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イトウ・スチール・カムパニー  作者: あくまでもフィクションです。石を投げないで。
14/18

異世界みたいなアメリカでの『異世界』の光

 午前9時17分。


 朝礼の終わりが告げられると、七人の女性社員たちは、それまで纏っていた巻きスカートを脱ぎ捨てるように解いていく。


 そのスカートを作業用ベルトとポーチに変えて、彼女たちは颯爽とした足取りで両開き扉の脇へと向かった。


 そこに積まれているのは、前日にルウェリン鉄工所 (Llewellyn Iron Works)から納入された木箱九箱。幅12.5インチ (32センチ)、長さ15インチ (38センチ)、高さ7インチ (18センチ)。


 二人一組で連携して、17.8ポンド (8キロ)ほどの箱を下ろしては、次から次へとプライ・バー (金梃)を差し込んでいく。


 パイン材の乾燥した繊維が、鉄の爪に抗って悲鳴を上げる。


 蓋が剥がされるたび、砕けた木片からは濃厚な松脂の匂いが溢れ、ワックスペーパー (油紙)に封じられていた蜜蝋の微かな香りが、冬の冷えた空気を塗り替えていく。


 その中には四ダース、四十八本の包丁。一本づつがワックスペーパーの層に守られ、一ダースごとに麻紐で硬く結束されていた。



 引き出された包丁の束は、一台のワゴンへと積み込まれては、部屋の中央、東西に走る二列の13フィート (4メートル)の作業台に運ばれていく。


 2フィート (60センチ)の作業台の合間を縫って、一席に二束ずつ、規則正しいリズムで置かれていくと、残りの包みもまた、残り三つのワゴンの上で出番を待つ兵士のように整列していった。


 作業が進むにつれ、彼女たちの動きは個の意識を超え、一つの有機的なシステムへと変貌していく。


 ある者はプライ・バー を振るって釘を抜き、ある者は箱に詰められていた木毛を素早く麻袋へとかき集める。ワゴンを操り包丁を回収する者、空になった箱を隅へと片付ける者、そして散らかった床に箒をかけ、常に足元を清浄に保つ者。


 誰が指示を出すでもなく、彼女たちの役割は流れるように入れ替わっていった。




 当時のズボンといえば、単なる布の筒であり、足の最も太い箇所に合わせて仕立てるのが常識だった。


 しかし、彼女たちが穿いているそれは、膝の屈伸さえも妨げない。その剥き出しのアウトラインは、当時の美的感覚からすれば脚の線が出過ぎており、直視を躊躇わせるほどに不埒なものだ。


 彼女たちの左腰には、黒いキャンバス地のガンベルトが、腰骨に深く、低く引っ掛けられている。


 西部劇のガンマンが吊るすホルスターを彷彿とさせるその大工道具入れは、詰め込まれた機材の重みを受け、重たげに右側へと垂れ下がっていた。


 腰元で輝くのは、真鍮製の長方形バックルだ。裏側にベルトを挟み込んで固定する「スライドバー」を備えた、最新の軍用規格を先取りする設計。


 この機能的なバックルが合衆国正規軍に制式採用される日は近い――ヘイワードはそんな噂を耳にしていた。


 腰の後ろには加重を分散させる小型のクッションパッドが添えられ、黒いキャンバス地の道具入れは、体格に合わせてベルト位置を、Vニッケルの厚さ (2ミリ)で微調整できる構造になっている。


 その手元もまた、異様なまでの専門性を物語っていた。



 左手に嵌められたディアスキン (鹿皮)の手袋は、指先が露出している。


 これは釘を一本ずつ掴む指先の触感と、打ち込むハンマーの柄から伝わる繊細なフィードバックを殺さないための工夫だ。


 対する右手の指先は、切り口が剃刀のように鋭いスチールバンドを力強く押さえ込むため、二重に重ねられた頑強なスプリット・レザー (床革)で補強されている。


 彼女たちが動くたび、道具入れのリングに挿したハンマーの柄が、規則正しい振り子のように揺れる。


 つい先ほどまで居間に響いていた、あの特有の「音」が止んだ。


 一度打ち込めば、抜こうとした瞬間に木材を道連れにして割ってしまう「セメント・コーテッド・ネイル」。


 樹脂の粘着力と摩擦が生み出す、あの「バリバリ」という耳障りで暴力的な音が途絶え、部屋には静寂が戻った。



 ヘイワードは窓際に立ち、路地から差し込む弱々しい光が鉄格子の影を落とすなかに身を置いていた。その影は、まるで彼を逃れられぬ檻に閉じ込める捕縛の光のようにも見えた。


