩人みたいなこと言わないでください」
店長は腕を組み、店内を見渡した。
半分だけ開いたシャッター。朝の光。棚に並ぶ玩具。開店前だからこそ動いているシータとデルタ。そしてラヴェンナの棚の前で、少しだけ不安そうにしている想楽。
普通の大人なら、ここで「夏休みも残り少ないから宿題頑張ろうね」と言うのかもしれない。
しかし、この店の店長は普通の大人ではない。
「夏休み最後の、大掛かりなイベントをやるべきだと思う」
来た。
私はレジの引き出しを閉めながら、短く息を吐いた。朝から平和だった時間は、早くも終わった。
「大掛かりなイベントですか」
「うむ。夏休みは子供たちにとって特別だ。最後に記憶へ残る一撃が欲しい」
「一撃って言い方が物騒です」
「花火」
「玩具屋ですよ」
「肝試し」
「玩具屋なのに?」
「合宿」
「玩具屋とは」
店長はそこで一度、真面目な顔になった。
まるで重大な問題に気づいたような顔である。今さらだった。
「たしかに、花火も肝試しも合宿も、そのままでは玩具ではない」
「そのままどころか、だいぶ玩具から離れてますね」
「だが、玩具花火、玩具肝試し、玩具合宿ならば問題ない」
「問題の横を強引に通過しましたね」
シータがくすくす笑う。
「ガンちゃん、去年も同じこと言ってたよね〜」
「去年も?」
私が聞くと、デルタが入口マットから手を離した。どうやらマットの位置は世界征服にふさわしい角度へ調整できたらしい。
「去年も夏休みの終わりに何かやると言い出した。花火、肝試し、泊まり込み。だいたい同じだ」
「成長してないんですか」
「失礼だな、白山くん。今年は合宿の語感がより良い」
語感しか成長してない店長は胸を張った。
「去年は反対されたのだ。シータ、デルタ、ベータの三者から! 安全管理、宿泊管理、食事管理、保護者対応、人員不足。あらゆる方向から駄目出しされた」
「まともな判断ですね」
「だが今年は助手がおり、緋村君にも手伝いを頼めるだろう。であれば今年は……」
シータとデルタをチラチラと表情を伺う店長。
「まあ、嬢ちゃんが手伝ってくれるなら、良いんじゃないか」
「そうだね〜。今年のプール開きはだいぶ楽だったしね〜」
想楽がラヴェンナの棚から少し離れ、こちらに物凄くキラキラした瞳で戻ってきた。
「合宿って、お泊まり?」
「そうだ!」
店長の声が一段大きくなる。
「昼は玩具大会。夕方は工作。夜は安全管理された玩具花火。地下施設を使った玩具肝試し。翌朝は、世界征服式ラジオ体操――」
「世界征服だけ今すぐ削ってください」
「なぜだ。朝から世界を征服する姿勢を育てる」
「育てなくていいです」
想楽の目の輝きが増してしまった。
非常にまずい。
小学生の「楽しそう」は、火がつくと早い。特に想楽は、シータ&デルタとイベントに弱い。
「わたし合宿行きたい!」
言ってしまった……
店長は満足げに頷く。
「見たまえ、白山くん。子供の心はすでに掴んだ」
「……宿題を終わらせていれば、まあ一考の余地はあるかもですね」
嫌だなと思いつつ、何となく口から出た言葉だった。
その瞬間、店内の空気が少しだけ変わった。
シータの手が止まる。デルタがちらりと想楽を見る。想楽は、さっきまで輝いていた目を、ゆっくりとラヴェンナの棚へ向けた。
目を逸らした。
完全に逸らした。
私はレジカウンターに両手をついた。
「想楽」
「ラヴェンナは今日もかわいいね」
「話題を人形に逃がさない」
「この服、夏っぽくていいと思う」
「想楽」
名前を呼ぶと、想楽の肩が小さく跳ねた。
これは確定である。
