マレーナの悩み
それから数カ月。
王都はかつてない熱狂に包まれていた。
それは、正式にラインハルト殿下と聖女マレーナ様の御成婚が国民へ公表されたから…。マレーナ様が探偵事務所のオーナーをされていた頃、多くの庶民を救ってきた逸話は、今や伝説のように語り継がれ、街はまるでお祭り騒ぎ。
そんな幸福の絶頂にあるはずの時期に、私はちょっとした交流を兼ねた茶会に参加していた。殿下を補佐する者達の妻となった人達の集まり。
とても和やかに終わり、一安心というところだ。
その後のこと。
屋敷に帰ろうと歩いていると、王宮の片隅でマレーナ様のお姿を見つけた。
「マレーナ様?お久しぶりです」
私が声をかけると、ビクリと肩を震わせ怯える子猫のようにコチラを見る。
「……エレオノーラ。久しぶりだね…まさか…私を探しに?」
「いいえ、マレーナ様。私はお茶会の帰りですわ。誰かから逃げていらっしゃるのですか?」
「…」
答えは返ってこない。返ってこないのが答えというものだ。
「マレーナ様、いい場所がございます!こちらへどうぞ」
「?」
何も言わないけれど、マレーナ様は私の後ろを着いてきてくれた。そして案内したのは…
「ここ、殿下とアルト様…主人がよく休憩に使われるベンチの様子がよく分かる上に、あちらから死角にあるバルコニーです!私がアルト様を陰ながら見たくなったら来る場所でした。秘密ですよ?」
「ふっ、あははっ。そんな、誇らしげに言うことなのかしら?」
私が案内したその場所は、お父様に連れられ王宮を訪れる時、よく足を運んだ場所だった。そこからよく見えるベンチには運よく殿下とアルト様が座っていた。私はいつも通り密かに腰を下ろし眺める。
「マレーナ様…何かお悩みですか?」
そう聞くと、彼女は重い口を開いてくれる。
「……初めはね、ただの『契約』だと思っていたのよ。殿下との結婚も、聖女という立場も。不当に蔑まれる人々を助けるための力を得る、それでいいって。この権利のために割り切ろうと思ったの」
彼女の指先が、バルコニーにあるテーブルの上へ頼りなく添えられる。まさか、マレーナ様の気持ちが殿下に無い…ということ?そんな心配をした時。
「殿下とは、六歳も年が離れている。今は若さゆえの情熱で私を求めていても、すぐに飽きがくる。数年もすれば、若い令嬢を愛人として囲うに決まっている……そう考えていたわ。だから、適度な距離を保って、仕事仲間としてやっていけばいいと思っていたの」
「マレーナ様……」
「……なのに。気がついたら、……ラインハルト様に、本当に好意を抱いてしまう瞬間があるの」
「へ?い、いいこと…ではないのですか?」
それは本来、何よりも祝福されるべきことのはず。殿下が聞けば泣いて喜ぶ事だろう。けれど、マレーナ様の横顔には深い自己嫌悪の色が浮かんでいた。
「自分が……気持ち悪いのよ」
「気持ち悪い…ですか?」
「貴方達からすると…分かりにくいかも知れないわ。私が不遇な者達を我が子として受け入れて、共に過ごしてきたから思うのかもしれない…ジェマは、殿下と同じ年で…私にとって、殿下は我が子のように見ていた人物と同じ年なの」
保護してきた子供たち…それに近い殿下に好意を持つということに抵抗があるのだろう。私の分からないその感覚を、なんとか汲み取ろうとした。
頭に街で見かけた子供たちを思い浮かべる。そして、その子供たちに「結婚して!」と言われたとする。その子供に対して、まぁ形だけなら…と結婚になったけれど、もし、その子供相手に自分がキスをしたい等の感情がわいたら…。
認めたくない…と思うのかも知れない。
「マレーナ様は…殿下のどういう所に好意が芽生えたのですか?」
「それは…そうね。あの真っすぐに想いを伝えてくる所は、尊敬するわね。私には怖くてできないわ」
「ふふっ」
そうして彼女は、私の知らない殿下の話をしてくれる。その出来事一つ一つに彼からの愛情が溢れていた。
「マレーナ様は、すっかり殿下の虜ですね」
「…」
あまりにも楽しそうにお話をしてくれるから、つい、そう言ってしまった。そしてその途端に表情を曇らせる。