(……流石に、手袋の色までは黒で統一しきれなかったか)


 黒いキャンバス装備のなかで、ディアスキンやスプリット・レザーの自然なベージュが浮いているのを、彼は冷めた目で捉えていた。


 この『ISC』という会社は、何もかもが常軌を逸している。


 社員の制服から細々とした備品に至るまで、すべてが会社からの支給品だ。


 交通費や住宅費の補助に加え、土日祝日休みの完全週休二日制。そして一日八時間労働――。1910年のアメリカにおいて、それは強欲な資本家を卒倒させるに十分な、異例尽くめの厚遇だった。


 唯一、週給7ドルという額だけが、この眩しすぎる「理想郷」に落とされた太陽のシミのようにも見えた。


 だが、それとて未熟練労働者かつ未成年の少女たちという条件を考えれば、白人女性の相場としても決して悪くない。



 そもそも、この時代に「制服が支給される」こと自体が特権の証だった。


 合衆国正規軍ですら将校は自費で軍服を仕立てるのが当然であり、州軍に至っては備品の多くが自弁という有り様だ。


 まともな制服にありつける女性といえば、白人労働者階級の憧れの的である「ハーヴェイ・ガールズ」くらいのものだろう。


 サンタフェ鉄道の駅に併設された世界初のレストラン・チェーン「ハーヴェイ・ハウス」。


 そこで働く彼女たちは、給料のほかに無料の制服、清潔な宿泊場所、そして研修施設へ向かうための列車パスさえも受け取っていた。


 黒いドレスに純白のエプロンを翻し、完璧なマナーで客をもてなす彼女たちの姿は、広大な鉄路の名物となっている。


 だが、その華やかなレストランの裏側、さらに過酷な環境を走る「食堂車」の内部は、より峻別された階級社会だった。


 客の目に入らない皿洗いなどの下働きは、有色人種が担当することになる。


 ハーヴェイ食堂車という狭隘な戦場を切り盛りするのは、威厳を纏った白人の給仕長 (スチュワード)と、その手足となって立ち働く黒人の給仕 (ウェイター)たち。


 そこに目を光らせる「食堂車支配人 (ダイニング・カー・スーパーバイザー)」の視線。


 そこには人種と職責による、動かしがたい「正しき秩序」が君臨していた。



 その厳格な縦社会に比べれば、このISCの光景はどうだ。


 屋内とはいえ、少女たちが黒いズボン姿で野卑な鉄のジミー・バー (金梃)を振るい、荒々しく木箱をこじ開けている。


 釘が抜けるたびに響くバリバリという耳障りな音は、彼女たちが「女らしさ」という殻を粉々に砕いている音のようにも聞こえた。


 その姿はあまりに奇妙で、あまりに挑戦的だった。



 当時の女性のズボン姿といえば、鉱山や西部の開拓地といった、生活がより過酷で実用性が重視される場所でのみ許容されるものだ。


 ロンドンやニューヨークで気炎を吐くサフラジスト (女性参政権運動家)たちでさえ、尊厳の紫、純潔の白、希望の緑を纏い、誰よりも洗練されたスカート姿でデモ行進を行うのが鉄則だった。


 1850年代の「ブルーマー (トルコ風ズボン)」が喫した無惨な失敗以降、二股の衣類は、変人や過激派、あるいは伝統の破壊者という烙印と同義だったからだ。


 だが、ISCが提示したこの制服は、政治的な主張すら飛び越えている。


 それは、サフラジストたちの過激な言説さえも、たちまち時代遅れにするほどに、不穏な「未来」を予感させていた。




 午前9時35分。


 木箱の開封も終わりを迎え、作業台の上に検品用のゲージ (測定機器)が並び始めた。


 当時一般的だった真鍮製のノギスではなく、イチタロウが設計した光学検査用型板 (Optical Inspection Template)だ。


 刃厚1/16インチ (1.6ミリ)の刀身と、真鍮の壁との間に残された、片側わずか8ミル (0.2ミリ)の隙間。そこを通り抜けてくる光で、合格 (Go)か、不合格 (No-Go)を判別する。