店長はまだ状況を理解していない顔をしているが、シータは困ったように笑い、デルタはもうだいたい察した顔になっていた。
「夏休みの宿題、どれくらい終わってる?」
私はできるだけ落ち着いた声で聞いた。
姉として、ここで叫んではいけない。まずは事実確認だ。怒るのはその後でも間に合う。いや、怒らない方がいい。怒らない方がいいけれど、残量によっては声量の調整が難しい。
想楽は棚のポップを見つめたまま答えない。
「想楽?」
「……そこそこ」
小学生の、想楽の宿題における「そこそこ」は、店長の「改造はしていない」と同じくらい信用が薄い。
「そこそこって、どれくらい?」
「えっと……漢字は、半分くらい」
「半分」
「計算は、ちょっと」
「ちょっと」
「絵日記は、心の中では毎日書いてる」
「紙に書いて」
シータが「あらら〜」と小さく声を漏らした。
デルタは腕を組む。
「大物は?」
「大物?」
想楽は聞き返した。聞き返す時点で嫌な予感しかしない。
「読書感想文とか、自由研究とか」
私が言うと、想楽の視線がさらに遠くなった。ラヴェンナの棚を越え、玩具店の壁を越え、たぶん夏休みの向こう側まで逃げている。
「自由研究は……テーマを考えてる」
「それ、まだ始まってないって言うんだよ」
「読書感想文は、本を選んでる」
「それもまだ始まってないね」
私はこめかみに手を当てた。
朝の商店街は穏やかだ。店内には半分だけ照明がつき、棚の商品はきれいに並んでいる。なのに私の前には、夏休みの終盤にして宿題の主要戦力を残した妹がいる。
世界征服より深刻な問題かもしれない。
「白山くんは終わっているのかね」
店長が聞いた。
「ほぼ終わってます」
「ほう」
「七月中に面倒なものを片づけて、八月は確認と調整です」
自分で言っていて少し可愛げがない気もした。でも仕方ない。私は夏休み最終日に泣きながら机に向かうのが嫌なタイプだ。焦るくらいなら先にやる。
「景娯も、たぶん終わってるか、終わる計画で進めてるはずです」
弟の景娯は、かなり計画的だ。宿題も、ただ終わらせるだけではなく、日付ごとに処理する量を決める。自由研究も人に見せないだけでやたら凝ったものを作っているようだ。
私は想楽を見た。
想楽はラヴェンナの棚を見るふりをしていた。
「想楽」
「景娯は景娯、想楽は想楽だと思う」
「そうだね。だから想楽の宿題は想楽がやるんだよ」
「正しいことが良いこととは限らないよ」
店長が、ふむ。と言いつつ顎に手を当てる。
「つまり、合宿参加にあたり、宿題という関門が存在するわけだな」
「普通に存在します」
「ならば問題は単純だ」
店長は白衣を翻した。
「合宿に参加したければ、宿題を終わらせればいい!」
「急に正しいことを言いますね」
「私は常に正しい」
「ははっ、ご冗談を」
想楽が私の袖を引いた。
「お姉ちゃん」
「何?」
「宿題が終わってなくても、合宿は行けるよね?」
「行けません」
即答した。
想楽の顔が、分かりやすく崩れる。
「ええっ」
「ええ、じゃない。宿題が終わってないなら参加させません」
「でも、合宿だよ? お泊まりだよ? 夏休み最後のイベントだよ?」
「だからこそ、その前に終わらせるの」
想楽はすぐに私から離れ、シータの方へ走った。
「シータ」
「なあに〜?」
「宿題が終わってなくても、合宿行っていいよね?」
シータは優しく微笑んだ。
その顔だけ見れば、何でも許してくれそうだが。想楽も少し期待した顔になる。
「行きたいよね〜」
「うん!」
「でも、宿題は自分でちゃんとやらないとね〜」
想楽の肩が落ちた。
柔らかい声なのに、内容は石ほどに固い。
「シータまで……」