 女子社員の中には、すでに麻紐を解いて包丁の検品を始めている者もいる。


 その中の二人が、北西の角のB (ビッグ)ボックスの入れ子、S (スモール)ボックスを引き出すと、途端に残りの五人がギクシャクとして、ソファのイチタロウと両ボックスを気にしはじめた。


 それはイチタロウの『特殊加工』に使われる移動式の「小部屋」だ。



 その構造体には、北米産の強靭なアッシュ (トネリコ)材を使用していた。手前の床面には、ワゴンの進入を妨げないよう角材を置かないキャスター付きの「門型」だ。


 天井・側面・背面は徹底した遮光性を確保するため、内側に厚手の暗色フェルトを貼り付けた薄い三層合板で密閉されている。一筋の光さえも拒絶するその内部は、外界の1910年という時間を切り離すための空間のようだ。


 正面のカーテンレールの長さは、各ボックスの幅よりも左右に4インチ (10センチ)ずつ長く突き出して、暗幕を開いた際に「布の溜まり」がワゴンの進路を塞ぐのを防いでいた。


 Bボックスは、高さ7フィート (2.1メートル)、幅・奥行き共に4フィート (1.2メートル)。Sボックスは、高さ・幅・奥行きがBボックスより2インチ (5センチ)短い。


 そんなSボックス正面が、南側の作業台という剣を丸呑みするように、4フィート (1.2メートル)手前に停められた。


 続いてBボックスも、Sボックスに寄り添うように北側の作業台の手前に停められる。平行を保つボックスの距離は1フィート (30センチ)ほど。



 キャスターのハウジング (軸受金具)を門型フレームの厚みへ完全に埋め込むことで、床面との間に残された隙間はわずか2.5インチ (6.3センチ)。その隙間を塞ぐように、床上1フィート (30センチ)の高さから厚手の「暗幕スカート」が被せられた。


 そこへ『エジソン蓄電器A-4』が各ボックスに二個づつ運び込まれていく。直列に接続されたニッケル鉄電池の端子には、『特殊加工』用のギミック (仕掛け)が施されていく。


 複雑な電気回路を形成しているように見えるが、実際はそれらしく火花を散らし、放電音とオゾン臭を振りまくだけの「本物」のギミックだ。


 だが、これは技術的には可能だが、まだ特許化・体系化されていない高度な熱処理技術の「初期段階のアイデア」に繋がるものだ。



 それは「高周波焼き入れ」。高周波電流を使って、金属の表面だけを瞬時に加熱し焼き入れをするものだ。


 バーンズ探偵社から派遣されている護衛や警備員、ISCの女性社員たちから必ず漏れる「情報」への対策だった。


 『錬金術』を使っていることが発覚すればどうなるのか。それは考えるだに恐ろしいことだ。


 そして、ついにボックスの片方に揚げられていた暗幕が解かれて、その裾が傍らの地面に噴き出した石油のように広がってゆく。


 この暗いボックス内部で、彼女たちが検品し終えた軟鉄包丁に『特殊加工』が施され、ルナ・スチール製の包丁へと変質を遂げることになる。


 ここから先は、彼女たちの研修期間において、スキップされ続けてきた未知の領域。


 彼女たちは、今日初めてISCの「製品」を見ることになる。




 午前10時。


「そんなに固唾を呑んで見つめないでくれ。箱から箱へと移動 (テレポーテーション)してみせるわけじゃない。僕はサーストンじゃないんだからね」


 いつしか検品作業の手を止め、静まり返って自分を注視する女性社員たちに向け、イチタロウは肩をすくめて冗談を飛ばした。


 その軽妙な口調とは裏腹に、彼女たちの瞳には、これから始まる未知の工程への隠しきれない興味が宿っている。


 1910年のアメリカは、まさに「奇術 (マジック)の黄金時代」の只中にあった。


 街の至る所にあるバウデビル (大衆演芸場)では、連日連夜、現実の境界を揺るがすような大規模なイリュージョンが喝采を浴びていた。


 かつての粗野で下品な「バラエティ・ショー」は、今や女性や子供も正装して楽しめる、洗練された「クリーン・エンターテインメント」へと進化を遂げている。


 一回の公演は、軽妙な漫才や歌、超人的なアクロバット、そして動物ショーが目まぐるしく入れ替わる万華鏡のような構成だが、そのトリを飾るのは常に、最新の科学と緻密な計算に裏打ちされた巨大な装置を操る奇術師たちだった。