「ソラちゃんがちゃんと楽しむためにも、先に終わらせた方がいいよ〜」
シータは棚のポップを貼り直しながら、穏やかに言った。
想楽は今度、デルタの方へ向かう。
「デルタ」
「終わらせろ」
「まだ何も言ってない!」
「言う前から分かる」
デルタの返答は早かった。早すぎて、想楽が助けを求める余地すらない。
「デルタ厳しい」
「遊ぶための準備も、遊びのうちだ」
想楽は完全に逃げ場をなくしかけていた。
その時、店内スピーカーから小さなノイズが鳴った。
『テステス、マイクテストマイクテスト、聞こえてますか?』
地下からの声だった。
ベータである。
姿は見えない。たぶん地下で朝の業務をしている。社食、フードコーナー、健康管理、ミマモリキャットβ関連。ベータはいつも何かしら働いている。世界征服玩具店で一番、労働という言葉が似合う猫だ。
『こちらベータ。昼食メニューの調整中ですが、宿泊イベントの話が聞こえたので接続しました』
店長が明るい顔になる。
「ちょうどいい、ベータ。今年こそ夏休み最後の玩具合宿を――」
『条件が多すぎます』
「まだ企画書も出していないが?」
『去年も聞きました。食事、睡眠、入浴、保護者同意、アレルギー確認、緊急連絡先、体調確認、帰宅後の疲労管理。勢いだけで宿泊企画を通さにゃいで下さい』
店長がむっと黙った。
ベータは地下からでも強い。
「では日程はからだ。夏休み最終日の三十一日――」
『論外です!』
「三十、三十一――」
『却下』
「二十九、三十――」
『新学期前日に疲労を残す可能性があります』
「厳しいな」
『子供の生活リズムを守るのが我が輩の仕事ですから』
私は深く頷いた。
「これは完全にベータが正しいです」
「白山くんまで」
「最終日に泊まりイベントなんて、翌日学校で死にます」
『候補は二十八、二十九日。遅くとも二十九日には帰宅。三十日、三十一日は休養と新学期準備に充てるべきです』
ベータの提案は、文句のつけようがなかった。
店長は少し悔しそうにしながらも、顎に手を当てる。
「二十八、二十九か。悪くない。夏休み最後の大決戦としては十分だ」
「決戦にしないでください」
「玩具花火、玩具肝試し、玩具大会、工作、宿泊。ふむ。これは良い」
店長の目がまた輝き始めた。
危険な輝きだ。地下で何かを起動する前と同じ光である。
「夏休み最後のメインイベント。名付けて――」
「短めでお願いします」
「第一回、世界征服玩具店・夏休み最終玩具合宿大作戦!」
「長い」
私が即答すると、想楽が両手を上げた。
「私行きたい!」
その声は本気だった。
お泊まり。玩具。花火。肝試し。店長の言葉をそのまま信じるなら、子供にとっては夢みたいなイベントだ。
私も、少しだけ分かる。
小学生の夏休みは、大人が思っているよりずっと短い。何でもない一日が、あとから妙にきらきらした記憶になることがある。みんなで泊まって、夜に少しだけ怖いことをして、朝に眠い目で笑う。そういう時間は、きっと残る。
だからこそ、ちゃんと参加させてあげたい。
その気持ちが、私の中で少しだけ膨らんだ。
でも。
「宿題が終わったらね」
私は言った。
想楽の顔がまた崩れる。
「お姉ちゃんのいじわる」
「いじわるじゃない」
「だって、まだ夏休み残ってるのに。合宿までの残りをずっと宿題で過ごせってこと?」
「そうならないように、計画的にやるんだよ」
「夏休みなのに?」
「夏休みだから」
想楽は唇を尖らせた。
「私だって遊びたい」
「知ってる」
「合宿も行きたい」
「だから宿題やるの」
正論を言いながら、私は少しだけ揺れていた。