 なかでも、高名なハリー・フーディーニと人気を二分する「カードの王 (The King of Cards)」ハワード・サーストンの名は、当時のアメリカ人にとって魔法そのものの代名詞だ。


 サーストンの真骨頂は、舞台上に並べられた複数の巨大なキャビネット (戸棚)を自在に使い分ける「瞬間移動」にある。


 ある箱に入ったはずの助手が、一瞬の暗転の後に反対側の箱から現れ、あるいは獰猛なライオンが檻ごと消え失せる。そのスピードと演劇的な演出は、観客に「異次元の扉」が開いたと錯覚させるに十分な衝撃を持っていた。


 こうした奇術への熱狂は、日系移民である彼女たちにとっても決して遠い世界の出来事ではない。


 かつて1901年から1903年にかけて全米を席巻し、ホワイトハウスでも喝采を浴びた松旭斎(しょうきょくさい)天一(てんいち)の「和妻」の伝説など、彼女たち日系人にも奇術は馴染み深いものだった。



 それは研修期間中、場を和らげるためにイチタロウが繰り返してきた軽口だったが、今日ばかりは彼女たちの頬に、凍りついたような硬い笑みが張り付いているだけだった。


(……これほどの過酷な検品を強いておいて、肝心の『特殊加工』が期待外れなら、彼女たちも報われないだろうな)


 英米仏の通信販売大手五社と独占契約を交わしたところで、市場に放たれた製品が拒絶されれば、ISCという壮大な実験場は一夜にして瓦解する。


 彼女たちの強張った表情は、当事者ゆえの正当な重圧の現れだった。



 Bボックスの最奥のワゴンには、四段の棚に包丁を差し込まれた特注トレイが鎮座している。各段から一ダースずつ、計四十八丁の軟鉄の柄が、おもちゃの大砲隊のように突き出していた。


 イチタロウは外界を遮断するように、Bボックスの暗幕を静かに閉じた。



 暗幕がその自重によって入り口の隙間を封印すると、写真現像の暗室のような静寂に包まれた。


 イチタロウは無意識に左胸へと手をやった。


 リトル東京のミヤコ・テーラーで誂えた三つ揃えのベストには、通常の四つを上回る、五つ目の隠しポケットが忍ばせてある。


 指先が触れたのは、半透明の赤いペプシ・コーラのロゴ。


 鏡のような金属の海に浮かぶその意匠は、長い微睡(まどろみ)のような1910年の日常の中で、彼が正気を繋ぎ止めるための唯一のアンカー (碇)だった。


 秘められた王冠には、サンタアナの燃えるような夕陽に焼かれ、白い布に包まれた父の記憶が眠っている。耳の奥には、理不尽な差別に晒されながらも、ただ「申し訳ない」と謝り続けた母の、震える声が反響していた。


 イチタロウは深く、長く、熱を帯びた息を吐き出す。



「……やっとここまで来たが、まだまだこれからというべきだろうな。やるべきことは山積みだ」


 暗闇の中でイチタロウは手を伸ばし、目を閉じて足元のギミックを捻る。瞬間に瞼の裏を「パチッ」と青白い光が走り、オゾン臭がボックスの隅々まで広がった。


 彼は手探りでワゴンの押し手を確認し、最上段、一番左の柄に右の人差し指をそっと添えた。


『――構成、置換。不動態皮膜、展開』


 この世界のどの辞書にもない『異世界の言語』が、物理法則を強引に捻じ曲げ、錬金術の術式を駆動させる。


 目を閉じ、流れるように指を振る。チリチリと小刻みなアークの光が、星座を繋ぐように十二丁の柄を次々と走り抜けていく。もし目を開けていれば、網膜には連続写真のような残像を伴って、変質していく金属の輝きが焼き付いていただろう。


 ボックス内には、先ほどの放電とは異なる、焦げ付くような未知の刺激臭が立ち込めていく。


 二度、三度、そして四度。


 四度目の術式を終える頃には、イチタロウは冷たい床に膝をついて『錬金術』を行使していた。


 瞼を開けば、立ち上る不可視の煙が目に染みるような錯覚に襲われる。


 重い膝を突いて立ち上がりながら、彼は「やはり、次からは小さな椅子を持ち込むべきか」と、ひどく卑近なことを考えていた。




 午前10時1分。

 