想楽が本気でしょんぼりしていると、やっぱり弱い。妹である。弟妹を推しとしている私としてはかなり辛い選択だ。可愛いものは可愛い。困った顔をされると、つい助けたくなる。
漢字くらいなら横で見てあげてもいい。計算も丸つけくらいはできる。自由研究のテーマも、一緒に考えれば何とかなる。読書感想文も、本選びくらいなら――。
「嬢ちゃん」
デルタの低い声が飛んできた。
「代わりにやるなよ」
「や、やりませんよ」
返事が不自然になってしまった。動揺が隠せていない。
シータがにこにこしながら続ける。
「手伝うのと、やってあげるのは違うからね〜」
「分かってます」
『徹夜で終わらせるのも禁止です。睡眠不足は記憶定着にも良くにゃい』
「ベータまで」
全員に見抜かれている。
想楽はすかさずその隙に乗ってきた。
「じゃあ、お姉ちゃんがちょっとだけ――」
「やりません」
「まだ何も言ってない」
「言う前から分かる」
「デルタみたいなこと言った」
私はカウンターの中からメモ用紙を一枚取り出した。
レジ横に置いてある、商品発注用のメモだ。今は宿題管理表になる。世界征服玩具店の備品も、まさか小学生の宿題に使われるとは思っていなかっただろう。
「まず、残ってるものを全部書き出そう」
想楽が一歩下がる。
「やだ」
「どうして」
「書いたら、本当に残ってるって分かっちゃう」
「……先ずは自覚するところから始めようね」
私がメモ用紙を置くと、ソラは観念したように指を折り始めた。
「漢字が半分。計算もちょっと。読書感想文は本を選んでて、自由研究はテーマを考えてて、絵日記は心の中では毎日書いてる」
「大物が全部これからだね」
「言葉にすると強い……」
想楽は胸を押さえた。
朝の玩具店で、小学生が自分の夏休みに刺されている。
「自由研究なら、うちの玩具を使えばいい」
店長が横から口を挟む。
「ラヴェンナでもいい?」
想楽が少し顔を上げた。
「テーマ次第かな」
「ラヴェンナがかわいい理由」
「それは感想」
「かわいさの秘密」
「少し研究っぽくなったような」
シータがにこにこと手を合わせる。
「ポーズとか服とか、背景で印象が変わるか調べるなら、自由研究になるかもね〜」
想楽の目に、ほんの少しだけ光が戻った。
よかった。宿題は敵でも、好きなものを武器にすれば戦えるかもしれない。
店長が満足げに頷く。
「では宣言しよう。夏休み最後の玩具合宿に向け、本日より宿題征服作戦を開始する!」
「宿題を世界征服にしないでください」
「敵を可視化し、日程を分割し、各個撃破する。征服の基本だ」
今は有用そうなのが腹立たしい。
『ただし徹夜は禁止です』
地下からベータの声が刺さる。
「はい」
想楽の返事は弱かった。
その時、外から子供の声が聞こえた。
「まだ開いてない?」
十時が近い。
シータがシャッターへ向かい、デルタが入口の安全確認を終える。店は、朝の準備時間から営業の顔へ切り替わろうとしていた。
想楽はメモ用紙を両手で持ち、深刻な顔で呟いた。
「私の夏休み、終わったかもしれない……」
「終わらせるのは夏休みじゃなくて宿題ね」
私が言うと、店長が高らかに笑った。
「その通りだ、想楽くん。宿題を終わらせた者だけが、合宿という次なる戦場へ進める!」
「戦場にも進ませないでください!」
開店直後の世界征服玩具店に、私の声が響いた。
外の子供が一瞬こちらを見て、それから普通に水鉄砲コーナーへ走っていく。
この店では、多少のツッコミくらい日常音である。
夏休み最後の大イベント。
その前に、まずは小学生一人分の宿題である。
世界征服より先にやるべきことは、案外多い。