 二期生マーガレット・ヒデコ・オカザキは、Bボックスの斜め前、窓側3フィート (90センチ)で待機していた。


 BボックスとSボックスのワゴンを入れ替えて、イチタロウがすぐに『特殊加工』に取りかかれるようにするのが役目だった。


 そして、暗幕の向こうの人が変わる前のイチタロウを知るISC唯一の人間でもあった。


 ヒデコの兄ショウイチとイチタロウは、かつて同じ教室で学んだ同級生だった。イトウ家とオカザキ家――隣り合う二つの家族は、一台の荷馬車に寄り添うように相乗りし、子供たちを学校へと送り届けていた。


 グラマースクール時代のヒデコの記憶にあるのは、土埃の舞う未舗装路で揺れる荷台の風景だ。


 そこでは、イチタロウが常に教科書を食い入るように読み耽り、その傍らで兄のショウイチが、日本から届いたばかりの『少年世界』の頁を夢中で捲っていた。


 年の離れたヒデコが孤独を感じぬよう、イチタロウの母キヨが、途切れることのない温かな話し声で荷台の空気を包んでくれていた日々。



 中期移民として海を渡った父トクタロウと母シモの苦闘もまた、その風景の裏側に張り付いている。


 イトウ家の肥沃な隣接地はすでに埋まっており、オカザキ家はやむなくリオ・ホンド川のはるか下流、モンテベロ・サウスの「低湿地」に安住の地を求めた。


 そこは、繊細なイチゴを植えれば根腐れを起こすが、泥にまみれる重量野菜には向いていた。


 岡山県出身のトクタロウは、その粘り強い気質で「保存が利き、市場の買い叩きに強い」作目を選び抜いた。単価の低さを面積でねじ伏せる、命懸けの「粗放経営」である。


 12エーカーの泥濘(ぬかるみ)に這いつくばり、ジャガイモ、タマネギ、そして糖業用のシュガービートを育て上げる。


 一昨年は1200ドル、去年は1300ドル――帳簿上の数字は華やかに見えたが、その実態は「見せかけの収入」に過ぎなかった。


 容赦なく跳ね上がる灌漑費、高騰する種芋の買い入れ、そして何より子供たちの未来を繋ぐための教育費。それらが家計を激しく侵食し、世帯の実質的な手取り収入は、400ドルから300ドルへと、静かに、しかし確実に目減りしていった。



 教育こそが唯一の武器になると信じた両親は、兄ショウイチの中学・高校時代、彼を故郷の岡山県へと「帰米留学」させた。現在は、サンフランシスコにあるヒール・カレッジ. (Heald's Business College)で、その実務能力を磨き上げている。


 『学士 (Bachelor)」を授与する機関ではなく、簿記、速記、そしてタイピングといった実務スキルの証明書 (ディプロマや修了証)を発行する専門校で、移民にとっての登竜門だった。


 白人企業であれ日系商店であれ、「ヒールズで簿記とタイプを修めた」という事実は、学位以上に即戦力としての採用に直結する強力な資格として機能していた。


 ショウイチが就職するまでは、石にしがみついてでもこの苦境を乗り切らねばならなかった。


 オカザキ家には、イチタロウのように売れる畑などなかった。


 その12エーカー全てが現金小作 (cash lease)だったからだ。



 重厚な暗幕が左右に割れ、ボックスの闇の中からイチタロウが姿を現した。


「……あとは、頼んだよ」


 彼は、どこか遠い場所から響くような声でヒデコに頷いてみせた。


 指示に従い、次の工程へワゴンを回収しようとしたヒデコの足が、その場で凍りついた。


 深い闇に沈むBボックスの奥底。そこには、四ダース四十八丁の包丁の柄だけが、死者の骨のような冷徹な白さを湛え、燐光を放つかのように浮かび上がっていた。


 それは先ほど彼女たちが検品した、ありふれた軟鉄の鈍い光沢では断じてなかった。


 Sボックスへと身を投じる直前。イチタロウは肩越しに振り返り、(おど)けたようにこう口にした。


「不可能を、目撃せよ (Behold the impossible.)」


 それは、稀代の奇術師ハワード・サーストンが、観客を驚愕の谷底に突き落とす際に好んで使う決め台詞だった。


 かつて荷馬車の揺れに身を任せて教科書を読んでいた少年の面影はもうどこにもない。


 そこに立っていたのは、人が変わったようなイチタロウでもない。


 ヒデコの記憶のなかに居場所を持たない「別人」だった。


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